(26)オレは道場破りをする
結局、その日はケルナ村で一泊する事にした。
久しぶりの宿、久しぶりの公衆浴場。
よし、何はともあれまずは風呂だ。
浴場で欲情しよう!(自己嫌悪)
この村の公衆浴場はウルズスラと比較するとかなり狭くて小規模だった。
浴槽は4人並んで座るのがギリギリ可能、ぐらいの幅。
番台のおばさんに聞いたところでは、この村の近くに川が流れているので村民はほとんどそこで済ませるのだそうだ。
わざわざ公衆浴場を利用しようというのはたまの贅沢の時ぐらい。
あとは主にオレたちのような旅行者がメインの顧客らしい。
とまれ、おかげで4人で入ると完全密着状態が楽しめて非常に素晴らしい。
並びは端からロビィ、ジュリア、オレ、ピンピン。
最近はもっぱらこの並びが恒例になってしまっている。
ああ、もっとロビィと触れ合いたい。
ロビィが遠いよぉ。
だが、ジュリアもピンピンも頑としてオレの隣を譲る気配がないのでどうしようもなかった。
うん、でもまぁピンピンもいいよね。
ロビィより160歳くらい若いしムチムチだしロケットおっぱいだし。
背中洗ってくれる時にむにゅむにゅっとアレだし……。
6日間の旅の疲労と、初めて人間相手にガチ戦闘をした心身の消耗が癒されていく。
左脇腹の傷はもうすっかり癒えていて、痕もうっすらとしかわからない。
ロビィの治癒魔法最高。
「アスカ、あのケンって人と戦ってみてどうだった?」
ジュリアが唐突に聞いてきた。
自分も戦ってみたかったのか、純粋な興味なのか。
「強かった。あの剣にも驚いたけど、何よりあの人の体」
「体?」
「全力で蹴ったのに全く効いてなかったんだ。逆にこっちの足が痺れちゃって。どんな鍛え方したらあんな風になるんだか」
「それってもしかして何かの戦技なのかも。ロビィは何か知らない?」
「瞬間的に筋力を高める戦技ならあったと思いますが、あの男のはそうではないと思います」
さすが困った時の知恵袋ロビィ。
で、戦技じゃなかったら何なの?
「あれはおそらく先天的なものでしょう」
「それなら天賦戦技ってことじゃないの?」
「いえ。あくまで推測でしかありませんが、亜人の血が混じっているのではないかと思います」
「亜人ッ!?」
急にピンピンが叫んだ。
ただでさえ狭い浴槽の中で急激な動きは控えてほしい。
あ、いやでもこっちに身を乗り出すその姿勢はいいね、うん特に胸の辺りが。
「なんだよ急に」
「すみません師匠。亜人という言葉につい反応してしまいました」
「亜人がどうかしたの、ピンピン」
ジュリアも気になったのか、一旦話題を変えてピンピンの方に聞いてきた。
オウフ! 両サイドからのバストプレス攻撃。
「実は……私の兄弟子に当たる、前の師範代が亜人と戦って大怪我をしてしまって」
「ピンピンがなる前に演武会の座長だった人?」
確かカラテ食堂でそんな話を聞いた気がする。
「はい、そうです。3年前まではその兄弟子が座長でした」
「もしかして、その怪我のせいでピンピンが座長になったの?」
「はい。兄弟子はもうプンクルが出来ない体になってしまったので」
そこまで手酷くやられたのか。
「その亜人と戦った話をもう少し詳しく聞かせてもらえる?」
兄弟子が大怪我を負った話なのであまり深く掘り下げるのはどうかと思ったのだが、ジュリアは容赦なく斬り込んだ。
おかげで大まかな事情を知ることができたのだが――。
3年程前のある日、ペピンの冒険者組合から道場へ直接依頼があったらしい。
ペピンの南にあるカカ山の麓で亜人の目撃情報があったので調査をしてほしいという内容。
師範は反対したそうだが、近隣の人々の不安を取り除くためならという事で兄弟子が依頼を受け、調査に向かった。
しかし、兄弟子はその3日後に重傷を負って倒れている所を発見される。
かろうじて命は取り留めたものの、全身あちこちに複数の骨折と内臓損傷がある瀕死の状態で、遠方から有名な治癒魔法の使い手を呼んで治療に当たらせたらしい。
但し、回復したのは日常生活レベルの機能までで、激しい運動を強いられるプンクルにはもはや耐えられないのだそうだ。
何より本人の心が折れてしまっていて、回復後にあっさり道場を辞め生まれ故郷に戻ったとの事。
亜人との戦いがトラウマになったのだろうか。
「そっか。亜人はピンピンの兄弟子さんの仇って事なんだね」
「いつか絶対仇を取ってやるつもりなの」
納得したようにジュリアが言うと、ギラギラした目でピンピンが答える。
だがピンピンよ、兄弟子の件は重要な示唆を孕んでいる。
それに気付いているのかどうか。
プンクルは対人戦では極めて有用だが、対魔物そして対亜人との戦いでは決定的にパワー不足だ。
一撃で魔物に致命傷を与えるような技があるなら話は別だが……。
「でもその亜人はあのケンという男ではありません。亜人はもっと獣のような姿をしています」
「ええっ、そうなの?」
ロビィの指摘にジュリアが聞き返す。
「でも、ロビーナさんも亜人の血がって言ってました」
「血が混じっている、つまり混血の可能性があるという事です」
「そっか、兄弟子さんを襲ったのは完全な亜人で、あのケンって人は半亜人みたいな感じ?」
「そうです。半亜人族は普段はほぼ人間と同じ姿をしています。そして森の民は半亜人族の味方なので、私は戦う事が出来ません」
「えっ!?」
それは初耳だぞロビィ。
森の民の掟とか?
