表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/58

(57)オレは占われる

「アスカさん、ちょっといいですか?」


 はしご大作戦もかれこれ7軒目。

 暫く経ったところでマリュウが耳打ちしてきた。

 

「なに? マリュウさん」

「やはりこれは何かの試験のようなものだと思われます」

「試験? オレたちを試してるってこと?」


 だとしても一体何のために。


「はい。 おそらくそれぞれの店で合否を判定する人物が予め決まっているのでしょう」

「どうしてわかったの?」

「この店に入ってすぐ挨拶に来たケンという男が、先程店主と話しているのを聞きました」

「何て言ってたの?」

「合格だ、と」

「店主に報告した後はどうなるんだろう?」

「おそらくはあのビスコという女性へ連絡が行くのだと思います。店主の使いの者が外に出て行きましたので」


 なるほど。

 だとするともうすぐ次の店へ連れていかれるわけだな。

 

 但しビスコの姿は2軒目へ移動する時以来見ていない。

 代わりに、村の外でオレたちを出迎えた男たちが交替でやって来て案内役を務めていたのだった。

 

 もう少しどういう業務フローになっているのか知りたいところだが、それよりも目的の方が気になる。


「他に何か聞けた事はある?」

「いえ。情報統制という面では驚くほど徹底しているようです。引き続き注意しておきますが……」


 マリュウの耳でもキャッチ出来ないとなると、その辺の情報を漏らすような間抜けはいないという事になる。

 あるいは、重要な部分を知る人物は極限られていてそれ以外の村人はモブとしての役割しか知らないのかもしれない。

 

「今の話、リズには?」

「もう話してあります。それでアスカさんにも報告しろと」


 さすがリズ。

 昨夜の件でギクシャクしているとは言え、こういう事まで私情は挟まないってか。


「そっか。助かる」

「他の方々にも私から報告した方がよろしいですか?」

「いや、大丈夫だろ。後でオレの方から言っとくよ」

「そうですか。ではお願いします」


 実はそれはウソだ。

 ジュリアとピンピンには事情がわかるまで何も言うつもりはない。

 余計な事を考えないでいてもらった方がいいからだ。

 

 ま、後でオレが怒られればいいだけだしね。

 

 ニナが言った気を付けての意味が、この試験だというならまだ何か裏があるはずだ。

 その辺が見えてこないとこちらとしても動きようがない。

 動きようがないので動きたがりの2人には情報を入れない方がいいのだ。


「どうだい、楽しんでるかい? ここの魚料理は絶品なんだ。もう食べてみた?」


 声を掛けて来たのはケン。

 この店での判定人とマリュウが睨んだ男だ。

 

 さらさら茶髪ヘアーは襟足が肩につく程度。

 身だしなみからお洒落に気を使う人間らしいというのがわかる。

 ただ、首に巻いたマフラーは仮面ライダーかビジンダーの志保美悦子みたいだからやめとけとは思う。

 

 ちなみにフルネームはケンコウ・ヨグルド。

 言わずと知れたグリコヨーグルト健康だ。

 ついCMのメロディーを口ずさんでしまう。

 

 もうこの辺まで来るとさすがのオレもいちいち大きなリアクションはしないが、次から次へとよく知った名前が出て来るのでどうにもこうにもおかしな気分が抜けないままだ。

 こいつら全員初めて会う連中なのに、何故か最初から親しみを覚えてしまうし、一回自己紹介された後の顔と名前の一致率が異常値だ。

 

「ああ、さっき食べたよ。絶品だねあれは」

「だろう? この辺でしか取れない秘伝の香辛料を使っている村の名物料理のひとつなんだ」

「そうなんだ。なんて名前の料理なの?」


 この村に来てから何でもすぐ名前を聞くようになっているオレ。


「ワルナのパピコ風煮込みだ」


 うへぇ、名前を聞いただけだと味に不安しか覚えない響きだが、実際めちゃくちゃ美味かったんだよなぁ。

 

