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(27)オレは奥義と対峙する

 道場の中は不気味な静寂に包まれていた。

 

 おそらくは他流試合がそもそも異例と思われるが、師範代ひとりの進退を賭けたものである事がより一層の緊迫感となっているのだろう。

 

 プンクル宗家師範リー・ユンロン

 師範代リー・セイラン

 同じく師範代リー・ピンピン

 

 素より道場のトップ3が揃った立ち合いである。

 

 ここにいる全ての者が目を凝らし固唾を呑んで見守っている。



 それにしても長い。

 

 立ち合い開始から数分は経過していると思われるが、まだお互い一手も出していない。

 

 睨み合いが続いている。

 

 といって、双方全く動いていないわけでもない。

 

 セイランがススッと前に出れば、オレが左右に軸をズラす。

 

 こちらが一歩出ようとすると、相手が引く。

 

 そういった攻防が繰り返されているのである。

 

 だが、もうそろそろこの地味な攻防にも飽きてきた。

 ピンピンの弟の腕前を拝見しつつ料理方法を決めようと思っていたのだが、このままでは埒が明かない。

 

 向こうも同じように思ったのか、立ち合い中にも関わらず話しかけて来た。


「攻めてこないんですか」


 それはお前も一緒だろう。


「そっちこそ」

「そちらは既にプンクルの技を充分御存知でしょうが、ボクはまだアスカさんの技を知らないので」


 果たして本当だろうか。

 

 もう何日も前に演武会のメンバーはペピンに戻っている。

 ピンピン不在のまま戻った練習生達に、セイランが何も聞かなかったとは思えない。

 

 ここまでの立ち振る舞いからすると、オレ達がこうしてやってくるのを待っていた節もある。

 こんなおいしい役を父親なんかに取られて堪るか、的な。

 

 いずれにしろ、最終的には倒さないと話にならないのは同じこと。

 

「なるほど。それは不公平だな」

「ですよね」


 どこまでもニヤけた顔のままか。

 ならいつまでその顔が続くか見てやるとしよう。


「ハッ!」


 手始めにプンクルの技で攻める。

 

 ここに来るまで何度となくピンピンと稽古を重ねて来た。

 プンクルの型や動きだけでなく、攻防のクセまでコピー出来ているはず。

 

 思惑通りにこちらが攻勢に転じた事で、セイランが嬉しそうな表情を見せる。

 だが、オレの攻撃に対処していくうちにその顔が徐々に歪んで行く。

 

 不愉快――ひと言で表現するならそんな顔だ。

 

「アスカさん、これは何の冗談ですか」

「お気に召したか」

「まさか。その逆です」

「それは残念」


 くくく。

 ちょっとスカッとしたわ。

 

 今のオレはピンピンそのもの。

 セイランは図らずも同じ師範代であるピンピンと戦わされているのだ。

 

 麗しき姉弟対決、ここに実現!

 

 いやすまん。我ながら悪趣味だわ。

 自覚はしている。

 

 このまま続けるとピンピンにまで嫌われ兼ねない。

 それはオレの本意ではない。

 

 それじゃあ――。


 ブルース・リースタイルにシフト。

 両腕を少し開き気味に中段に構え右半身に。

 

 セイランが一瞬意外そうな表情を見せた後、ニヤリと笑う。

 

 残念ながらそんな余裕はないと思うよ。

 

 やると決めたからには全力の一撃でもって倒すのみ!

 

 スピード強化のために密かに我流神足を発動し、間髪入れず柔軟かつ強靭な横飛び蹴りを繰り出す。

 

「アチャーッ!」


 さすがのセイランも一瞬対応が遅れたのか、モロに腹に食らった。


 くぐもった唸り声を上げて後方へ吹き飛ぶ。

 

 飛ばされた先にユンロンがいたので、セイランを受け止めるのかと思いきやさっと身をかわす。

 

 えっ! なんでや?

