(39)オレは死霊と戦う-後編-
オレたちは再び空を拝み、林の中に出られた。
木々が邪魔になってよく見えないが、カカ山の上の方を見た感じだとここは5合目から6合目付近と思われる。
石切り場トンネルを通って山の反対側へ出たらしく、こちら側は全く人の手が入っていない自然そのままの姿だ。
鬱蒼とした森林はひっそりと静まり返っていて、どこかしら不気味な気配すら漂わせている。
もう朝もそこそこの時間なのに虫や鳥の声すら聞こえない。
「静かでいい所ね」
外に出られた安堵からか、ジュリアが呑気な感想を漏らす。
「いや、静かすぎる」
「よくわかりましたね、アスカ。鳥や獣がいないせいです」
「ロビーナさんの言う通りです。確かにこの一帯にそれらの気配は感じられません」
ロビィとマリュウがそう言うのならもはや間違いないだろう。
「死霊でも潜んでいそうなイヤな気配ね」
「また死骨が出たなら、私が引き受けます!」
リズの言葉にピンピンが頼もしく返す。
確かにシャイア教徒が何か仕掛けてくる可能性は充分ある。
用心するに越した事はない。
「こちらです。急ぎましょう!」
ロビィが動き出した。
例の匂いはまたしても上へ向かっているらしい。
ヤツらの居場所や狙いが気になるが、今は考えても仕方ない。
道なき道をひたすらロビィについて行くだけだ。
だが、移動を始めてほんの数分でロビィが立ち止まる。
「どうしたの、ロビィ」
ジュリアが聞いてもロビィは答えず、何やら周囲を観察している様子。
「ロビーナさん、何か気になる事でも?」
マリュウも、耳からの情報では特に異常を感じていないためか、ロビィに確認する。
「ロビィ?」
オレも気になったので思わず声を掛けてしまった。
なんか邪魔してるみたいで申し訳ないが。
「罠です」
「え?」
「この一帯に沢山の罠が仕掛けられています」
なんだって?
「何もおかしな所はないように思うけれど……」
リズの言う通り、オレの目にも何ら不審な所は見られない。
なんて事はない普通の森林の風景だ。
動物や鳥の姿が見当たらない事以外は。
「ロビィ、罠って本当なの?」
ジュリアの言葉にロビィは表情を変えるも事なく、足元にあった大きめの石を拾うと無造作にひょいと放り投げた。
石が5m程先にドスンと落下した瞬間、ブワサァァァッと音がして地面から網が持ち上がり、ぐーっと上に持ちあがると木からぶら下がってゆらゆら揺れた。
うわぁ、映画とかでよく見る罠だ。
まさか自分がその真っ只中に放り込まれる事になろうとは。
「……ごめんなさい、ロビーナ」
「疑ってごめんね、ロビィ」
リズとジュリアがすぐさまロビィに謝罪するも、ロビィは至って涼しい顔。
更にもうひとつ石を拾い、今度はもう少し遠くへ投げる。
ん? 何も起きない。
しかし、先程より大きな石を再度ロビィが同じ場所へ放り投げると、ずるっと地面が抜けてザァァァと土や落ち葉が落ちて行く音がした。
ドッキリかよ!