「覚えとくよ。ところでケン、酒は強い方?」

「まぁそこそこにはね。あまり飲み過ぎると体に良くないからほどほどに嗜んでいる程度だよ」


 さすがだな、健康だけにw

 だが、その健康志向を今夜だけは忘れてもらおう。


「真面目だな。でも今夜はもう少し飲んでもいいんじゃない?」

「もしかして、アスカが付き合ってくれるのかい?」

「もちろん! それじゃメスカーラで乾杯しよう」

「え……メスカーラ? いや、ほら、もう少し他の酒でもいいんじゃ……」

「何言ってんだよ。男だろ? メスカーラだよメスカーラ」

「あ、ああ……まぁ1杯ぐらいなら……」

「よーし、メスカーラ2杯! 大至急!」


 店主がいる奥の方へ大声でオーダーする。

 無口なここの店主は何も言わず、しかし迅速に注文の品をオレたちのテーブルまで運んでくれた。

 

「ありがとう。ついでにもう2杯おかわりの分も注文しとくよ」

「えっ……!?」


 ケンの顔が青くなったのを見てオレは勝利を確信した。


 店主は無言のままニコリともせずに厨房の方へ引き返していく。


「さ、かんぱーい!」


 無理矢理ジョッキをぶつけてぐいっと飲み干す。

 

 女のオレにそんな事をされたら四の五の言ってる場合じゃないだろう。

 ケンも慌ててジョッキをぐびぐびやって、多少時間はかかったもののジョッキを飲み干した。

 

 だが、ちょうどそこへ店主がおかわりを持ってきたのだった。

 

「うへぇ……」


 ケンがうんざりした顔で酒臭い息を吐く。

 なに、まさかこいつめっちゃ酒弱いんじゃないの?


「あと2、3杯おかわりするから適当に持ってきてよ」


 試しに無茶な要求をしてみるが、先程同様何も言わずに厨房へ戻る店主。

 少しは愛想ってもんがないのか、客商売だろ一応は。

 いや、まぁオレたちはタダだけれども、その分は当然村が払ってくれるんだよな?


「ちょっとアスカ……」

「ホラ、2杯目!」


 何か言おうとするケンを遮ってジョッキを手渡し、そのまま乾杯。


 またしてもいつの間にか周囲に人だかりが出来ていて、おおッ!と歓声が上がる。

 こんなに大勢に見守られちゃ恰好悪い所は見せられないよなぁケン。


 2杯目は男気を発揮してオレとほぼ同時に空けましたよ。

 さぁこっちのペースになってきた!


 ああ、新人歓迎会とかで潰しにかかるパターンをこんな所まで来て再びやってしまう事になるとは。

 オレは悪い大人ですごめんなさい。

 万が一急性アル中になったらリズに治癒魔法で治してもらうから。

 アル中に魔法が効くかどうかは知らんけれども。


 こうしてケンと一騎打ちを始めたオレをジュリアスのみんなはまたもや生温かい目で見守っていた。

 また後で何か言われそうだなぁ、やれやれ。


 だが、オレとてただの娯楽でケン潰しを始めたわけではない。

 

 この村の連中と来たら、オレたちに対してはあれやこれやと質問責めをするくせに自分達の事はほとんどしゃべらない。

 当たり障りのない事や、さっきの料理の名前などは聞けば教えてくれるが、こっちが気になっているような事は質問してもはぐらかされるか、自分は良く知らないと言って逃げられるのだった。

 

 なので酒の力を借りて少しでも情報を引き出そうと目論んだのだが、このケンという押しに弱そうな男は絶好のカモだと思ったので満を持して実力行使に及んだわけだ。


 しかし予想に反してケンもなかなかに骨太で頑固な男だった。

 もしかするとこれはこの小さい身長族の共通した気質のようなものなのかもしれない。


 かろうじて聞き出せた(と言えるのかどうか)のは以下のような事だった。

 

・ビスコのフルネームはビスコ・マードックで、村の者は基本マードックさんと呼ぶ

・お迎え三人衆の名前はそれぞれジーコーン・セミッシュ、プッチーニ・パポペ、パナップ・ポナピータ

 よりによってスーパーメジャー級の商品揃えやがったな畜生めw

・3人は村の三役と呼ばれるポジションらしい

・ギャバンは3班の班長、ジョアンは4班の班長でケンは2班の班長

・班は全部で5つあり、5班以外は持ち回りで様々な仕事をやる

・5班は村の警備を担当している

・ケンは独身(実にどうでもいい)

・外から来た人は村全体で歓迎するのがパピコ村の流儀


 これでもだいぶ頑張って聞き出した方だと思う。

 

 質問によっては周囲を伺うような素振りを何度も見せたので、やはり迂闊な事は口にしてはいけないという暗黙の了解があるのかもしれない。

 暗黙の了解どころか厳守義務のある掟かもしれないがw

 