よし、こんな時こそなぜなにジュリアの出番だ。
「どうして森の民は半亜人の味方なの?」
「それは……言えません」
「半亜人が悪いヤツでも味方するの?」
「それも言えません、すみません」
「まぁまぁジュリア。ロビィが困ってるじゃないか」
さすがに可哀相になってきたので間に入る。
「でもアスカ……」
「ロビィが戦えなくてもオレたちが戦えばいいだろ。それは別に構わないよね、ロビィ?」
「…………」
「えっ!? まさかダメなの?」
「……場合によっては、半亜人族の側に付くかもしれません」
マジか!?
同じギルドの仲間なのに、森の民のわけわからん掟の方が優先とか。
ってそれはこっちが無茶言い過ぎか。
もともとロビィは森の民。
そっちで生まれてそっちで育って176年だ。
オレ達とは知り合ってまだ一カ月程度なんだし、そりゃそうだわな。
だいぶ気まずい雰囲気になってしまったので亜人絡みの話はそこで終了。
話題を変える意味でも、さっきのピンピンの兄弟子の話でちょっと腑に落ちない点があったのでロビィに尋ねてみる。
「ロビィ、治癒魔法を使っても治らない事ってあるの?」
「あります。治癒魔法は魔法を使う側の魔法力と、かけられる側の魔法力によって効果が変化します」
「そうなんだ。だから完全には治らなかったのかな」
「いいえ、違います。今の話の場合、損傷程度が重過ぎて充分に治癒出来なかっただけでしょう」
「えーっと、よくわからないんだけど」
「例えばアスカの今日の傷です。私が治癒魔法をかけました。おそらく誰が相手でも傷を塞ぐ事は出来ます。ですが、その後すぐに負傷前と同じように動けるかどうかはアスカ自身の回復力や身体能力、そして魔法力に依存するのです」
う~む、人対人の魔法だとそういう事になるのか?
「手足が欠損した時なんかも、繋がるかどうかは人それぞれって事?」
「その通りです」
「でも術者の魔法力が相当強ければほとんどは繋がるんでしょ?」
「その通りです」
「でも繋がっただけで動かせない場合もある?」
「その通りです」
「それじゃ、死んだ人を生き返らせるのも同じ?」
「その通りです。アスカは理解が早いですね。但し蘇生魔法の場合は死んでから経過した時間が最も重要です」
「時間が経ってしまってたらどうなるの?」
「蘇生できないか……屍のまま悪しき存在となって復活するか、です」
屍のまま復活って、ゾンビって事なのかな。
この世界にもゾンビいるんだ?
