第9話 【緊急】四十七層から生中継が来てるんだが
六月十七日の夜、匿名掲示板の坑板に、一本のスレッドが立った。
スレッドが伸びる速度は、その日のうちに板の記録を更新した。
◇
坑板・攻略考察スレ
【1:四十七層から映像が来てる。協会の公式記録は四十二層だぞ】
【2:は?】
【3:リンク貼れ】
【4:クランの自前回線だろ。天穹あたりが金かけたんじゃないの】
【5:天穹は先月設備部門切った。ニュース出てる】
【6:じゃあ他のクラン】
【7:無理。四十七層まで引くには最低でも四十七台要る。一台の到達距離が一〜二階層なんだから】
【8:四十七台っていくら】
【9:坑内仕様の据置型は一台八万が相場】
【10:三百七十六万か。クランなら出せる額では】
【11:金の問題じゃない。据えに行く人間の話だぞ。四十七層に非戦闘員を四十七回連れてくのか】
【12:じゃあ誰が置いたんだ】
【13:協会だろ。公共インフラって建前になってる】
【14:協会の予算は四十二層まで。今日の会見で部長が言ってた】
【15:じゃあ誰】
【16:待って、映像もう一回見た】
【17:どうした】
【18:壁に箱がある】
【19:18分40秒あたり。隊員がヘッドランプ振ったとき、右奥の壁に灰色の箱】
【20:ほんとだ】
【21:拡大したやつ上げる】
【22:刻印読めるか?】
【23:AJ-0417】
【24:AJって何】
【25:メーカーの型番じゃないの】
【26:坑内機材でAJから始まる型番のメーカーはない。調べた】
【27:資材コードの可能性。Aライン・実装、みたいな社内記号】
【28:どこの社内記号だよ】
【29:待て。三十二層の配信でも同じ形の箱を見た覚えがある】
【30:俺も】
【31:二十層にもある。初心者帯だから普通に映ってる】
【32:過去ログ掘ってくる】
【33:ちょっと待て、刻印の下に何か書いてある】
【34:どこ】
【35:AJ-0417の下。手書きっぽい】
【36:拡大しても潰れる。数字に見える】
【37:日付じゃないかそれ】
【38:日付を手書きで? 機材に?】
【39:意味わからん】
【40:メーカーはそんなことしない】
【41:じゃあ据えたやつが書いたんだろ】
【42:据えたやつ】
【43:据えたやつって、誰だよ】
◇
同時刻、遠征隊の配信のコメント欄。
『——到達しました。第四十七層です。第四十七層、記録更新です』
『いや待って、記録は四十二層のままだから。これ非公式だから』
『非公式でも来たものは来ただろ! いま日本でいちばん深いとこにいるの俺らだから!』
『声でかい』
『だって電波来てるんだもん。前回は四十層で真っ黒になったんだよ。誰にも見せられなかったんだよ』
【おめでとう】
【すげえ】
【生で見られると思わなかった】
【つーか映ってるのがすげえよ】
【後ろ後ろ】
【壁の箱映して】
【隊長ぜんぜん気づいてない】
【誰も見てない】
【カメラの人、右向いて】
『え、なんですかコメント。右?』
『何もないですよ、岩しか』
【箱】
【灰色の箱】
【壁の下のほう】
『あ、ほんとだ。なんかありますね。設備っぽい』
『協会のでしょ。行こ行こ』
【行くな】
【行くなよ】
【今の映して】
【あの箱、三十二層にもあった】
【二十層にもあったぞ】
【全部の階層にあるってこと?】
【上から順に全部あるなら】
【四十七層まで全部にあるなら、四十七台以上ある】
【誰が】
【誰が四十七回降りたんだ】
『あの、コメントすごいことになってますけど』
『何。記録更新で盛り上がってるんでしょ』
『いや、みんな壁の箱の話してます』
『箱?』
◇
六月十八日、午前四時。
俺は前の日の夕方に帰って、そのまま十時間眠った。三回降りたぶんの疲れが、まとめて来た。