 三役の仕事内容や、各班の作業の詳細、村の歓迎方法などについてはそれ以上聞いても答えてくれなかった。

 

 もう少し酔わせればいけるかな~とも思ったんだが、店主が8杯目のメスカーラを持ってきた時、ケンが降参した。


「もうダメだ! オレの負けだ……」


 男らしく負け宣言をするとそのままテーブルに突っ伏してしまった。

 

 おおお!と歓声が上がり拍手喝采。

 どうもどうも、とあちこちに愛想を振りまいているとそこへビスコが現れた。


「まったく、班長ともあろう者がこんな醜態を晒すなんて。だらしないねうちの男衆は」


 毒付いたのはケンに対してなのであろう。

 やや不機嫌そうな表情が、オレの方を向くなり一変して笑顔に。

 その変わり身を目の当たりにして、やはりこのおばさんタダ者ではないと確信した。


「そろそろ次へご案内しましょう。今度の店は今までとは一味違った楽しみがありますよ」


 意味ありげな事を言うとまた群衆が大移動を開始。

 他のみんなも無理矢理席を立たされる感じで波に呑み込まれる。



 8軒目の店はこじんまりとした感じの……いやいやこれはもはや店じゃないだろ!

 

 どう好意的に見ても4畳半あるかないかぐらいの小さな部屋。

 中には中央に半円型のテーブルがひとつ。

 円の外側に丸椅子が5つ並んでいるだけ。

 

 そしてテーブルの奥に店の主人と思しき老婆がひとり。

 

 しかも今回は村人たちはひとりも中へ入らず、代わりにビスコが中まで付き添う形だった。

 何もかもがこれまでとは全く違っている。

 

 ビスコが後手に入り口の扉を閉めると、外の喧騒が一瞬にして静寂に変わる。

 まるでそこにいるはずの村人たちが一瞬のうちに消えてしまったかのようだった。

 

 この部屋は外界とは切り離された異空間なのだと言われても信じてしまいそうだった。

 

「おババ、よろしくお願いします」


 オレたちの背中越しにビスコが奥の老婆に声を掛けると、おババと呼ばれた老婆が俯いていた顔を上げる。

 

 ――ひぃッ! やめて!!

 

 おめめが真っ白だよー!

 怖い怖い怖いってば!

 

 しかし怖さと同時に、ある事実に気が付いたオレはまた別な恐怖に囚われたのだった。

 

 この白い目、ラヴィとかいう森の民に操られたバニーニやパカラと同じじゃないか!

 

 まさか、今この老婆を通してラヴィがオレたちを見ているのでは?

 

「どうしたんですか、師匠」

「まさかアスカがそんなに怖がるなんて。意外と可愛いところあるじゃない」


 目聡くオレの様子がおかしいのに気付いたピンピンと、それに乗っかるジュリアだった。

 ま、ここは反論してもしょうがない。


「ははは、オレも人の子だからね。でももう大丈夫だから」


 が、マリュウは誤魔化されずにそっと耳打ちをしてくる。


「アスカさん、あれは……」

「うん、オレもそう思ったけど、たぶん考え過ぎだと思う」

「そうですか……」


 マリュウが納得してくれたかどうかはわからないが、同じ事に気が付くなんてさすがだ。


「どうしたのマリュウ」

「いえ、なんでもありませんリズ様」


 へぇ、そこはリズに報告しないんだ?

 なんでも全部包み隠さず話してるものだとばかり思ってたが、マリュウの取捨選択の基準が知りたいかも。


「さぁさぁ、みなさん早くそこへかけてくださいな。おババがお待ちかねですよ」


 ビスコがやたらともったいぶった感じで言うのでつい聞いてみたくなる。


「ここ何なの? 今までみたいなお店じゃないよね」

「ええ、ですから一味違うと申し上げました。さ、どうぞ座ってください」


 オレの質問に答えつつも有無を言わさぬ圧力で全員丸椅子に座らされてしまった。


「お婆さん、その目大丈夫なんですか?」


 ジュリアがおババに尋ねている。


「ファ~ッ!」


 突然おババが奇声を発したので、全員声を上げてびびる。

 

 明石家さんまの引き笑いを超高周波にしたような感じの声だった。

 ある意味、超音波攻撃と言えなくもない。

 