 

 当然そのまま飛んで行って奥の壁に背中から激突。

 べったり張りつくように床に腰を落とし頭をガクリと前に垂れるとそのまま動かなくなった。

 

 危なかった。

 もし頭からぶつかってたら大怪我をさせてたかもしれない。

 

 でもこれで勝負あり、だな。


 まさかの結末に練習生達のざわつきが半端ない。


「馬鹿な……」


 ユンロンが漏らした言葉はそのまま練習生達の心境だろう。

 いやでもあんたがさっき受け止めてたらまだ終わってなかったかもしれないし。


 振り返ってピンピンの様子を確認すると、弟の状態が心配なのか青い顔をしている。

 

 まぁそりゃそうだろう。

 でもたぶん大丈夫だと思うよ、うん。

 

 ピンピンにひと声かけようと歩を進めた時――。


「まだです師匠ッ!」


 ピンピンがオレの後方を指差して叫んだ。

 ――――まさか!?

 

 振り返ると音もなく立ちあがったセイランがオレに向かって突進して来た。


 それまでとは別人のように我武者羅に攻撃を繰り出してくる。

 

 なんだコイツ。

 ブチ切れモード発動か?

 

 よく見ると、セイランの顔が別人のそれになっている。

 吹き飛ばされる前までのニヤけたイケメンが、今は鬼気迫る必死の形相。

 何より目が怖い。

 これ完全にオレを殺そうとしてる目でしょ。

 やめて怖い怖い。


 でもあのニヤけ面がこんなになってちょっと嬉しい。

 ただのイケメンじゃなくてこういう顔も出来るんなら、おじさん少し見直しちゃうぞ~。

 

 だが、まだオレの目に『見える』レベルの攻撃でしかない。

 見えてさえいれば回避するのも、カウンターを合わせるのも難しい事ではない。

 

「馬鹿者ッ! 心を乱すなセイラン!!」


 ユンロンの叱咤が飛ぶと、セイランの身体が弾かれたようにビクンと痙攣する。

 

 我に返ったようにスッと距離を取るとその場で首をくるりと回し、トントンと小さく跳んで静かに構え直した。

 

「まだまだ未熟ですね、ボクも」


 すっかり正気に戻ってしまったセイラン。

 ダメだろ、それじゃオレには勝てないぞ。

 

 プンクルの弱点は決定力不足。

 敢えて辛辣な表現をするなら所詮競技用武術なのだ。

 

 まださっきの必死の形相の方が可能性はあったと思うが、普通に戻ってしまったらその芽すらなくなる。

 

「まだ続けるのか」

「もちろん。アスカさんも遠慮しないでどんどん来てください」


 この命知らずのイケメン君をもう少し懲らしめてやりたいがこれでもピンピンの大事な弟君だし、ピンピンを貰い受ける以上この道場にとってコイツは必要な存在だろうから滅多な事は出来ない。

 

 大事に至らない程度に、だが確実に敗北させる必要がある……。

 

 でもあの蹴りがまともに入ってまだ動けるって半亜人並みとまではいかないまでも、相当頑丈な肉体ってことだから厄介だ。

 

 なんだかんだで結構頑張って修行したんだろうなぁ。

 さすが師範代だけあるよ、それは認める。


 でもどうやってオレを倒す?

 


 セイランはひとつ深呼吸するとそれまでとは違う何やら不思議な構えをとった。


 腰を落として後ろ足に体重を掛け、前足は爪先立ち。

 両手を巨大な獣の(あぎと)のように指を曲げ、上下に大きく開く。

 

 今までの実戦型の構えとは違い、それこそカンフー映画に出てくるような大袈裟な構えだ。

 ここに来て形意拳もどきとかマジか。

 

 などと侮っていてはいかん。

 こういう時こそ慎重に、だ。

 

「セイラン、やめるんだッ!」

「やめてセイランッ!」


 ユンロンとピンピンがほぼ同時に叫ぶ。

 なに? まさかマズイやつだったりするの、これ?