「落とし穴だッ!」
シンの驚いた叫びまで合わせて何かのドッキリちゃうの、これ。
穴の深さとか、底に何か仕込んであるのか気になって確かめに行こうと一歩踏み出したら――。
「アスカッ!」
ロビィが鋭く制止した。
びっくりしたな、もう。
「どうしたの、ロビィ」
「危険です。動かないでください」
「あ、ごめん……」
間抜け過ぎるだろオレ。
さっきロビィはこの辺にたくさん罠があるって言ってたんだった。
何うっかり罠の中に飛び込もうとしてんだよ、アホか。
ドッキリのイメージに引っ張られて緊張感失うとか、ありえん。
「困ったわね。これじゃ迂闊に動けないわ。どうするの、ロビーナ」
リズがロビィに尋ねる。
ロビィは何も言わず、俯き加減で目を閉じて何かブツブツ呟いている。
「ロビィ?」
「しっ!」
邪魔するな、という意味でジュリアを制して静かにさせる。
やがてロビィが顔を上げると、綺麗な碧眼だったロビィの目が赤く光っていた。
「ロビィ……その目……」
「大丈夫です、アスカ。心配要りません」
そう言うと改めて周囲を確認するように一瞥し、何か納得したように頷く。
「出発します。私の後に一列になってついて来てください。決して列から外れないよう気を付けて」
なんとなく察したみんながスッとロビィの後ろに集まってくる。
「急ぎますので、遅れないでください」
言うなりロビィはダッシュで移動開始。
おいおい、幾ら何でも速過ぎるだろ。
だが文句も言わずみんな後に続く。
先頭のロビィからジュリア、オレ、ピンピン、リズ、マリュウ、シンという順番。
ロビィのスピードは神足でも使っているんじゃないかという程に安定して速い。
ジュリアが必至にロビィの後ろに食らい付く。
オレはまぁ超足を使うまでもなく、少し余裕ある位。
ピンピンは……オレほどではないが若干余力を残している表情だ。
リズとマリュウは鎧が少し重たいのか、やや遅れ気味になりながらもなんとかついて来られている。
シンはその後ろを涼しい顔で追走。追い越さないのはレディファーストなのか? 意外に体力もスピードもあるんだな、コイツ。
5分程で罠エリアを抜けたらしく、ロビィの進行方向が安定した。
それまではかなり不規則にジグザグ走行だったので、追走する方も一苦労だったのだ。
「もう大丈夫です」
走りながらロビィがこちらへ声を掛けてくる。
その目は碧眼に戻っていた。
あの目はきっとまた森の民秘伝の何かだったんだろう。
どうせ聞いても教えてもらえないだろうからスルー。
もう直線隊列である必要はないのだが、何となくそのまま進む。
やがて、両側が切り立った岩場になっている谷間のような場所が近付いて来た。
もちろん道などがあるわけではなく、狭い空間内にも木やら藪やら岩やらが散在している。
「ロビーナさん!」
突然マリュウが大きな声を出した。
直後にはオレにも何か音が聞こえて来た。
上の方か――。
「岩です! 気を付けて!」
ロビィが警告しつつも、速度を緩めずに進む。
マジか。
このまま移動しながら各自勝手に避けろとでも?
ロビィがこんな無茶をやらかすとは珍しい。
というかちょっと心配になる。
そんなに気が急いているなんて、大丈夫かロビィ。
「来るわッ! 上よッ!」
ジュリアが右上を見ながら叫ぶ。
岩場の上から数え切れない程の岩が落ちて来るのが見えた。
オレはまぁいざとなったら超足で回避するからいいとして、みんなは大丈夫なのか。
この狭い場所を抜けるにはまだ少し時間がかかるぞ。
「マリュウ!」
「はいッ」
リズの呼び掛けにマリュウが答えたと思ったら、右上の崖の斜面から壁が迫り出してきた。
地面隆起の魔法か!?
ありがたいッ!
壁は高さ3m長さ30m程の規模になった。
壁が岩をせき止めている間にとっとと通過してしまおう!
「リズ様! 岩がッ!」
「あれはッ!」
なんてこった!
岩が壁を乗り越えて来ている。
そんなバカな!
「顔面岩だわッ! なんて事!」
リズが忌々しそうに吐き捨てる。
顔面岩? 自力で動く岩なのか?
そういやワンさんから聞いた情報に顔面岩の事もあったような気がする。
ええい、下手な考えなんとやら。
超足!
壁蹴りから飛び上がって落ちてくる岩を剣で叩く。
バゴッ! ギャッ!
しゃべった!?
もうみんなの所へも岩が到達していて、あちこちで岩を破壊する音と岩の声とが鳴り響いている。
自然落下ではないから、まだパラパラと来ているだけなのが救いだ。
ゴロゴロゴロ……。
今までとは違う重くて大きな音が上の方から響いて来た。
なんだ!?
「うわぁッ! 大きいのが来ますッ!」
最後尾のシンが悲鳴を上げる。
グワラガラガラガラ……。
マリュウの壁をブチ壊してそのまま落ちてくる。
ヒュッ! ヒュヒュッ!
巨大な顔面岩が落下途中でふたつに割れていく。
ジュリアの風刃剣だ。
やるな、ジュリア。
顔面岩は見た目に反して硬さ自体はそれほどでもないようだ。
比較的小型のヤツはマリュウの円月輪がまとめて砕いていく。
「顔面岩に噛み付かれないようにしてください! 噛み付くと自爆します!」
うっそ! なにそれ!