「なに、今の?」

「このお婆さんでしょ」

「マリュウ! どうしたの? 大丈夫?」

「いえ、ちょっと耳が……」


 どうやらマリュウの耳がやられてしまったらしい。

 一撃で地獄耳を破壊するとは、やはり超音波攻撃だったか。

 恐るべしおババ。


「これはこれは……若い娘さんばかり5人も……ファ~ッ。ワシも若い時分にはお前さんたちに負けない美貌で男どもをむにゃむにゃ……ファ~ッ」


 こ、これはきつい。

 超音波だけじゃなく、普通にしゃべる声が既にしゃがれたダミ声すぎて耳触りなノイズだ。

 マリュウは途中から耳をずっと塞いでいた上に、超音波が来るタイミングでは目を閉じて身をすくめていた。


 白目といい、ノイジーな声といい、超音波といい、何もかもが不快指数MAX案件。

 早くもここから逃げ出したくて仕方ないオレ。


「ほいだらまずはこれを……」


 おババが何かした様子もないのにいつの間にかテーブルの上にコップが5つ。

 中には白濁した液体が入っている。


「なにこれ」


 確認せずにはいられない怪しさだった。


「おババの店でふるまう唯一のものです。この村で作ったお酒なんですよ。お口に合うかしら、オホホホ」


 ビスコはオホホと笑うのかよ。

 だんだん本性が見え隠れしてきた気もするが、問題は誰が一番最初にこの酒に口をつけるか、だ。

 

 みんなお互いに顔を見合せながら牽制している……。


 しゃあないなぁ。


「じゃオレが」


 コップを手に取るや否やグビッと一気に呷る。

 喉を流れ落ちる液体が熱い。

 メスカーラほどじゃないがこれも結構、度が強いじゃないか。


 だが不思議と味は悪くない。

 というかむしろ旨いかもしれない。


「あれ、旨い?」

「ホント?」


 ジュリアが疑わしそうに言った直後にピンピンが続く。


「あ、美味しい!」


 ピンピンの口にも合ったようだ。

 例えるならどぶろくのような感じの味で、アルコール度数は強めの泡盛、みたいな。

 何となく野趣溢れる感じでオレは好きかも。


「結構強いのね。でも意外といけるかも」


 ジュリアも飲んだらしい。

 酒飲みジュリアなら嫌いじゃない味のはずだ。


「うっ……これは……」


 一方リズはまるで苦手らしい。

 確かに貴族の飲むような酒ではないかもしれない。

 ベリン大好きの舌の肥えたリズには合わないのも仕方ない。


 マリュウもしかめ面をして飲んでいるが、あれは酒の味云々じゃなくて耳の不快感が顔に出てるだけな気もする。


 全員が飲み干したのを見計らったかのように、急に部屋の中が暗くなった。

 調光器があるわけでもないのにどうやったんだろう?

 

「ほいだら誰からじゃ」

「はい?」


 誰からって何が?

 またもや一同顔を見合わせて意味わからんの表情。


 後ろに控えているビスコも今度は黙っている。

 なんなんだよ、お前何しにそこにいるわけ?

 

「お婆さん、何を始めるつもりなの?」


 我らがジュリアが沈黙を破る。

 

「お前さんからかい、いいじゃろいいじゃろ。ファ~ッ!」


 さすがにだんだん慣れて来たというか、そろそろ来るだろうと心の準備が出来るようになると多少破壊力が弱まるらしい。


「くっ……」


 但し約1名を除いてw

 

 耳栓でも貸してやりたいが、生憎と持ち合わせがない。


「フンッ!」


 おババが鼻息荒く気合いのようなものを入れる。

 

 そしてまたもやいつの間にかおババの前に水晶のような綺麗な玉が現れていた。

 小さい座布団のような布の上に乗っかっている。

 

 部屋が暗いので水晶の色まではよくわからない。

 おババの方からは何か見えているのだろうか。

 

 っていうかなに、これもしかして占い?

 占いババか!?

 

 なんだよ、それならそうと言ってくれよ。

 無駄に緊張して損したわ。

 

 はいはい、占いね。了解了解。

 

 ジュリアも、他のみんなも気が付いたらしく不安な表情は興味津々のそれへと変化していた。

 リズやマリュウまでも占いに興味があるとは意外な気がしたが。


「ファ~ッ!」


 油断した所へいきなり来やがったか! クソッ!