 

 ずっと同じ構えで佇むセイランの周囲の空気が僅かに揺らめく。

 刹那、纏っている気が大きく膨れ上がったように感じた。


「ハッ!」


 上下に構えた両手をぐるりと反時計回りに回転させたかと思うと、下から左足が真っ直ぐ翔け昇って来る。

 

 バカな――。

 

 まだセイランとの間合いは攻撃の当たる距離ではなかったはず。

 オレが腕の動きに気を取られた瞬間、ワンチャンで飛び込んできたのか。

 

 スウェーで仰け反る様に蹴りをかわすも、再度左足が飛んでくる。

 また下から!?

 

 蹴りあげた足を瞬時に戻してもう一度蹴りあげたのか。

 しかもその間、もう一歩間合いが詰められている。

 

 2撃目は両手でガードした――つもりがそのまま体ごと浮かされそうになり、思わずバック転に逃げる。

 

 地面に手をついた時初めて自分の両腕が痺れているの知った。

 

 なんだこの威力は!?

 さっきまでの攻撃とは比較にならない。 

 突然こんなにもパワーが増すものなのか?

 ルフィのギアチェンジじゃあるまいし。

 

 回転しながらそんな事を考えていると、地面に降り立った直後にセイランの追撃が襲う。

 

 両手両足を自在に使った絶え間ない連続コンボ。

 こっちはまだ両腕が痺れているので極力受けるのは控えたいのだが、セイランの攻めが止まらないのでどうしても防御せざるを得なくなる。

 

 ガッ!

 ビシッ!

 

 その度、まるで武器と武器のぶつかり合いのような硬くて重い音が響く。

 まともに食らったらオレでもタダでは済まないかもしれない。

 

 しかも今更気が付いたのだが、セイランの攻撃が熱い。

 接触したところはもちろんだが、こうして近くにいるだけでも熱気を感じる。

 これは錯覚なのか、それとも本当に熱を発しているのか。

 

「セイランお願い! もうやめて!」


 ピンピンの叫びはもはや悲鳴だった。

 オレの身を案じているのではない事は明白。

 となると、セイランの心配という事になる。

 

 そしてセイランの猛攻は止まる気配が全くない。

 物凄い運動量、そして肺活量だ。

 

「師匠! 早く終わりにしてくださいッ!」


 今度は間違いなくオレへの声。

 セイランに声が届かない以上、オレに頼むしかなくなったピンピンの必死の叫びだった。

 

 わかった任せろ。

 すぐ終わらせてやる。

 

 我流神足!

 

 そしてそのままセイランの死角に回り込んで――えっ!?

 

 セイランがオレの動きについて来ている。

 まさかお前も神足が使えるのか!?

 

 その可能性は微塵も考えなかった。

 なんという事だ。

 

 しかしだからといって止まるわけにもいかない。

 なら付いて来るがいい。


 神足のまま縦横無尽に移動しつつセイランの動きを見定める。

 このスピードではさすがに攻撃し続けながらというわけにもいかないようで、オレとしては少し楽になった。

 

 離れては近づき擦れ違い様に一太刀交わす、的な攻防。

 おそらく練習生レベルでは到底目で追えないスピードだ。

 その証拠にどいつもこいつも落ち着きなくキョロキョロしている。

 

 ユンロンとピンピンはさすがにある程度見えているらしい。

 

 そうこうしていると、次第にセイランの動きに陰りが見えてきた。

 さすがにもうガス欠なのだろう。

 まぁよくやったよ、お前も。


 ここがチャンスとばかりに仕留めに入る。

 

 ここまでは道場の板張りの床の上での攻防だったが、そこに縦の動きを加えるのだ。

 

 天井方向に高く飛び、道場内にある(はり)へ逆さまに着地。

 すかさず下半身のバネを最大限使って地上へ向けて蹴り出し、セイランに上からの攻撃を加える。

 

 更に左右の壁も使えば、プロレスの空中殺法ばりの立体的な攻撃が可能になる。

 そうそう、ペルソナ5の総攻撃演出みたいな感じね。

 

 ガス欠寸前のセイランは最初の一撃をかわしきれず、そのまま二手三手と連打を浴びてほぼ棒立ち状態。

 

 あまり長引かせても悪いので、最後は上空から叩き落とし蹴りからの着地即アッパーストレート!