早く教えてよマリュウ。
自爆テロ野郎かよ面倒くせぇな。
だが、こんなトロいヤツに噛み付かれるようなヘマは誰もしないだろう。
唯一不安なのは最後尾の……うん、まぁアレなら大丈夫だ。
各自問題なく顔面岩に対処しつつ、谷間を無事通過。
これでひと安心――――と思ったのも束の間、予想通りの展開ですよ。
さすがに立ち止まるロビィ。
続くみんなもロビィに並ぶようにして立ち止まり、前方を見てうんざりする。
「また骨かよ」
「骨ですね!」
オレのうんざりした言葉にピンピンも同意する。
ワクワクしているような顔をするなw
「死骨でしょ」
「骨でいいよ、もう」
細かい事はいいんだよ、ジュリア。
にしてもまた随分と集まったものだ。3ケタはいるな。
歓迎の宴にしてはちょっと規模が多すぎやしませんかね。
「リズ様、ここは……」
「いいのよ。時間がないわ」
リズがすぐに光魔法の準備に入ろうとする所へ、何者かの声がかかった。
「ようこそ皆さん。数々の苦難を乗り越えてようやく辿りついた気分はどうですか」
マイクを通している訳でもないのにその声は妙によく響いた。
死骨の群れの奥、祭壇のような場所に全身ローブを着た男が1人立っている。
こいつが親玉か?
何故わざわざ姿を晒す?
それに他のシャイア教徒どもはどこだ?
隠れているのか?
「何者だ!?」
すっかり誰何担当になったリズが声を張る。
「エイザベス・フォン・メイガスさんですね。わざわざアスリーデ王国から斯様な辺境まで、御苦労な事です」
リズのフルネームを初めて知った。
ミドルネームがあるという事は貴族出身なのか。
いや、こっちの世界ではどうか知らんけれども。
「何故私を知っている?」
「ホホホホ。ご立派な家柄の割に教育の成果はいまひとつのようですね。冒険者の情報などその気になればいつでも調べられます」
「くッ!」
ギリッと歯軋りの音がした。
リズのこの音を聞くのは二度目だ。
「他にも色々知っていますよ。メイガス家の使用人マリュウ・コパチェフ。ミツルギ流剣術の師範代シン・ミツルギ。森の民ロビーナ・パルティナム。雷神ガラドの娘ジュリア・ザナック――」
あ、それはマズイ――。
「なんですって!? 今あの男が言った事は本当なのジュリア?」
「え……あ、うん。まぁそうね」
案の定リズがえらい剣幕でジュリアに詰め寄った。
こんな形でジュリアの素性がリズ達にバレてしまうとは……。
ジュリアの気まずさ限界MAX突破だな。
それよりその前にも気になる情報があったぞ。
シンのヤツがなんだって?
「どうして今まで黙っていたの!?」
「リズ様、今はその話は……」
「そうね。でもジュリア、後でちゃんと説明して!」
「……うん」
とりあえずマリュウがうまく納めてくれて良かった。
「人が話している時は静かにしなさいと躾けられなかったようですね。お行儀の悪い冒険者にはお仕置きです」
男が話し終えると同時に強烈な寒気が襲って来た。
オレだけかと思って他のみんなの様子を見ようとしたら……いつの間にかオレたちの周りを見た事もない化け物が何体も飛びまわっている。
「死魂ッ!? いつの間に!?」
リズはこいつらの正体を知っているらしい。
シコン? なんだそれ?
「死魂は生者の魂を喰らう死霊です。接触すると生気を吸い取られるので気を付けてください!」
なぜなにマリュウの解説コーナーありがとう。
だが、なんだそのハリポタのディメンターみたいな設定は!
まさか物理攻撃効かないおまけ付きじゃないだろうな。
いや、九分九厘そうだろ。何なら賭けてもいい。
面倒臭いヤツを登場させやがってこの野郎……。
「うわぁぁぁぁッ! やめろッ! 来るなッ!」
シン、うるさい!
お前なんとか流の師範代ってのが本当なら自分で何とか出来るだろ。
ジッ。
何の音かと思ったらピンピンが右の拳を押さえて悔しそうな顔をしている。
「どうしたピンピン」
「死魂を試しに打ってみたらイヤな感じがしました」
「当たったの?」
「いえ、ですが痺れるような痛みが……。それに少し生気を取られたようです。コイツは危険です師匠!」
接触するとマズイと言われてるのをわざわざ手で打つなんてチャレンジャーだなピンピン。
そして知りたくもない現実をどうもありがとう。
幸いあまり動きが素早くないので避ける事自体は難しくないが、触れないのは厄介だな。
あ、でもこれ、あの時の戦法でイケるんじゃね?