「あ、それ知ってる。ザンギの事でしょ」
「え、ザンギ? ゾンビじゃなくて?」
「なにゾンビって? ロビィ知ってる?」
「いえ、知りません。アスカの勘違いでしょう」
うっは、危ねぇ。
つい口走ってしまった。
微妙に元の世界と似てるのも紛らわしくてイラっと来るなぁ。
なんだよザンギって。北海道名物かよ。
むっちゃ食欲湧くわ。ザンギ食いてぇ~。
でもロビィがフォローしてくれて助かった。
今のところ、ロビィだけがオレが別の世界から来た事を知っているのだ。
ロビィに助けてもらった後、ルネ湖で一緒に水浴びした時。
まぁロビィがどこまで信じてくれたかは別だが。
ジュリアにもさすがにそこまでは話せていない。
ましてやピンピンには……。
「それはそうとジュリア達の方こそ、あの山賊の首領はどうだった?」
「ああ、あのグルックとかいう人? ダメダメあんなの」
「ダメってどうして。結構強そうな雰囲気だったけど」
「最初はね、結構やるなぁって思ってたけどロビィの矢が肩に当たってからは……」
「からは?」
「途端に動きが悪くなっちゃってもうまるでダメ」
「そうなの? ロビィ」
「はい。最初ジュリアが苦戦していたので、つい手助けをしてしまいました」
「ちょっとロビィ! 今のは聞き捨てならないわよ。誰が苦戦してたって!?」
「ジュリアがグルックに、です。二刀流と戦うのは初めてでしたか?」
「それは……そうだけど、でも別に苦戦なんかしてないから!」
「そうかな。私から見てもちょっと危なかったけど」
「ピンピン!? あんたも余計な事言わなくていいのッ!」
なんだよ結局グルックは強かったのか弱かったのかどっちだよ。
ま、いっか。終わった事だし。
あいつらも今頃はアジトに戻って反省会でもしてるだろう。
出来れば心を入れ替えて足を洗って欲しいところだが、さすがにそこまでは期待できまい。
もし次会ったらもっと徹底的に懲らしめてやろう。
女4人で長風呂をした後、宿に戻ってから食事をして早めに休んだ。
*****
翌朝、ペピンへ向けて再出発。
そこから先はキャリオを縦断する山脈沿いの道が中心で、崖の側面や険しい上り下りなどの難所があったがオレたち4人は苦も無く通過。
こんな所ほど出ても良さそうな山賊はもう出なかった。
途中に集落と呼べるほどのものはなく、ケルナ村で買い溜めした食糧等が心許なくなりかけた4日目の夕方にペピンへ到着した。
違う、なんか違うぞ。
オレが思ってたのはカンフー映画に出てくる中国っぽい雰囲気の町だったのに、ペピンはもっと近代化されていた。
見た目だけで言ったらウルズスラとそんなに変わらないじゃないか。
「ここがペピンなのか」
「はい、師匠。お気に召しましたでしょうか?」
「いや、正直ガッカリだ」
「ど、どうしてですか!?」
「ワクワクしない。普通すぎる」
「はぁ……すみません、普通で」
いや、違うんだ。
ピンピンの故郷をディスるつもりはなかったんだ。
すまん、ピンピン。
「ペピンって、何人くらい人が住んでいるの?」
「たぶんだけど、1万人以上はいると思う」
「すごーい! ウルズスラよりも大きいんだね」
ジュリアの質問で、少しはピンピンの気分が上がってくれるのを期待する。
でもウルズスラは人口何人ぐらいだったの?
オレ、知らないんだけど。
「確か冒険者組合にあった資料では、ウルズスラの人口は約8000人でしたね」
「へぇ、そうなんだ」
ロビィ、ありがとう。
ちなみにそんな資料、オレは見たこともない。
あれだな、新しい土地へ行ったらまず地図や観光資料に目を通すのは必須だね、うん。
「では早速ですがうちの道場までご案内しますので、ついて来てください」
ピンピンに案内されるまま、ペピンの町の中を移動。
いざ町の中に入って歩いてみるとウルズスラと違う部分もあるな、と気付く。
一番目に付いたのが町の中を通る水路で、その周辺には緑も多い。
水路にかかる橋なども沢山あって、それがこの町固有の景観としてどんどん印象が上書きされていく。
やはり町は実際に歩いてみないとわからないものだな。
「ピンピン、前言撤回するよ。ペピンっていい町だね」
「そうですか。師匠にそう言っていただけて嬉しいです」
「この水路が特徴的だよね。近くの川から引いてるの?」
「いえ、南にあるカカ山を源流とするリビコン川はバルザムの方に流れているのでこの付近は通りません。確か50年ほど前に干ばつがあって、その時に無理矢理支流を引いて作ったと聞いています」
「そうなんだ。結構大掛かりな工事だったんだろうね」
「プンクルの練習生も総動員されたみたいで、うちの祖父も参加したそうです」
「ピンピンのお祖父さん?」
「はい。先代の師範になります。まだ私が小さい時に亡くなりましたけど」
