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(47)オレはバシャを借りる

 リー道場へ着いたのは正午を少し回った頃だった。

 すると、正面の門を入ってすぐの所に女性が立って待っていた。


「お待ちしていました。アスカさん、ピンピンさん」

「スレイさん?」


 客人を迎える笑顔で頷くスレイ。

 

 声で誰かわかったが、最初は全く気付かなかった。

 スレイはピンピンと同じようなチャイナドレス風の衣装を着て、髪も頭の後ろで結わえていた。


 一瞬間が空いた後、ピンピンがいきなり大きな声を出した。


「あ! それ私の服!」

「えっ、そうなんですか? すみません私……」

「ううん、いいの。大きな声を出してごめんなさい。スレイさんが着てくれるなら嬉しいわ。似合ってますよ」

「ありがとうございます。まだちょっと慣れなくて恥ずかしいんですけど」


 顔を赤らめるスレイ。

 可愛いというより美人さんだな、スレイの場合は。

 いやむしろエロい。


 邪な想像をする間もなく奥へ案内される。

 てきぱきとして仕事ぶりに卒がないスレイ。

 リー道場はいい人材を得たな。

 

 初めて訪れた時に通されたのと同じ客間へ入ると、ピンピンの父ユンロンと弟セイランが待っていた。

 

「遅くなってすみません」


 明確な時間は決められていなかったものの、先に待っていてくれたので遅れたお詫びをまずは。


「いや、アスカ殿。ちょうどいい時間だよ」

「そうですよ。ボクもついさっき午前の稽古を終えたばかりなんです」


 立ち上がってオレたちを迎え入れてくれる父子。


 ピンピンは微妙な顔をしつつ、慣れた様子で席につく。

 おそらくこの家にいる時に普通に自分が座っていたであろう席に。

 

 だがピンピンよ、君は曲がりなりにも今は客人でしかもオレの弟子だ。

 勝手に先に席に座るのはいかがなものか。

 ビジネスマナーは大事だぞ。


 ただし、それを今この場で口にするほどオレも愚かではない。

 あとでこってりお説教してやろうと、老害思考が沸いて来るがそれも今は置いておこう。


 何も言わず一礼して部屋を出て行くスレイ。

 本当にちゃんとしてて素晴らしい。


 そしてオレたちが席についてすぐに熱いお茶が出てくる。

 料理も次々と運ばれて来た。

 

 大皿がドンドンとテーブルに置かれていく様を眺めつつ、ピンピンと父弟との会話を聞き流す。

 本来なら家族水入らずで積もる話もあるだろうに、オレなんかがお邪魔しちゃってすみませんという気分。


 だがそこはユンロンが見逃してくれるはずもなく、すぐに質問が飛んでくる。


「アスカ殿、ピンピンはどうですかな。早速ご迷惑をおかけしているのでは?」

「なにそれ。どういう事よ、お父さん」


 ピンピンが口を尖らせるがユンロンはオレに聞いているので華麗にスルーされている。

 ユンロンの口調は前回の時よりくだけた感じになりつつも、オレに対する敬意が感じられるものに変化していて若干むずがゆい。


「そんな事ないですよ。逆にオレが迷惑かけてるくらいで」

「ほう、アスカ殿が? 今回の依頼はそれほど難しいものだったのですな」


 昨夜、スレイたちの事を頼む時に今回のおおまかな経緯だけは説明していたが詳しい部分までは話す時間がなかった。

 もちろんシャイア教の事もまだ話していない。

 

 どこまで話していいものか、悩み所だな……。

 ダモネフから口止め料ももらっているし。


「そうよ! ものすごい数の亜人や死霊と戦ったし、何よりシェンヤオ兄さんの仇を討ったんだから!」

「なんと! シェンヤオの? ではまさか、あのラドルガを討ち取ったのか!?」


 ユンロンが驚愕した様子で動きを止める。

 ピンピンやオレの方を見るでもなく、数秒間虚空を見詰めたかと思うと俯いて深く溜息を吐いた。

 