「リズ! マリュウさん!」
声を掛けただけで2人とも察してくれたようで、すぐさまリズが円月輪に光属性を付与する。
付与が終わるとマリュウが円月輪を同時に投げて空中を泳ぐ死魂を――素通り!?
やはり物理攻撃系は効果がないのか?
いや、待て!
円月輪自体は素通りしたけど、死魂の動きが俄然鈍ったぞ。
光魔法自体は効いてるんだ。
だが、止めを刺したくても物理はNGと来ている。
となるとやはり魔法しかないのか……。
オレの魔法でコイツらに効きそうなのって何だ?
くっそー、光魔法もちゃんと練習しとくんだった。
「あ、そうだ! ジュリア! 風!」
「えっ? ああ、わかった!」
ジュリアの風刃剣ならどうだ?
ヒュッ!
ダメか……。
死魂には何の効果もなかった。
物理攻撃だけでなく風魔法でもダメージを与えられないのか。
シュパァァァ……。
その時、死魂の1体が霧散するように消滅した。
一体何が起きた!?
「やったぁ! いける!」
後ろで無邪気な声がした。
シン、まさかお前なのか?
「今何をしたの? シン?」
リズも驚愕している。
その隣のマリュウも信じられないといった表情。
「オオオッ! 私の大切な下僕がぁぁぁぁッ!!」
もっと信じられない思いの男がいたようだ。
全身ローブの男が大袈裟に両手を上げて絶叫している。
完全に芝居がかっていて不愉快だ。
「おのれ若造! まずはお前から始末してやる」
あれれ、なんだか口調まで変わってる。
素が出てきたのかな?
それはいい事だ。
恥ずかしがらず、どんどん本性見せちゃって。
そうこうしている間にシンは残りの死魂もあっという間に消滅させてしまった。
どうやら、剣の突き動作から遠隔攻撃を放っているらしい。
なんとか流の技なのか戦技なのかは知らんが、誠にもって素晴らしい!!
「シン、すごい……」
ほら、ジュリアもうっとりだね。
だがその『悪即斬』とか言う厨二病みたいな掛け声はやめとけ。
るろ剣の斎藤一かお前は。
斬らずに突いてるのも一緒だぞ。
死骨軍団も動き出したが、こいつは斬撃耐性以外はどうって事ないので問題は物量だけだ。
そして、こいつらにはプンクルがよく効くッ。
ピンピンとオレが前に出る。
そしてここでもシンが大活躍。剣を納めて素手で参戦。
「生意気な若造め、これでも喰らえッ」
全身ローブが叫ぶと、シンの動きが止まった。
金縛りのように動けなくなったらしい。
「かっ、体が動きませんッ!」
見りゃわかるからいちいち言わなくてもよろしい。
何かの魔法か?
「闇属性の影縛りです。完全に動きを止められてしまっています」
なぜなにマリュウありがとう。
厄介な魔法使いやがって。
超足!
全身ローブに向かって駆ける。
一瞬で到達する予定が、巨大な何かに行く手を阻まれた。
うおっ! あっぶね。
バックステップで距離を取り、敵を見極める。
巨大な鎧――ひと言で表現するならそれしか思い浮かばない。
漆黒のフルプレートアーマーに身を包み、これまた巨大な剣を一振り手に持った身の丈2m以上の騎士。
ただし、首から上がない。
もし首があったらラドルガと同じ位だろう。
それが2体並んでオレと全身ローブ男の間に立ち塞がっていた。
なんだコイツら、突然目の前に出現しやがって。
もしかしてこれが『召喚』というヤツなのか!?
にしてもこの敵、RPGとかで見たことある気がするぞ。
なんだっけ名前――ほとんど首なしニックじゃなくて――あ、デュラハン!
などと考えている間に、巨体がこちらへ向けて動き出した。
「アスカ! ザリオよ! 気を付けて!」
リズがせっかく正しい名前を教えてくれたのはありがたいのだが、名前だけで気をつけろと言われても何をどう気を付ければいいのかサッパリなんですが……。
「私の最高の下僕がお前たちの相手をしてやる。恐怖に慄け!」
なんかひとり悦に入って叫んでるヤツがいるんだが、そろそろお前の名前を教えろよ!