 マリュウが静かに悶絶している。


「赤毛のお嬢ちゃん。あんたは親の業をそのまま引き継いでいるね。父親は……武力……冒険者ってところかい。母親は……」


 おババがそう言った瞬間、ジュリアの顔色が変わった。


「もういい! やめて!」


 椅子から立ち上がってテーブルに両手をついておババに激しく抗議するように言い放つ。


「どうしたの、ジュリア?」


 ピンピンが驚いて声をかけるが、ジュリアはそっちを見向きもしない。


「ひゃっひゃっひゃ、そうかいそうかい。それならやめとこう。だが、もし興味があるなら後でこっそり聞きに来てもいいんだよ。ファ~ッ!」

「……結構です」


 こんな何でもない事で声を荒げたり怒ったりするなんて今まで見た事もないだけに、オレもちょっと面食らった。

 どうしたんだよ、ジュリア。

 

 ようやく椅子に座ったジュリアだが、まだ不機嫌な表情のままだ。

 誰とも目を合わせようとしないでテーブルの一点をじっと見つめている。

 

「だがお嬢ちゃん、これだけは言わせておくれ。あんたは芯が強くて優しい。そこがあんたの良い所でもあり弱点でもある。いつかそのせいで命を落とす事になるかもしれないよ」

「えっ!?」


 ちょっと待てよババァ!

 何さらっとひどい事言ってくれちゃってんだよ。

 

 オレもちょっと前にロビィに似たような警告をされたが、今回のはもっと深刻な響きがあった。


「今のはどういう事だよ! ジュリアにヘンな事言うなよ婆さん!」

「そうよ! 占いだからって言っていい事と悪い事があるわ!」


 オレの抗議にピンピンも便乗して来た。

 当のジュリア本人はというと、なんだか魂が抜けたような顔になっている……。


「おいジュリア、あんなの信じるな。どうせ出鱈目に決まってる」

「そうよジュリア。当たるも八卦、当たらぬも八卦よ」


 いやピンピン、その慰め方はどうかと思うぞ。

 

 いつの間にかジュリアの目に光が戻ってきていた。


「大丈夫よ。私、なんだか今のを聞いてホッとしちゃった」

「え!?」


 おいおい、オレに伝家の宝刀を連発させるなよ。


「どういう事、ジュリア」

「だって、今の話が本当なら私って誰かの役に立って死ぬって事でしょ。つまらない死に方をするくらいならその方がよっぽどマシだわ。私らしく堂々と生きて堂々と死んで見せるわよ」


 なんという……ジュリア! やっぱお前は最高だ!

 

「ジュリアさん、あなたという人は本当に……」


 マリュウが耳を塞いでいた手を下ろして胸に手を当てて何とも言えない表情をして呟く。


 究極のポジティヴ志向、それがジュリアの真骨頂なのかもしれない。


「あなたはそれで気が済むかもしれないけれど、死ぬのは私たちと一緒の時以外にして頂戴」


 冷たく突き放したようでいて、裏返しのリズの言葉。

 まったく~、ツンデレさんはわかりにくくて困るっつーの。


「リズさんの言う通りよ。私が一緒の時は絶対ジュリアを死なせたりしないわ」

「それはありがたいけど、アスカがピンチの時でも?」

「そっ、それは……師匠はピンチの時の方が強いからいいの!」


 おいおい、どんな理屈だよ。

 でもまぁここは助け舟を出しておこう。


「弟子に助けられるなんてごめんだね」

「ですよね、師匠! ほら、ジュリア。だから大丈夫!」


 そんなやりとりをしている横で、リズが真剣な目でおババを見詰めていた。

 

 ああ、あれか、ビスマルク卿だっけ?

 その人の事を聞きたいんじゃないだろうか。

 

「次は私よ。聞きたい事があるわ」


 やはり!


「ファ~ッ! せっかちなお嬢様だね、あんた。もう少し心に余裕を持って生きた方が人生楽しくなるよ」

「そうね。余生を楽しむ余裕が出来たら考えてみるわ」

「ファ~ッ! 随分と気の強い所もあるようだねぇ。さてさて、そんなお嬢様の運命や如何に……」


 おババの白い目がより一層大きく見開かれたように見えた。

 しかし直後にはもう目を細めて満足そうにニヤニヤしている。


「運命なんてどうでもいいわ。私が知りたいのは……」

「まぁまぁ、お嬢様や。あんたも相当難儀な人生だねぇ。腹心の友がいるようじゃが、あんたが今のままでいる限り、その友人があんたの身代わりになる運命から逃れられんじゃろうて」

