第百三話 幕間。或いは後悔しない選択肢
令和元年最後の投稿になります。思い返せば二か月前の十月二十日から休むことなく投稿して来られたのも、皆さんの感想やブックマーク、評価に助けられての事でした。最大限の感謝を。めっさ、いや、ごっさ感謝しています。それでは皆さん、良いお年を~。
完全に『乙女』な顔をする雫を理沙と二人で散々からかい、看護婦さんに『煩い!』と怒られて、しばし。
「……それで? 瑞穂はいつ退院なの? っていうか、二週間ぐらい入院してるけど大丈夫なの? そもそも靭帯切れてこんなに入院するの?」
雫の当然と言えば当然の言葉に、少しだけ眉を顰める。
「……大丈夫なんだよね、それが」
概ね、靭帯が切れてから手術・入院は10日前後と言われている。リハビリも順調に進んでいるので、退院自体はもうすぐ出来る。っていうかぶっちゃけ、もういつでも退院して構わないのだが。
「……ウチ、両親共働きだから。一人で生活できない娘抱えるぐらいなら入院しておけ、って」
「……それは……」
「ちょっと……可哀想?」
「だよね?」
母親も大急ぎで長期休暇をとる為に残業したらしく、『ようやく高い個室から出せるわ』と、怪我の具合を聞いた時よりも嬉しそうだった。この入院で、親の愛というものを疑った私にとって、その言葉は止めとなったのは言うまでも無い。
「……まあ、そういう訳でそろそろ退院できるかな? 学校の方も部活中の怪我だったじゃん? だから公休扱いにしてくれるらしい」
尤も、補習はあるらしいが。それでもまあ、二週間もリフレッシュできた。退院後に何しようか、それが迷い処ではあるのだが。
「……そっか」
「ん? どったの、理沙?」
「いや……それでさ? 瑞穂、その……バスケ部は……?」
言い難そうに、そう話を切り出す理沙。その姿に、私は思わず苦笑を浮かべて。
「……バスケ部は、辞めるよ」
自分でも、予想しないぐらいにするりと言葉が出て来た。
「……」
「……まあ、ほら? 私なんてちびっ子じゃん? どんなに頑張っても兄貴みたいな凄い選手にはなれないだろうし……このタイミングじゃなくてもきっと、何処かでバスケは辞めてたと思うよ」
兄貴は名選手と言っても過言じゃない。まあ、流石にNBAに行くのは難しいだろうが……このまま大学でもバスケを続けて、実業団でもバスケ、上手くすればプロ選手に成れるかも知れない。
「……私じゃどう頑張っても大学生までだろうしね。まあ、ママさんバスケ……みたいなサークルがあるかどうかはともかく、そういうサークルみたいなモノには参加するかも知れないけど……きっと、『本気』でバスケをするのはもうお仕舞かな。折角だし、料理でも頑張って浩之先輩にでも振舞おうかな~。あの人もバスケを止めた先達だし? 気晴らしの方法とかも教えて貰えないかな~って」
まあ、そうは言っても件の浩之先輩にはあの日以来、逢ってはいないのだが。私の言動にも問題があったのは百も承知だが、それでも流石に冷たすぎじゃないですかね、浩之先輩!
「……そっか。瑞穂、バスケ辞めちゃうのか」
「……ごめんね、理沙」
「ううん。それが瑞穂の判断なら……私はそれを尊重するよ」
そう言って悲し気に微笑む理沙。そんな笑顔に、少しだけ、胸が痛く――
「――アンタさ? それで後悔しないの?」
――不意に、雫がそう声を掛けて来た。
「……」
「私も理沙と一緒。瑞穂がバスケを止める選択肢を選ぶんなら、それを尊重するし、別にバスケを辞めたぐらいで友人関係壊れるとも思ってない」
「……ありがと」
「でもアンタ、本当に後悔しないの?」
「……」
「どうなのさ?」
「し、雫! 言い過ぎよ! 瑞穂、気にしなくて――」
「……するよ、きっと。絶対、後悔するに決まってるじゃん」
「……」
「でもさ? じゃあ、どうすれば良いの? 私、バスケ大好きだよ? でも、そんなに上手く無いんだよ!! 雫ほど背も高いワケじゃない私が、リハビリして試合に出れるの? そんなに簡単に行くワケないじゃない! 私には努力しか無いんだよ!! その努力を取り上げられて……どうすれば良いのさ!!」
神様というヤツが居るのなら、ぶん殴ってやりたいぐらいに、恨めしい。
頑張る事しか、努力する事しか能の無い私が、なぜその努力を取り上げられなくちゃいけないのか。別に、私じゃなくても良いじゃないか。他にもっと……怪我なんか気にしなくても良いぐらい、実力のある選手だって良いじゃないか。
なんで――私なのか。
そんな最低で、最悪で、情けない事を考えていた私に、雫が小さなため息を吐く。なぜだろう? その姿にカチンと来た。
「良いわよね、雫は! 身長が高いし、バスケも上手いし! ちょっとぐらい怪我しても、直ぐにレギュラーに復帰出来るだろうし!」
「……まあね。私も小さい頃半月板やったけど、直ぐにレギュラーに復帰出来たし。身長の高さってのは、バスケ選手の生命線だからね」
「ああ、そう! なに? 身長の低い私は無理だって言いたいワケ!?」
「そうは言ってない。言って無いけど、現実的に考えて私は直ぐにアンタがレギュラーに復帰するのは厳しいとは思ってる。特に練習の虫であるアンタが、その練習を取り上げられたら特にね」
「でしょう? なら、私は――」
「でもさ? アンタ、本当に『努力』したの?」
「――っ!! したわよ! 私は努力したわよ! なに? 私の努力程度じゃ足りないって言うの!? もっと頑張って、レギュラー取れるようになれって言うの!!」
「ああ、そうじゃなくて。これさ? 私の好きな人が言ってた言葉なんだけど」
そう言って、視線をこちらに固定して。
「『好きな事やっている人間は『努力』してるって言わないんだよ』」
「……っ」
「……アンタが一生懸命練習していたのは私も知ってるし……その姿に励まされた事も何度もある。感謝もしてる。でもさ? その人の言葉で思ったんだ。確かに練習は苦しかったし、辛かったけど……でも、バスケをしている時って『楽しい』んだよ」
「……」
「瑞穂はどうなの? バスケ、好きでしょ? 楽しいんじゃないの?」
「それ……は……」
「こっからは私の我儘だけどさ? 私はアンタとバスケをしている時が凄く楽しい。アンタのトリッキーなパスが通って、私がシュートを決めた後のあの悪戯っ子みたいなアンタの表情が堪らなく好き」
「……」
「叶うなら、私はもっとアンタとバスケがしたい。でもまあ、リハビリがしんどいのは経験者として分かるから無理強いも出来ない。だから、私が言えるのは一個だけ」
――後悔しないように、選択して欲しい、と。
「……辞めない方が……良いの?」
「分かんない。たださ? もし、迷ってるなら……少しだけ、時間をくれないかな?」
「……時間?」
訝しむ私に、雫は大きく頷いて。
「来週の市民大会、一緒に観戦に行こ? それから判断してよ?」
そう言って雫は微笑んだ。