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(25)オレは山賊と戦う

 初めてこのウルズスラの町に入ったのは南門からだった。

 

 そして毎日のように西門から護衛任務に出かけていた。 

 今日もこの時間には既にベガス達一向は作業現場へ出発しているはずだ。

 

 それでもまだ朝早い時間なので、周辺に人の姿はまばらだ。

 

 世話になった人達には昨夜のうちに別れの挨拶を済ませているので、オレ達はこのまま出発する。

 

 ――――ウルズスラ北門。

 

 初めて通るこの場所が、この町との別れの場所だ。

 

「いい町だったね、ウルズスラ」


 しんみりとした口調でジュリアが呟く。


「人間の町の暮らしもなかなか興味深いと知ることが出来ました」


 ロビィも感慨深げに同調する。

 

「あ、セレナさん!?」


 ジュリアの声で振り返ると、こちらに駆けてくるセレナの姿があった。

 

 オレたちの傍までやってくると胸に手を当てながら息を整える間もなくしゃべり出した。


「お、おはようございます……。おそらくこちらからご出発になるかと思って。ハァ、ハァ。せめてお見送りしなければと……ハァ」

「それでわざわざ?」


 冒険者組合というのは送迎サービスまでしてくれるのか。

 ――――なわけあるか。

 

「昨日ジュリアさんから伺ってはいたのですが、ハァ……やはりみなさんにもひと目お会いしたくて」


 有能かつ真面目な秘書というオレの評価は間違いではなかった。

 セレナ、出来れば一緒に連れていきたいくらいだ。

 

「短いお付き合いでしたが、どうかこの町を……ウルズスラを第二の故郷と思って忘れないでください」

「もちろんよ。セレナさんの事も忘れないわ」

「色々とお世話になりました」


 ジュリアがセレナの手を取って熱く語るその隣で頭を下げるオレ。

 ロビィは少し離れた所から微笑んで見守っている。

 

 ピンピンは軽く会釈をした後、不思議そうに見詰めている。

 あ、もしかしてまだセレナと面識なかった?

 冒険者登録した時は別の担当だったのかな。


「これからは冒険者組合の情報網を通じて皆様を応援させていただきます。森のジュリアスの名声がグルド全土、いえラインガルド全土へ響くのを楽しみにしています」


 それは少し大袈裟ではないかと思うが、セレナの表情は真剣そのもの。


「ラインガルド全土……そうね。どうせならそれくらい目指さないと!」


 ほら見ろジュリアがその気になっちゃったじゃないか。


「まぁ目指すだけなら自由だからね」

「ちょっとアスカ! 茶化さないでよ」

「……ごめん」


 怒られた。


「それでは私は仕事に戻ります。本当にみなさんどうかご健勝で」


 一礼をするとセレナは冒険者組合の方へ戻って行った。

 なんだ、見送ってくれるわけじゃないのね、残念。

 

「あの、師匠。今の人は?」

「あ、セレナさん。冒険者組合の人」

「懇意にしていたんですか?」

「懇意っていうか、まぁ初めて冒険者に登録する時から色々世話になったっていうか」

「そうでしたか。私もご挨拶をした方がよかったでしょうか」

「いやぁ、どうだろう。でもたぶん向こうはピンピンの事知ってたと思うよ」


 演武会での事も知ってたくらいだからそれは多分本当だ。


「そうなんですか。ではやはりご挨拶しておくべきでしたね……」


 真面目だなピンピン。

 

「そろそろ行こっか、ピンピン」


 ジュリアの言葉が合図となった。


「はい! 師匠、みなさん。道中よろしくお願いします」


 荷車を引いたピンピンが頭を下げる。

 そうだ、これから先はピンピンからオレたちへの依頼任務でもあるのだ。


――――――――――――――――――

依頼番号:なし

依頼内容:ペピンまでの護衛

依頼主:リー・ピンピン

特定対象:森のジュリアス

募集人数:-

期日:出発日より最大12日まで

支払い:目的地到着後一括払い

報酬:1人当たり500ゼニー/日

手当:なし

――――――――――――――――――


 よし、行こう!

