猿の手 裏
俺が苦手としているものは沢山ある。
例えば、人付き合いだったり、感情を表に出す事だったり、作者の気持ちを答えること。
それらはまだ良い。
自分の特性として扱い慣れているからだ。
楽譜に載っていない作者の心まで描写する様な感動的な演奏には憧れるが、それは俺には無理だと割り切った結果、それはそれで俺の音の特徴となってきているので、もうそれでいいか、と思っている。
自分でコントロール出来ないものでも、苦手としているものもある。
例えば、カニアレルギー。
味は好きなのに食べられない。
味だけでいえば、メロンが苦手。
「北海道出身の意味ないやん。」
そう言われても、食べられないものは仕方ない。
これらは別に食べなくたって同じ栄養を他で摂れるので問題はない。
はっきりと苦手としていて困るのは、運動だ。
球技はそこそこ出来るし、スケボーやBMXも遊びで教えてもらっていたので簡単なトリックなら出来る。
苦手なのは自分の身体を使った器械体操や、ダンスだ。
これはもうどうにもならない。
悲しいくらい滑稽な動きをしてしまう。
でんぐり返らないし、逆上がらない。
ロボットダンスじゃなくてもカクカクしてしまう。
そんな俺は、暗黒舞踏の映像を薦めて、それをあきらと演奏する段階になって困っていた。
「振り付けは見たやん?
どう拍取るかが独特だから、やっぱ踊ってみん事には上手くいかない気がすんねんなぁ。
ちょっと誠也踊ってみぃや。」
嫌がる俺を無理矢理踊らせたあきらは、余りの惨劇に言葉を失った。
そして絞り出したのは、心からの謝罪。
「すまん。」
「謝るならさせないでよ。
でも困ったね…概念が独特過ぎて、踊り手側の意見も欲しいのは、俺もそう思うけど。」
「せやんなぁ、ダンス科に知り合いおる?
ジャズ科は関わりないけど、クラシック科はあるやろ。」
「ないよ、今は。
明日になれば繋がりが出来る…はず。」
「なんやそれ。」
クリスマス辺りでの音大生の定番バイト、演奏行脚の打ち上げが行なわれる予定なのだ。
少し間が空いているが、帰省時期を避けての開催になっているのでこの時期になるのが慣例らしい。
それには近くの音大生も混ざるし、科も混ざる。
クリスマス会にはバレエを演るところもあったので、ダンサーも混じっているだろう。
「…誠也は飲み会とか行くんや。」
「産まれて初めて。」
「そか、楽しんでおいで。」
「アルカイックな微笑みは辞めて。」
「はは、心配が勝つねん。」
あきらのアルカイックな微笑みがこの記憶を掘り起こすことに関係しているかは分からないが、昔先生が言っていたことを思い出した。
「ヴァイオリンを続けて、大学ぐらいまで行けたならね、誠也にとって運命の相手と出会えるかもね。」
もしかしたら今日かもしれない。
…初めて、男友達が出来るかも、しれない!
◆
男のバレエダンサーの方がコンテンポラリーに強そうなので、均整の取れたカッコいい男性ダンサーをお持ち帰りする。
そんな女側の合コン参加者の様な気持ちで飲み会に参加すると、結構な人数に気後れしてしまい、端の席で何を注文した事になっているか分からないまま配膳されたお酒を飲んでいた。
桃…?杏…?
分からない。
辺りを見渡して、少ない男参加者の中からダンサーっぽい人を探す。
楽器奏者は立ち姿じゃ分からないが、ダンサーは綺麗な立ち姿なのですぐ分かる。
その中でも目につく、綺麗に立っている奴に声を掛ける事にした。
しかし、俺の苦手な物リストに飲み会が入って来そうなほど上手くいかない。
「あ…あの。」
「誠也くん、おかわり?
同じのでいい?」
「あ…。」
そうやって無限に届く中身の分からないお酒を飲み続けるだけで時間が過ぎていった。
1時間経ち、2時間経ち、届いたお酒を飲む機械と化した俺は、未だにダンサーに話しかけられてはいなかった。
カパカパと水分を摂り続け、いい加減破裂しそうになったのでトイレへ向かうと、ダンサーが入れ違いに出て来た。
これか、運命は、と思った。
偶然にも、目をつけていたいい感じのダンサーだったのだ。
「あ、蓮くん、俺とさ、抜け出さない?」
「え?は?」
「連絡先の交換だけでも良いからさ。
君の事を知りたいんだ。」
「あ?は?」
後で振り返ると完全に間違えたセリフ選びだが、彼は面白がってくれて席の隣を空けてくれた。
「誠也くんはさ、あっちなの?
いや、まぁ、音楽系には多いし、ダンサーはもっと多いからボクはそんな気にしないけど…。」
「あっち?」
「…いや、なんでもない。
それよりさ、さっきの話。
ボクに何を聞きたかったの?」
「…あぁ、ダンス。
蓮くんがコンテンポラリー寄りだったら、暗黒舞踏の音楽を課題でやっているから踊り手側の話を聞きたくて。」
「…あぁ、いいよ。
どんなやつ演る予定?」
「土方巽完コピ。」
「それは…アガるね。
音楽だけで演る予定なの?
勿体なくない?
それって科越え強制の課題のアレ?」
「そう。
ジャズ科のドラムと、俺がヴァイオリンを弾く予定。」
「なるほど…ボクも混ぜてよ。
誰と組もうか考えてたんだよね。」
「超助かる。」
目論見通りに蓮を仲間に引き入れることが出来て課題は大きく進むことになるだろう。
しかし、目論見通りに行かなかったのも幾つかある。
一つは、俺が蓮をナンパしている所を誰かが見ていたらしく、なんとなくソワソワされる事。
男同士なのに。
もう一つは、あきらがゴネ始めたことだ。
「あかん、仮面被って演奏会に出ようかな。」
「なんでさ。」
「アンタらに挟まって舞台に上がったら、殺されてしまうわ。」
あきらは蓮を連れてきた日こそ喜んでくれたものの、何日かするとスタジオ入りする時もコソコソとする様になった。
急に誰かに命を狙われているだとか言い出したあきらを見て悲しくなった。
解離性障害。
昔は統合失調症という名称で呼ばれていた、妄想を現実と思い込む心の病。
それが頭に浮かんだ。
「あきら…。」
俺は少ない友人であるあきらの心が消えてしまうのを恐れて、ぎゅっと抱きしめると、脇腹のあたりをグーで殴られた。
「なんやお前!狐でも取り憑いとんか!」
そのやりとりを見ていた蓮は困惑しながらこう質問をしてきた。
「…二人は付き合って…はいないんだよね?」
「え?友達だよ。」
「私の立場としては…うん、保護者や。
私としてはアンタらが付き合っとるって噂が流れて来てるんが気になっとんやけど。」
蓮はその答えからなにかを噛み砕いて受け取ったらしく、いくつか頷いて、俺を見つめる。
「あー、そんな噂が…。
んー…ボクも、保護者…だね。。」
こうして俺は、二人の友人を失い、二人の保護者を得た。