 

 ピンピンとの試合では直前に外してやったが、今回は遠慮なく顎に叩き込む。


 拳の感触では骨まで砕いてはいないはず。

 つーか、ホント丈夫なヤツだなコイツ。

 

 高く宙に浮いたセイランの身体を、真下に移動して受け止める。

 

 そのまま床に寝かせてピンピンの方に向き直る。


「師匠ッ!!」


 ちょうどガッツリタックル体勢で抱きつかれましたよ。

 予め予想してなかったら倒されるところだった。

 

 渾身の力でぎゅっとされた後、腕を解いたピンピンはセイランの横に(ひざまづ)いてその頬に手をやる。


「セイラン……」


 ピンピンの頬は涙で濡れていた。


 ふと気配がしたので目を上げると、いつの間にかユンロンも近くに佇んでいた。

 

「馬鹿な事をしおって……」


 ユンロンと目が合うと、軽く一礼された。


「本気で立ち合ってくれた事に感謝する。息子も満足したであろう」


 ん? じゃあもうピンピンの件はオッケーって事でいいのかな。


「ピンピン」

「はい、師範」

「お前はアスカ殿から何を学ぶつもりなのだ」


 その質問は難問だぞ。

 オレには専門的な武術や体術の知識があるわけではない。

 所詮は過去の記憶をベースにした自己流の模倣、いやもっと端的に言うといい加減で適当なナニかでしかないのだから。

 

「新しいプンクルの未来を見つけたいと思っています」


 えっ!?

 そんなのオレには教えられないし、全然わかんないんだけど。

 無理無理、絶対無理だって。


「そうか。わかった」


 わかったんかーい!!

 

 オレにはまるでわからん……。

 

「ピンピン! 今この場をもって我が道場の師範代の任を解き、破門とするッ!!」

「はいッ! ありがとうございますッ!!」


 あれ!?

 もう説得完了?

 

 いいの、本当に。

 ピンピンなんかさっきようやく帰ってきたばっかりなのにもう追い出されるの?

 

「おめでとう、姉さん」


 まだ横たわったままのセイランがピンピンに笑いながら祝福を述べる。

 もう気が付いてたのか……。


「ありがとうセイラン。後はよろしくね」

「ははっ、ずるいなぁ姉さんは。こんなに強い師匠に弟子入りして」

「そうよ、師匠は世界一強いんだから」


 2人共泣き笑いのまま両手を握り合っている。

 

 いや、これが今生の別れとかじゃないんだからさ……。

 ――ウソだろ、違うよね?

 

 でもなんだかセイランってすごくいい子のように思えてきた。

 これじゃまるでオレが悪者じゃん。


 パチパチパチ……。

 

 突然入り口の方で拍手がしたので目をやると、ジュリアとロビィが立っていた。

 いつからそこにいたんだ?

 まさかオレの悪者っぷりも見られてた?


「おめでとうピンピン」

「おめでとうございます」


 ピンピンが立ち上がって2人の方に深々と礼をする。

 

 すると釣られるように練習生達の間にも拍手が広がって行った。

 

 出たよ、エヴァ最終話のおめでとう状態。

 

 いいのかお前ら、師範代がひとりいなくなってしまうんだぞ。

 あ、そうなると誰かひとり繰り上がりになったりするのかな。

 見た感じそれに見合う実力の者はいなさそうだけど。

 


 ユンロンの指示で、練習生数人がセイランを別室へ運んでいった。

 ピンピンもセイランの付き添いで一緒に移動。 

 その他の練習生たちも、それぞれ両隣の道場へ移動して稽古を始めた様子。

 

 後に残されたのはユンロンと森のジュリアス3人となった。

 

「立ち話もなんなので奥でお茶でもいかがかな、みなさん」


 ユンロンから声をかけてもらったので遠慮なく申し出を受けた。



*****



「森のジュリアス……ふむ」


 ジュリアからうちのギルドの紹介を聞いたユンロンが顎鬚に右手をやりながら呟いた。

 