 そしていつかまた戻って来よう。

 ここはオレたちの冒険の始まりの場所なのだから。



*****



 道中は主にペピンについてピンピンに聞きながら進んだ。

 荷車があるので、おしゃべりしながらがちょうどいいぐらいのペースなのだ。

 

 何度か荷車を引くのを代ろうかと申し出たのだが、ピンピンは頑として譲らず。

 師匠にそんな事はさせられません、と。

 

 それならとジュリアが声をかけても、護衛をお願いしている人に荷物まで運ばせるわけにはいかないとかなんとか。

 こいつは相当頑固な娘っ子だ。

 

 実際、荷車を引くのがそれほど負担になっている様子もなかったのだが。

 

 それに移動速度へ制限があると言っても、同行しているのがオレやジュリアやロビィなのだから息も上がらずについて来ているだけでもさすがにプンクルの師範代だけはある。

 

「ちなみにこのペースだとペピンまではどれくらいかかるの?」

「10日から12日位だと思います。普段はバシャで移動するので5日ぐらいですが」


 バシャでも一日中走り続けるわけではないので、そんなものらしい。

 尚、オレたちは寝ている時間以外はほぼ移動しているという前提だ。


「荷物って誰かに頼むとかは出来なかったの?」


 ちょい気になったので聞いてた。

 さすがに宅配サービス的なものまではないだろうが、それでも荷物の輸送手段は何かありそうなものだ。


「バシャ運送も頼めたんですけど、領境を通るので止めておきました」

「領境だと何か問題なの?」

「えっ!?」


 ものすごい意外な顔でガン見されてしまった。

 え、なに、オレそんなヘンな事言った?

 

「ピンピン、あなたの師匠はちょっと常識を知らない事が多いのよ」


 ジュリアが茶化す。

 さっきの名声云々の仕返しのつもりか。


「ごめんピンピン。まぁそういう事だから、領境について教えてくれると助かる」

「はい。領境はどこも同じなんですが、族の類が結構多いんです。荷物を奪われたり、ひどい時は命まで奪われる事も少なくありません」

「なんで領境に族が多いの?」

「理不尽な話ですが、本人達は通行料のつもりらしいです」

「うわぁ……」


 法整備の問題なのか、法があってもそれを取り締まる仕組みが整っていないのか。

 いずれにしろこういう世界では力が正義的な現実になっちゃうんだろうなぁ。

 

 元の世界も法関係なく金や権力が正義って部分はあるけど、唯一違うのは力ならオレも今ある程度持っているって事だ。

 

 こっちでもやられっぱなしでいる理由は何もない。


「そういう族みたいな連中って他にもいるもんなの?」

「領境以外にも、という事ならもちろんいます。森の中や山奥に拠点を構えている集団や、船に乗って海を荒らしている連中も」


 まんま山賊に海賊じゃないか。

 あーやだやだ。

 出来れば人間とガチで戦うのは勘弁してほしい。

 いかに異世界だからといって、人を傷付けたり殺したりってのはなぁ……。

 

「でも大丈夫です師匠! もし族が出ても私が全部倒します!」


 うん、たぶんピンピンなら出来ちゃうかもしれない。

 でもそこはホラ、女の子に全部頼りっきりというわけにはいかないんですよ日本男児として(女子だけど)。


 それにしてもこのピンピン。

 弟子になってからと言うもの、ただの一度も『教えて』と言って来た事がない。

 『稽古をつけてください』は日常茶飯事だが、『教えて』はゼロ。

 

 それでいて立ち会っている時の眼差しは真剣そのもので、一挙手一投足も見逃さないという姿勢なのだった。

 

 プンクル宗家師範の娘だからと言って決して甘やかされてきたわけではなく、むしろ逆だったのだろう。

 幼少時からのその苦労と努力を想像すると胸が熱くなる。

 

 最初に出会った時の余所行きの座長としての態度に、砕けた時の態度、そして弟子としての態度などコロコロ変わる印象も相俟って未だにオレの中でピンピンがどういう人間なのか掴めていない所はあるものの、既に心を許し信頼を寄せているのは紛れもない事実だった。



*****



 ウルズスラを出発して今日で6日目。

 

 途中、小さな村に食糧などの補給で立ち寄った他は寝ている時間以外ほぼ歩き通し。

 それでも予定より1日早いぐらい、というのがピンピンの見立てだ。

 

 宿代も節約して野宿オンリー。

 眠るのに適当な平らな場所がないところでは荷車の荷台に寝たりして実はちょっと楽しかった。


 そしてとうとう今日、問題の領境を通過するらしい。

 

 領境を過ぎると15kmほど先にケルナという小さな村があるそうなので、万が一何かあった場合はそこで落ち合おうという打ち合わせまで昨夜のうちにしておいた。

 

 後はどこで連中が出てくるか、あるいは出てこないのか。

 

「ちょっと待ちな、姉ちゃん達!」


 ハイ山賊出ました!