「なんですって!!??」


 リズが怒りのあまり立ち上がって剣の柄に手をかける。


「リズ様、おやめください! どうか冷静に!」


 身代わりになる運命のマリュウがリズを必死に宥める。

 ほら、もうそれ自体が何となくおババの言ってる事の正しさを証明してるように見えるぞ。


「ふむふむ、そっちのお嬢ちゃんがその友だね」

「だから何!? マリュウが私の身代わりに死ぬなんてそんないい加減な話、冗談でも許さない!」


 リズはもう剣を抜きかかっていて、マリュウが必死にそれを押し留めている状態。

 あまりの剣幕にジュリアやピンピンは呆気に取られていた。

 

「あんたはそういう怒りを何重にも重ねて心の奥に終い込んでおる。それが自分の手に負えなくなった時、そこのお嬢ちゃんが身を挺してあんたに気付かせてくれるんじゃろうな。そしてあんたは後悔し、永遠に自分を責め続ける」


 耳触りなくせに不思議と通るおババの声。

 暴れかけていたリズは金縛りにあったように固まり、部屋の中は再び静寂に包まれた。


「探し物は今のままでは見つからんじゃろ」


 はっとしたようにリズが正気に戻り、体の緊張を解く。

 柄にかかっていた右手を離し、抑え込んでいたマリュウを優しく引き離す余裕まで戻っていた。


「あんたを正しい方向に導いてくれる新しい友人がすぐ傍におるようじゃ。その友人としばらく一緒にいる事じゃの」

「……友人?」


 そう呟くとこちらを見るリズ。

 リズの右手にマリュウが座っていて、左手の方にオレたち3人がいるのだ。

 

「え、私?」


 おい、ジュリアw

 自分を指差してキョロキョロするんじゃない!

 

 それを見てようやくリズがクスリと表情を崩した。

 マリュウが大きく安堵の溜息を吐く。


「まったく……。私はもう結構よ」


 リズが穏やかな口調で言いながら再び椅子に座る。


「ねぇ、私でしょ? 私!」


 まだ言ってるのかよ……。

 

 最後はおババにまで確認する始末。

 しかし華麗にスルーされる。


「それじゃ次は私ね。師匠、お先に失礼します」


 ピンピンがぐいと身を乗り出した。


 え、今の流れだと次はマリュウなんじゃないの?

 と思ってマリュウの方を見ると、両手の人差し指で小さく×を作っている……。

 

 私はパスって事か。

 まぁマリュウの場合、そもそもおババが苦手そうだもんな。

 仕方ないから耳でも塞いどけ。


「お次はあんたかい、元気なお嬢ちゃん」

「はい! お願いします!」


 おいコラ、ピンピン。

 元気と言わたからって普段の3倍ぐらいの大声出すのはやめろw


「どれどれ何が出て来るかね。……ううむ、これは……」

「どうですか? 何が見えますか?」

「実につまらぬ。ちいとも面白くない……なんじゃこれは」

「どういう事ですか?」

「あんたは死ぬまで武術漬けじゃ。毎日毎日飽きもせず同じ事をまぁ……実につまらん!」


 なるほどピンピンらしい。

 いつまでも、どこに行ってもプンクルをしているのだろう。

 

 しかしおババにはまるでその光景が見えているかのように未来がわかるのだろうか。

 その水晶に未来が映ってるとか?


「プンクルを全世界に広める事は出来てますかッ!?」

「知らんッ! 次ッ!」


 とうとうピンピンの時はあの超音波が出なかった。

 あれはおババが興奮したり機嫌のいい時に出るものなのかもしれない。


 いつの間にか、みんながオレの方を見ている。

 なんだその期待に満ちた顔は!

 オレに何をさせようとしている?

 

 いや、違うか。

 おババにオレの事を話してもらいたがっているのか。

 

 ふ~ん、そういう事か。

 ちぇっ。


「オレを見てもらう前におババ、あんたの名前を聞きたい」

「ん? そんなものを聞いてどうする?」

「単なる興味だ。だがとても重要な事だから是非とも教えてもらいたい」


 そして、例えどんな商品名が出て来ようともリアクションは堪えてみせる!


