第35話 不足、四・七キログラム
何度やっても、二十九キロになった。
九月八日の午前、作業場の土間。方眼紙に品目と重さを書き出して、三回計算した。
中継機、三台。第四十八層、第四十九層、第五十層。新型は一台十一キロで、三台で三十三キロ。
この時点で、上限を八キロ超えている。荷物を一つも足していない段階で、だ。
軽い筐体はある。二〇一四年までのアルミ製で、一台七・四キロ。三台で二十二・二キロ。
だが出力が落ちる。第四十九層は、図面の注記に「下り口正面 岩棚 落石注意」とある。岩棚に据えるということは、位置の自由度が小さい。出力が足りなければ、代わりの場所がない。
それと、水の問題がある。
第三十七層でやられた。予定位置が水没していて、通路を三本歩いて代替地点を探した。あれは中層より上の話だ。第四十九層で同じことが起きたら、探せる範囲がもっと狭い。
だから、本当は予備が一台要る。
電池。往路二十一時間、作業が三か所で合計五時間から八時間、復路二十一時間。ヘッドランプが六時間で一本。中継機の初期投入ぶんが三本。予備を含めて十四本で、一・三キロ。
水と食料。二日ぶんで二・六キロ。第四十層より下の湧水は濾しても飲まないほうがいい。魔素が溶けている。
工具と測定器。二・二キロ。
背嚢そのものが、一・四キロある。空の袋の重さまで数えるところまで来ている。
紙の下のほうに、合計を書いた。何度書いても、数字は同じところに落ちる。
旧型三台で、二十九・七キロ。
新型なら四十・五キロ。予備を足せば、そこにもう七・四キロが乗る。
上限は二十五キロだ。
削れるものを探した。
電池を四本減らすと、復路の最後の四時間が暗くなる。前にやった。第三十四層から第三十二層まで、壁に手をついて降りて、四時間かかった。あれは中層だ。第四十八層でやると、たぶん帰れない。
食料を一日ぶんにすると、一・三キロ浮く。往復四十二時間を一日ぶんの食料でやると、後半の判断が鈍る。鈍った状態で据えると、位置を間違える。
工具から、使わないかもしれないものを抜く。トルクレンチの替えヘッドと、予備の樹脂板を二枚。〇・八キロ。
全部やって、二十九・七から一・七キロ落ちる。
二十八キロ。
まだ足りない。
残っているのは、削ると据えられなくなるものと、削ると帰れなくなるものだけだ。
俺はノートに書いた。
不足 四・七キログラム。
この四・七キロが、どう削っても出てこない。
十五年、この計算をしてきた。
いつもは答えが出た。答えが出なければ、その階層を来月に回した。
今回は、回す先がない。図面の残りは三つで、三つは一回で据えないと意味が出ない。
一台ずつ運べば五回。一回四十二時間で、間に休養を入れると二か月半。そのあいだに上の階層の電池が四本切れて、切れた順に下が消える。消えたら、また上から順に埋め直す。
二か月半かけて、振り出しに戻る計算になる。
◇
午後、浅利無線へ行った。
浅利さんは棚の裏から旧型を一台出してきて、カウンターに置いた。
「七・四キロだ。実測」
「軽いですね」
「筐体がアルミだからな。二〇一四年までのやつは全部これだ。錆びるから作らなくなった」
「出力は」
「規格の六割八分」
「測ったんですか」
「昨日測った。あんたが来ると思ったからな」
俺は数字を頭に入れた。六割八分だと、第四十九層の岩棚から第四十八層まで届くかどうか、微妙なところになる。届かなければ位置を変える。岩棚以外の場所は、図面に書いていない。
「岩棚の一択なんだろ、四十九層は」
「図面にはそう書いてあります」
「実測は」
「誰もしてないです」
「じゃあ、行って駄目だったら終いだ」
「終いです」
「無理だな」
浅利さんが言った。
「無理です」
「他に軽いのはねえ。あとは電池を減らすくらいだ」