 

 ぞろぞろと行く手を遮るように道を塞いで7~8人。

 更に道の両脇に逃げ道を塞ぐように左右ぞれぞれ10数人。

 そして退路を塞ぐよう後ろに7~8人、合計で30人強といったところか。

 

 思ったよりしょぼい人数だった。

 これならオレとピンピンだけでお釣りがくる。


「ここを通りたいんなら、それなりの通行料を払ってもらうぜ」


 はぁ~、ホントにこんなセリフを言われる日が来るとは。

 どうせならもっとドキドキするシチュエーションで体験したかった。


 今はただガッカリ感が半端ない。


 止まりはしたものの、何の反応も示さないオレ達にしびれを切らしたのか、先程から声をかけている男が一歩前に出て更に声を荒げる。

 

「おい! なんとか言ったらどうだ! 女だからって容赦しねぇぞ!」


 いちいち言動が下っ端すぎる。

 リーダーはどこだ?

 まさかこいつがリーダーだってんならガッカリ通り越して笑い話になっちまうぞ。

 

 キュッと音がしたので見ると、ロビィが静かに弓に矢を番えて狙いをつけていた。

 やめて、死んじゃう死んじゃう!

 ロビィが人を殺すところなんて見たくない。

 

 ロビィに気付いた男がビビって後ずさるのとほぼ同時に、右奥から別な男が姿を現した。

 

「久しぶりに面白そうなお客さんじゃないか」


 余裕たっぷりにこの状況を楽しんでいるような口調。

 さっきの雑魚より少しはマシなヤツらしい。

 

「お頭ッ!」


 雑魚に続いて何人もが口ぐちに呼ぶ。

 やはりそうか、教えてくれてありがとう。


「バカヤロウお前ら、ちゃんと相手の事を観察しろっていつも言ってるだろうが。このお嬢ちゃん達は冒険者だ。しかも4人中3人が赤札だぞ。お前らが束になったって勝てる相手じゃねぇ」


 お頭と呼ばれたその男は痩身ながらもそれなりの経験を感じさせる相貌。

 歳は40前後と思われるが、目付きは鋭く身のこなしも軽い。

 ふと腰の辺りに見慣れた形のものを見つける。

 

 ―――青札!?

 

 こいつも冒険者なのか。

 だとするとオレ達より階位は上という事になる。

 もちろんこの青札が本人のものであるならば、だが。

 

 腰の左右に剣を佩いているという事は二刀流の使い手らしい。

 一瞬、サッカリアのベスを思い出す。

 利き手を失った彼はその後どうしているのだろうか。

 

 とりあえず雑魚以外が登場した事でさすがに態度を改める必要がありそうだ。

 

 ジュリアに目配せをすると、彼女も気付いたようで頷き返してきた。

 

 ロビィは既に狙う相手をチェンジ済みの模様。

 

 ピンピンはお頭と呼ばれた男とは別な方向を睨みつけている。

 なんだ? そっちにも誰かいるのか?


「ほぉ、ケンの気配に気付くとは」


 お頭がケンと呼んだ男は細身で一見すると頼りなさそうに見えるものの、漂って来る気配が只者ではなかった。

 

 なぜ今の今まで気付かなかったのかという程の鋭い殺気が突き刺さってくる。

 おそらくケン自身がコントロールしているのだろう。

 ならば先程までは気配を押し殺していたに違いない。

 

 ピンピンはその状態でもこの男の気配に気付いたのか。

 ロビィですらついさっきまでのターゲットは頭の方だったというのに。


「一応自己紹介しておくと、オレはグルック・オルバス。5年前までは4級冒険者だったが、今じゃこんな有り様だ。そっちの若いのはケン。剣の腕はオレなんかより遥かに上だ。嬢ちゃん達がどれ程の実力か知らんが、まともに相手しようなんて思わねぇ方がいい」


 このケンという男が4級冒険者より強いだと!?

