【第24話】 紅い果実飴編 常世の街に嵐落ちる2
──先程までの晴天は、幻だった。
天照が一歩踏み出すたびに、
空気そのものが色を失い、
日光は削ぎ落とされ、
風は鋭い刃に変わる。
石畳には血管のような亀裂が伸び、
街全体が 太陽神の怒気 を理解して震えた。
「お前ら…離れろ。」
低音は地脈を鳴らすような重さで響き、
その場にいた者たちの心臓を直接掴んだ。
夜姫の背筋に冷たいものが走る。
声を発しようとしても、息が喉に貼り付いて出ない。
須佐男、夜姫、颯──
その三点だけに、不自然なほど深い闇が落ちる。
群衆は意識せず膝を折り、道を割いた。
天照の髪は静電した炎のように逆立ち、
琥珀の瞳には鋭い赤が灯る。
「夜姫を離せ、須佐男…
ガキも気安く俺の対の名前を呼ぶな、触るな」
颯はその地獄の底から響くような神の声に、
生命が零れるような感覚を抱いた。
「…か、神なんだよな?
悪魔とかじゃ…ないよな…」
水波女は、
夜姫の名が出た瞬間に瞳を細めた。
“…あの太陽神天照が…?
──嫉妬をしている?”
冷静なはずの彼女でさえ息を詰めた。
須佐男はその怒気を真正面から浴びながら、
夜姫を片腕に抱えたまま余裕の声を放った。
「……ッイ!アチ…かと思ったら冷テェ!
アマちゃんお前何ガチギレしてんだよ!
ったく…ほんとジメジメしたヤツだよな?
本当は湿気の神とかなんじゃねぇの?」
天照の拳を握る音が、静寂を裂く。
夜姫の胸には理由の分からない熱がこみ上げる。
その熱は喜びではない。
ただ不安だけが増していく。
颯は、音を聞いた瞬間に悟った。
“今日、神の手によって死ぬかもしれない……”
膝が笑い、後退りする。
須佐男は大きく息を吐き、
軽い調子のまま天照を指差す。
「あのなぁ!この際だから言っておくぜ?
よーく耳の穴かっぽじって聞け。」
夜姫は小さく肩をすくめる。
止めたいのに、声が詰まる。
須佐男は淡々と続ける。
「夜姫ちゃんは、お前の対かもしんねぇけど、
お前んじゃないの!
夜姫ちゃんを縛る権利なんか、
これーーーーっぽっちもないんだぜ?
そこんとこよく覚えとけ!
ほら、返事!!」
天照がゆっくりと歩き出す。
一歩ごとに熱が地を焼き、
空気が震える。
「俺に指図するか?
……須佐男。」
須佐男が天照の言葉に眉を上げる。
「当たり前だろ。
なんだ上からモノ言ってんのか、
太陽…」
夜姫は思わず後退った。
胸が痛いほど鳴って、息が浅くなる。
「須佐男…お前は少し、
そのイかれた頭を直してこい。」
その言葉に須佐男の翡翠の瞳が揺らいだ。
天照の足元の石が赤熱し、
ひび割れた破片がぱちぱちと跳ねる。
「テメェ、もう一度言ってみろ。
どっちがイカれてるか、
ハッキリさせようや…」
天照は顔を上げ、
灼きつくような真紅の瞳で告げた。
「夜姫は俺のだ。
生まれる前から、俺のだ。
俺の対に触れる時はまず俺に確認しろ」
夜姫の肺が一瞬だけ空になる。
その言葉が意味するものが、
彼女には理解できない。
理解できないからこそ、恐ろしい。
須佐男が天照の額に触るように前に出る。
「テメェ…
夜姫ちゃんの気持ち尊重してんのかよ。
最高神だからって何か見下してねぇか?
よく分かった…
守れんのはやっぱ俺しかいねぇ。
お前に夜姫ちゃんは、絶対に渡せねぇ」
天照の眉がわずかに動き、
声が低く沈む。
「須佐男…
お前、俺に敵うと思ってるのか?」
須佐男の額に怒りの血管が浮く。
「ああ、負ける気しねぇよ…
やんのか?
──太陽?」
二柱の神気が激突し、
大気が波打ち、視界が歪む。
夜姫は思わず目を閉じかける。
風向きすら変わり、街の通りの旗がバタバタと裏返る。人々は息を潜め、“街が割れる”と本気で思った。
水波女は店主を横に庇いながら、
わずかに笑っている。
夜姫が仲裁に入ろうとした、
──その時。
鉄砲玉のような異質な空気が駆け出し、
街中に響き渡る叫び声を轟かせた。
颯「待った!
