神隠し編10
春菜の家から少し離れた場所では、アダムたちが双眼鏡を用いて春菜の家を見ていた。
春菜と黒猫の様子を見ながら、ふみが二人に話していた。
「黒猫から出ていた線を追ったのですが、途中で切れてしまいました。たぶん黒猫を操っている人が別の場所にいて、操っている時だけに線が出るのでしょう」
「その線とやらが、今は春菜の部屋の窓から出ていると」
アダムが言った。
「はい、出ています。リサは見えるよね」
「うん見えるよ。アダムはやっぱり見えない?」
リサがアダムに問いかけた。
「全然見えない。どうしたら見えるの?」
「四式をアダムの頭に添えると見えるようにはなるよ」
リサがアダムの頭に手を伸ばす。
「うわ、本当だ、見える。何なんだこれ」
「水影家から分析業務にて得られた霊能力、通称表四式。暁斗とふみがつい最近報告した術式だよ。本来は幽霊を見るためのものだけど、なぜか黒猫からも見えていた。霊体を用いて体を操る術なのかな?」
「ああー、たぶん、そういうことなんだろうね」
ふみが納得したものの、アダムには全くわからないことであった。
続けてふみが言った。
「線が出ている方向に犯人がいるという判断で、松本春菜の家は監視対象外だと思い、盗聴器を仕掛けてきました。それが今聞いている内容です」
「その判断はかなり危ないと思う」
暁斗寄りのリサが言った。
「ごめんなさい。確かにかなり軽率な行動だったと思います。今後勝手なことはいたしません」
ふみの声色が極端に変わり、リサに丁重に反省の意図を伝えた。
だが暁斗寄りのリサは笑ってふみに答えた。
「いいよ、ふみが一人で大丈夫って思ったのならほぼ間違いないから」
リサの笑顔をみて、ふみの緊張も若干解けた。
リサがすぐにアダムに問いかけた。
「線を追いますか?」
「そうだな。線を追うのはリサとふみに任せていいかい? 私は線が見えないから、ここに残って春菜と黒猫の会話を聞いている」
「了解。ふみ、行きましょう」
すぐに二人が飛び出していく。
薄暗い部屋の中で、春菜と黒猫の会話が続く。
「顔のない先生には会えたかい?」
「会えなかったよ。藤田先生に聞いたら、岡村先生は今は学校に来てないって」
「岡村先生か。全然わからないねその人は」
黒猫がベッドに座っている春菜の方に歩み寄る。春菜は少し疲れているようだった。
「春菜にはどうしても伝えたいことがある。それは新たな魔物が現れたということだ」
「今日は少し疲れちゃって。明日じゃダメかな」
春菜が作り笑いをして黒猫に話しかける。
「すごく近くなんだ」
「近くって、どこに?」
「ここ」
黒猫の会話からしばらく沈黙が続く。
「春菜、鏡を見てご覧」
春菜の心臓の音が高まる。重い体を動かし、鏡の前に立った。そこには顔がない春菜がいた。両足の力が抜けて、その場に倒れこむ。
「なに、これ」
「春菜。きみは魔物だ」
「どうして?」
黒猫の方を向く。それは依然としてただの猫だ。だがそれは春菜に残酷な言葉を浴びせ続ける。
「君には悪意があった。そうだろう? 悪意を持って魔物を倒し続けた」
「あなたがやれって言ったんじゃない!!」
「そうだ。でも最終的に判断したのは君だ」
黒猫が春菜の方に近づく。春菜は自分の腕を振り回してそれを遠くに叩きつけた。だが黒猫は痛みを全く感じていないようで、すぐに立ち上がって春菜の方を向いた。
「君は自分を倒さなければいけない」
「いや……、やめてよ……」
「イヤかい?」
「どうして私が魔物なの!?」
黒猫は春菜からある程度距離が離れた場所で座り込み、体を丸めて寝転んだ。
「君は魔物が人間だと知っていた。そして君の能力を用いて、人間を殺害したという事実もちゃんと理解していた。それにも関わらず、僕の命令で動いてきたと自分を騙し続けてきた。君の中には悪意があったんだ」
「無いもん! どうしてそんなひどいことを言うの? 世界平和の為だって……。あなたに協力してあげただけじゃない!」
「でも次のターゲットの抹殺に協力してくれる気はあるのかい?」
春菜が沈黙をする。
「いやならそれでいい。でも何のために魔物退治をしてきたのかは理解しているよね。国のため、社会のため、秩序のため。もっと言うなら正義のため。君の父さん、お母さんのため。さあ、春菜。君は選ばなければいけない。このまま偽善者として魔物を退治し続けるのか、あるいは正義の味方となって自害するのか」