 ここは道場から少し奥にある建物にある客間。

 おそらくリー家の住居だと思われる。

 

 中華風の円卓、ではなく普通の長テーブルにてお茶が振る舞われたところだ。


「うちのアスカが御迷惑をおかけしました。ご無礼をお詫びいたします」

 

 時々常識人になるジュリアの面目躍如。

 だが、順番がちと違ってやしないか。

 謝罪するならギルド紹介の前じゃないかと思う。


「それには及ばぬ。私の方こそ大変失礼した。許していただきたいアスカ殿」

「いえ、こちらこそ失礼しました」


 この世界で同年齢程度の男性と出会った経験がまだ少ないオレはやや緊張気味。


「ところで、そちらの方はもしや森の民では?」

「それがどうかしましたか」

「いやこれは失礼した。不躾な質問でしたな」

「いいえ、慣れていますから」


 ロビィの他人行儀モードは取り付く島もない。


「あの、ピンピンの事ですけど本当にいいんですか」


 一応師匠として改めて確認しておくべきだろう。


「あやつも弟のセイランも言い出したら聞かない性質でしてな。ピンピンの場合はもとからセイランの方に後を継がせようとしていた節もあったので、アスカ殿と出会ったのが良い機会だったのかもしれん」


 なんだ、親父さんもピンピンの気持ちをわかってたってわけか。

 それならあんなに大騒ぎしなくても良かったろうに。


「それにしては随分と反対していましたね」


 えーっ、それ直接言っちゃうのロビィ!?


「師範と言えど私もひとりの親。頭ではわかっていてもなかなか気持ちが追いつかんのだ」

「今もまだ納得できませんか」


 まだちゃんと答えを聞けてない気がするので敢えて尋ねる。


「いや、さすがにもう諦めがついた。何よりセイランがあの覚悟で立ち合って手も足も出なかったのだ。むしろアスカ殿に鍛えられたピンピンがどこまで伸びるのか見てみたい気持ちの方が大きい……」

「だってさ。責任重大だね、アスカ」


 なぜそこでジュリアまで一緒になってプレッシャー掛けるんだよ。

 

 だが、ちょうどセイランとの立ち合いの話題が出たところなので、ここは疑問をぶつけるチャンスだ。


「ユンロンさん、ひとつ聞いてもいいですか」

「……セイランの技のことかな」

「はい。最後のあれは一体なんだったんですか」


 ふぅと溜息をひとつ吐いた後、ユンロンは覚悟を決めた様子で話し始めた。


「これから話す事は他言無用でお願いしたい。そちらのお2人も宜しいかな」

「はい」

「わかりました」


 ジュリアとロビィも神妙な面持ちで頷く。


「セイランが最後に見せたのは竜人拳。プンクルに伝わる秘伝の技――云わば最終奥義なのだ」


 最終奥義……竜人拳だと!?


「具体的にはどういう技なんですか」

「竜の血を引くと言われる伝説の英雄、竜人の力を一時的にその身に宿すことが出来る肉体強化系の戦技だ」

「あれが戦技なんですか!?」


 ジュリアが血相を変えて食らいつく。

 まさか自分も習得したいと思っているわけじゃ……絶対そうに違いない。


「そうだ。習得するには長年に渡る厳しい修行が必要となる。その上で適性のある者だけが使うことが許される技なのだ」

「それはかなり厳しい条件ですね」


 暗にジュリアに諦めろというつもりで相槌を打つ。


「セイランが使えるってことはピンピンも」

「いや、竜人拳の使い手は男子に限るという条件があるのだ」


 ジュリアの疑問と期待をアッサリと打ち砕くユンロンの一言。

 あからさまにジュリアがガッカリしていて草。

 

 それにしても、男だけしか使えない戦技か。

 そんなものもこの世界にはあるのか。

 