「ふむ。別に構わぬよ、減るもんじゃなし」


 そう言いつつも、おババは何故か身動ぎして居住まいを正している。

 そしてドヤ顔で(白目のまま)名を告げた。

 

「ワシの名はパッキャマラ・ポッキードじゃ!」


 ………………こ、堪えろ! 堪えるんだ!

 

 唇の端を噛みしめて我慢しても身体がぷるぷるするのまでは抑えきれなかった。

 

 よりによってこのおババがポッキー!?

 最大級の超大物じゃねぇか、こんな婆さんなのに。

 

 しかもこれ見よがしにクラリネットを壊しちゃったが混ざっているw

 なんでパッキャマラドの間にポッキーをサンドしてるんだよ、意味わかんねぇよ!

 

 更に言うと田中角栄の事件まで微妙に織り交ぜて収賄汚職の香りまで漂わせやがって。


 そのせいで肝心のポッキーの印象が薄まっちゃってるだろうが!

 

 もうこの婆さん、絶対全部の音が出なくなった後だろ。

 リードもカピカピでスカーっていう空気が漏れる音しかしない的な。

 

 いや待て、もしかしてさっきから出てる超音波はリードミスやらかした時の音じゃないだろうな。

 って、んなわけあるか!

 

 とにかく次から次へと無駄なイマジネーションが湧いて来てオレを笑かそうとしてくる。


「ちょっと大丈夫、アスカ?」

「師匠!?」


 左右からピンピンとジュリアが肩に手を添えて心配そうに覗き込んでくる。

 いや、見ないでくれ。必死に堪えているオレの姿を。


「なんじゃ、失礼なヤツじゃの。人の名前を聞いて笑うとは」


 これは罠だ。

 あっちの世界からやって来たオレだけのために仕掛けられた巧妙な罠に違いない。


 ふーっ、ふーっ、落ち着け深呼吸だ。


「あのさポッキー婆さん……」

「なんじゃ娘。けったいな呼び方しおってからに」

「ああ、ごめん。じゃあ何て呼べばいいの?」

「何でもいいわ! ファ~ッ!」


 くっ、耳が……。

 にしても今の超音波はどういう感情の現れなんだ?

 やっぱり意味わからん……ごめん、マリュウ。


「まぁ占ってもらえばわかると思うけど、実はオレ色々とわけありなんで、結果を伝える時は……何ていうのかな、オブラートに包んで言ってもらえると助かる」

「ん? オブ……なんじゃと?」


 しまった! オブラートはこっちの世界じゃ通じないか。

 オブラートと言えば、日本一きびだんご食いてぇ。

 あの『ボ』って書いてあるように見えて実は『ご』と読む衝撃の駄菓子日本一きびだんご!

 

 いやまぁグリコ全然関係ないけれども。


「ごめん間違えた。婉曲的な表現で頼む」

「なんじゃ、面倒臭いヤツじゃの。ワシの文学的才能を思い知らせてくれるわい」


 おい、今一瞬白目が普通の黒目に戻った気がするが気のせいか?

 逆にこえーよ、それ。

 

「ファ~ッ!」


 いつの間にか占いが始まっており、開始早々に超音波が鳴り響く。

 

 なんなんだよもう!

 オレの何を見てそんなリアクションしてくれちゃってるわけ?


「ファ~ッ! ファッ、ファ~ッ!」


 もはやギャグとしか思えない。

 ていうか、さんまのまんまの音声だけ聞いてる気分になってきた。


「お主……一体何者じゃ!」


 なんだよその言い方。


「何者って言われても……」

「面妖なッ。こんなものは今まで見た事も聞いた事もないわッ! さては物の怪の類じゃな!」


 そうです、もののけ姫です――違うわッ!


「何が見えたの?」

「むぅっ、わ、わからんッ!」

「なにそれ、もしかして何も見えなかったとかじゃ……」

「見えとるわ! じゃがワシの見たモノが一体何なのかわからぬのじゃ。この世ともあの世とも思えぬ奇っ怪奇天烈な光景じゃった……」


 あ、もしかしてあっちの世界の映像が見えちゃったとか?