体が震え始めているのが分かった。
「さあ春菜。決断をしなさい」
勇気を振り絞って春菜が立ち上がる。そして鏡を再び見た。相変わらず、春菜の顔は無かった。それを確認して、春菜が右手で拳銃の形を作る。狙いは黒猫に向けられた。
「やめなよ。僕に当ててもすぐに別の猫が来る」
「うるさい!」
弾は発射されて猫に命中した。
そのとき、layer3に黒猫が転送されたことが確認された。
アダムはすぐにリサたちと合流する。リサとふみは、黒猫から出ている線の元を突き止めることに成功していた。
たどり着いた場所は学校からそれほど離れていない河川敷である。高速道路が川を横切っており、その下に緑色のテントが張ってある。リサはアダムの方を向いてテントを指差した。そんな三人の気配を察したのか、テントから一人の男性が出てきた。
「何だてめえら。ここはお前たちのような人が来る場所じゃねえぞ」
男がアダムに向かって叫んだ。
「お前こそ、松本春菜を使って何をするつもりだ」
そう言ってアダムが男を睨みつける。
「何だって!?」
男性が驚くより先にアダムが動いた。手を男性の方にかざすと、男性の周りの地面から木が勢い良く生える。男性に枝がロープのように体に絡みついた。だが男性も黙って拘束されず、すぐに異常に気がついて手で枝を引きちぎる。
男性も何らかの力を使う。
四方の地面から大量土を宙に浮かせて、アダムたちの方向へと飛ばした。
リサが動き、ふみの手を握って前に出た。そして術式を使ってふみを土から守った。
宙に舞った土が風で飛ばされて視界が開ける。
アダムは相変わらずその場で立って男性を睨んでおり、男性もまた場所は変わらず、アダムの生やした木々の上に立ってこちらを見ていた。
「派手だねぇ」
男性が言った。
「お前は何者だ」
「見りゃ分かるだろ、ホームレスだよ」
そう言ってアダムが生やした木から飛び降りた。
「力を使えるホームレスがいるかよ」
「まあそうなんだが。人に名前を聞く前に、お前から名乗れ」
少しにらみ合いが続いたものの、アダムが口を開いた。
「大天井、大天使アダム」
「なんだと」
男が大天井という語に驚いている様子を、アダムは見逃さなかった。
「お前も名乗れ」
アダムの言葉に反応し、すぐに答えた。
「松桐坊主」
「ということは、天使層の松桐坊主神か」
「そうだが優しいねえ」
男性がアダムの方を向いて笑い出した。
「今では神ではなく天使層・堕天使・松桐坊主。堕天使リストに俺の名前があったから天使層だって分かったんだろう?」
「ああ」
「妙な違和感はずっとあったんだが、まさか大天使が直接動いてるとはね」
堕天使、神。リサとふみは、その語を聞いたときに、治安維持層である自分たちの役目は完全に終わったことを理解した。
松桐坊主がリサとふみの方を見る。
「そっちの二人もお前の仲間か」
そして松桐坊主は二人を見ていたが、ふみを見たときに目つきが変わる。
鋭い視線でふみを睨みつけた。ふみは何か異様な空気で見られていることを悟ったものの、表情を少しも変えずにその男性を見つめていた。
「お前、なんでここにいる」
その言葉にリサとアダムは驚いた。ふみも驚いてはいたものの、表情は全く変えずにいた。
だが松桐坊主は、自分の言葉を無視するかのように、すぐアダムに話しかけた。
「それで、大天使様が俺に何の用なんだ。俺はここでホームレスをしてるだけなんだが」
「流石にとぼけるのは無理だろう。黒猫を用いて松本春菜にコンタクトをとっているのはわかってる」
「そうだ。それが堕天使である俺の仕事だから。何も気まぐれでやってるわけじゃないんだよ。それでお前はどうするつもりなんだ。概念基盤の堕天使捕獲規約に従って俺を捕まえるつもりか?」
「ああ捕まえる。お前の悪行を放っておくわけには行かない」
答えたと同時に、アダムの立っている周りの地面から木の枝が少しずつ生えてきた。
あわてて松桐坊主がアダムに言った。
「待て待て! ちょっと待て、少しぐらいは話をさせてくれ。お前のそれなんなんだよ」
木の枝が止まる。
それを確認してすぐに口を開いた。
「捕まえると言われても素直に応じられない。全力で抵抗させてもらう。だがね、俺からお前たちにお願いがあるんだ。聞いてくれるならアダムに協力したい」
「は? そんなの聞けるわけ無いだろう」