「父さん、どうかしたの?」


 セイランが堪らず尋ねる。


「……いや、なんでもない。シェンヤオの事を思い出していただけだ」


 そういう風には見えなかったが、ユンロンが話したくないのであればそっとしておこう。

 セイランもそれ以上は踏み込むつもりはないようだった。


「私と師匠で倒したのよ。物凄く強かったわ、あのラドルガ」


 ピンピンの方はそうでもないらしく、まだその話を続けたがっていた。

 自分の武勇伝を家族に自慢したい、誉めてもらいたいという気持ちが多少なりともあるのだろう。


「へぇ、姉さんが亜人と互角に戦えるなんて。アスカさんの指導がよほど効果があったんだね」

「何よ! その言い方じゃ前の私じゃ手も足も出なかったみたいじゃない」

「そんな事ないよ。実際にはアレ、使ったんでしょ」

「……そうよ。悪い? 相手は人間じゃなくて亜人だったんだから別にいいでしょ。ね、お父さん」

「うむ。まぁ亜人相手となれば仕方あるまい」


 アレってつまりアレだよな?

 ドSモードピンピンの。


「お話中すみません。アレって結局何だったんですか?」

「なに? ピンピン! アスカ殿にお話ししていなかったのか?」

「あ、うん。ちょっと説明してる時間がなくて……。すみません師匠」


 ユンロンがピンピンのドSモードについて説明してくれた。

 

 つまり、プンクルは元々王を警護するための盾であり、敵を暗殺するための剣だった。

 そのため限られた極一部の者にしか習得する事は叶わなかったのだが、200年以上前の大ラインガルド帝国崩壊に伴い当初の役目を終える事になった。

 

 それに代わって、より広く一般的に普及させようという方向性にシフトして今のプンクルの形が生まれた。

 その時、本来の戦闘用プンクルから武術用プンクルへ変化したらしい。

 

 見た目のバリエーションや華麗さなどは全て武術用プンクルになってから生まれたもので、実戦での使用を前提にしているわけではなく、あくまで稽古や競技のためのものである。

 本来の戦闘用プンクルは師範代にまでなった時に初めて習得と使用を許可されるのだ、と。

 

 戦闘用プンクルは一撃必殺を基本とし、短時間で多数の敵を屠る事に主眼が置かれている。

 武術用プンクルの華麗さ・多彩さは影を潜め、気合いを込めた一撃を素早く確実に叩き込む事のみに集中。そのための特別な呼吸法や思考の切替えなども鍛錬するのだそうだ。

 

 なるほどなるほど。

 ドSモードのネーミングもまんざら的外れではなかった訳だ。

 そしてあれこそがプンクル本来の姿だったと。


「しかしアスカ殿。この話は出来るだけ内密にしてほしい。プンクルが凶暴な殺人技という風評が広がっては何かと困るのでな」

「ええ、それはもちろん。ですが、すみませんでした」

「ん? どうしてアスカ殿が謝るのだ」

「実はオレ、プンクルって実戦では決定力に欠ける武術だとばかり思っていて……」

「あははは。それは仕方ないよね。姉さんもボクもアスカさんには全然敵わなかったんだから」

「いや、そういう意味ではなく……」

「いや、ごめんなさい。わかってますよ。武器を持たないプンクルは実戦での決定力に欠ける。これは紛れもない弱点だからね」

「武器は、ある」


 ユンロンが言った言葉にセイランもピンピンも驚いてただただユンロンを凝視している。


「本来のプンクルが使用していた武器だ。私も滅多な事では使わないのだが……」

「見せてお父さん! どんな武器なの!?」

「ボクも見たい! そんなの全然知らなかった……」


 暫く考え込んでいたユンロンが(おもむろ)に立ち上がった。


「ではここで待っていなさい」


 そう言って奥へ引っ込んで行った。

 まさかプンクルに専用の武器があったなんて……。

 もしあのピンピンのドSモードに武器があったら、鬼に金棒じゃないか。

 

