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(49)オレは司会役になる

 少女を取り囲むような形で見下ろしているオレたち5人。


「ここはキャリオの北部、チャンプーの少し手前よ」


 ピンピンが普通に真面目に答えた。

 だが、果たして彼女が聞いたのはそういう意味なのだろうか。


「チャンプー……?」


 ほらダメだ。

 わかってない顔だ。


「私はジュリア。あなたは?」


 ジュリアが腰を曲げて顔を近づけながら聞く。

 まず自分が名乗ってから相手の名前を聞く、というのは大変よろしい。


「はい。ニナです。よろしくね、ジュリア」

「あ、うん……よろしくニナ」


 なんか調子狂うなぁという表情のまま苦笑いするしかないジュリア。

 

 名前は言えるんか。

 じゃあ記憶喪失じゃないな。

 良かった。

 

 自称記憶喪失が増えたりなんかしてもややこしいだけだからな。

 

「ねぇニナ。あなたは何故こんな所で倒れていたのかしら」


 リズが出来るだけ優しい口調で質問している。

 意外だ。

 こんな声が出せるならいつもこれでお願いしたい。


「えーっと、よくわかりません。ニナです。あなたは?」

「え、ああ、ごめんなさい。エリザベスよ」

「よろしくね、エリザベス」


 おいおいおいおい、ちょっと待て。

 なんだか様子がヘンだぞ。

 いや、リズがヘンな顔しているという意味ではなく、実際そうなのだが、そうではなくてこのニナという子がだ。

 

「私はマリュウと言います。よろしくお願いします、ニナさん」


 マリュウの顔が若干引きつっているのは、いきなりリズを呼び捨てにされたからだと思う。


「ニナです。よろしくね、マリュウ」


 ニナは一向に気にする風もなく、最初から同じ表情同じテンションで話している。


「あ、それじゃあ次は私。ピンピンよ。よろしくニナ」

「よろしくね、ピンピン」


 いつの間にかまるでそうせねばならぬという無言の圧力がかかっているかのように、オレ以外全員が自己紹介を終えていた。

 

 そしてニナの挨拶は判を押したように完全に同じだった。

 きっとオレにはこう言うのだろう。

 よろしくね、アスカ。

 

 初対面から呼び捨てデフォかよ。

 言葉づかいは普通に丁寧語なのに名前だけ呼び捨て。

 なんか妙に違和感あるわ……。

 

 どうしたものか考えているとニナがこっちを向いてにっこり笑った。


「ニナです。あなたは?」

「通りすがりの冒険者だ、気にすんな」


 ディケイドっぽく言ってみた。

 つい意地悪をしたくなったのと、相手のペースに嵌るのがイヤだったので。

 とはいえ、こっちの世界では通じないのだがw

 

「ちょっとアスカ、何言ってるのよ。ふざけないで」

「そうですよ師匠」


 こうして口に出して言ってくれる2人はまだよくて、後の2人の無言のジト目の方が怖いんだよな。


 ニナはぽけーっとした顔をしている。


「ほらアスカ。もう一度ちゃんと自己紹介して!」


 いやいやジュリア。

 もうオレの名前言っちゃってるよね。

 さっきから2回も。

 個人情報漏洩だからそれ! やめて絶対!


「オレはアスカ。よろしくね、ニナ」


 後半はニナの物真似をしてやった。

 ちょっと驚いた顔をした後、喜色満面になるニナ。

 ええっ、喜ぶのかよ!


「よろしくね、アスカ!」


 予想は当たったが、他の人よりも元気に大声で言われたよ。

 そしてオレだけ何故か手を握られた。

 しかもしっかりと両手で。

 

 困惑して周りを見ると、他の4人の視線は皆一様に冷たかった。

 

