004
ゴラードに連れられてゴラード家に来たのはいいものの、家があまりにも大きくて呆れはててしまった。これはもう家と呼べる大きさではない。屋敷だ。それも豪邸と言ってもいいほどの。
「大きすぎない?」
「だよな。俺も同感だ」
どうやらゴラード自身も大きすぎると思っているらしい。じゃあ、なんでこんな豪邸を買ったんだろうか。
「この屋敷は報酬で貰ったものなんだよ。屋敷を断ったら爵位されるとか言われて仕方なくな」
そりゃあ断れないね。
「という訳で部屋はたくさん余ってるんだ。好きな部屋を使ってくれ」
そう言いながら豪邸に歩み寄っていくゴラード。綺麗な門の前には門番が立っていて仕事をしており、ゴラードの姿を見ると敬礼する。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「あぁ、今帰ったよ、お疲れ様。これからはこいつも出入りするから、俺がいなくても通してやってくれ」
「かしこまりました」
俺が門番にぺこりと頭を下げるとその門番は微笑んでくれた。優しそうな人で良かったよ。それから門を通りすぎて屋敷の扉を開けば玄関フロアには執事服をきっちり着こなした40代くらいの男性がいた。その男性もゴラードを見ると軽く頭を下げる。
「お帰りなさいませ、旦那様。本日はお早いご帰宅ですか?」
「あぁ、旧友とばったり会ってな、今日は切り上げて帰ることにしたんだよ。悪いがこいつを風呂に入れてやってくれるか?」
「かしこまりました」
「頼んだ。それじゃあ、まずお前は風呂に入ってこい。服は後から持っていかせるから、ゆっくり疲れを癒してくるんだぞ」
ゴラードは俺も頭をまた撫でながらそう言ってくる。なぜ頭を撫でるのかは現在進行形で疑問だが、それよりもゴラードの言葉に苦笑する。
「疲れを癒すって言われても水浴びと大して変わらないよ」
「いいからしっかり湯舟に浸かってこい。いいな?」
「はーい」
こいつがこんなにも勧めるなら努めてゆっくりしてみようかな。執事の案内でこれまた豪華な風呂に案内され、恐る恐る石鹸や湯舟を使ってみる。おー、この石鹸はいい香りだ。
身体を洗って湯舟に浸かってゆったりすること数十分。そろそろ上がろうかと思って風呂場から出ると、貴族の子供が着るような控えめだが上品な服が整えて置いてあった。マジか。古着ってこの服のことなのか。俺の愛用していた防具服は凄く高価なやつだったから、もともと高価な服を着るのにはまったく抵抗はないんだよ。でも貴族の子供が着るようにデザインされているは別だ。こんな上品なデザインの服は生まれて初めて着ることになるから、ただの服なのになぜか緊張してしまう。だが仕方がない。裸のままでいるわけにもいかないし、ここにある服はこれだけしかないので着る以外に選択肢がない。
「よし、着よう」
着てみると大きさはちょうどいいくらいだった。サイズはあの執事さんが選んでくれたのかな?素晴らしいね。その時、扉の向こうに人の気配がしたので開けてみるとその執事さんが立っていた。
「湯加減はいかがでしたか?」
孫を見るような笑顔で聞かれる。
「さっぱりしました」
「それはよかったです。服も似合っておりますよ」
「あ、ありがとうございます」
服に気おくれしているのがわかったのだろうか。姿鏡がないので見下ろすしか確認方法がないが、執事さんが言うのならきっと似合っているのだろう。
「お客様、私に敬語は不要でございます。私は執事でございますが使用人でございますので、敬語を使われるような身分ではございません。どうぞ旦那様と同じようにお話し下さい」
そんなこと言われても、どうしてか執事さんには無意識に敬語を使ってしまうんだよね。品のある身のこなしだからかな。
「努力します」
今の俺にはそう答えるので精一杯だった。
「そうですか」
でも執事さんが寂しそうな表情になったのを俺は見逃さなかった。すぐにその表情は消えたが俺にはしっかりと見えた。
「旦那様はラウンジにおられます。お客様とお茶をするとお待ちですよ」
そう言って案内してくれた。さっきから俺のことをお客様としか呼ばないけど、執事さんは俺の名前を知らないのかな。
屋敷のラウンジは華やかでありながら落ち着いた雰囲気のある場所だった。真っ白なテーブルクロスがかかった丸い机上にはティーセットと見た目の綺麗なお菓子が準備されている。先に座っているゴラードも貴族用の上品な服に着替えており、上品な雰囲気を持つこの部屋に違和感なく馴染んでいた。ゴラードが俺が来たことに気づく。