 マリュウの円月輪を借りた時も凄かったが、専用武器ならもっと自在に使いこなせるに違いない。

 

 何より、ピンピンに関するオレの懸念点がひとつ解消されるのだ。

 

 やがてユンロンが大きな箱を抱えて戻って来た。

 

 料理の乗っているテーブルではなく、脇に置かれていたサイドテーブルのようなものの上に箱を置くと意を決したように言った。


「プンクルの武器は2種類ある。ひとつは手鋼(しゅこう)と呼ばれるもの。手袋のように両手に嵌めるものだ」


 そう言って、手鋼と思われるものを箱から取り出した。


 ジュリアの持っているガントレットとは明らかに違う、総合格闘技で使用する指抜きファイトグローブのような形状。

 色は漆黒と言っていいほど深い闇のような黒。敢えて光も反射しないようになっているようだ。

 さすが暗殺用だけある。

 

 手の甲側は極めて精巧に作られているようで、鋼なのか鉄なのか、全く光らない金属が甲羅の鎧のようになっている。

 指の方まで保護されていると同時に、拳の部分から第二関節までの部分は恐らく攻撃用と思われる金属が付いている。

 説明しにくいが、常時ナックルダスターを握り込んでいる状態というか、そんな感じ。

 

 良く見ると内側にも握り込み用の膨らみがある。

 なるほど、これで打撃が強化されるわけだ。

 オレらの世代で言うとカイザーナックル風に。

 

 これが1対、両手分。


 ピンピンが色めき立って傍へ寄り、実際に手にとって感嘆するように言った。

 

「すごい……こんな武器があったなんて」

「確かにすごいけど、2種類あるって言ったよね父さん。もうひとつは何?」


 セイランの方はまだ冷静だが、目がギラギラしている。


「もうひとつが、鋼棒(こうぼう)という武器……これだ」


 そう言って取りだしたのは――トンファーだ!!

 

 紛れもない、どこからどう見てもトンファー。

 すげぇ、この世界にもトンファーがあるのか!

 

「これは……どうやって使うの? 父さん」

「うむ」


 そう言うとユンロンは鋼棒を持って少し後ろに下がると、ハッと声を発してトンファーを見事に操って型を見せた。

 時間にして30秒もなかったと思うが、一瞬にして永遠にも思える緊迫した時間。

 

「すごい……すごいよ父さん!」


 今度はセイランが興奮する番だった。

 弟君的にはこっちの方がお気に召したという事なのだろう。

 

 一方、ピンピンはというと複雑な表情になっていた。


「もしこの武器を私が使えていたら……もっとやれた……ラドルガを倒せたかもしれないのに……」


 おっと、そう来るか。

 

「ピンピン。お前がそう考えるのも仕方ないが、そういう考えからは早く卒業するのだ。さもないといずれ命を落とす事になるぞ」

「お父さん……」


 完全に納得がいっている訳ではないが、父の気持ちを理解しようと努めるピンピン。

 だが一方のセイランの方は興奮したままだった。


「父さん、これボクが使ってみてもいい? こっちの鋼棒ってヤツの方」

「ダメだ、セイラン」

「ええ~、どうして!?」

「これはピンピンにやる」

「えっ! 私に?」

「そんな~、それじゃボクのはどうなるの?」


 おいセイラン、だんだんガキみたいな駄々っ子モードになってきてないか?