 あれか? 朝早いからみんなテンション低いんだな。

 うん、きっとそうに違いない。


「それでニナ。さっきも聞いたのだけれど、どうしてこんな所で倒れていたの」

「うん、それはよくわからないんです。ごめんなさい」


 オレの手を握ったまま、顔だけリズの方に向けて答えるニナ。

 今度はリズも我慢しきれず、明らかに不快そうな顔をした。


「わからないってどういう事かしら」

「えーっと、わからないから……わからない? そんな感じです」


 リズが爆発する前に間に入っておこう。


「それってつまり、覚えていないってこと?」

「はい。覚えていないんです」

「記憶がない、って事?」

「記憶? あーはい、そうですね。記憶がありません」


 いちいち答え方が気に障る感じだが、オレは大人だ。我慢できる子だ。

 だが、とりあえず手は放して欲しい。

 言えないけれども。


「って事はニナも記憶喪失って事?」

「おいジュリア!」

「あ、ごめん。ニナは、記憶喪失って事?」


 ニナ『は』を強調して言い直すジュリア。

 却って目立ってるし。


「でもニナって。名前は覚えてたわよ」


 ピンピンが納得いかないといった顔で指摘する。


「はい、ニナです」


 いや、もう自己紹介はいいから。

 もしかしてちょっと頭の足りないパーな子なのかな……。


「ニナさん。名前以外に何か覚えている事はありますか」


 さすがマリュウ。そういう質問だよ、欲しかったのは。


「うーん……お料理とか家事が得意です!」


 はい?

 なんでそれは覚えていて、他は名前だけなの!?

 料理のレシピとか結構な情報量なんじゃないの?


「よし、とりあえずバシャの方へ行こう」


 そう言ってニナに手を握られたまま、立ち上がらせる。

 立ち上がったところで、さりげなく手を解いてバシャの方を指差す。


「向こうにバシャがあるから、とりあえずそこまで歩ける?」

「はい。歩きますアスカ」


 お、おう。そうか。

 なんか出会ったばかりの青髪美少女に当然のように呼び捨てにされるとドキドキするわ。


 歩きだすとニナが自然にオレの手を取ろうとしてきたので、またもやさりげなく(もうさりげあるかも)距離を取ってジュリアの近くへ行く。

 

 ニナの方を見たら絶対に目が合いそうだったので、極力見ないように見ないようにと歩く。

 おそらく不自然だったと思うが、背に腹は代えられない。


「バシャの所まで行ったらシンに預けて、ちょっと相談しよう」

「そうね。でも私たち、早く出発しないと」

「もちろんだ。手早くやろう。ちゃちゃっと」

「なにそのちゃちゃっとって」

「え、言わない? ちゃちゃっと」

「聞いた事ないわよ」


 そうか、そうなのか。

 言葉は通じてるのに語彙が微妙に……いや結構異なるこの世界、ほんと面倒だわ。



*****



 ほどなくバシャに到着。

 

「お帰りなさい……」


 と言った後に言葉が途切れてニナの姿を目で追うシン。

 これは――惚れたなw

 

