蠱毒
小学校2年生だったか3年生だったか、とにかく10歳前後のある日、放課後に公園で虫取りをしていた。
今となってはちょっと触るのすら躊躇してしまうが、とにかくその頃は虫の足を一本ずつ毟るのに凝っていた。
幼少期の無邪気な暴力は成長過程に必要なプロセスらしい。
なんだか大学のエラいらしい教授先生が、その事については成長するに従って収まる衝動であるとか言っていたので、まぁ、当時の俺に問題はなかったのかもしれない。
秋茜やカナブンを捕まえて、足をねじねじと抜き取り、羽を端から破りながら背まで割いてしまわないように気をつける。
最後に裸の芋虫の様になった彼らを元の草むらに戻す。
そんな作業を、俺は何日も飽きずに行っていた。
もしかしたら殺してはいないからと、悪い事だとは思っていなかったのかもしれない。
殺していないだけでどうせすぐに弱っていき、猫やハラビロカマキリやクロオオアリなんかの餌になるだけの運命なのに。
その頃はまだ、置かれた彼らのその後を想像する知性と想像力は、俺には無かった。
◆
「虫には痛覚がないらしいよ。」
公園でいつもの様に過ごして居ると、そう話しかけられた。
歳は正直わからない。
子供の頃に出会う大人なんて、「大人」という括りに入れてしまって年齢なんてよく分からなかっただろう?
俺もそうだ。
多分そんなに歳はいってなかったと思うが。
平日の15時頃に私服で公園にいるのだから、大学生か無職の暇人だったのかもしれない。
身なりは整っていたので、前者だろうか。
「痛覚ってなに。」
「痛いって感じることさ。
髪の毛を抜くと、痛いってなるだろ?
人は痛い事が嫌いだから、君もされたくないはずさ。」
「嫌。」
「ね。
だけど、虫はその痛いって感覚がないから、嫌じゃないのかもしれないね。」
話しかけて来た。
彼が俺にしたことといえばそれだけ。
ただ少し楽しそうだった。
「あ。」
彼との話に夢中になってしまい、手の中で初めて虫が死んでしまった。
罪悪感が沸いて、その男の人にお墓を作った方が良いだろうかと聞いた。
「供養なんて要らないよ。
弱肉強食の世界、野生の生き物だからね。
君に殺されたことは強さで負けたって事で、案外納得しているのかも。
放っておけば必要な虫が食糧にするし、変に埋めるよりも無駄にならないよ。
それにほら、虫の幽霊なんて居ないだろう?
未練なんて無いんだ、きっと。」
「……え?虫の幽霊はいないの?」
「ん?あ、そっちに引っかかる?
居ないんじゃない?
見た事もないし、聞いた事もないもん。
そもそも幽霊を見た事もないけどね。」
「そうなの?居ないの?本当に?
虫の幽霊が居ても気が付かないだけじゃなくて?」
「…おぉ、それは、確かに。
盲点だった。
僕らが生活していて、虫の幽霊に気がつく事なんてないだろうね。
アリンコを潰して歩いたり、車で虫を跳ね飛ばしたりしても、その虫自体を見てそうする訳でもないんだから。
相手に気づく事はないまま、普通に過ごしているんだから。
はは、子供の感性は侮れないなぁ。
キミ、面白いね。
……あ。
えーと、虫について、こんな話がある。
蠱毒というね、呪いがあるんだ。
毒虫を一つの入れ物に沢山入れて、共食いさせる。
んで、最後に残った1匹。
そいつは最も強く、ヤバい毒を持っている。
それで何をするのかって言うと、殺したい相手のご飯に混ぜたりするんだって。
怖いね。
でも逆の効果もあってね。
その生き残った虫は高い霊力を持っていて、お呪いとか呪いの材料にするんだとか。
霊力があるってことは、もしかしたら虫にも魂があって、気が付かないだけで恨みつらみの気持ちを持ってたりするのかもね。
その場合、虫の幽霊、いるのかもしれないね。」
彼のそんな話を理解したのかどうか。
先程も言った通り、当時の俺は知性がなく想像力もない。
聞いた話を知っている物と繋げるのが精一杯の誠意だった。
「毒虫最強トーナメントのチャンピオンを決めるってこと?」
「おぁ?まぁ、そう、だね。
そんな名誉ある大会みたいに言われると困るけども。」
俺は当時流行っていた、カードを一枚取り出して見せた。
それは虫同士を戦わせるもので、ハマっていた訳ではなかったが、何枚かは所有していた。
「すげー!このカードとおんなじじゃん!!
最強なんだって、このカード!」
彼はカードを受け取って覗き込んだ。
確か、ヘラクレスオオカブトか何かだった記憶がある。
結構なレアカードで、カードに書いてある数値で強さが決まるのだが、世界一デカいカブトムシという異名相応に能力が高かった。
それこそ、当時出ていたバージョンまでなら一番と言っていい程に。
「…ふふ。
呪いの話をして脅かそうと思ったら、あまりの純真さにこっちが驚いてしまったな…。
蠱毒で残るのがヘラクレスオオカブトの場合、ご飯には入れられないね。
いくら砕いて入れるとはいえ、目立ちすぎちゃうから。」
「ヘラクレスは毒ないよ。」
「……呪いについて小学生に指摘されるなんて……。
これが呪い返しってやつか?
まぁまぁのダメージを受けたよ、心に。」
◆
先生との出会いはこんな感じだった気がする。
先生はたまにやって来ては、こうやってヘンテコなオカルト話をしてきた。
何故先生と呼んでいたのかというと、本人がそうしてくれと言って来たからだ。
「君くらいの子供と僕くらいの大人が話していると、何も悪い事してなくても、僕が逮捕されちゃうかもしれないからさ、先生って呼んでよ。
そうしたら誰も通報しないと思うから。」
今考えるとそれでも余裕でアウトだが、実際のところ先生は俺と会っている時に捕まったりはしなかったのだから一定の効果はあったのかもしれない。
俺としても、大人を先生と呼ぶのには抵抗はなかったし、むしろそれが親しみやすくした気がする。
いつまで続いたか関係かをよく覚えていないが、色々な話をしたり、遊んだり、教わった事も沢山ある。
それは俺のその後に多大な影響を与えている気が…しないでもない。