「心配するな。お前の分は別にちゃんとある。だがまだやらん」

「ええ~~~ッ! 姉さんばっかりずるいよ」

「セイラン、いい加減にして。さっきから子供みたいに何をわがまま言ってるの!」


 とうとうピンピンの堪忍袋の緒が切れた。

 直後、セイランも我に返ったようで急にしょげ返っておとなしくなる。


「あ……ごめん。なんだかちょっと興奮しちゃってたみたいで」

「セイラン。お前は普段は冷静で素直だが、いざ興奮すると我を忘れて手が付けられなくなる所がある。そこがこれからの課題だぞ」

「はい。すみませんでした師範」


 さっきまで親子だったのに急に師弟に切り替わった。

 だが、こないだの竜人拳の時もそうだったし確かに危うい部分だよな。

 ピンピンもこんな弟を残して出て行くのはさぞや心配だろう。


「ピンピン、これを持って行きなさい。但し、くれぐれも充分に稽古を積んだ上で使うように」

「はいッ! ありがとうお父さんッ!」


 ピンピンが手鋼と鋼棒を受け取り、目をキラキラさせてユンロンに頭を下げる。

 セイランはどこか羨ましげな表情を残しつつも、笑顔で見守っていた。

 

「さぁ、まだ食事の途中だった。みんな席に戻ろう」


 ユンロンの声で、みんな席に戻って再び食べ始める。



 結局料理を全て平らげるまで食事は続いた。

 中国では全部食べるのは失礼にあたるとされているらしいが、ペピンではそういうマナーはないらしい。

 ううっ、だが苦しいッ!

 

 そして食後も熱いお茶を飲みながら歓談タイムは続いていた。

 

「アスカ殿らはこれからどうする予定なのだね」

「ええ、出来るだけ早いうちに北へ向かうつもりです」


 マリュウからの報告によると、ユミロフはキリール街道を北へ向かったらしい。

 だから、ユミロフを追うなら北。

 それは昨日みんなとも話して決まっている事だった。

 ただ、いつ出発するかまでは決めていなかった。


「そうか。ではうちのバシャを貸そう。その方が早く目的地へ着くだろう」

「えっ、そんな……いいんですか?」

「なに、構わんよ。うちでも演武会で大人数が移動する時くらいしか使わないのでね」


 では来年の演武会までは特に用途がない、と。


「師匠、そうしましょう! その方が早くユミロフに追い付きます」


 ピンピン、破門になた以上もうお前の実家じゃないんだからそんな簡単に言うなよ。

 だが、それよりも別な所にユンロンが食い付いてしまった。

 

「ん? ピンピン、ユミロフとはユミロフ司教の事かね」

「うん。そうだけどお父さん知ってるの?」

「ああ。何度かお会いしているな。とても信心深い人格者だったが……」

「騙されちゃダメよ、お父さん! ユミロフは……」

「ピンピン、ちょっと待って」


 すかさず制止に入る。

 世間一般で通っているユミロフのイメージが浸透している相手にいきなり本当の事を言っても信じてもらえないに決まっている。

 

 ここは、あくまで事実を淡々と述べた上で、何か繋がりがあるかもしれないので直接話が聞きたい、だが本人が昨日のうちに町を出てしまったので追って行こうと考えている、というように若干オブラートに包んでオレが説明する。


 死霊召喚や笛による亜人の操作については相当驚いていたようだが、教団施設に査察が入った件を耳にしていたらしく、ユミロフはその責任追及を逃れて町を出たものと捉えていたようだ。