「ではユンロンさんも使えるのですか」

「かつてはな。今の私ではあの力を制御するのは不可能だろう」


 それほどまでに強大なパワーを発揮するものなのか、あの竜人拳というのは。

 だが――。


「さっき、オレにはセイランが途中で力尽きたように見えましたが」

「うむ。竜人拳は最強の技だが、最大の弱点がある」

「使える時間に限りがある?」

「そうだ。しかしセイランはまだ若い。これから鍛える事で時間を延長する事自体は可能だろう」

「それなら問題ないんじゃ――」

「いや。時間の問題だけではなく、他に決定的な問題があるのだ」


 ユンロンはそのまま話を続けた。


「使い手の命を代償にしているのだ、あの技は」

「えっ!?」

「命って……」


 ジュリアも思わず声を出したほどの衝撃。

 それに比べてロビィは身動ぎもせず話を聞いている。

 気になってチラッと表情を伺うと、完全無欠なる無表情――まるで能面だった。

 こっわ。


「恐ろしいまでの力を引き出す代わりに、使えば使うほど命が、つまり寿命が削られていくのだ」

「そんな……それじゃセイランは」

「いや、すぐにどうこうという話ではない。ただそれほどの激しい消耗を強いられるため、体力も気力もごっそり持っていかれてしまう。長く力を維持出来ないというのはそういうことなのだ」

「そんなにまでして……」

「悪魔の技です」


 デメリットの大きさにオレが唖然としていると、突然ロビィが口を開いた。


「悪魔の技か……そうかもしれん。だが普段は決して使う事はない技なのだ。おそらくセイランは、己の持てる最高の力でアスカ殿にぶつかってみたいという欲望に勝てなかったのだろう」


 さっき直接対峙したオレにはわかる。

 確かにセイランは真剣そのものだった。

 

 立ち合いの最中にも関わらず不真面目だったのはむしろオレの方だ。

 すまん、セイラン。


「もちろん、大勢の練習生達の前で無様に負けるわけにはいかないというプライドもあったろう。だが、セイランは最初に倒されたところで負けを認めるべきであった。技は教えられても心の方はなかなかうまくいかないものだな」


 ユンロンはとても寂しそうな顔で笑った。

 

 うん、それは仕事も一緒だったな。

 知識や手順は教えられても、気持ちの面はなぁ。

 こっちが下手に頑張ると干渉し過ぎとかプライベート云々とか体育会系乙とか言われるし。

 

 ま、結局自分のメンタルもコントロール出来ずにドロップアウトしたわけだが。


「あの技に頼ることなく強くなる道を探るべきです」


 どうしたロビィ。

 さっきからやけに竜人拳に拘っているように見えるが。

 

「そうだな。命を縮めるような技に頼るのはある意味邪道なのかもしれない……」

「そうです。その前に使った戦技のような、ああいう技なら安心です」


 その前に使った戦技って何のことだ?

 セイランが?

 竜人拳以外に何かしてたのか?

 

剛身(ごうしん)か。あんなもの……プンクル使いの技ではない」

「あの、それはどういう戦技なんですか」


 OKカモーンなぜなにジュリア。

 

「肉体の強度を上昇させて耐衝撃性を高める戦技だ。プンクルの使い手には無用の長物でしかない」


 ユンロンはおかんむりの様子だが、そのおかげでセイランのダメージは少なくて済んだのだからやはり有効だったと思われ。

 

 あ、でもあそこでまともにダメージを受けてればその後の展開はなかったとも言えるのか。

 うーん、そういう意味では使わない方が良かったと言えなくもない。


「でもロビィ、どうして戦技だってわかったの?」


 そうだジュリア、オレもそれが知りたい。


「人間が戦技を使う時、一時的に気力や集中力が飛躍的に上昇します。その前後に特異的な変化が見られれば戦技を使ったとほぼ断定できます」


 そうなんだ。

 全然知らなかった。

 

 あのケンとかいう男の場合はそれが感じられなかったって事か。

 

「そう言えばセイランって、アスカと同じ神足(しんそく)を使ってなかった?」

「あれは神足ではない。瞬足(しゅんそく)というのだ」

「えっ!? 瞬足ってなに」


 まさかの新事実発覚!

