地獄 裏
先生は当時の俺とは比べるまでもないが、今考えるとそこそこ長身だった気がする。
細身で黒いモスコットの黒縁メガネ。
いつも大体同じ様な黒い服を着ていて、茶色いヌメ革の鞄を斜めに掛けていた。
その鞄からはよく分からないアイテムが登場することがあり、あれもその一つだったはずだ。
「これを見てご覧。」
それは木板を複雑に組み合わせた箱で、振るとカラカラと乾いた音がした。
重さはその箱の見た目と乖離してはいなかったので、中に重量物が入っている様子はない。
「これはね、死んだ人の魂を閉じ込めた箱なんだって。
偉いお坊さんだったんだけど、その時の権力者に寺院ごと焼き討ち…えーっと、燃やされちゃって、その時に魂だけ箱の中に逃げ込んだんだ。」
「へー。」
先生はこういう曰く付きの物を持って来ては、その謂れと一緒に見せてくれたりもしてくれる時があった。
まぁ、大体は子供を脅かす嘘だったと思っているが。
今回の物は開けるのがとても難しい上に、開けてはならないというストーリーがくっついていた。
カラクリ箱という、少しづつ板を動かしていくとパズルの様に仕掛けが動き、最後まで解くと開く仕組みになっている物。
これ自体は土産物屋でたまに見かける事がある。
しかし先生が持ってきた箱は年代物過ぎる上、お札が貼られていた形跡もあるわ、固まって動かないところもあるわで、劣化が進み仕掛けの滑りも悪い。
そのせいで正解かどうかがわからない箇所が沢山あるので、余計に難儀する代物に仕上がっていた。
「開けたら何が入っているの?」
「なんだろうねぇ。
一説には、修行の末に極楽浄土へ辿りつく様な偉い偉いお坊さんが死んだら、自身の至らぬところを罰し尽くして、また生まれ変わった時はとても綺麗な魂になって生まれ変わるんだってさ。
だけど、この人は、この中に閉じ込められちゃって抜けられなくなって、輪廻から外れてしまっている。
ずっと自分で自分に罰を与え続けているだけになっちゃうのかもね。」
「へー。」
「罰を与えられるところを地獄っていうらしいから、つまりはこの中には小さな地獄が入っているんだと思うよ。」
「ふぅん。」
少し大きくなってから調べたところによると、あれは割と有名な呪具だったらしい。
先生が言うには格の高い人間を使えば使うほど、小さな地獄の罰は辛く重い物になっていくそうな。
軽い物でも針で刺される痛みを繰り返すのだとか。
この箱に残っている逸話のお坊さんの格だと、ずっと燃やされているかずっと凍えているか、そういったところらしい。
ここで当時の俺はようやくピンと来た。
「それ、僕も持ってるよ。」
「え?」
「灼熱地獄の方。
寒い方は当たらなかったんだ。
明日持って来てあげよっか?」
「当たらなかった…?
それは…是非見てみたいね。」
俺は公園から一度すぐ近くにある自宅へと帰り、自室の宝物入れからコレクションしていた物を持ち出した。
中身が分からない上に小学生には高額で、母親の買い物に何度も付き合って、ご機嫌な日に当たった際に買ってもらったものだった。
何度目かの購入時にレアリティの高いそれを引き当て、当時とても大切にしていたのを覚えている。
◆
「先生、これ。」
「お、噂の灼熱地獄だね?
おー…プラスチックの箱?
確かに雰囲気は似ているね。」
「え、大人なのに知らないの?
これはね、こうやって…こうやると、ホラ。
ドラゴンになるんだ!」
当時流行した、変形を楽しむルービックキューブの亜種のような玩具。
ブラインドボックス式で何種類かあり、四角い箱を捻ったり引っ張ったり回したりすると、中から腕や足が飛び出してゴリラや魚に変形したりする。
その中でも最高レアリティの物は、真っ赤な物々しい色で、変形を完了するとドラゴンの姿になるものだった。
小さな突起を引っ張ると翼が生えてくるギミックなんかに、当時の俺は大興奮したものだ。
「…ええと、これが地獄なのかい?」
「そうだよ?あれ?
インフェルノって地獄でしょ?」
「…う、うん、そうだね。
英語で地獄の事だ。」
「ね?
これはインフェルノ・ボルケーノドラゴンって言うんだ。」
「…地獄の灼熱龍……か、それは、確かに。
…でもちょっと違うかな。
昨日見せた木箱は、地獄そのものだから。」
「でも、ドラゴンは怖いよ?
勝てないと思う。
地獄だし、その上、火山だし。」
「そ、そうだね…。
確かに地獄って耐える場所だからこっちの根性で何とかなりそうな気もするけど、これには根性じゃどうにもならなさそうだ。」
なんとなく納得してくれた先生はくるくるとインフェルノ・ボルケーノドラゴンを箱の形に戻したり、またドラゴンにしたりしていた。
後日、先生からジェノサイド・ブリザードドラゴンの方を貰ったが、その時にはもう飽きてしまっていた。
だから今、手元にある2体のドラゴンの青い方はピカピカのまま残っている。