 いずれにしろユミロフが清廉潔白ではないのは確実らしい、となってユンロンもオレたち側へついてくれたようだ。


「そういう事なら、ひとつ教えておこう。ユミロフ司教はよくペピンとパルピンを行き来していたそうだ。向こうにも教団施設があるのだろう」

「パルピン……やっぱり北ね」

「ピンピン、場所知ってるの?」

「はい師匠。街道を北へ200kmちょっと行った所にある大きな町です」


 200kmか……こりゃ確かにバシャがないときつそうだ。


「ユンロンさん、貴重な情報ありがとうございます」

「なに、これくらいしか役に立てず申し訳ない。後はせめてバシャを有効に使って欲しい」

「本当にありがとうございます。喜んで使わせてもらいます」


 よし、これで移動手段は確保できた。

 目的地も、当面はパルピンという町で決まりだ。


 おっと、忘れるところだった。

 今日はそもそもこれを頼むために来たようなものだったのに、何やってんだオレ。


「あの、ユンロンさん。もうひとつどうしても頼みたい事があるんです」

「なんだね。私で出来る事なら力になろう」

「ミト村の事なんですが……」

「ああ、スレイ君たちの村だね。それがどうかしたのかね」

「このお金で、村の復興にリー道場として協力していただきたいんです」


 そう言って金貨10枚を出してテーブルの上に置いた。

 ピンピンが、あっという表情でそれを見る。

 次いでオレを見て笑顔を見せる。

 理解してくれたか、弟子よ。


「これは……こんな大金、一体どうしたのかね」

「今回の依頼で特別報酬として組合から受け取ったものです。これを是非使って欲しいんです」

「しかし、復興といってもうちの道場で何が出来るのか……」


 そう、そこをオレも考えたんだよな。


「スレイたち3人が戻った所で村としては機能しません。だから村のあった場所にリー道場の分館を建てて、何人かそっちで暮らすようにしてもらえないでしょうか」

「リー道場の分館を……カカ山の中腹……ふむ」


 オレの提案を受けてしばらく無言で目を閉じ腕組みをしていたユンロンが、やがて目を開けた。


「わかった。その提案、引き受けよう!」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「お父さん!!」


 ピンピンも喜んでくれて嬉しい。

 これでスレイたちの夢がかなり実現可能な所まで近付いた。

 あそこは森の民も関わる集落だったから、ロビィたちのためにもなるはずだ。

 

 あ、でも道場の人たちが住んだらイヤがられるかな……ごめん、それは先に謝っておく。


「何も慈善行為として引き受けるわけではない。カカ山の中腹という場所がいいのだ。あそこならプンクルの修行としても理想的な立地だ。高所訓練も合わせて出来るしな。まぁ詳しくはこれからセイランとも相談して決めていくとしよう。セイランも、いいな」

「うん。ボクは大賛成だよ。この道場も少し手狭になってきていたし、何より楽しそうだしね」

「ありがとう、セイラン!」

「別に姉さんのためじゃないよ。あそこならラシークからも入門生が集められそうだし、うちにとってのメリットも大きいからね」

「とにかくよろしくお願いします。もしお金が足りなければまた今度送るようにしますから」


 そこが一番心配だったところだが……。

 

「いやそれには及ばない。初期投資としては充分すぎる金額だ。後は我々の責任で進めるのでご心配なく」


 頼もしいユンロンの言葉。

 そしてセイランも乗り気になってくれた。

 良かったぁ。

 

 と、話が一段落ついたところへスレイが入ってきた。


「失礼致します。ユンロン様、アスカさんのお連れ様が御見えになってます」

「うむ、通してくれて構わんよ」

「畏まりました。失礼致します」


 連れ? 連れってなんだ?

 まさかジュリアが来たのか!?

 あいつ~、宿で合流って約束してたのに。

 

 こっちもそろそろお暇しようって時になってタイミング悪いったらないぞ。


 そうこうしているうちにガヤガヤと人の話し声が聞こえ(主にジュリアの)、部屋へ通されたのはジュリアとリズとマリュウだった。

 おいー! 全員で来たんか!

 

「こんにちはユンロンさん。あ、セイラン君も」

「ようこそ、ジュリア殿。こちらへ来てかけてくれ」


 そこでジュリアからリズとマリュウの紹介、そして本人の挨拶という一連の流れがあって無事着席。


 リズがテーブルの上の金貨を見て早速突っ込んで来た。


「アスカ、その金貨……」

「ああ、これはたった今アスカ殿からお預かりしたものだ」


 代わりにユンロンが答えてくれた。


「どういう事なの、アスカ?」


 面倒臭いなぁと思っていたら、ピンピンが代わりに一通り説明してくれた。


「うっ……ありがとうございます……」


 入り口の所でスレイが泣いていた。

 あ、まだいたんだ? ごめん、黙って勝手な事して。


 ユンロンがそれを見咎めて厳しく声をかける。


「スレイ、お客様の前だぞ」

「は、はいッ。申し訳ございませんユンロン様」


 涙を拭ってその場を離れるスレイ。

 部屋を出る前にオレの方を向いて深々とお辞儀をしていった。

 