二人で取り合うな…、俺も…!
夜姫が…世界で一番好きなんだーーーー!!」
空気が凍り、
常世最強二神の殺気が同時に、獣のようにぐるりと向く。
「「……は?」」
赤黒い太陽の気配と、
翡翠の黒い嵐が一点に収束する。
天照は獣の瞳で放つ。
「小僧、夜姫の名前を呼ぶな…
"夜姫様"だ。」
「クソガキが呼び付けすんな!(ブチ切れ)
俺だって呼んでねぇんだぞ!?」
水波女は手で口を覆い、
“あぁ…颯、今日は運が悪かった…”
と心の中でそっと弔った。
颯は命の終わりを覚悟し、
膝を崩しながら叫んだ。
「……よ、夜姫は許してくれてる!!
アンタらが決めることじゃない!」
天照の瞳が更に赤くなる。
「…っぁ」
その狂気に颯が声を漏らす。
夜姫の喉が詰まる。
頬がひりつく。
天照が何に怒りを立てているのか、夜姫には検討もつかない。
颯の足元の石が溶けはじめる。
「ガキ、死にたいか?」
声は冷たいのに、
死が確かに背後に立つ。
天照の大きな手が颯に伸びた、
その時。
須佐男が怒気を孕ませ天照の腕を掴び叫んだ。
翡翠の瞳は怒りの色に染まっている。
「混ぜるだと…
夜姫を舐めてんのか?
男なら…!!!!選ばせてみろや!!
人間!!!」
須佐男の天照を掴む手から、
嵐の神気が常降の空まで渦を巻いて吹き上げる。
「…ご、ごめんなさい!
……ぁ……っ…で、
…でも!!」
颯は無謀にも颯は涙を溢す。
そして、肺いっぱいに思い切り空気を吸い込み、震える声で全力で叫んだ。
「夜姫は……!」
青年が本気の瞳で、常世の高位神に抗議する。
「争いなんてする男…!!」
須佐男がその気合いに僅かに怯んだ。
「嫌いだぁぁぁぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
二柱の神気がパリンと割れるように霧散した。
風が戻り、
光が降り、
世界が息をつく。
「……………………………………………………………………………………………………………。」
静寂。
夜姫は胸を押さえながら、
二神を見上げる。
天照と須佐男の動きも止んだ。
睨み合っていた二神はバツが悪そうに目を逸らし、須佐男も夜姫をそっと離した。
夜姫は天照と須佐男の顔を交互に見て、
小さく息を吐いた。
「二人とも…大好きだよ。
だから、喧嘩しないで。」
陽光に照らされる銀髪、
灰青の眩しい程の瞳が優しく緩む。
この言葉を聞いた誰もが思った。
“…この娘はまだ、
自分が何者か分かっていない ──"
須佐男は少し俯いて夜姫に囁いた。
「おうよ…
……またアマちゃんで不自由することあ
れば、いつでも言ってな…
こいつ、マジで大人気ないかんな…
俺様に免じて許してやってな?」
ジトリ…と天照が睨む。
が、先程までの殺気はない。
クスクスと夜姫が微笑む。
「ありがとう…須佐男。
アマテラス様も…、
大丈夫。
私は、生まれた時から貴方だけのものだよ」
夜姫の告白に恥じらいはない。
周囲がざわつく。
大袈裟に須佐男は頭に手を当て崩れ落ちる。
様子を見ていた人々も、
少しずつその様子に戻って来ては覗いている。
天照は俯いたまま無言。
「…………………。」
水波女 は颯と店主の隣に立ち、
穏やかに微笑んでいる。
先程のことなど幻だったかのように、
須佐男は大笑いしながら天照の背中をバシバシ叩き吠える。
「まぁまぁ!
俺ら2人とも大好き♡
って、言ってくれてる事だし?
三神で結婚しちゃうか!」
夜姫も調子に乗って笑い転げる。
「あはははは!
それ、結構たのしいね」
それは、取り繕いでも、強がりでもなかった。
ただ今この瞬間が、心から楽しいという、
夜姫のまっすぐな実感だった。
──だが。
その笑みの奥で、
天照の視線だけが色を変えていた。
それは怒りでも、嫉妬でもない。
――手放さないと、決めた者の目だった。