祖父か……。
オレのじいさんが死んだのはもう25年ぐらい前になるかな(元の世界で)。
脳卒中やる前までは元気で、よく一緒に柔道やったっけ。
あ、ちなみにオレのじいさん元柔道家だったんだよね。
だから物心ついた時にはじいさんと柔道やってた記憶がある。
その経験が今のオレに――――全然活かされてないわ、ごめんじいさん。
それならせめてこの世界で活かす事が出来ないかなぁ……。
「師匠!? どうかしたんですか」
「あ、いやなんでもない。ちょっと昔の事を思い出してただけ」
「師匠は昔からそんなに強かったんですか?」
「え!?」
ごめん、生まれてこの方強かった事など一度もない。
今はたまたまっつーか、チートみたいなもんだよなこれ。
「いや、オレなんかまだまだ全然だよ」
「師匠! その心構え、感服しましたッ! 私も益々精進しますッ!」
う、うんまぁピンピンがそうやって努力する分には絶対に無駄にはならないと思う。
だから頑張って(他人事モード)。
「ペピンは小さな森がたくさんある町ですね。とても気に入りました」
「そうなんです、ロビィさん! ありがとうございますッ!」
ピンピンはよほどこの町が好きなんだな。
オレの故郷なんてクッソ田舎だし、誉められるところなんて何もないから羨ましいわ。
ま、それでも毎年帰省してたけどね。
やっぱなんだかんだで落ち着くんだよなぁ
「あとでペピンの冒険者組合にも顔出さなきゃ。ピンピン、場所教えてね」
「うん、わかった」
ピンピンは相変わらずジュリアにだけはタメ口だ。
もうジュリアも慣れたもので、いちいち気にしてないのはさすが年長者。
あ、今気が付いたけど、オレもジュリアにタメ口だったな。
もしかしてピンピンはそこもオレに習ったのか?
うーん、どうしよう。
どうでもいい事を考えていると、ピンピンが目的地への到着を告げた。
「あの左の看板のある処がうちの道場です」
確かに『リー道場』と看板が出ている。
木造ながらも立派な門があって、奥に道場らしき大きな建物が3棟ある。
更に奥の方に住居らしき建物も見える。
「ピンピン、看板の下にあるマークって何の意味があるの?」
「ああ、あれはプンクルの紋章です師匠」
プンクルの紋章……企業ロゴみたいなものか。
「演武会の時にも旗に描かれてたじゃない。アスカってそういう所が時々抜けてるわよね」
「え、そうなのジュリア。全然気付かなかった」
旗なんて出てたっけ?
あった……かもしれないな、よく覚えてない。
「それじゃ、私は先に入ってちょっと事情を説明しないといけないので、師匠たちはこちらで少し待っててください」
「わかった。でも説明、ひとりで大丈夫?」
「もちろんです。ご心配ありがとうございます」
そう言うと門の前に荷車を置いてピンピンが中央の道場らしき建物に入っていく。
「あ、ピンピン様、お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ、ピンピン様!」
「お帰りなさいませ!」
おそらく道場の練習生と思われるが、口々にピンピンに挨拶をしている声が聞こえてくる。
「ピンピン様だって」
言いながらニヤリとするジュリア。
お前忘れてるかもしれないけど、ピンピンは師範代で実質ここのナンバー2みたいなものなんだぞ。
ピンピンへ挨拶する声が収まったかと思った直後だった。
「なんだと!? そんな勝手は許さんッ!! お前は何を考えているのだッ!!」
物凄い怒声が響き渡る。
道場の外にまでこんなにハッキリ聞こえるなんて、何dB出てるんだよ。
そしてある意味予想通りの展開に思わず苦笑いが出る。
名門道場の跡取りを争う立場にありながら、他の流派へ弟子入りなど許してもらえるはずがない。
師範として、親として当然の反応だ。
この道場の名誉のためにも、絶対に許すわけにはいかないのだろう。
ここまで来る道中で何度もその事は考えた。
ピンピンを弟子にした時は軽い気持ちだったのだが、預かる立場になり、預ける立場の事を考えるとやはり一筋縄ではいかないだろうと。
「負けただと!! 師範代のお前が負けるという事がどういう事を意味するのか、わかっているのかッ!!!!」
そして相変わらず道場の中では修羅場が続く。
怒鳴っているのは間違いなくピンピンの父親だろう。
あー、まぁそうだよなー。
どこの馬の骨ともわからないヤツに負けちゃったもんなぁ。
そりゃ腹も立つだろうな、うん。
そうこうしているうちに道場の中がざわざわし始めた。
練習生たちが仲裁に入っているのか、誰かが暴れているような音もする。
「お父さん、待って! 話を聞いてください!」
「道場では師範と呼べと言っているだろう! そんな事も忘れたのかこの親不孝者がッ!!」