 本当は知られたくなかったけど、まぁバレちゃったものは仕方ないよな。

 でも大変なのはこれからだから、頑張れスレイ。

 キッパーとミリアも。


「まさかアスカがそんな事を考えていたなんて……」

「そういうお金の使い方なら私だって賛成したのに」


 リズが全く予想外という驚きの顔で言うと、ジュリアが拗ねたような笑ったような顔で続く。

 マリュウは当然こんな時は口を出しません。

 

「アスカ殿、幾ら立派な考えでもちゃんとお仲間とも相談しないといけませんな。はっはっは」


 ユンロンが事情を察したのか、わざと茶化すように言ってくれた。

 そうだそうだという雰囲気になり(実際ジュリアがそう言った)、なんとかこの話は収束した。

 

「そうそう、ユミロフはやっぱり北へ行ったみたい。パルピンにも教団施設があるんじゃないかって」

「そうなの!?」


 ピンピンが話題を変えようとしたところへジュリアが食い付く。


「そうとわかれば一刻も早く発つべきよ」

「あれからもう丸一日経過してしまっています。追うなら早い方がいいと思います」


 リズとマリュウも即出発コースか。

 じゃあ一応先に報告しとくか。


「実はユンロンさんからバシャを借りる事になったんだ。だから移動手段も心配ないよ」

「えっ! そんな! いいんですか?」


 ジュリア同様、リズとマリュウも驚いている。

 そりゃそうだ。

 全然知らないうちにそんな事が決まっていたんだから。


「構わんよ。もうアスカ殿と約束した事だしね。セイラン、手配を頼む」

「わかったよ父さん。みなさんはどうぞごゆっくり」


 そう言ってセイランが部屋を出て行く。

 手配ってバシャの手配だよな。

 今の流れですぐにでも必要だと判断したってわけか。


「色々とご配慮ありがとうございます」

「いやいや、分館の件でお互い様だよ。はっはっは」


 改めてユンロンに頭を下げる。

 本当に世話になりっぱなしの上にひとり娘まで奪って行く事になってしまって申し訳ない。

 

 その後はユンロンにとってブランニューとなるリズとマリュウへ色々と質問が続いた。

 

 小一時間ほど経ったところで、ユンロンが立ち上がった。


「さて、用意が出来たようだ。みなさん外へどうぞ」


 バシャの準備が出来たのか?

 なんでわかった? 音?

 

 そのままゾロゾロと部屋を出て建物の外へ移動すると、目の前に大きな馬車=バシャが!

 

 ベガスの依頼の時も乗ったが、2頭立てで30人以上乗れるヤツだ。

 こんなデカいバシャとは思ってなかったので驚いた。

 まぁそれはオレだけじゃなく他のメンバーも同様らしかったが。


「さぁ、これを好きなように使ってくれて結構だ。御者(ぎょしゃ)もうちからひとり付けておいた」


 え、御者? パカラを使ってバシャを操作する人か。

 確かにそこは全然考えなかった。やっべぇ。

 にしても助かる。


「ありがとうございます!」


 もう何度目かわからない礼をユンロンに言う。


「あ、みなさんこんにちは。またよろしくお願いします」


 はい? 誰?