「悪い要求はしない。それに平和的に解決できたほうがお互い楽だろう? わざわざ避けられる戦いを好んでするようなタイプにも見えないし、いい話だと思うんだが」
「言うだけ言ってみな」
「お、ありがとうな」
松桐坊主は素直に感謝しているようだった。
「そこにいる、治安維持層・瀬戸ふみと会話させて欲しい」
「なんで知っている」
すぐにアダムが問いかける。
「要求を飲んでくれるなら、なぜ知っているかも説明する」
アダムの話す来る前に、ふみの方から言葉が出た。
「私は構いませんよ、アダム」
「ふみ」
リサが止めようとする。ふみは中腰になりリサと目を合わせて言った。
「頼りにしてます、暁斗さん」
ふみが笑顔を見せてから、男性の方に体を向けて数歩前に出た。
「何も取って食おうってわけじゃない。本当にただ話がしたいだけなんだ」
「それで、話をさせたら、こっちには何をしてくれるんだ?」
アダムが問いかけた。
「瀬戸ふみと話をさせてくれたら、お前の業務に協力する。どうせ概念基盤から言われてやってきたんだろう? ずいぶんと楽になると思うぞ。話をするだけなんて、そんなの普通じゃ取引の材料にもならない。俺は瀬戸ふみと話してみたかった。それが俺自身の業務に関係している。だから連れて来てくれたお前にも協力する。どうだ、答えてくれ」
ふみの様子を見ながら、男がアダムに話した。アダムはそんな様子を見て、かなり悩んでいたようだが、既にふみは男と話す気でいるようだった。
「分かった。ふみ、すまないが対応してあげてくれないか」
「分かりました」
そして、ふみが堕天使と対峙する。
「天使層・堕天使・松桐坊主の名において命ずる、治安維持層・瀬戸ふみよ、俺と一日会話を許可する」
「了解しました、天使層・堕天使・松桐坊主神」
ふみの表情に変化はない。そして男性は少し嬉しそうにしていた。
「本当は、俺はお前を殺すためにlayer2に来た」
松桐坊主がふみに話しかける。
「私はあなたのことを知りません。人違いではないですか?」
「いいやお前だ。瀬戸ふみ、layer2で何人もの殺人を行ってきた人物だ」
「あっています、ではどうして私を殺したいと?」
男性の迫力を後ろに流すかのように、ふみは空気のような姿勢で対応した。
「その質問には答える。そのあと、俺の質問にも答えて欲しい」
「分かりました」
「これから俺がお前たちに手を出すことは、まあ多分しないだろう。俺はね、嬉しいんだよ、あんたに会えて」
話の内容を聞きながら暁斗がかなり緊張していた。
自分は一体何をするべきだろうか。何ができるだろうか。
できることと言ったら、ふみの命が危険に晒されたとき、真っ先に飛び出して守ること。相手が神である以上、それくらいしか抵抗するすべがなかった。
アダムも全く同じことを考えており、できることは暁斗と同様、聞くこと以外には無かった。
「俺の専門は人の悪意なんだ」
松桐坊主が話しだした。
「悪意?」
「そう、天使の専門分野だと思って欲しい。自分は悪意の仕事をするために悪魔になり、そして天使になった。天使層っていうのは悪意を研究するには都合がいいんだ。なぜなら法を犯しても天使層から追い出されることもなく、堕天使の称号を付与されるだけなんだから。
悪意の操作が俺の特技であり、そして業務であると考えてもらえればいいと思う。堕天使になって天界にいられなくなった俺は、ある程度無法地帯と化しているlayer3を目指して、まずはlayer2に降り立った。事前に治安維持層の分析業務が、layer2から空間転移の能力を発掘したという情報はおさえていたから、現地で俺が習得したわけだ。なんでそんな回りくどいことをしてるかって言うと、layer1からlayer3へ直接行けるのは大天井だけだからな。
そして空間転移でlayer3に降り立った俺は、大人たちの悪意を用いて、どれほど人をコントロールできるかをテストすることにした。実験は二通り。一つは王とその側近の悪意を操作する。二つは市民と奴隷と言った大衆の悪意を操作する。その結果、どちらも成功し、二つの国を滅ぼすことが出来た」
ふみは黙って男の話を聞いていた。松桐坊主も、何とかふみに話を理解してもらおうと、考えながら話を進めているようだった。