起きて、湯を沸かした。インスタントのコーヒーを濃く作る。土間が冷えていて、湯気が長く立つ。運河のほうで、船が一度だけ鳴った。
左腕がまだ張っている。第三十九層で片手作業をした翌々日は、いつもこうなる。湯呑みを持つ手が、少し震える。
ノートを開いて、第四十二層の欄を見た。
AJ-0451。二〇二四年四月設置。設計寿命三年半、あの階層は乾いているので係数は良いほうだ。計算すると、切れるのは二〇二七年の秋。まだ一年ある。
その下の四十三層から四十七層は、二〇二四年から二〇二五年にかけて据えた。どれもまだ持つ。
問題は上のほうだ。第二十層のAJ-0113が四か月。第十七層が来年の春。第十二層も来年。
深いところより、浅いところのほうが先に切れる。設置が古いからだ。人が通るところほど古い。
この順番が、たぶん誰にも理解されない。深いほうが大変で、浅いほうが簡単だと思われている。実際には、浅いほうが台数が多くて、寿命が来る回数も多い。四百七十七台の面倒を一人で見るというのは、深さの問題ではなく、数の問題だ。
二十日に十八万入る。八万で一台買って、九千円の電池を五本買っても、まだ足りる。浅利さんに一台ぶん返せる。
紙の上で金を割り振っていたら、携帯が鳴った。
須賀原だった。
「網代さん」
「うん」
「あの、今、ネット見てます?」
「見てないです」
電話の向こうで、息を吸う音がした。
「……いや」
「うん」
「いいです。すみません、朝早くに」
「なんかあった?」
「なんでもないです。ほんとに。すみません」
「須賀原」
「はい」
「二十層の電池、外注さんに伝わった?」
少し間があった。
「……確認します」
切れた。
携帯を置いて、コーヒーを飲んだ。ぬるくなっていた。
須賀原はときどきこういう電話をかけてくる。用があって、その用を言えずに切る。第二十層の電池の件も、あれからまだ返事が来ていない。外注に伝わったのかどうかも分からない。
伝わっていないなら、来月自分で降りればいい。
ノートに、六月二十一日、第二十層、電池交換、と書いた。
書きながら、これで六月は四回降りることになる、と数えた。多い。多いが、四か月後に落ちるものを四か月後まで放っておく理由がない。
窓の外が白みはじめていた。梅雨の合間の晴れの日で、運河の水が明るい。
携帯は伏せたままにしてある。見ないのは、見ても仕事が減らないからだ。
◇
坑板・攻略考察スレ
【48:過去ログ掘った。二〇二三年の三十層の配信に同じ箱が映ってる】
【49:刻印は?】
【50:AJ-0331。読める】
【51:番号が若い=古い設置ってことか】
【52:四十七層のがAJ-0417で、三十層のがAJ-0331なら、番号は設置順だな】
【53:じゃあ0417の前に416台あるってことになる】
【54:四百台以上】
【55:一人でやったわけないだろ。班があるんだよ。協会の非公開部隊とか】
【56:それなら予算に出る。出てない】
【57:協会の公式記録は四十二層。でも四十七層まで箱がある】
【58:……おい】
【59:やめろ】
【60:何を】
【61:それ以上考えるな。仕事が手につかなくなる】
【62:もう手につかない】
【63:】
【64:とりあえず、数えるか】
【65:何を】
【66:全部の階層の配信を見て、箱の刻印を全部拾う】
【67:正気か】
【68:やる。過去三年ぶんの深層配信、全部ある】
【69:手伝う】
【70:俺も】
【71:番号と階層と、あと下の手書きの日付な】
【72:日付が全部読めたら、そいつが何年かけたか分かる】
【73:何年かけたか】
【74:】
【75:】
【76:おい、誰か何か言えよ】
【77:言わないぞ。俺は絶対に言わないからな】