「減らすと帰れません」
「だろうな」
彼はカウンターに肘をついた。
「三十四層まで誰かに担がせろ。そこから先はあんた一人でいい」
俺は答えるまでに間が空いた。
「規則で、同行者は」
「規則は先月変わったろ」
言われて、止まった。
変わった。設備作業者の到達を記録する区分ができて、それに伴って、深層作業の同行要件も見直された。早見さんが説明していった書類の三枚目に書いてあった。
読んだのに、自分に当てはめていなかった。
書類の三枚目は、深層作業の同行要件についての改正案だった。設備作業者が第十一層以深に入る場合、探索者登録者の同行を条件としていたものを、作業内容と経路が事前に届け出られている場合には登録の有無を問わない、と書き換える案だ。
つまり、須賀原でも入れる。
俺は三枚目を読んだ。読んで、次の紙に進んだ。それだけだった。
十五年、一人で降りる前提で計算してきた。前提を疑う項目が、計算表に入っていない。
「あんた、あの新人、いま何してる」
「須賀原ですか」
「そう。会社辞めたって聞いたぞ」
「実家にいます」
「暇だろ」
「暇だと思います」
浅利さんは旧型を棚に戻した。棚を見ずに、手だけが伸びる。
「兄ちゃん」
「はい」
「一人で行くのが偉いと思ってるなら、それはやめとけ」
「思ってないです」
「思ってなくても、そうなってる」
彼はカウンターの内側に戻った。
「使えよ」
◇
夜、作業場でファイルを開いた。
須賀原が置いていった手順書だ。付箋が四十七枚。二十一枚目まで、俺の字で答えが書いてある。
二十一枚目で止まっている。二週間前から、そのままだ。
二十二枚目を見た。
付箋にはこう書いてある。
「第四十層より下の手順が、この本には書いてありません。なぜですか」
俺は付箋を指で撫でた。糊が弱ってきていて、端が浮いている。
答えは持っている。
書かなかったのではない。書けなかった。
会社の業務として降りていない階層のことを、会社の手順書に書く方法がない。そう思っていた。それは表向きの理由だ。
本当は、書くと誰かが行くからだ。
手順書は、読んだ人間がそのとおりに動くために書く。二年半、須賀原は毎朝これを音読して、書いてあるとおりに手を動かしてきた。書いてあれば、行く。
第四十層より下は、往復四十時間かかる。手を止めれば見つかる。俺は据えている間だけ見つからないが、その理由を十五年知らなかったし、他人に同じことが起きる保証はない。
書けば、誰かが行って、帰ってこない可能性がある。
だから書かなかった。
十五年前に、資材を二台しか渡さなかった人がいる。その人は、あと一か月待てと言えばよかった、と言った。
俺は、あと一か月待てとも言わずに、行き先そのものを紙に書かなかった。やっていることは、たぶん同じ種類のことだ。
そう思っていたと、いま初めて言葉になった。
十五年、一人でやってきた理由は、他人を巻き込みたくなかったからだ。巻き込まないために手順を書かず、書かないから引き継げず、引き継げないから一人でやることになった。
順番が逆だと思っていた。一人だから書けなかったのではない。書かなかったから、一人になった。
俺はペンを取った。
二十二枚目の付箋の余白に書く。
「第三十四層までは、この本で行けます。そこから先は、まだ俺しか行けません」
書いて、ペン先を離した。
それから、もう一行足した。
「いずれ、書きます」
「いずれ」と書いた自分の字を、しばらく見ていた。
いずれ、というのは、日付のない言葉だ。俺はいつも日付を書く。刻印の下に、油性ペンで、小さく。日付のない記録は、記録ではない。
それでも、いまはそう書くしかなかった。
ペンのキャップを閉めて、ファイルを閉じた。
表紙は、白いままだった。