「俺の考えはまちがっていない。ということで、次に確認したいのは子供の悪意だった。だから今度は少し危険だが、layer2にて仕事を行うことを決めた。layer2はlayer3よりも子供の保護されているため、精神が幼くコントロールしやすかったんだ。
だがね、下準備を色々としているうちにね、一人だけ常識はずれのとんでもない悪を持った人物がいることが分かった。そいつは悪意が自意識と完全に同化したまま悪を行使している。一番目立った特徴は、その悪を完全に隠蔽できているということだ。それが誰だか分かるだろう」
「はい、私です」
ふみが言った。
「layer2で子供の調査なんてどうでも良くなってしまった。まずは瀬戸ふみを捕らえて分析する。そののち、色々とストレスを与えて殺す気だった。それが俺の仕事だからね。でも、いざ行ってみたら、瀬戸ふみはlayer2から抹消されていた。どこにもいない、戸籍の上にすらいない。
大したことじゃなかったよ、俺より先に瀬戸ふみに目をつけて持って行った奴がいた。そいつはlayer1の誰かで、瀬戸ふみは強制昇進試験で治安維持層に配属されていた。
ふみを拐いにlayer1まで追いかけても良かったんだがね。俺はやる気が無くなってしまったんだよ。またlayer1に戻らなきゃダメなのかって。だから、元々手を付けていた業務の方を実施することとした。それが今回、お前たちが追いかけてきた事件だと思う。どういうわけで瀬戸ふみが俺の前に現れたのかはわからないが、とんでもない偶然みたいだな。松本春菜を追ってきたんだろう?」
「はい、そのとおりです」
「瀬戸ふみが俺に言った質問の答えにはなっていたかな?」
「はい」
「お前が聞きたいことも全部網羅されているか?」
松桐坊主がアダムに向かって叫んだ。
「どうしてそんなに優しんだ」
「協力するって言っただろう」
アダムにとっては松桐坊主の反応はかなり意外だった。
「では、なぜ松本春菜を選んだのか」
「悪意がない人間なら誰でも良かった。さらに自分で考えることができる知能なんて持ってない人がいい。松本春菜の両親はlayer2では典型な中流階級。過去に虐待歴はない、そして世間知らずのお嬢様だ。扱いやすいので、悪意の研究にはもってこいだった」
「悪意の研究とは何だ」
「それをここで説明する気はないが、人事が把握している天使層・松桐坊主神の概要から全く変わっていないから自分で調べろ」
「これからどうするつもりだ」
「子供の悪意についての業務はお前たちのせいで中途半端に終わったが、まあ大体予想通りだったため本日で切り上げる。明日以降については答えるつもりはないが、だからと言って大天使アダムと縁を切るつもりはない。後日詳細に説明する」
「何だそれは?」
「答えられないってことでいいだろう」
それからアダムが黙ってしまう。
「よし、では今度は俺から瀬戸ふみへ質問だ」
「はい」
「人のことは全然言えないんだがな。お前みたいなクソ女を、俺は生まれてこの方見たことなかったよ」
瀬戸ふみの態度は相変わらず変わっていない。そんな様子を見て、松桐坊主の方が少し不気味に思い始めていた。
「俺が瀬戸ふみに聞きたいことは沢山ある。だが時間もないため、重要な部分だけ聞きたい。お前はなぜ人を殺していた」
「性的な欲求を満たすためです」
「本当か? 適当なことを言っていないか? 俺は違うのではないかと思って話をしている。確かに一見すると、お前はセックスの後に人を殺す変態殺人鬼だ。だが、行為だけに熱中していたわけではないだろう。お前は全く警察に捕まらなかった。糸口さえ見せなかった。本当にセックスと殺人のためだけに、犯罪を隠蔽するという一連の行為をしていたのか?」
「本当かどうかと言われると難しいですね。あの頃の私は、殺人行為をすること自体が私の存在そのものでした。私の生きる目的と言ってもいいでしょう。それを継続して行うために、あらゆる工夫が必要だったのです」
「もう一度聞くが、殺人はお前にとって何だったんだ?」
「私の生きる過程だと思います」
「過程だと?」
松桐坊主が悩む。
「理解しようとする方が変だと思います。例えばタバコを吸う人と吸わない人って分かり合えないものですよね。同じように殺人が必要だった私を、殺人をしてこなかった人が理解することなど不可能。そういうお話です」
「その例えの方が変だろう。聞かせてくれよ、お前は殺人で性的な興奮を感じていたわけではないというのだな?」