 やがてニナがシンの前で立ち止まり、恒例の儀式が始まった。


「ニナです。あなたは?」

「あ、シンです。シン・ミツルギと言います。よろしくお願いします!」


 フルネームで自己紹介したのお前だけだぞ、シン。

 しかも慌てて御者台から飛び降りて挨拶したものだから、バランスを崩しかけている。

 かっこわるッ。


「シンは男の人ですよね。この中でひとりだけ」

「あはは、そうなんですよ。なんだか緊張しちゃいますね」

「嘘はよくないわよ、シン」


 ジュリアが突っ込みを入れながら肘でシンの脇を突く。


「嘘じゃありませんよ。これでも色々と気を使っているんですから」

「あら、そうなの。シンの気遣いってその程度のものだったのね」

「そんなぁ~」

「悪いんだけどシン。ちょっとニナの事、見ててもらえるかな」


 ジュリアとじゃれ合っている所申し訳ないけれども、急いでるんだオレたちは。


「あ、はい! わかりました。ニナさん、御者席の方に乗ってみますか?」

「いいんですか? 乗りたい乗りたい」


 早速気が合う所を見せたニナとシンをその場に残して、オレたちは示し合わせて客車の後ろの方へ回る。



「どうするの、アレ」

「ちょっとリズ、その言い方!」


 いきなりアレ呼ばわりは確かにひどい。

 ジュリアの言う通りだ。


「私の苦手な人種だわ……」


 まだ言うか。人種差別乙。


「ですがリズ様、このままここに置いていくわけにはいかないと思います」

「それはそうだけれど……」


 ほら、マリュウの方が常識あるぞご主人様。


「チャンプーまで乗せて行くしかないと思う……」

「ピンピンに賛成」

「でもアスカ、その後はどうするの?」


 大筋賛成っぽいジュリアだが、チャンプーに着いたらどうするのかは確かに問題だ。


「じゃあ後はよろしく、って頼める相手がいればいいんだけど」

「すみません師匠。チャンプーに知人がいなくて」

「別にピンピンのせいじゃないよ」

「一緒に連れて行く……訳にはいかないのよね」

「ジュリア、何を言ってるの。私たちの目的は……」


 リズ、みんなわかってる事を敢えてここで言う必要はないんだよ。


「そんなのわかってるわ。でも困っている人を見捨てるなんて」


 どうやらジュリアのお節介モードが発動したらしい。


「本当に困っているのかしら、あの子」

「だって記憶喪失なのよ!?」

「名前も得意なものも言える記憶喪失なんて、都合が良すぎるわ」

「確かにリズ様の仰る事は私も気になります」

「でしょう。それに素性もわからない子をいつまでも置いておくのはどうかと思うわ」

「記憶喪失なんだから、しょうがないでしょ」

「それが都合がいいって言ってるのよ」


 なんだかどっちも感情的になってきてるぞ。


「まぁまぁ2人とも落ち着いて。記憶喪失といっても症状は人それぞれだからね(良く知らないけど)」

「そうなの?」

「あなた、そんなに記憶喪失について詳しいの?」


 おっとヤバイ。そういう方向に話が行くと面倒な事になる。

 だいたいそんなに詳しくないってば。

 ほら、元の世界で色々とフィクションやフィクションとかフィクションで見た事あるから。

 結局リアルには全くわかりません。


「そんなの今はどうでもいいよ、時間もないし」

「そうよ、早く出発しないと!」


 ナイスアシスト、ジュリア。


「それなら移動しながら相談するのはどうでしょう? 着くまでに時間もかかるでしょうし」

「いいわマリュウ。そうしましょう」


 ほぼそれで決定したような感じになり、ピンピンがシンの所へ伝えに行く。

 ニナはそのまま御者席に座ってシンとイチャイチャしてもらう事にしよう。



*****



「では出発します! ニナさん、バシャを出しますので気をつけてくださいね」

「はい」


 バシュが再び動き出した。

 御者席の2人はうまくやっているようで何より。

 

 そして客車の中では再びニナの取り扱いに関する議論が再開した。


「えー、それでは第一回森のジュリアス会議を始めます」

「なんなの、それ?」


 早速ピンピンに突っ込まれているジュリア。

 確かになんだよ森のジュリアス会議って。


「私たちのギルドの正式な会議って意味よ。わかるでしょ」

「わかるけど……なんかちょっと……」


 納得したくなさそうなピンピン。

 オレもこの際だからちょっと提案したい事がある。


「あのさジュリア。森の、ってもういらなくない?」

「どうして!? ロビィがいなくなったからってそんなのひどいわ」

「いや、だってもうオレたち3人のギルドじゃなくなったし、そこは拘らなくてもいいでしょ」


 するとそこへリズが今更な質問を投げかける。


「聞きたかったのだけれど、森のジュリアスの由来ってもしかして3人の名前なの?」

「そうよ。まぁロビィは名前じゃないけど」

「それなら改めて名前を決めるのがいいんじゃない? 今度は5人分で」

「おいピンピン、それだと人が変わる度に変えなきゃいけなくなるぞ」

「え、ダメですか師匠」

「却下」

「同じく却下」


 ジュリアもそれは面倒だと感じたらしい。


「それならジュリアスでいいじゃない。ね、マリュウ?」

「はいリズ様。私も構いません」

「それなら私も……」


 仕方なくといった感じでピンピンも賛意を示す。


「じゃあ『森の』を取ってジュリアスで決定ね」

「う、うん……わかった」


 渋々といった感じでジュリアも承諾する。

 

「ロビィが帰ってきたらまた元に戻せばいいんだから」

「あ、そっか。それなら全然平気。わかった!」

「みんなもそれでいいよね?」

「ええ、構わないわ」

「私も構いません」

「じゃあ私も」


 とりあえずギルド名についてはこれで決着した。


「で、ニナについてだけど……」

「アスカ、その前にもうひとついいかしら」

「なに、リズ」

「ジュリアスのルールを決めておきたいわ」

「ルール?」

「ちょっと待って! ジュリアス会議の司会は私よ。勝手に話を進めないで」


 うんそれはそうなんだけどねジュリア、司会って意外と頭使うんだぞ。

 大丈夫か?