なんだかどんどん拗れていってるような気がするんだが……。
「ちょっとアスカ、どうする?」
「いやぁ、どうするもなにも」
「そう言えばまだ依頼の報酬を受け取っていません。中に行って請求しますか?」
「ロビィ、それは後でもいいでしょ」
「そうだよ、今はそれどころじゃない」
「いいえ、報酬未払いはよくないです。お金の話は重要な事です」
久々に守銭奴ロビィの本領発揮だな。
そんな事でこっちまで揉めてる場合じゃないんですけど。
「ロビィ、それは後でオレが責任持ってピンピンに話すから」
「わかりました。ではアスカに任せます」
ふぅ、とりあえずこっちは片付いた。
さて、あっちはどうするかな。
「私たちも行ってピンピンに加勢してあげた方がいいんじゃない?」
「私も一緒に行きます」
「いや、行くならまずオレが行くよ。これでも一応ピンピンの師匠なんだし」
ま、それが筋だろうなぁ。
どんな筋かは知らんが。
なんか、お父さんピンピンを僕に下さい! いや、お前なんかに娘はやれん! な流れになりそうな予感。
そんなまどろっこしいやりとりは御免被りたい。
向こうは武道家なんだから、いっそここは立ち合いで白黒付けた方が禍根を残さずに済む気がする。
よし、それなら――――。
「じゃ、行って来る」
2人に一声掛けて、門をくぐる。
「行ってらっしゃ~い」
「火に油ですね、アスカ」
笑顔で手を振るジュリアと、皮肉なのか冗談なのかわかり辛いお言葉のロビィ。
でも2人共ちゃんとわかってくれたみたいだ。
さすが、同じギルドの仲間だけはある。
一歩毎に怒声と喧騒に近づいていく。
程なくピンピンが入っていった建物の前に到着。
もう扉一枚隔てた目の前だ。
ゆっくりと深呼吸した後、両開きの引き戸を思いっきり左右へ開け放つ。
ガラララ、ダンッ!
「たのも~~~ッ!!」
喉も裂けよと大声を張ると、喧々囂々だった場内が一瞬で鎮まり返る。
完全に道場破りだな、これ。
すると、奥の方でピンピンと向かい合っていた立派な口髭を蓄えた男がこちらに向き直って姿勢を正す。
「貴様何者だッ。いきなり無礼で――」
「師匠!」
被せるようにピンピンが叫んだので、思わず言葉を呑みこんだ男がワンテンポ後に怒鳴り付ける。
「なんだとぉッ!!」
いやぁ、実はそうなんです。
私が新しいピンピンの師匠なんですよ、お父さん。
もちろん思っただけで口には出さないが、何故かオレの周りをぐるっと練習生達が取り囲んだ。
どの顔も緊張あるいは怒りのために強張っている。
中には敵意剥き出しといった血気盛んな若者もチラホラ。
一部、少し離れたところで静観を決め込む事にした練習生もいるようだ。
もしかするとウルズスラでの演武会に来ていた連中なのかもしれない。
オレ達の事を知っていれば迂闊に手を出すのは得策でないと悟るはずだ。
「師匠、どうして?」
傍まで駆け寄って来たピンピンが小声ながらも詰問するような口調で言った。
「いや、なんか大変そうだったからつい」
「他の2人は?」
「外で待っててもらってる」
「師匠もここは私に任せて外でお待ちください」
「貴様ら、何をこそこそやっておるッ! 用がないなら出て行けッ!!」
嗚呼、怒ってるよ。
でも今は父親の事は無視して、ピンピンに続ける。
「説得できるの? この状態で」
「それは……してみせます。しなければいけないんです」
「じゃあ、ちょっと待っててよ。オレがひと暴れしてから説得の続きを頼むから」
「えっ? あばれ……なんですって師匠」
「いい加減にしないかーッ! お前達、そいつを外に叩き出せッ!」
痺れを切らした父親が練習生達に命令を下すと、取り囲んでいた練習生達が怯みながらも距離を詰めてくる。
「待って! この方は私の――」
「まぁまぁピンピン。いいからいいから」
ピンピンを制して一歩前へ出る。
「どうせなら師範直々にお相手願えませんか? それともこの道場では下っ端が客人の相手をする決まりでもあるんですか」
動揺した練習生達がキョロキョロし出す。
「いいからやれッ! 無礼者を叩きだすんだッ!」
父親が顔を真っ赤にして叫ぶと練習生達も覚悟を決めたらしく、何人かが飛び出して来た。
右から来たひとりをいなして擦れ違いざまに鳩尾に突き。
次のひとりは足払いで体勢を崩したところで体を入れ替え首筋に手刀。
3人目は拳を打って来た右手首を掴んで引き込むと、そのまま脇下に腕を回し肩に担いで背負い投げ~~(byIKKO)。
ズダーンと大きな音が響いて練習生が道場の床に叩きつけられた直後、声が掛った。
「待てッ!! そこまでだ。後は私が相手をする」
ざざっと正面が空いた。
オレを取り囲んでいた練習生たちが一斉に両方の壁際に引いたのだ。
目の前にはピンピンの父親。
この道場の師範である――――えーと、誰だっけ?