 

 頭―――グルックの言葉をそのまま信じるわけではないが、今のところ否定する材料もない。

 何より先程からの殺気で、オレの本能がそれをある程度肯定してしまっている。

 

「師匠、私があの男の相手をします。師匠はグルックの方をお願いします」


 大丈夫なのかピンピン。

 最初にケンに気付いた程ならその実力もある程度覚悟の上だろうが、それでもそっちを選ぶのか。

 

 いや、弟子なればこそ先に敵の力を測り皆に知らせるために敢えてその役を買って出たのかもしれない。

 ピンピンならやりかねない。

 

「ダメだ。逆だピンピン」


 そうと分かればオレの選択肢はひとつ。

 ジュリアとロビィにサインで援護を頼み、ピンピンの返事を待たずに先に飛びだす。

 

「師匠ッ!」


 一瞬遅れてピンピンも後に付いて来る。

 ダメだと言ったのに。

 弟子のくせに師匠の命令を無視するなんて。

 

 後ろのピンピンの事を思ったその瞬間、ケンの姿が消えた。

 なんだと!?

 

 すぐさま右の方からものすごい圧力が来てケンだと気付く。

 コイツ速い!

 

 視線を向けるとちょうどケンが背中に背負った剣を右手で抜いたところだった。

 

 長い!

 しかも剣刃の部分がギザギザに加工されている。

 まるで鋸だ。

 

 こちらが体勢を変えて対峙しようとしたその時、鋸剣が斜めに振り下ろされる。

 

 ズァァァッっと物凄い音がした。

 どこか斬られたかと思ったがそうではない。

 強いて言うなら空気が斬り裂かれた音。

 

 そして振り下ろした鋸剣を今度は突いてくる。

 しかも連続突き。

 これも速い。

 

 あまりの速さに、このアスカの目ですら残像になるほど。

 

 こんな剣で突かれたら肉も骨もズタズタにされるに違いない。

 そう考えるだけで身震いがくる。

 すげぇなコイツ、マジで半端ねぇ。

 

 だがこちらの驚きと同様、ケンの表情にもまた驚きの色があった。

 最初の攻撃だけでなく、続く連続攻撃もことごとく回避されたのは想定外だったのだろう。

 

 それを目にした時、少し勝機が見えたような気がした。

 このケンという男、最初から全力で来ているようだ。

 なら、この攻撃に慣れてしまえば後は何とかなる。

 よほどの切り札でも隠していない限りは。

 

「ピンピン来るな! コイツはオレに任せろ。師匠命令だ!」


 ここでピンピンに間に割ってこられると逆に動きづらい。

 くれぐれも邪魔だけはしてくれるなよ。

 

 ピンピンに視線をやる余裕はないので、気配だけで命令に従っている様子なのを感じる。

 

 どうやら雑魚どもも少しは仕事をし出したらしく、荷車の方も騒がしい。

 ジュリアの戦う気配なども感じられる。

 

 オレとケンの方に邪魔が入らないのは幸いだ。

 

 とは言え、どうやって戦う?

 剣は使えない。殺してしまう。

 とても手加減して倒せる相手じゃない。

 いや、正直なところ相手がケンじゃなくても、人間を本気で斬りつけるのはちょっと……。

 

 なら魔法しかない、よな。

 

 相変わらず異様な音を立てて空気を切り裂くケンの鋸剣。

 それを交わしながら、魔法を放つタイミングを測る。

 

 またも突きがくる。

 既に見切った間合いで回避する……なにッ!?

 

 剣がぐぐっと伸びたように見えて、脇腹を掠めた。

 いって……ッ!!!!

 

 めっさ痛い、マジ痛い、半端なく痛いなんだこれ!

 左脇腹に手を当てるとぬるりとした感触。


「師匠ッ! 剣に仕掛けがッ!」


 ピンピンが叫ぶ。

 それはわかる。

 わかるが、どんな仕掛けだというのだ?

 

 伸びる剣!?

 

 ケンの表情に余裕が生まれていた。

 いや、あれは笑っているのだろう。

 獲物を追い詰める時の嗜虐の笑いなのか。

 

 冗談じゃない。

 ただでは狩られんぞ!

 

 我流神足!!

 

 ジグザグに蛇行しながら高速でケンに接近するとヤツの攻撃より早く腹へ蹴りを叩きこむ。

 

 完全に入った―――はずだが、ケンはびくともしていない。

 

 逆に蹴ったこっちの足が痺れている。

 なんだ、こいつの身体は?