 いやこの声、どっかで聞き覚えが……。


「シン!」

「どうしたのシン! そんな所で」


 ジュリアとピンピンが相次いで答えを言っちゃった。

 確かにバシャの御者席に座っているのはシンその人だった。


「今日から道場に復帰して稽古をしていたんですけど、セイラン師範代に急に呼び出されて……」

「まぁみなさんの御者を務めるなら、彼が一番適任かと思って。それに彼、意外と役に立つでしょう?」


 セイランが満面の笑みで教えてくれた。

 なるほど、彼の差し金か。

 でも、単なる御者に留まらず、いざという時は戦闘にも参加できるというのは確かに心強い。

 

「確かに、シンは剣もプンクルも腕はいいわね」

「戦える御者というのは貴重です」


 リズとマリュウはもう完全に納得してしまっている。

 そういう事なら何の問題もないだろう。


「じゃあシン、また暫くの間よろしく」

「はい! アスカさん! ボク頑張りますッ!」




 こうして御者シンの操るバシャでオレたち5人は北を目指す事になった。

 リー道場を出てすぐ、それぞれの宿へ寄って清算を済ませると、荷物を客車の方に乗せてペピンを発った。

 

 なんだかんだでシンとも行動を共にする事になるとは、つくづく縁があるのかもしれない。



 ちなみにリー道場を出る直前、オレだけユンロンに呼ばれて少し離れた場所まで連れていかれ、打ち明けられた話がある。

 

 ラドルガの事だ。

 

 実は3年前、シェンヤオが発見された後、ユンロンはひとりカカ山へ乗り込み、そこでラドルガと戦ったらしい。

 もちろん、今日ピンピンへ渡した武器をフル装備の本気モードで。

 本人は言わなかったが、もしかすると竜人拳も使ったのかもしれない。

 

 その時、ラドルガに相当なダメージを与えつつも、自分も負傷してしまい、ラドルガに逃げられてしまったのだった。

 それがこの3年間悔しくて仕方がなかったとユンロンは言った。

 まさかユンロンがそんな熱い心の持ち主だったとは思わなかったので意外だった。

 

 弟子の仇を討ちに行って討ち漏らした相手を娘とその師匠が倒した、という事か。

 なるほど感慨深いのもわかる。

 

 ラドルガを倒した事への礼と、娘の事をよろしく頼むと頭を下げられてしまった。

 こっちも慌てて頭を下げたが、みんなが見ていなかった事を祈るのみだ。


 しかし、みんなの所へ戻った時にマリュウがこちらを見て頷いていたので、絶対に全部聞いてたと思われる。

 って事はリズにも筒抜けになるわけだな。はぁ~。

 


 御者席の方でシンとピンピンが話している声が聞こえる。

 

「そう言えばシン、あなた報酬は受け取ったの?」

「はい、ちょうど昼に組合へ行ったので」

「それじゃ、私たちと入れ違いだったのね」

「そうだったんですか。でもボクが報酬をもらうのってやっぱりおかしいですよね」

「まぁそれは別にいいんじゃない? くれるって言うんだからもらっておけば」

「でも……」

「グダグダ言わない!」

「すっ、すみませんッ!」


 そこへ客室の方から顔を出して、シンを呼ぶ。


「シン、これ」

「えっ! 金貨!? こんな大金どうしたんですか?」

「いや、組合長から特別報酬なんだって。オレたちももらったから、これはシンの分」

「ありがとうございます! すごいッ! これでしばらくはお金の心配がいらなくなりました」


 ジュリアもこうやって素直に喜んで受け取ればいいのに。

 

 客室へ戻ってジュリアの方を見て金貨を見せるが、静かに首を振るだけ。


「強情ね、ジュリア」

「別にいいでしょ。リズには関係ない」

「そう言えばアスカさん、ジュリアさんの分は別としてあと1枚はどうするんですか?」


 マリュウが何でもない事のように聞いてきたので教えてやろう。


「そんなのロビィの分に決まってるよ」


 ジュリアが口の端で少しだけ笑ったような気がした。

読んでいただき、ありがとうございます。

とうとうペピンを後にして新しい旅へ出発しました。

ペピン編は日数が僅かなのに随分長かったけど、こっからがまた長いなぁ。

頑張って書き続けますので、応援どうかよろしくお願いします。

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