「お、あがったか。その服なかなか似合ってるぞ。息子の好みに合わせて作ってもらった服だが、お前が着ても違和感がないな」
そう言ってがははは!と豪快に笑う。黙っていれば貴族のように見えるのに残念だ。雰囲気も壊れる。ここはギルドじゃないってのに。
「さっさとお前も座れ。お前が好きそうなお菓子を揃えてみたんだぞ」
「お菓子?」
確かに俺は男の割にはお菓子が好きだったけど好みをこいつに伝えた覚えはない。だが、確かに並べられているのは俺の好きそうなお菓子だった。なぜ俺の好みを知ってるんだ、ゴラードよ。少し怖いぞ。
俺が席につくと執事さんが紅茶を注いでくれる。まるで貴族になったかのような気分に違和感しかない。紅茶を一口飲んでから今度はお菓子に手を伸ばす。
「うまいか?」
「うん」
20年ぶりのお菓子で口いっぱいにしていると、ゴラードも同じようにつまみながら魔界に渡ってからの出来事を聞いてきた。別に隠すこともないので覚えているかぎり話してあげる。ときおりゴラードの顔色が青くなったり赤くなったりと忙しそうだが、それに構わず話していく。
「待て、待て待て待て。それじゃあなんだ、食事や睡眠もろくに取らずにずっと戦っていたってことか?」
「ろくにというか、まったくしてなかったよ。魔界に渡ってから一度も食事と睡眠はしてないからね。必要なかったし」
「・・・・はぁ」
重い溜息を吐き出すゴラード。吸収魔法のことも話したし、そのお陰で魔界で生き延びられたことも話した。そのどこに溜息を吐くような箇所がある?そんなことを考えながらも次のお菓子に手を伸ばすが、その前にゴラードの手によってお菓子が遠ざけられてしまった。なぜだ。
「なんで遠ざける?」
「暫くは固形物はなしだ」
「え、なんで?」
「20年も何も食べてなかったんだぞ。いきなり消化に悪い物を食べたら体調を崩すに決まってるだろ。まぁ、もうすでに何個かは食べちまってるけどな」
最もな意見です。だがしかし!
「大丈夫だよ。戻ってきても身体に変化はないし、いざとなれば魔法があるからさ」
俺には当てはまらないのだ。確証はないけど魔王を倒してから身体の調子が魔力の調子が格段に良くなってんだよね。だから大丈夫!そうゴラードに伝えたのだがだめだときっぱり言われてしまった。ああ、俺のお菓子が。
「セバス、聞いてたな?こいつの料理は暫くの間消化に良いものにしてくれ」
「かしこまりました」
あ、執事さんはセバスという名前なんだね。お菓子を見つめながらそんなことを思う俺を見て、ゴラードはそのままお菓子をセバスさんに下げさせてしまった。むぅ、お菓子が行ってしまった。
「お前、精神年齢も子供に戻ってないか?」
「戻ってるというより引っ張られてるんだよ。一応自覚はあるんだけど、こればかりはどうしようもないしね」
「そうか。お菓子を見ていたお前がそれなりの子供に見えたから、まさかと思ったぞ」
「いやー、ごめんごめん」
いったん冷静になろう。俺もさっきは子供っぽかったと思う。お恥ずかしい。
「お前はこれからどうするんだ?」
いや、いきなりどうするか聞かれてもね。やっぱり・・・
「冒険者?」
「やはしそうか。お前は冒険者が好きだったし、それしかやったことがないって言ってたもんな。それ以外にないか」
うんうんと独りで納得しているゴラードも無視して紅茶を飲む。美味しい。
「でも、お前は目立つには好きじゃないだろ?」
「ん?どうして目立つような話になるの?」
「そりゃあ、守護のフリードは俺たちよりも有名だからな」
「守護?」
首をかしげる俺に吟遊詩人や人々が語っている話を聞かせてくれた。英雄を4人の中で一番多くの魔物を倒し、仲間を救った英雄の中の英雄、巷ではそう呼ばれているらしい。なんてことだ!
「じゃあ俺はもう冒険者として行動できないの?」
ギルドカードは偽造ができないようになっているし、それはいくらなんでもギルドマスターでも無理だ。それに再登録もできないから登録し直して名前を変更することもできない。詰んだ。
「どんなこの世の終わりのような顔をするな。俺がどうにかしてやる」
おー!ゴラードが今だけ物凄く格好よく見えるよ!
「おい、今失礼なことを考えなかったか?」
「考えてない、考えてない」
ぶんぶんと顔を横に振って即座に否定する。それも疑うようにゴラードがじっと睨みつけてくるが、俺はそんな視線から逃れるようにティーカップを掴み取った。そんなとき、人の気配が2つ俺たちのいるラウンジに向かって迫りくるように近づいてきた。何事かとゴラードを見上げたがそのゴラードも少し身構えているようだった。それなら俺も少し準備しておきましょうかね。
そして勢いよく扉が開いた。