「でもジュリア、ギルマスは司会なんか誰かに任せてドンと構えてた方がいいんじゃない?」


 何でも自分でやっちゃうタイプのリーダーと、適材適所で人を使って最終決済だけ自分でやるタイプのリーダーがいるけど、ジュリアには後者になってもらった方がいいと思うんだよね。

 っていうか前者は組織全体がリーダーの器次第になっちゃうから割とアウトなんよ。

 

 ワンマン社長がそのパターンでいい時はいいけど一度流れが悪くなるとほぼ巻き返し不能になるんだよねぇ。

 あと大概ブラックでハラスメント天国になるっていう……ま、いっかこの話は。


「そうね。最終的な判断をするのはマスターの役目なのだし、司会との兼務は不適切ね」

「それじゃ、司会は師匠がいいと思います」

「私もアスカさんが適任だと思います」

「そうね、異論はないわ」


 いつの間にかオレが司会にされる流れが出来あがってしまった。

 

「それもそっか。じゃあ司会はアスカにお願いするわ」

「……わかった」


 そうとしか言い様がないだろ、この場合。


「で、何だっけ。ギルドのルールだっけ?」

「そうよ。基本的な事だけでも決めておいた方がいいと思うの」

「でも今はニナの事の方が先じゃ……」

「私もピンピンと同じよ。ルールは後にしてまずニナの方を決めるべきよ」

「ギルマスがそう言ってるけど、どうするリズ」

「ニナを仲間に入れるという話じゃなければ、それでもいいわ」


 リズが口にしたその言葉は他のみんなには衝撃だったらしい。


「ニナを?」

「仲間に?」

「リズ様、急に何を……」


 そりゃそうだ。

 そもそもどうしてリズがそういう思考になったのか理解出来ない。

 ニナは冒険者じゃないんだぞ(札を着けていなかった)。


「別にそうしたいという訳ではなくて、万が一そういう流れになるなら仲間に入れるためのルールを先に決めないとって言いたかっただけ」

「じゃあ一応確認しとくけど、ニナを仲間にしたいと考えている人いる?」


 オレが敢えて尋ねると、誰も頭を縦に振る者はおらず、皆一様に首を横に振るだけだった。


「という事だから、いいよねリズ?」

「ええ、結構よ」

「じゃあ改めて、ニナをどうするか意見のある人は?」


 全員無言。

 無理もない。

 不測の事態であり、予期せぬ出来事だったのだ。

 すぐに妙案が浮かぶのを期待するのは酷というもの。


「チャンプーまで連れて行くのはいいとしてその後は?」


 ここまで言っても誰も何も言わない。


「あの、師匠。ニナ本人がどうしたいかを聞くのはダメですか?」

「いや、ダメじゃないと思うけど」


 その時、御者席にいたニナが客車に顔だけ入れて発言した。


「あのー、すみません。ニナの希望としましては、みなさんと一緒に連れて行って欲しいです」


 しっかり聞こえてるじゃねぇか。

 まぁオレたちも別に声をひそめて話していたわけじゃないけれども。


 そして今更気が付いたけど、一人称がニナなんだな。

 うわー、リアルではあんまり近付きたくないタイプだが……まぁ可愛いから許す。


 しかし客車の中は見事に沈黙。

 誰か何か言ってくれー。

 さもないと司会のオレがどうにかしないといけなくなる。


「それは無理よ」


 やや間が空いたものの、はっきりとジュリアが告げた。


「えー、そうなんですかー」


 おい、その柳原可奈子とか横澤夏子のやる店員みたいなしゃべり方やめろ。


「でもニナはもう少しみなさんと仲良くなりたいですー」


 いつから語尾を伸ばすキャラになったんだ?

 記憶喪失でまだキャラが固まってないとか。

 と見せかけて、実は甘え上手ちゃんか?