このままだと名前も知らないうちにあぼーんしちゃうぞ。
ブオオオッ!
ものすごい風音がしてザリオの1体が剣を振り下ろして来る。
巨体なりのスピードだったのでわけなく回避。
そこへもう1体の剣が襲う。
あらよっと。
再び距離を取って考えようとしたその時、あぼーん男のすぐ後ろにロビィが立っていた。
へ!?
ロビィは男の右腕を後ろに捻り上げ、首筋にナイフを当てながら男に何か話している。
「あッ! 動けます! もう大丈夫です」
シンの影縛りが解けたらしい。
ロビィがやらせたのか?
「司祭様ッ!」
「ヤルタ司祭様ッ!」
どこからともなくシャイア教徒どもがわらわらと湧いて来た。
上司を人質に取られて慌てて出て来るとは小者どもめ。
しかしなんだそのふざけた名前は。
日本人にとっては腸煮えくり返る名前だぞオイ。
そして、てっきりコイツの正体がユミロフ司教だとばかり思ってたんだが人違いだった。
いかんいかん、思い込みって危険だね。
あ、ラザロフとバルナーロ見ぃーっけ!
もう逃がさないからな。
するとロビィがシャイア教徒の方へヤルタの体を向ける。
「それ以上近付いてはいけません。この男の命を奪います」
こっわ。やる時はやる子ロビィ。
命を奪うって断言してるし……あっ…………。
今更ながら気付いてしまった。
この死霊どもはどうでもいいとして、シャイア教徒をどうするかについてだ。
具体的に何も考えていなかったが、下手すると殺す事になるのか?
人間を殺すのか……。
――殺していいのか?
山賊と戦った時にも思ったのだが、オレたちは人を殺していいのだろうか?
何の権利、何の正当性があって?
確かにミト村の件は許せない。
しかしだからといってオレたちが今ここで犯人を殺していいという事にはならないのではないか。
下手に法治国家で生まれ育ったせいか、そこが気になって仕方ない。
みんなと話しておくべきだった。
ちゃんと議論してコンセンサスを得ておくべきだった。
くそッ!
オレが葛藤の沼に囚われて身動き取れなくなっている間に、みんな着々と仕事をしていた。
シンとピンピンは死骨を次から次へとぶっ飛ばし、リズとマリュウはザリオの足止め。
ロビィはヤルタを人質に取ってシャイア教徒を牽制。
オレだけサボってるじゃん。
すまん。
だが、何をすればいいのかわからなくなってしまっている。
「アスカ! 何してるのよ!」
バシンと背中を叩かれた。
ジュリアだった。
「なぁジュリア、ちょっと聞いていいか」
「なによ、こんな時に」
「ジュリアは人を殺せる?」
本当にこんな時に何を言ってるのか、という話だがこれを聞かない事にはオレは何もできないんだ。
「……必要な時にはもちろん!」
少しだけ間があったが、キッパリとジュリアは言った。
そっか、ジュリアはそう決めてるのか。
「そんな事で迷ってたの? しょうがないわね」
「いや、でも……」
「アスカが出来なくても私やロビィがやるわ。だから無理しなくていいのよ」
そういう訳には……いや、それならそれでもいいのか。
だがまだ何か引っかかってる。
「ごめんジュリア」
「いいから戦って!」
バシンともう一度全力で背中を叩かれて、オレもふっきる事にした。
ジュリアはそのままリズ達の応援に向かう。
オレもジュリアの後を追う。
ロビィのいる方角で、何か甲高い音がした。
あの音は――。
森林のあちらこちらからバラバラと人ではないものの影が集まってくる。
ガームとコンガだ。
それぞれ10数体はいる。
せっかくピンピンとシンが死骨を大量処理してくれたばかりなのに。
――魔物を操るあの笛。
吹いているのはラザロフとバルナーロか。
あんのヤロー!
