表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常世神話譚 ー夜姫と最高神の千年恋譚ー   作者: 福山蓮
【第一部 星を見上げる少女】
25/31

【第24話】 紅い果実飴編 常世の街に嵐落ちる2

 ──先程までの晴天は、幻だった。


 天照が一歩踏み出すたびに、

 空気そのものが色を失い、

 日光は削ぎ落とされ、

 風は鋭い刃に変わる。


 石畳には血管のような亀裂が伸び、

 街全体が 太陽神の怒気 を理解して震えた。


「お前ら…離れろ。」


 低音は地脈を鳴らすような重さで響き、

 その場にいた者たちの心臓を直接掴んだ。


 夜姫の背筋に冷たいものが走る。

 声を発しようとしても、息が喉に貼り付いて出ない。


 須佐男、夜姫、颯──

 その三点だけに、不自然なほど深い闇が落ちる。

 群衆は意識せず膝を折り、道を割いた。


 天照の髪は静電した炎のように逆立ち、

 琥珀の瞳には鋭い赤が灯る。


「夜姫を離せ、須佐男スサノオ

 ガキも気安く俺の対の名前を呼ぶな、触るな」


 颯はその地獄の底から響くような神の声に、

 生命が零れるような感覚を抱いた。


「…か、神なんだよな?

 悪魔とかじゃ…ないよな…」


 水波女みずはめは、

 夜姫の名が出た瞬間に瞳を細めた。


 “…あの太陽神天照が…?

 ──嫉妬をしている?”


 冷静なはずの彼女でさえ息を詰めた。


 須佐男はその怒気を真正面から浴びながら、

 夜姫を片腕に抱えたまま余裕の声を放った。


「……ッイ!アチ…かと思ったら冷テェ!

 アマちゃんお前何ガチギレしてんだよ!

 ったく…ほんとジメジメしたヤツだよな?

 本当は湿気の神とかなんじゃねぇの?」


 天照の拳を握る音が、静寂を裂く。


 夜姫の胸には理由の分からない熱がこみ上げる。


 その熱は喜びではない。

 ただ不安だけが増していく。


 颯は、音を聞いた瞬間に悟った。

 “今日、神の手によって死ぬかもしれない……”

 膝が笑い、後退りする。


 須佐男は大きく息を吐き、

 軽い調子のまま天照を指差す。


「あのなぁ!この際だから言っておくぜ?

 よーく耳の穴かっぽじって聞け。」


 夜姫は小さく肩をすくめる。

 止めたいのに、声が詰まる。


 須佐男は淡々と続ける。


「夜姫ちゃんは、お前の対かもしんねぇけど、

 お前んじゃないの!

 夜姫ちゃんを縛る権利なんか、

 これーーーーっぽっちもないんだぜ?

 そこんとこよく覚えとけ!

 ほら、返事!!」


 天照がゆっくりと歩き出す。


 一歩ごとに熱が地を焼き、

 空気が震える。


「俺に指図するか?

 ……須佐男スサノオ。」


 須佐男が天照の言葉に眉を上げる。


「当たり前だろ。

 なんだ上からモノ言ってんのか、

 太陽…」


 夜姫は思わず後退った。

 胸が痛いほど鳴って、息が浅くなる。


「須佐男…お前は少し、

 そのイかれた頭を直してこい。」


 その言葉に須佐男の翡翠の瞳が揺らいだ。


 天照の足元の石が赤熱し、

 ひび割れた破片がぱちぱちと跳ねる。


「テメェ、もう一度言ってみろ。

 どっちがイカれてるか、

 ハッキリさせようや…」


 天照は顔を上げ、

 灼きつくような真紅の瞳で告げた。


「夜姫は俺のだ。

 生まれる前から、俺のだ。

 俺の対に触れる時はまず俺に確認しろ」


 夜姫の肺が一瞬だけ空になる。


 その言葉が意味するものが、

 彼女には理解できない。

 理解できないからこそ、恐ろしい。


 須佐男スサノオが天照の額に触るように前に出る。


「テメェ…

 夜姫ちゃんの気持ち尊重してんのかよ。

 最高神だからって何か見下してねぇか?

 よく分かった…

 守れんのはやっぱ俺しかいねぇ。

 お前に夜姫ちゃんは、絶対に渡せねぇ」


 天照の眉がわずかに動き、

 声が低く沈む。


「須佐男…

 お前、俺に敵うと思ってるのか?」


 須佐男の額に怒りの血管が浮く。


「ああ、負ける気しねぇよ…

 やんのか?