 

 単に硬いというよりも、衝撃を吸収されて何割かカウンターを喰らったような感触。

 どういう鍛え方をしたらこんな芸当が出来るんだ?

 それとも何か、生まれ付きの体質か?

 まさか、なんとかの実でも食いやがったとかじゃないだろうな。

 

 唖然とする隙も考える隙も与えず、反撃がやってくる。

 

 横殴りに剣を振って来るので、已む無くこちらも剣を鞘に納めたままガード。

 

 ―――したつもりが、鞘を回り込んで剣が伸びてくる。

 こ、これは!!!

 

 蛇腹剣(ガリアンソード)じゃねぇか! クソ!

 こっちの世界にこんなモンがあるなんて聞いてねぇぞ。

 

 再度我流神足を使い、距離を取る。


 見るとケンは悔しがる様子もなく、舌舐めずりしそうな表情だ。

 心底楽しんでやがる、コイツ!

 

 シュッと飛んで来た矢を目も向けず払い落すケン。

 今のはロビィの援護か。

 

 ロビィの矢を、見もせずに払い落すのかこの男は。

 4級冒険者以上とグルックが言ったのは間違ってなどいなかった。

 明らかにホークなんぞより遥かに強い。

 3級冒険者を凌ぐ力量を持っている。

 

 まともに戦えば、な。

 

 勝機は見えたと言ったろうが。

 

 再び我流神足でケンに接近、背後に回って腰に手を当てる。

 

 凍結(フリーズ)

 

 直後、ケンの腰から下半身全体を氷が覆い尽くす。

 足が着いている地面まで凍らせ完全に動きを止めた。

 

「ぐっ! 貴様ッ!」


 初めてケンが声を発した。

 若いのに随分としゃがれていて全然見た目と合致しない。

 

 ケンは諦める様子もなく、動かせない下半身のまま上体だけで剣を振りまわす。

 もはや形振り構っていられないのか、蛇腹剣の特性丸出しでムチのようにブンブンと。

 

「上半分もやってやろうか?」


 そう言うと途端に大人しくなった。

 剣は普通の鋸剣に戻り(そもそもそれは普通じゃないが)、戦意も喪失。


「さすがです、師匠」


 そう言いながらピンピンが近寄ってくるが、表情は何故か浮かない。

 魔法で対応したのがお気に召さなかったのかもしれない。

 ピンピンはオレの体術の弟子だもんな、そりゃそうだ。

 師匠が魔法で勝っても何も学べない。


 ふっと脇腹の痛みが軽くなった。

 

 いつの間にかロビィが隣に来て治癒魔法をかけていた。


「ありがとう、ロビィ」

「どういたしまして。氷の魔法使いさん」


 今のはロビィの洒落なのか?

 笑った方がいいのかどうか悩んで逆にヘンな顔になっていたかもしれない。

 

「ちょっとアスカ! いつの間に水属性まで使えるようになったのよ。しかも氷系統なんて更に難しいじゃない!」


 毎度ながらオレが魔法を使うとジュリアがプンスカする図式がここでも再現されてしまう。

 

 っていうかそっちの方はどうなったんだ?

 グルックは―――?

 

 ああ、なんか荷車の横で伸びてるアレがたぶんソレですな。ははは。

 

 まぁそりゃそうだ。

 ロビィにジュリアが相手じゃ、元4級冒険者の出る幕などなかったのだろう。

 あの2人はそれほど上手に手加減出来るとも思えないし。

 

 あ、いや、ロビィは出来るな。

 むしろいつも手加減してるまである。

 

 それにしても、オレがケンとやりあってる短時間で残りの雑魚どもまで全部倒れてるのはどういう事だ?