最優先でブチのめす。
申し訳ないが魔物の増援とザリオは一旦任せて、あの2人へ向かう。
確か戦うための訓練を受けていると言ってたな。
どれほどのものか見せてもらおうじゃないか。
「ひっ!」
「お、おい! 仲間がどうなってもいいのか!?」
セリフが完全に雑魚のやられキャラじゃねぇか。
チラとロビィの方を見ると、相変わらずヤルタを人質にしつつも何か話している。
ああ、ロビィ。頼むから話の内容、後で教えてくれよ。
そのままバイバイはなしだぜ。
マリュウに地獄耳を発動している余裕があったら保険になるが……。
「安心しろ、殺しはしない」
真正面から至近距離でそれだけ言うと、一瞬の驚きから安堵へ目の色が変化するがそれを見届ける事なくラザロフの腹に一撃。
そしてバルナーロの首筋へ後ろから一撃。
どちらも一撃だが、死なない程度で一番強烈な力加減にしておいた。
あっけなく気を失って倒れる2名。
訓練とは一体何だったのか。
そのままロビィとヤルタの方に気を取られているその他大勢の教徒の背後へ。
誰も気付かないとか……。
ロビィと目が合った。
シャイア教徒どもを一網打尽にして一箇所に集め、そのまま体半分だけ凍らせておく。
縄がないから縛っておけないんだ、すまんな。
むしろ涼しくて快適だろう。
感謝してくれてもいいぞ。
「大活躍ですね、アスカ」
「いやいや、ロビィのおかげだよ」
ロビィの所へ行ってヤルタとやらの御尊顔を間近で拝見しながら言葉を交わす。
そしてヤルタにはやってもらう仕事がある。
「おい、あのザリオとか言うのはお前が召喚したんだろ」
「だったらなんだというのだ」
「消せ」
「なに?」
「耳が悪いのか? 消せと言ったんだ」
「馬鹿な事を。誰がそのような事を……」
「命が惜しくはないのですか?」
ロビィが首筋のナイフをチクッと押し込むと、一筋の血がつーっと流れ落ちた。
「や、やめろ! やめるんだ! やめてくれッ、頼むッ!」
ヤルタの言動を目にしながら、どんどん醒めていく自分がいる。
現実でも(この異世界が本当に現実なのだとしたら、だが)悪人はこんなモノなのか。
「早く消せ。何度も言わせるな」
「わかった。わかったから早くそれを引っ込めてくれ」
ロビィの方へ眼球だけ必死に動かしながら、懇願するヤルタ。
この状況に対処する魔法は持ってないのか。
さっきの影縛りとかロビィに使えばいいんじゃないの?
知らんけど。
ロビィがナイフを首筋から少し浮かせると、ヤルタが不敵に笑ったので思わず平手で殴ってしまった。
パシィッ!
「なにをするッ!」
「いや、なんかつい」
「この子は私よりも遥かに凶暴で手に負えない性格なのです。逆らわない方が身のためです」
ちょっと! ちょっとちょっと!
言うに事欠いてそれはないだろ、ロビィ。
だが、おかげでヤルタがオレを見る目が怯える仔羊のそれになった。
いや、怯える仔羊を見た事はないけれども。
あ、あれは迷える仔羊だったか。
それにしてもまだザリオは消えていない。
リズやマリュウやジュリアが苦労しているから早く解放してやりたいのだが。
仕方ない。
もう一度平手を――。
「待て! 今やる! 少し時間がかかるのだ。あと少しだけ待ってくれ」
あ、なんかこれ気分いいかも。
暴力で相手を従わせるDV男もこんなんなのかな。
ってオイ! どんどんダメなヤツになっていってないか、オレ。
さっきの葛藤がヘンな方向に弾けちゃってるのかもしれない。
「消えましたね」
ロビィの言葉通り、ザリオ2体が跡形もなく消えていた。
何が起こったのかわからずに立ち尽くす3人。
ジュリアがこちらを見たので手を振ってみる。
あ、マリュウがいたんだった。
「ヤルタにザリオを消してもらった」
普通にその場で声に出しただけだが、マリュウが向こうで頷いてリズとジュリアに説明している様子が見て取れた。
そしてそのままピンピンとシンの応援に行く3人。
何を当たり前の事を口にしているのか、と訝しげなヤルタ。
いいんだよ、お前は関係ない。
あ、ちなみにこうしている間にもオレ達の方へガームとコンガが飛びかかって来ているのだが、近付く前にオレが氷漬けにしてやっているのだ。