 そりゃ混乱するわな。

 

 だがマズイぞ、みんなに色々勘繰られてしまう。


「ポッキー婆さん、ちょっとちょっと」


 テーブル越しに体を近づけて手招きする。

 まぁ小声で言おうが何しようがみんなに丸聞こえなんだけれども。


「なんじゃッ!」

「最初に言ったでしょ。婉曲にって」

「うるさいッ! こっちはそれどころじゃないわ! こんな老人にエライものを見せくさりおって。殺す気かッ!」

「いやいやそんな物騒な」

「ファ~ッ! 物騒なのはお前の方じゃッ!!」


 あー、だからマズイってば。


「物騒とは何だよ、こんな美少女を捕まえて」

「何か美少女じゃ、この年増がッ!」


 え!? そんな事までわかるの?

 いや、でもオレ男だけど。

 性別まではわからないってこと?


「ひどいなぁ。もうボケてるんじゃないの」

「ファ~ッ!!!!」


 ダメだ、もうさんまにしか見えなくなって来た。

 よく見りゃアミダばばあに似てなくもない。


「ファッ、ファッファッ……」


 どうかしたのかと思ったら軽く過呼吸起こしてるし。


「お婆さん?」

「大丈夫ですかッ!?」


 ジュリアとピンピンが異変に気付いてポッキー婆さんに声をかける。

 

 オレも慌ててテーブルを飛び越えると、ポッキー婆さんの背中を叩いてからさする。

 ダメか……それなら。

 

「はい息吸って!」

「ファッ」

「止めて!」

「…………」

「ゆっくり吐いて。ゆっくりゆっくり」

「もう一回吸って~」


 これを3回ほど繰り返すとようやくポッキー婆さんの呼吸が正常に戻った。

 

 みんなも安心した様子で椅子に腰掛ける。


「し、死ぬかと思った……」

「あんだけ人には死ぬ死ぬ言っといて自分が死ぬのは占えないんだね」

「ぐむむ……」


 すまん、今のは我ながらちと意地悪だったな。


「で、オレの占いの結果は?」

「お主の運命はよくわからぬ。というより見えて来るものがお主だけのものではないように見えるでな。どっからどこまでがお主のものがわからぬのじゃ」

「え!?」


 マズイ、ここでそんな核心をついた事を言われては!

 やっぱ止めとくべきだったか。

 

「酔っぱらってたとか」

「誰がじゃ!」

「ポッキー婆さんが」

「ええい、まずはその呼び方をやめんかッ!」

「さっきは何でもいいって言ったくせに」

「知らんわッ!」

「やっぱボケてる」

「ボケとらん!」

「知ってた? 自分でボケてるっていうボケ老人はいないんだって」

「…………口の減らない年増め、忌々しい」

「ボケると性格も攻撃的になるらしいよ」

「だから何じゃ! ワシはボケとらんッ!」

「あ~はいはい。そうだね、そういう事にしとこう、うん」


 ポッキー婆さんがボケてるという事にして色んなマズイ事を誤魔化そう大作戦なのだが、やはり厳しいか。


「アスカ、もうその辺にしてあげて」

「そうですよ師匠。お年寄りには思いやりをもって接しないと……」

「フフッ、アスカの趣味の悪さがよくわかるやりとりだったわね」

「リズ様、そんな言い方をしなくても……」

「本当の事でしょ」


 いや、まぁオレの性格の悪さはオレ自身よくわかっているけれども……。

 改めてそんな風に指摘されると結構本気でへこむなぁ。


「ビスコ! この者たちは危険じゃぞ。お主もよくよく注意する事じゃ」

「ご忠告ありがとう、おババ。もう気は済んだかしら」

「フンッ、充分じゃわい。こんな物騒な連中、とっとと連れて出て行っておくれ」

「はいはい、御苦労さまでした。みなさん、それじゃまた次へご案内しますのでどうぞ外へ」


 ビスコが扉を開けて、外へ誘う。

 

 おお、なんだか外が眩しいぞ。

 暗い部屋の中で目が慣れてしまっていたのか、明かりが目に刺激的すぎる。


「さぁ夜もこれからが本番ですよ、みなさん! 張りきって行きましょう!」


 え、どういう事?

 今までのは練習だったとか?

 

 考える暇も与えてもらえず、外に待機していた大勢の村人の組織的連行隊列運動により次の店へと運ばれて行くオレたち5人。

 

 一体いつまで続くんだこれ?

読んでいただき、ありがとうございます。

すみません、また猫の具合が悪くなってしまい、続きを書く集中力が続かなかったのです。

隙間隙間で少しづつ書き連ねてたらまた長くなってしまいました。

そして、まだパピコ村の話が終わりません……ううう。

開き直って続けます。村の後は森の予定です。

引き続き、応援よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