「ピンピン、こいつらどうしちゃったの?」

「師匠の邪魔になるといけないので、私が気絶させておきました」


 あ、そうなんすか。

 ですよねー。

 

「すごかったよ、ピンピンの電光石火の早業」

「私ももう少し戦いたかったです」


 ジュリアは褒めそやし、ロビィはご不満の様子。

 ピンピンの早業、オレも見たかったなぁ。


「アニキ! アニキィ~ッ!!」


 動けなくなったケンがしゃがれ声で叫んでいた。

 

 アニキとはグルックの事か。

 お頭とかじゃなくてアニキなんだ、へぇ。

 よくわからん。

 

 何度も呼ばれていたグルックがゆっくりと上体を起こしてこちらを見る。

 良かった、死んでない。


「……ケン。お前でも勝てなかったというのか……」


 絞り出すようにそれだけ言うと再び倒れるグルック。


「ア、アニキ~~~ッ!!!」

「うるさい、凍結(フリーズ)


 ケンの頬に手を当て、口を凍らせる。

 目をパチパチとしばたかせ、頭を横に振るケン。

 

 いいからそのままじっとしとけ。

 気管までは凍らせてないから呼吸は鼻で出来るだろうし、この陽気ならそのうち自然に溶けるだろう。


「なかなか器用ですね、アスカ」


 相変わらずロビィの発言は本気なのか冗談なのかわからない。


 まぁでもこれも護衛任務後半にロビィと魔法力の制御の練習をした成果だ。

 ありがとうロビィ。


 荷車まで戻ると、傍にドゥーが3頭倒れていた。


「あれ、こんなのいたっけ?」

「グルックとかいうヤツが呼んだのよ。なんか笛みたいなので」


 ジュリアが喜々として教えてくれた。

 さてはこれを倒したのはあんただな。


「ジュリアがやったの?」

「うん」

「3頭とも?」

「うん」

「へぇ、やるじゃん」

「でしょ~」


 何故かご褒美をねだる犬に見えたので頭をなでなでしてやると、エヘヘとだらしなく笑うジュリア。

 ふと目が合ったピンピンはちょっと引いていた。

 ごめん、こんなのが師匠で。

 ピンピンにはこれはやめておこう、うん。

 

 それよりひとつ気になった事をロビィに聞いておこう。


「ロビィ、魔物って笛とかで操れるものなの?」

「訓練すれば、あるいは」

「訓練かぁ、どうやるんだろう」

「それよりも確実なのは契約を交わす事です」

「契約?」

「はい。魔物に主人であると認めさせて契約を交わす事で主従関係を構築できます」

「契約って……契約書を交わすわけじゃないよね」

「魔物に契約書など無意味です。契約の方法は魔物により様々あるようです。私もそこまでは詳しく知りません」

「そうなんだ。じゃあどうやって主人だって認めさせるの?」

「それもわかりません。兄に聞けば、あるいは……」


 さすがにそんな事のためにわざわざリグナスにお伺いを立てさせるわけにもいかない。

 でもまぁ何となくわかった。

 わからない部分はそれはそれとして、大枠はわかったという意味で。


「なに? アスカもドゥーを飼い慣らしたいの?」


 ジュリアが話を聞いて茶化してきた。


「いや、そういうわけじゃないけど」

「じゃあどういうわけなのよ」


 まーたそうやってくっついてくる。

 戦った後のジュリアは高確率でスキンシップ過多の傾向になる気がするなぁ。


「そろそろ出発しましょう。ケルナ村まであと少しです」


 ピンピンの合図で、また歩き出す。


「あ、あいつらあのまんまにしておいて大丈夫なの?」


 誰ともなしに口に出してしまった。


「いいんじゃない?」


 もう関係ないとばかりに適当なジュリア。


「誰も死んでいないので問題ありません」


 正論だが一切心が籠っていないロビィ。


「凍らされたケンって人が動けるようになったら、みんなを起こしてくれると思いますよ師匠」


 うん、ピンピンの言葉が一番人間味がある。

 

 ―――ってこんなんでいいのか、森のジュリアス!


「そんでまた山賊続けるのか」

「そう考えると、もう少し懲らしめてやった方が良かったかもしれません」


 反省するピンピン。

 この先、あいつらの被害に遭う人の事を思っての発言だ。

 

 やっちまった後になんだが、法整備が進んでいないこの世界では何をするにも全て自分達一人一人に責任が委ねられている事を改めて実感したような気がする。

 そしてそれが正しかったのかどうかも誰にもわからないのだ。



 この世界でオレはこれからどう立ちまわっていったらいいのだろうか。

 本当によくよく考えていかないといけない。

新年明けましておめでとうございます。

今年一回目の更新になります。遅くなって申し訳ありません。

森のジュリアス+1による新章の開始です。

本年も引き続き応援よろしくお願いします。

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