「プンクル宗家師範、リー・ユンロンだ。貴様の名前は」
自己紹介ありがとう!
「……アスカ」
名前聞かれるの困るんだよなぁ。
地味に精神的ダメージを喰らうんだよ。
この年になるまで比較的正直に生きてきたから、嘘吐くのに慣れてないもので。
「ふん。貴様がピンピンをかどわかしたという冒険者か」
「まぁそうですね。以後お見知りおきください」
「貴様に私を納得させるだけの強さがあれば考えよう」
言うなりユンロンは構える。
練習生達とは比較にならない気迫、隙のない見事な型だ。
「あ、その前にいいですか」
「なんだ」
「オレが勝ったらピンピンをもらいます」
「なんだとッ!?」
「師匠ッ!!」
ユンロンとピンピンが同時に叫ぶ。
前と後ろからの挟み討ちとはやるな、ピンピン親子。
もっとも前からは怒りの声、後ろからは歓喜の声だったが。
ついでに練習生達が再びざわつき出した。
そりゃそうだわな、師範代強奪の危機なんだから。
「たわけた事を、このひよっこが。己の身の程を知るが良い」
そう言ってユンロンが一歩前へ踏み出したその時、左手の扉がガラッと空いた。
「なんだか騒がしいね、どうかしたの」
クリアな響きのハイトーン、俗に言うイケメンボイス。
容姿も見事なまでのイケメンが颯爽と登場しやがりましたよ。
はは~ん、さてはこれが噂のもうひとりの師範代=ピンピン弟か。
「セイラン!」
今度はピッタリハモったピンピン親子。
どうやら予想的中らしい。
「もしかして師範、その人と立ち合うつもりなの?」
「だとしたら何だ。お前には関係ない!」
「まさか、本気で言ってるの? 関係ないわけないよ、ボクだって師範代なんだから」
「お前まで私に逆らうのか、セイラン!」
「って事は姉さんが逆らったんだね。ダメだよ姉さん、ちゃんと師範の事は立ててあげようねってボクたちで決めたはずでしょ」
言われたピンピンは、言い訳出来ないのか黙っている。
「しょうがないなぁ。じゃあ先にボクが立ち合うから。師範は万が一の時に後をお願いします」
セイランはそう言うと、さっさと父親ユンロンの前を塞ぎこちらに向き直る。
「セイラン! 勝手な事は許さんぞ!」
「師範こそ、勝手に立ち合いなんて軽率な事は許されないよ。ここはまずボクに任せて」
むぅと唸ったままユンロンはバツが悪そうに視線を外す。
「それじゃ、よろしくお願いします。ボクはこの道場の師範代のセイラン。あなたは?」
「アスカ」
「いい名前だね、アスカさん。2人とも怪我しないように一生懸命やりましょう」
ふざけてるのか天然なのか知らんが、なんか腹立つわ~コイツ。
両手を広げ、肩を竦めて見せる。
外人みたいなリアクションしちまったじゃないか。
さてと、どう料理してやろうか。
父親と姉と大勢の練習生達の目の前で。
――自然と嗜虐的な考えが頭をもたげてくるのに自分でも驚いた。
読んでいただきありがとうございます。
ホクホクバスタイムを経てついにピンピンの故郷ペピンへ到着したアスカ達一行。
ピンピンの運命を決める道場破りの結末は次回のお楽しみです。
それでは引き続き応援よろしくお願いします。




