【第29話】中庭の宴編 ー久遠の先視ー
常世は今日も安定している。
太陽は昇り、夜は巡り、
神々の営みは滞りなく続いている。
——少なくとも、記録上は。
久遠は、常世の最も高台にある宮に立っていた。
白亜の太陽宮、その奥。
空と雲と大地の境界に近い、名を持たぬ場所。
番人であり、観測者。
選ばず、裁かず、ただ“視る”ためだけの存在。
だが、常にここにいるわけではない。
必要があれば視える。
視えたときにだけ、立つ。
今日は、その日だった。
予定通りなら——
まもなく星が降ってくるはずだ。
「……ッ」
……カツカツ。
硬い足音が石を打つ。
聞き慣れた気配。
だが、今は歓迎できない光。
「おい久遠。
こんなとこでなにサボってる。
お前に手伝って欲しいことがあるんだが…」
(……よくない。
主を、今すぐここから遠ざけねばならない)
こういう時は、有無を言わせずあしらうのが一番この王には効く。
琥珀の瞳を見ることなく、早口で告げる。
「 承知しました。
では、後程そちらへ向かいます。
私目は今、役目があるためここを動くとは
できません。」
気配で分かる。
主が怪訝な顔をしている。
——それでも、見ない。
それが、我が主のためだからだ。
……その時。
ふと、空気が柔らいだ。
「久遠のおサボり〜♪」
——揺れる銀の髪。
天照の背後から、ひょいと顔が覗いた。
「「……ッ!!?」」
思わず、足が半歩引く。
なぜ——避けた?
黒曜の瞳が、普段より大きく見開かれる。
「な、何よ?久遠…
ちょっと怖いよ…」
——視えなかった。
久遠の先視が、規定値を外れた。
「お前はいちいち気にし過ぎた。
久遠はこういう奴だろう?」
主は、いつもと変わらぬ声音で“対”と話している。
「でも、なんか怒ってない?だって……
………だし………っだから!」
主は普段寡黙であるのに、
“対”とは、よく言葉を交わす。
「…………だから、お前はすぐ
人のことを怒ってるだのなんだ
ケチつける……………だろ?」
「……………ら!誤解だってば!
アマテラス様のことなんて言ってないし!」
——浮ついている。
久遠には分かる。
夜姫の神気が、いつもより軽く、弾んでいる。
夜を司る、未熟な神。
彼女の行動に、世界を揺るがす意図はない。
ただ——
純粋に、対に惹かれているだけ。
それだけだ。
太陽は、理性を保っている。
まだ——
あの未来は確定していない。
先程のように、
流れを違えることがあるかもしれない。
——しかし。
今日はもう、ここに立つ意味を失ってしまった。
本当は、追い返したかったのだが…
久遠は黒曜の瞳で夜の神を見据え、問いかける。
「夜姫様、
今日はどのような御用で太陽宮へ?」
整った顔立ち。
大人にも子供にも見える、不穏な均衡。
白い人形のような顔が、
悪戯に三日月の瞳で微笑んだ。
「ふふ…今日は
太陽宮の中庭でみんなでパーティーだよ!」
夜の神は久遠の周りをくるりと回り、
上機嫌に言葉を重ねる。
「須佐男はたーくさん!
秋の幸を持ってきたし。
水波女 は人間界のスパイスをたっぷり
買ってきて。
炎の神様も来るんだよ!
久遠も一緒に楽しもう。
ね?」
主は腕を組み、好きにしろ)とでも言いたげに黙っている。
——観測が必要だ。
久遠は迷いなく答えた。
「私は、何をすれば?」
その一言で、
夜の神の灰青の瞳が星のように輝いた。
跳ねて、飛んで、回転して、
軽やかに着地する。
「お前、落ち着け。
ガキか……」
主人の声音は、普段より柔らかい。
「だって、嬉しくて!」
そして、勢いよく夜の神が跳ねた。
夜姫は躊躇なく天照の腕に掴まり、ぶら下がる。
こんなことが許される存在は、常世にただ一柱。
空に響く二柱の笑い声。
主も、少しは教育をするべきだろう。
普段、外野がいる時は必ず眉間に皺を寄せ、
辛辣な言葉を投げるのに。
(このザマはなんだ……?)
「さ、お前も戯れついてないで
準備手伝えよ?」
「はぁ〜い♡
じゃ久遠、向こうで待ってるからね〜」
常世の最高神二柱は、
片腕に一柱をぶら下げたまま、
元来た回廊へと戻って行った。
◇
「……私は何を見せられているのだ?」
久遠は記録を遡る。
同様の揺らぎは、過去に一度も存在しない。
対を得たことで安定したはずの神格が、
逆に“個”として肥大している。
——まだ、書き加えるには早い。
ただ一行、補足として残す。
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観測対象:太陽神・天照
備考:感情の発生源が「世界」ではなく、
特定個体へと偏在し始めている
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常世の空は、今日も澄んでいる。
——それが、
いつまで保たれるかは不明だが。
久遠は小さく肩を落とし、
ゆっくりと太陽宮の中庭へ向かった。