「仲良くなるのは構わないけど、一緒に連れて行く事は出来ないわ」


 言うべき事はしっかり言える子、ジュリア。


「でも、置いていかれたらニナは困ります」

「だからチャンプーまでは連れて行くわ。残念だけどそこでお別れよ」

「そんなー。知らないところにひとり置いていかれても困りますー」


 ニナは諦めずにぐいぐい押しこんで来る。

 ジュリアも困り果てた表情になっている。


「そんな事言われても……」


 と客車の中を向いてぶつぶつ呟きだした。


「どうするの、ジュリア」

「どうもこうも……何かいい案はないのピンピン」

「いっそ連れてったらどうなの」

「そんなの無理に決まってるじゃない。危険に巻き込む事になるのよ」


 はは~ん、内心実はジュリアも連れて行きたいけど、それで我慢してるって所か。


「そもそもあの子を連れて行く理由が見当たらないわ」


 これまた別角度からはっきりと断言するリズ。


「現実問題として、同行者が増えた場合には食糧備品等の運搬資材が増える事になり、費用も別途発生します」

「マリュウの言う通りよ。そんな余裕、私たちにはないわ」


 極めて具体的なデメリットの解説、ありがとうマリュウ。


「すみません。ニナ、お金は持ってないんです」


 いや、じゃあ逆に何なら持ってるのか言って見ろよ。

 記憶すら持ってないのに。


「でも料理や洗濯や縫い物とかお手伝い出来る事はありますッ!」


 お、おう。一応特技は持ってるんだったな。

 ニナの猛烈アピールタイム、入りました。

 

「ニナ、それはありがたいけど、私たちといると危険なのよ」

「みなさんは危険人物なんですか?」

「え? なに?」


 ジュリアと同じようにオレも耳を疑ったよ。

 どういう発想なんだよ。


「助けてもらっておいてその言い草はいかがなものかしら」

「リズ様、相手は幼い女の子です」

「だから何? 礼儀を教えるのは早い方がいいわ」


 リズは相当ご立腹だ。

 どうもニナとは相性がよくないらしい。


「お気に障ったのならすみません。でもニナはもう16だから、幼くはないと思います」

「それは大変失礼しましたニナさん」

「いいんです。慣れてますから。気にしないでマリュウ」


 謝罪を述べておきながらも微妙な表情で苦笑いするマリュウ。

 リズはそんな様子を更に苦り切った表情で見つめている。


「ニナ、悪いけどこっちで相談中だからシンと話しててくれる?」

「でもアスカ、ニナもみんなとお話がしたいです」


 これはアレだな。

 漫画とかで頭の上にもじゃもじゃーっていう記号が出てくるヤツ。


「シン! ちょっとシン!」

「はい! なんでしょうアスカさん」


 御者席の方からシンの返事が聞こえる。


「ちゃんとそっちでニナの面倒見ててよ!」

「わかりました! さ、ニナちゃんみんなの邪魔しちゃダメだよ」


 あれ、さっきまではニナさんだった気がするけどいつの間に?


「シン! ニナは子供じゃありません。それに邪魔もしてません」

「ごめん、ニナちゃん……」

「ちゃんはイヤです!」

「え……それじゃあ、ニナ……さん」


 なんだか完全にマウンティングされているように聞こえるのだが大丈夫か、シン。


「じゃ後はよろしく、シン!」

「はい! 頑張ります!」


 そうだ、頑張れ頑張れ。

 

「ニナさん、ほら! いつまでも後ろを覗いてないで、前を向いてください。ちょっとバシャの運転してみませんか?」

「えッ! ニナに運転させてもらえるんですか?」

「一緒にだよ、まだひとりじゃ危ないからね」

「わぁー、やります! やってみたい!」


 うん、まぁシンにしてはいいアイディアだけどくれぐれも安全運転で頼む。


「さて、それでどうする?」


 ようやく議題に戻ったぞ。

 みんなややうんざりしたような顔付きなのはまぁ理解出来る。

 だが、問題を先送りにする訳にはいかないし、町に着く前に決めないと!

 

「チャンプーに着いたらすぐに下ろして、バシャを出してしまえばいいのよ」

「リズ様、それではあまりにも……」

「案外走って追いかけてきたりして」

「やめてジュリア。冗談にしても怖いわ」


 リズがぶるっと体を震わせたが、オレに浮かんだのはターミネーター2の絵面だったので逆に笑える。

 実際あのT-1000のように何が何でも追っかけて来られたら確かに恐怖かもしれないが。


 その時、一瞬バシャがガクッと前のめりになった。

 ブレーキ!?