一瞬で全身カチンコチンになってゴロリと転がる様子を見て、ヤルタが青褪めていくのは面白かった。
ロビィはそんなオレをまっすぐ見詰めている。
大丈夫、ちゃんとセーブしているから。
魔鉱石もまだ黄色だし。
予備の自分のも結構回復してたから。
「お、お前……アスカとか言ったな。なんなのだお前は。お前だけ身元に関する情報が手に入らなかった。常人離れした身のこなしに見た事もない魔法を何の予備動作もなく操る……本当に人間なのか?」
「失礼な事を言うヤツだな。どっからどう見ても人間だろ」
「いや、人間そっくりに化ける魔物がいるという噂を聞いた事がある。お前がそうではないのか」
「そうなの? ロビィ」
「さぁ、私は聞いた事がありません」
「フン。我らの知識に森の民如きが敵うはずがなかろう――ぐぁッ! な、なにをする貴様ッ!」
ロビィがいきなりヤルタの脇腹の後ろ辺りをナイフで刺した。
何の躊躇もなく、サクッと刃の半分ぐらいまで。
「ちょっとロビィ! 何してんの」
「人間如きが生意気を言うので、つい……」
「つい刺すなよ!」
「アスカはこの男が憎くはないのですか」
「憎いよ。でもそれとこれとは……」
「では殺しましょう。その方が世のため人間のためです」
「お、おい! やめろ! 何を言っているのだこの女は――はぁッ!」
グサッともう一度刺すロビィ。
本当に容赦ないのな。
「やめろってロビィ」
「単なる冗談です」
「なんの冗談だよ。完全に刺してるじゃん」
「でも殺していません」
「殺しちゃダメだろ」
「死なない程度に刺しています。苦痛を与えた方が言う事を聞きます」
「まぁそれはそうだけど」
実際オレもさっき平手打ちしちゃったしな。
オレたちの会話を異星人を見るような目付きで口を半開きにして眺めているヤルタ。
右腕はずっとロビィに極められたままだ。
それも相当痛いと思うのだが、刺された方がやっぱ痛いのかな。
「ロビィ、ちょっとコイツ見てて。あ、もう刺したらダメだから」
「わかりました」
一応釘を刺しておいて氷漬けのラザロフとバルナーロから笛を奪取。
まだ激しく戦闘中のみんなの所まで行ってシンに声をかけ、2人でちょっと離れた場所に移動。
「シン、ちょっとこれ吹いてみて」
「何ですか、これ」
「いいから吹いて」
無理矢理シンの口に咥えさせて(おえっ)、顎で促す。
ピィィィィィ。
ちゃんと鳴ったな。
誰でも鳴らせるものなの?
ガームの動きが止まる。
「もう一度」
シンに命じて笛を吹かせる。
ピィィィィィ。
また攻撃し出した。
うーん、わからん。
どうすればいいんだ?
「シン。今度は二回吹くんだ。ピーピーって」
笛を咥えたままもごもごと返事をするシン。
ピィィィピィィィィィ。
ガームが一瞬動きを止めると、そのまま踵を返して林の中へ消えていった。
おお! これが正解か!
「じゃ、今度はこっちで」
シンから笛を引っこ抜いてもうひとつの方を咥えさせる。
ピィィィピィィィィィ。
今度はコンガたちが帰っていく。
なるほど、こういう躾けをしていたわけか。
音の違いがオレにはさっぱりわからんが、魔物には聞き分けられるらしい。
それに一度覚えさせてしまえば笛自体は誰が吹いても関係なさそうだ。
「じゃあシン、わかったろ。1回が攻撃と停止、2回が撤収だ」
「そうみたいですね。でも呼ぶのは何回なんでしょう?」
「それはその時やってみればいいだろ。とりあえずこれよろしく」
そう言ってさっき取り上げたもうひとつの笛もシンに渡す。
「え? なんですか?」
「笛係だよ。持ってて」
「ええっ、どうしてボクなんですか?」
シンが何か言ってるが面倒なのでそのまま放置。
なんだかんだ4人で魔物の方も半分近く倒しちゃってたんだな。
まぁでも笛のテストしたかったし、結果オーライで。
これで残るはヤルタひとり。
みんながロビィの所へ集まる。
さぁて、ようやくお待ちかねの尋問タイムだ!
読んでいただきどうもありがとうございます。
全リテイクで書き直ししていたため、時間がかかってしまいました。
だいぶ冗長になったのでカットしまくって内容改変し、最後の尋問は次回に移動してようやく書きあがりました。
うーん、なかなか難しいものですね。
引き続き応援よろしくお願いします。




