第百四話 練習試合
新年あけましておめでとうございます。パソコンの前に一秒も座らずに一日中お酒を飲んでいました、どうも疎陀です。今年もよろしくお願いします。
「今日はよろしくね、東九条君!」
「こちらこそよろしくお願いします、雨宮先輩。それと……遅くなりましたが、練習場所の提供、ありがとうございました」
手を出してくる女子バスケ部キャプテンである雨宮先輩にゴシゴシとハーフパンツで手を拭ってその手を握る俺。そんな俺に苦笑を浮かべながら、雨宮先輩は左手に抱えたボールをポンポンとついて見せる。
「そんなに畏まらないで。智美から聞いた。瑞穂の為に頑張ってくれてるんでしょ? 本当は私たちがしなくちゃいけない事なのに……むしろ、押し付けてごめん」
「いえ、押し付けてなんて……僕にとっても可愛い後輩ですし」
「幼馴染なんですって? 良いわね、そういう関係」
憧れるわ~なんて笑いながら、それでもキリっとした表情を浮かべた後、雨宮先輩はこちらに視線を向ける。
「……それじゃ、確認。試合は八分ハーフの休憩二分のクオーター制。ハーフタイムは八分、ボールのサイズは六号ね。レギュレーションは今度の市民大会の男女混合の部の規定に合せたけど……問題ないかしら?」
「はい。その、本当に済みません。お忙しいのにお付き合い頂いて」
「さっきも言ったけど、気にしないで。本当は私たちがやらないといけない事だから……でもね?」
そう言って雨宮先輩はニヤリと笑い。
「負けるつもりは無いから。手加減は……しないよ?」
「……望むところですよ」
「上等。それじゃ、始めましょうか」
練習試合を、と。
……なんでこんな事になったかというと、時計の針を二日ほど遡らせなければならない。
◆◇◆
「ねえ」
「ん? どうした、桐生?」
いつも通りの練習終わり。体育館のモップ掛けをしている俺の隣に同じようにモップ掛けをしていた桐生が並んでそう話掛けて来た。
「私達、結構練習した……のかしら?」
「……そうだな。結構練習したぞ思うぞ?」
「相手チームに勝てるぐらい?」
「……」
試合に出よう、と決めたあの日以来、休みなく毎日練習してる。智美や秀明と云った経験者は勿論だが、桐生や藤田の初心者組のレベルも相当高くなっているのはなっているだろう。まあ、それで全国常連校に勝てるかと言えば、中々厳しいが。
「そこはまあ……戦略次第、って感じか」
「隠し玉があるのかしら? 私たちが知らない様な、あっと驚く作戦が」
「……ないな」
いや、桐生や藤田の成長が隠し玉と言えば隠し玉なんだが……そもそも相手は俺らの事なんて知らないだろうし興味も無いだろうチームだ。隠し玉もへったくれもあったもんじゃない。チームメイトに対して秘策があるのかと問われれば……残念ながら、否、だ。
「……にしても……どうした、急に?」
「……ちょっとだけ、不安なのよ。一生懸命練習したつもりだし、手を抜いたつもりはないけど……自分たちがどれくらい上手くなったのか、とか、今現在の『強さ』はどれくらいなのか、とか……そう云ったものを図る指標が無いじゃない?」
「あー……」
まあ、確かに。ずっと練習をし続けて来てはいるが、人数の関係上どうしたって実戦形式の練習は出来ないからな。経験者である俺達からすれば、ある程度指標みたいなものが見えるからそこまで不安は無いが……っていうか。
「……もしかして緊張してたりする、お前?」
「……悪いかしら?」
そう言ってツンっとそっぽを向く桐生。いや、別に悪くはないよ? 悪くは無いけど……
「……なんだろう? ちょっと意外っていうか……お前、緊張とかしないタイプだと思ってた」
「何を知っているのよ、私の」
「……そう言えばなんにも知らねーな」
意外に良いヤツ、ぐらいにしか桐生の事を知らないのかも知れない。『桐生は緊張しない』という思い込みも、スポーツ万能の桐生だし、くらいの表面をなぞった感想だし。
「……でもまあ、確かに東九条君の言うとおりね。私はテスト前とかピアノやヴァイオリンのコンクールの発表会とかでも緊張をした事は無いわね」