 

「ちょっとシン! ちゃんと運転してよ!」


 ジュリアが御者席の方を叱責する。


「すみませんジュリアさん! みなさんもごめんなさい」

「今のはニナじゃないですよー」

「ちょっとニナさん、他所見はダメですって」

「してません」

「今してたじゃないですか」

「してません」

「じゃあもういいですから、ちゃんと手綱を握って、パカラを気分よく走らせるんです。引っ張っちゃダメですよ」

「はーい」


 やっぱニナじゃねーか!

 ちゃんと見とけよ、シン!


「もう何でもいいから早くあの子をどうにかして頂戴」


 リズが髪に手を入れてわしゃわしゃしている。

 相当ストレス溜まってるなぁ、これは。


「他に何か提案はないかな」


 当然、誰も何も言わない。

 ダメだ、完全にお手上げだ。

 ニナがせめて記憶喪失じゃなければもう少しどうにかなりそうなものなのに。


「ちなみにニナの件は置いといて、他に議題のある人は?」


 するとリズがちらっとこちらを見て合図して来た。

 ああ、そうだったごめんごめん。


「リズが言ってたギルドルールの他に」


 一旦棚上げするのは忍びないが、時間は有効に使わないとね。


「あの師匠、ユミロフの件はどうなりますか?」

「ユミロフの件か……そういや何も決めてなかったな」

「アスカは何か考えはあるの?」

「ちょっとジュリア、オレは今司会なんだけど。司会に意見求めるのはどうなの?」

「この際細かい事はいいじゃない。で、どうなの?」


 もはや何でもありだな。


「ユミロフはもちろん見つけ出す。で、拘束して話を聞きだす。特に協力者については絶対」

「拘束するの? 相手はシャイア教の司教様だけど」

「今更何言ってるんだよジュリア。カカ山での一連の出来事の主犯容疑がかかってるんだぞ?」

「シュハン……ヨウギ??」


 えー、それもこっちでは通用しない語彙なの? なんで?

 あ、刑法とか警察組織とかそういうのがないからか。


「首謀者の疑いが濃厚って事だよ」

「なによ、それなら最初からそう言ってよね」

「拘束して事情を聞くまではいいとして、その後はどうするつもりなの」

「そう、そこなんだよね。リズは何か考えはある?」

「処罰するしかないと思うわ」

「私もそう思います」


 なに、この世界の貴族社会では悪人は即断罪してもいいルールとかあったりするわけ?

 随分簡単に処罰とか言ってるけど。


「アスカは反対のようね。でも話を聞く過程で結果的に処罰してしまう可能性も高いわよ」

「え!? どういう事リズ」

「私の方から説明します。ユミロフが通常の手段で正直に全てを打ち明けるとは思えません。その場合、多少強引な手段を使ってでも自白させる必要が生じます。つまりその多少強引な手段によって副次的に引き起こされる処罰の可能性の事をリズ様は指摘なさっておられます」

「それってもしかして拷問の事!?」

「拷問!?」


 ジュリアが口にした単語にピンピンも過剰に反応する。

 いや、オレもリズと同じ事は考えてはいたけれども、ここで口にする必要があるとは思わなかったので敢えて触れなかったのだが。


 できればジュリアやピンピンにはそういう後ろ暗い事とは無縁でいて欲しいし。

 やるならオレとリズ、あとはマリュウぐらいでと考えていたオレもそれはそれでどうなのかっていう話なんだが。


「拷問するかどうかはともかく、シャイア教が何を企んでいるのかははっきりさせる必要があると思う」

「そうね、その点は同感だわ」

「私は西の森の話も聞きたいわ」

「それはどうだろう? ユミロフが関係してるかどうかわからないよ」

「関係ないならないで、それをはっきりさせたいの」

「そっか。そういう事なら、まぁ」

「それと協力者、ですね師匠」

「うん。その協力者が万が一森の民の関係者だとすると話は相当ややこしくなってくる」

「あまり考えたくないわね」


 リズがまたも髪に手を入れてわしゃわしゃやり出した。


 確かにその場合、ロビィたちとの関係まで微妙なものになる可能性もある。

 その協力者の立ち位置次第ではあるが。


 ロビィは最悪森の民とシャイア教国との戦争まで視野に入れているらしいが、もし森の民関係者が相手側にいるとなったらどうするのだろう?