「はい、殺人は過程、性行為も過程。その後の死体遺棄も過程。今なら分かりますが、結局そういった一連の行為自体には何の意味もありません。私は私のやるべきことをやる、それが私の中の重要な目的でした。セックスは好きですし、あの時の私には必要な行為でしたが、目的ではありませんでした」
「へえ、やっぱりそうか」
松桐坊主の顔が動いた。おそらく満足した解答が得られたのだろうと、ふみは思った。
「それが本当だとしたら、別にセックスと殺人にこだわる必要はなかったということになる」
「そのとおりです。今の私はこだわってはいませんし、生きている上で不自由はありません」
「今は誰も殺していないのか」
「はい、殺人はlayer1にわたってから一度も行ってはいません」
「なぜだ。どうしてそんなふうに変わった」
「私の大切な人と約束したから」
松桐坊主が言葉を止める。そしてふみの方を少し見ていた。
「そうか。その結果が今のお前か」
更に睨みつける。ふみは冷静を装っているものの、額には汗が滲んでいた。
「そんな約束は破棄してしまえ」
続けて松桐坊主が叫ぶ。
「なぜ?」
ふみが静かに問いかける。
「瀬戸ふみよ、気がついてないのか? お前、失敗してるぞ」
しばらく沈黙が続く。
松桐坊主の迫力に押されてふみは大量の汗が吹き出していたが、それとは全く別の理由でリサの全身にも汗が滲んでいた。
「あんたの上司は何をしているんだ。ふみに元々の能力を使わせろよ。layer1は瀬戸ふみを求めて昇進させた。それなのに、瀬戸ふみの一番の長所を殺してどうするんだ。世界はそう言うふうに出来てはいない。お前はお前の能力で世界に貢献するべきなんだ。瀬戸ふみよ、自分を殺してどうする、瀬戸ふみよ、あんたはlayer1でこそ自分を開放するべきなんだ」
質問というよりは、思ったことを叫んでいるようであった。
「私は上司に従いますし、何の疑問も持っていません」
「あんたの上司は無能だな」
それを聞いたとき、ふみの体が固まり目が大きく開かれる。
「そんなことは絶対に無い。お前に何が分かる」
ふみの態度が急変した。その言葉遣いに、松桐坊主だけではなく、リサ、アダムまでもがふみの顔を見てしまった。
今までの無表情が鬼のような顔つきに変わっており、ふみは目の前にいる神を睨みつけていた。
「ハハ、いい顔だ」
だが松桐坊主は嬉しそうに見ていた。そしてしばらく無言で二人は睨み合っていた。
「えらい忠誠心だな。良かった、まだキバは抜かれていないようだ」
ふみからの返答はない。表情は相変わらずだった。
「悪かったよ、俺がまちがっていたのかもしれない。だが、そんなことはどうだっていい」
謝罪したものの、ふみの様子は変わることはなかった。
「瀬戸ふみよ、俺がお前の模範になってやる。だからお前は、しばらく俺を見ていろ」
そう言うと、松桐坊主は視線をふみからアダムの方に変えた。
「アダム、お前は今回、大分損な役割になってしまうが、許して欲しい」
「何を言ってるんだ?」
アダムが言い返す。
「いずれ、何らかの埋め合わせはするつもりだ。俺はそろそろ行く」
「待て、協力してくれるのではなかったのか?」
アダムが大声で言った。
「協力はしただろう。大天使がわざわzこんな所に来る理由は一つ、概念基盤から今回の事件の調査を依頼されたからとしか考えられない。本事件の犯人は分かったし、動機も伝えた。しかも犯人が天使である以上、そんな治安維持二人だけだと手に負えないから、出なおさざるを得ないはずだ。だからアダムの業務は一度切り上げて報告しなければならない。まだ足りない情報があるって言うなら答えるが」
「堕天使である以上、素直に帰すわけには行かない」
「それはそうかもしれない。あんたみたいな戦闘能力に特化した大天使と戦っても、俺が勝てる要素は無いのかもしれない。だが簡単に負けるつもりもない。天使と天使の戦いに、そこの二人の治安維持層まで巻き込むつもりか? しかもlayer2だぞここは。やめておけよ、わけあって俺はまだ捕まるわけには行かないんだ。これ以上、協力は出来ない」
アダムが睨みつけたまま沈黙をした。
「そう怖い顔をするな、アダムよ。またすぐに会うことになる。その時はよろしくな」
そう言って松桐坊主が後ろを向いた瞬間、消えていなくなった。
アダムはただそれを黙って見ていた。