「逆に聞くけど、なんで? 普通、緊張しない?」
「分からないわ。分からないけど、きっと『緊張』というのは、きっといい結果を出そうとか、そういう事を考えたりするから出るものだと思うのよね」
「……ピアノやヴァイオリンは違う、と?」
「良い結果を出そうと思った事は無いわ。全力を出そう、とは常々思っていたけど。そうすれば結果はおのずと付いて来ると思っているし」
「……ストイック過ぎね?」
「そうかしら? むしろ、緊張は焦りを生み、焦りはミスを生むから緊張はしない様にしようと思ってたんだけど……」
そう言ってこちらをチラリと見やる。
「……東九条君、勝ちたい?」
「そりゃな」
勝てばどうなるか、なんてのは分かんない。それでも、試合にも勝てない様な俺が、瑞穂に何か言う資格ってのが無い様な気はしてる。強豪相手に、二年練習サボったヤツが勝って……それで初めて、なにかしらモノが言えるんじゃねーかって気はある。
「……今まで私は自分の為に頑張って来たわ。だから、結果が出なかったとしても悔いは……まあ、あるけど、それでも納得出来てたのよね。これが今の実力だ、って。でもね? 今回はそうじゃない」
そう言って視線をこちらに固定して。
「私も勝ちたい、東九条君。勝利を求める貴方の為に……そんな、貴方の力になりたいわ」
そう言って綺麗な微笑みを見せる桐生。
「……どうも」
……照れ臭いんですが。いや、めっちゃ嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど!
「……ふふふ。本当に、貴方といると何時も新しい事を学べるわね? 人の為に何かをするって云うのは、こんなにも緊張して……そして、ワクワクするものなのね?」
「……ごめん、照れ臭い。勘弁して」
「やーだぁ」
そう言ってペロリと舌を出す桐生。おい、お前。その姿、可愛いんですけど?
「……まあ、この恩はいずれ返す」
「別に恩に着せようってつもりも無いけど……」
「俺の気が晴れん」
「そう? それじゃ、お言葉に甘えて何か考えておくわ」
「あ、高いモノは勘弁な? 貧乏学生なんで」
「お金でカタが付くようなものは要求しないわよ。そもそも私、お金はあるもの」
「……一気に悪役令嬢っぽくなったんだが?」
「馬鹿ね? そうじゃないわよ。折角貴方が何かをしてくれる、って言うんだもの。金銭じゃ満たされないものを求めるって話。心配しないで、難しい事でも危険な事でも無いから」
そう言って、もう一度にっこりと微笑む桐生。
「……はいよ。にしても、そうだな。桐生の不安は考えなくちゃいけねーな」
練習は確かにしてきたが、実戦経験に乏しいのは事実だ。どれくらい修正出来るかはともかく、それでも試合形式の練習ぐらいはしておきたい。チームプレイの確認もしたいし。
「どったの、ヒロ? 難しい顔して」
「……智美か。いや、俺らって練習はしたけど、実戦経験皆無だよな、って話」
「あー……まあね。でも、そっか。確かに一回ぐらいは実戦練習しておかないと厳しいよね?」
そう言って少しだけ中空を睨む智美。
「……ええっと……明日はアレがあるし……うーん……」
その間、しばし。やがて、智美は少しだけ自信なさげにこちらに視線を向けた。
「どうなるか分からないけど……聞いて見ようか?」
「聞いて見る?」
「女子部のキャプテン。雨宮さんって云う人なんだけど、雨宮さんも瑞穂の事心配してくれてたし……話ぐらいは聞いてくれると思う」
「……良いのか?」
「勿論! でも……そんなに期待しないでね?」
智美から『オッケーだって! 練習試合、しようって』という返事が来たのはその翌日の事であり……まあ、冒頭で俺が雨宮先輩と硬く握手を交わしている理由だったりする。
◆◇◆
「……それじゃ東九条君、良い試合をしましょう?」
「……お互いに」
もう一度視線をバチバチとやり合わせ、俺は自陣のコートに戻る。桐生、智美、秀明、藤田の四人がこちらに向ける視線に俺はニヤリと笑ってみせ。
「――勝つぞ?」
「「「「――おう!」」」」