 それでも考えは変わらないのだろうか。

 ロビィの考えは変わらなくても、リグナスは、森の民の総意はどうだろう。


「もし、シャイア教の連中が考えている事が見過ごせない悪事だった場合、オレたちはどうする?」

「止めるに決まってるじゃない!」

「待ってジュリア。話はそんなに簡単じゃないわ」

「どう簡単じゃないのよリズ。悪いヤツが悪い事をしようとしてるなら止めるのが当然でしょ」

「そうよ、ジュリアの言う通り!」


 はいはい、熱血正義感コンビの言いたい事はわかった。


「リズとマリュウはどう考えてるの?」

「まず戦力差がありすぎる上に組織力でも比較にならないわ」

「戦う以前の問題って事?」

「そうよ」

「そんなのやってみなきゃわからないじゃない!」

「そうよ!」

「ちょっとジュリアとピンピンは黙ってて。言いたい事はわかったから」


 何か言いたそうにしながらも口をつぐむ2人。


「これから行くチャンプーや、その先のパルピンでシャイア教側がどう出るかでだいたいわかると思います」

「そうね。マリュウの言う通りよ」

「どの程度の規模だと思う?」

「チャンプーはどうか知らないけれど、パルピンはそれなりに」

「おそらくパルピンに入る前に動きがあるものと思われます」

「やっぱそうか……」


 リズとマリュウはシャイア教の出方についてもある程度想定していたようだ。

 オレ意外にもちゃんとそういう部分を考えてくれる人がいるって本当に頼もしい!


 ジュリアとピンピンもこのやりとりでだいたいの事はわかったらしい。


「でもユミロフがペピンを出たのはまだ一昨日の昼だから、そんなに大勢動員するのは難しいと思うんだけどなぁ」

「ヤルタのような手下が他の場所にも複数いる可能性はあります」

「そうね。2日あればある程度の距離は移動できるわ」

「敵が何人出て来たって私たちが負けるはずないわ」

「そうよ。シャイア教徒なんてただの人間なんだし」

「ヤルタみたいなのがゴロゴロいても?」

「え!?」

「それはちょっとイヤね」

「また死霊を召喚されると厄介だわ」


 うーん、考えても結局不確定要素だらけで何も結論は出ないんだよなぁ。


「とにかく最優先すべきはユミロフの確保。その次は協力者の確保。あとは必要に応じて排除、でいいかな」


 全員異議はないようだ。

 今はこれだけ決めておけば充分だろう。


「いよいよ次はルールね」


 リズが言った途端に御者席のシンから声がかかった。


「もうすぐチャンプーです! 町が見えてきました」


 あー、時間切れかぁ。

 ごめんな、リズ。

 ルールについてはまた次の町へいく途中にしよう。



*****



 チャンプー町の出入り口は一箇所ある門のみ。

 門以外の周囲は防護柵で囲まれている。

 

 近辺に魔物が出るのだろうか。

 それとも賊の類が出るのだろうか。

 

 それほど大きな町ではないようだが、主要街道沿いにあるという事である程度栄えている。

 門の近くに様々な商業施設が集中して、門から離れた奥の方に住宅があるような都市設計になっていた。

 

 木造建築が主流なのか、商業施設も住宅も多くは木造だった。

 

 門を入ってすぐ左に広いスペースがあり、バシャを止めたりパカラを繋ぐような場所になっていた。

 

 シンが言うにはバシャ止めと呼ぶ設備らしい。

 

 とりあえずそこにバシャを止めて、シンとニナをその場に残し、オレたち5人は午前中一杯情報集めをする事になった。

 

 正午に再度ここに集合してパルピンへ出発する予定。

 

 ジュリアは冒険者組合で聞き込み、リズとマリュウは商業施設のある一帯を担当、オレとピンピンが住宅地方面という分担になった。

 

 住宅地といっても結構な広さがあるので、オレとピンピンで町を大きく東西に分けてそれぞれを担当。

 

 オレは東側をぐるっと回って気になるものや人がないかを確認しつつ、時々聞きこみ。

 

 だが、ほとんど人が外を歩いていない。

 たまに見かけても買い物に行く、あるいは帰りの人。

 

 これは空振りだなぁと思ってピンピンと落ち合う予定の場所へ戻ると、ピンピンが先に待っていた。

 やはりピンピンの方も同じような感じだったらしい。

 

 まだ昼まで時間があるが、これ以上やる事もないので2人で先にバシャの所へ戻る。


「お帰りなさい。アスカさん、ピンピンさん」

「お帰り。アスカ、ピンピン」


 バシャ待機組の2人が迎えてくれた。

 あれ、シン。確かこの時間に寝る予定になってなかったっけ?