 オレが神足だとばかり思ってたのが違ってたなんて。


 いや、確かに我流だからパチもんってのはわかってたんだが。


「神足は長距離を超人的な速さで移動するための戦技。瞬足は神足を応用した技だが、短距離に特化したより戦闘向きの戦技なのだ」


 へぇ~、そうだったんだ。

 勉強になるなぁ。

 で、オレのは結局どっち?


「それじゃ、アスカのも瞬足なの」

「いや、オレは神足のつもりで使ってたけど」

「アスカ殿のは瞬足とはまた少し違ったものに見えたが、もしかして……」

「ははは、実は自己流のいい加減な技なんです」

「それは素晴らしい! 戦技を自ら編み出すとは」


 満足そうに頷いてオレの方を見詰めるユンロン。

 なんか恥ずかしいからやめて。


「アスカのは神足と瞬足の特徴を併せ持っています。例えるなら超足ちょうそくとでも言うような性質のものです」

「超足……」


 ロビィに名付けてもらったはいいが、自分でもまだピンと来てないので困る。

 でも確かに長距離とか短距離とか全然意識してなかったな。


「すごいじゃない、アスカ!」


 ジュリアの言葉に思わず身構えたが、さすがにユンロンの前では抱きついてこなかったみたいだ。

 なんかちょっと残念。

 

「超足……なるほど。それは良い名前だな」


 ユンロンも納得のロビィクオリティ。

 

 いつの間にかすっかり戦技の話になってしまった。

 

 だが、あの立ち合いでセイランが3つもの戦技を使っていたというのは驚嘆すべきことだ。

 本当に、持てる力を全て出し切って戦ったのだな。

 そこに至るまでの彼の努力に、まずは単純に敬意を表したい。

 

「お父さん、師匠、みんな……」


 そこへピンピンがやって来た。

 涙顔はもうどこかへ置いてきたらしい。


「ピンピン、セイランの具合は」

「大丈夫です、師匠。ちゃんと手加減していただいてありがとうございます」

「別に手加減なんかしてないし……。でも無事なら良かった」


 オレとの話が一区切りついたところで、ピンピンはユンロンの方へ向き直る。


「お父さん……」

「出発はいつの予定なんだ」


 照れ隠しなのか、無理矢理ぶっきらぼうに聞くユンロンかわいい。


「あ、えっとそれは……師匠、どうなりますか」

「え、オレ? どうしようジュリア」

「私に聞かれても……ロビィ?」

「まだペピンに着いたばかりなので、もう少しここに滞在しましょう」

「そ、そうね。それがいいと思う。アスカは?」

「別に構わないけど」

「それなら暫くの間、うちに滞在してみてはどうかね」


 ユンロンの有難い申し出。

 しかし我らがジュリアはこういう時はしっかり者なのだ。


「大変有難いお申し出ですが、そこまでお世話になる訳にはいきません。近くに宿をとりますのでどうぞお気遣いなく」

「そうか、それは残念だ。ピンピンはどうするのだ」

「私はさっき破門された身だから、師匠と一緒に行きます」

「そ、そうか……うむ、仕方あるまい」


 なんかこっちまでくすぐったくなってきた。

 ユンロン、立場もあるし葛藤も激しいだろうが、ここは我慢するしかないぞ。


「それじゃ、そろそろ行こっか」


 ジュリアが最初に席を立つと、次いでロビィ、最後にオレが続く。


「ペピンにいる間はいつでも立ち寄ってくれれば歓迎する」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃ、お父さん……」

「……うむ。アスカ殿、どうかよろしく頼む」

「はい」


 こうしてオレ達はリー道場を後にすると、宿を探して再びペピンの町へ出た――――。

読んでいただきありがとうございます。

またもや長くなりすぎましたが、削れる部分は……主人公の心の声くらいですか。

多いですかね。

まぁバリエーションも少なくなって来たので今後はバッサリ削る方向にシフトするかもしれませんが、もう暫くはこのスタイルで行きます。

単に自分の好みの問題ですが。

そして次回から、また新たな展開が始まります。

引き続き応援よろしくお願いします。

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