 ──太陽?」


 二柱の神気が激突し、

 大気が波打ち、視界が歪む。

 夜姫は思わず目を閉じかける。


  風向きすら変わり、街の通りの旗がバタバタと裏返る。人々は息を潜め、“街が割れる”と本気で思った。 


 水波女は店主を横に庇いながら、

 わずかに笑っている。


 夜姫が仲裁に入ろうとした、


 ──その時。


 鉄砲玉のような異質な空気が駆け出し、

 街中に響き渡る叫び声を轟かせた。



 颯「待った!

 二人で取り合うな…、俺も…!

 夜姫が…世界で一番好きなんだーーーー!!」



 空気が凍り、

 常世最強二神の殺気が同時に、獣のようにぐるりと向く。


「「……は?」」


 赤黒い太陽の気配と、

 翡翠の黒い嵐が一点に収束する。


 天照は獣の瞳で放つ。

「小僧、夜姫の名前を呼ぶな…

 "夜姫様"だ。」


「クソガキが呼び付けすんな!(ブチ切れ)

 俺だって呼んでねぇんだぞ!?」


  水波女は手で口を覆い、

 “あぁ…颯、今日は運が悪かった…”

 と心の中でそっと弔った。


 颯は命の終わりを覚悟し、

 膝を崩しながら叫んだ。


「……よ、夜姫は許してくれてる!!

 アンタらが決めることじゃない!」


 天照の瞳が更に赤くなる。


「…っぁ」

 その狂気に颯が声を漏らす。


 夜姫の喉が詰まる。

 頬がひりつく。

 天照が何に怒りを立てているのか、夜姫には検討もつかない。


 颯の足元の石が溶けはじめる。


「ガキ、死にたいか?」


 声は冷たいのに、

 死が確かに背後に立つ。

 天照の大きな手が颯に伸びた、

 その時。

 須佐男が怒気を孕ませ天照の腕を掴び叫んだ。


 翡翠の瞳は怒りの色に染まっている。


「混ぜるだと…

 夜姫を舐めてんのか?

 男なら…!!!!選ばせてみろや!!

 人間!!!」


 須佐男の天照を掴む手から、

 嵐の神気が常降の空まで渦を巻いて吹き上げる。


「…ご、ごめんなさい!

 ……ぁ……っ…で、

 …でも!!」


 颯は無謀にも颯は涙を溢す。


 そして、肺いっぱいに思い切り空気を吸い込み、震える声で全力で叫んだ。


「夜姫は……!」


 青年が本気の瞳で、常世の高位神に抗議する。


「争いなんてする男…!!」


 須佐男がその気合いに僅かに怯んだ。


「嫌いだぁぁぁぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


 二柱の神気がパリンと割れるように霧散した。


 風が戻り、

 光が降り、

 世界が息をつく。


「……………………………………………………………………………………………………………。」


 静寂。


 夜姫は胸を押さえながら、

 二神を見上げる。


 天照と須佐男の動きも止んだ。


 睨み合っていた二神はバツが悪そうに目を逸らし、須佐男も夜姫をそっと離した。


 夜姫は天照と須佐男の顔を交互に見て、

 小さく息を吐いた。


「二人とも…大好きだよ。

 だから、喧嘩しないで。」


 陽光に照らされる銀髪、

 灰青の眩しい程の瞳が優しく緩む。


 この言葉を聞いた誰もが思った。


 “…この娘はまだ、

 自分が何者か分かっていない ──"


 須佐男は少し俯いて夜姫に囁いた。


「おうよ…

 ……またアマちゃんで不自由することあ

 れば、いつでも言ってな…

 こいつ、マジで大人気ないかんな…

 俺様に免じて許してやってな?」


 ジトリ…と天照が睨む。

 が、先程までの殺気はない。


 クスクスと夜姫が微笑む。


「ありがとう…須佐男。

 アマテラス様も…、

 大丈夫。

 私は、生まれた時から貴方だけのものだよ」


 夜姫の告白に恥じらいはない。

 周囲がざわつく。

 大袈裟に須佐男は頭に手を当て崩れ落ちる。


 様子を見ていた人々も、

 少しずつその様子に戻って来ては覗いている。


 天照は俯いたまま無言。

「…………………。」


 水波女 は颯と店主の隣に立ち、

 穏やかに微笑んでいる。


 先程のことなど幻だったかのように、

 須佐男は大笑いしながら天照の背中をバシバシ叩き吠える。


「まぁまぁ!

 俺ら2人とも大好き♡

 って、言ってくれてる事だし?

 三神で結婚しちゃうか!」


 夜姫も調子に乗って笑い転げる。


「あはははは!

 それ、結構たのしいね」


 それは、取り繕いでも、強がりでもなかった。


 ただ今この瞬間が、心から楽しいという、

 夜姫のまっすぐな実感だった。


 ──だが。


 その笑みの奥で、

 天照の視線だけが色を変えていた。


 それは怒りでも、嫉妬でもない。

 ――手放さないと、決めた者の目だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