 まさかニナの相手をするために起きてたのか。

 おいおい、大丈夫かよ。

 

 ニナの姿が見えなくなった時に、シンがオレとピンピンを呼んで口を開いた。

 

「あの、お2人に少し話があるんですけど」

「どうしたの、シン」

「話って何?」


 シンの話というのはニナについてだった。

 御者席にいたとはいえ、ニナにも聞こえていたぐらいだからシンにも多少は客車の中の話が聞こえていたのだろう。

 

 オレたちがチャンプーの町に行っている間、ニナとここで話をしてシンなりに考えたらしい。

 

「ニナをボクのお手伝いとして同行してもらおうと思うのですが、ダメでしょうか」

「シンの手伝いって何よ」


 ピンピンが突っ込む。まぁそこは大事だよな。


「パカラの世話とか、バシャの運転もボクが教えます。そしたら何かあった時、ボクも戦えますし」


 なるほど、それはひとつのメリットかもしれない。


「それだけなの?」

「いえ、まだあります。夜営の時の見張りを交替でやったり、物資の補充なんかもみなさんがやるのはもったいないのでボクらが手分けして出来たらいいんじゃないかと思って」


 うん、シンにしてはなかなか考えたな。

 単純に使った物の補充ならシンやニナでも問題なく出来るだろう。


「それに、ニナも言ってましたけど食事や洗濯や裁縫なんかもニナがいてくれるとすごく助かると思うんです。冒険者としてみなさんの仲間になれないのは彼女もわかっていますので、ボクの手伝い役として同行してもらって色々やってもらえたらいいんじゃないかなと思うんです」


 あ、なんかちょっとオレ今、それもいいかもって思っちゃった。

 案外プレゼン上手だな、シンめ。

 ただ、本当にニナがそれらが得意かどうかについてはオレはやや疑念を抱いている。


「でもどこまでニナを連れて行くつもりなの?」

「それなんですけど、最終的には一緒にペピンへ連れて戻ろうかなって。それでセイラン師範代にも彼女の働き口とか相談してみようかと……」


 ああっ、お前まさかニナをこのままなし崩し的に彼女にしようって魂胆じゃないだろうな。

 今の話だと、ペピンに戻ってからも面倒見る気らしいし、これはもしかするともしかするんじゃないのか。


 ピンピンも薄らと何かを察したらしく、どことなくニヤけた顔になっている。


「それ、ニナ本人は納得してるの?」

「ええ、大体は。みなさんがいない間に2人で話しましたから」

「ふぅ~ん」


 ひと目惚れ、からの電撃カップル成立もあるか?


「じゃ、リズたちが戻ったら相談してみるよ」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いしますッ!」

「良かったね、シン」

「はいッ!!」



 そして正午少し前にジュリアとリズ、マリュウたちが戻って来た。

 3人とも冴えない顔をしている所から見ると収穫なしか。

 

 案の定、目立った情報はなく、シャイア教もまだこのチャンプーには拠点のようなものを置いてないらしい。

 

 ユミロフ目撃情報もなし。

 おそらくはチャンプーを素通りしてパルピン直行だったのだろう。

 

 ひと通り報告が終わったところで、先程のシンの提案をみんなに告げる。

 

 リズは難色を示したものの、ジュリアとマリュウは特に反対も述べずオレやピンピンがいいなら賛成するとの事。

 

 そうしてようやく最終的にリズも認め、シンの従者的立ち位置でニナの同行が認められた。

 

 但し、ひとつだけ条件がついた。

 

 戦闘になった場合は、シンがニナを守る事。

 オレたちの行動がニナのせいで妨げられる事がないよう、最大限の努力をする事。

 

 それって条件2つじゃないんですか、というシンの質問は即却下された。

 

 このやりとりの間、ニナはずっと笑顔でみんなを見ていた。

 まるでシンの提案が認められる事がわかりきっているかのように。



 そして時刻はほぼ正午、オレたちは同じ顔ぶれのままパルピンへ向けて出発した――。

読んでいただき、ありがとうございます。

掴み処のないニナですが、そのうち活躍します。たぶん。

だいぶ会話劇が続いてしまったので、そろそろアクションになるかもしれません。

引き続き、応援よろしくお願いします

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