聞いてないの、伝わってないの
「こんな生活さ、続くのかな?……んー、本当は分かってるんだけどね。私も」
聞いてんのかな、正人は。
昨日はあのまんま寝ちゃって2人とも裸で、無防備に寝てる彼に話しかけるような内容じゃないなぁ。
「ふふっ。しょうがないんだ、だって正人がいなきゃやってけないもん。この関係が壊れたら私どうにかなっちゃうかも」
こっちを向いて私を信用しきった顔をしている彼の顔を人差し指でつつっとつついた。
「……んっ……」
彼が眉間に少し皺を寄せてそう唸る。
どうせ聞いてないんだろうなぁ、ううん、聞いて欲しくないよ。
こんな弱くて、あなたが思っているほど強くない私なんていらないでしょう?
この私の可愛い人を守ってあげたい、私とずっと一緒にいてほしい。
彼といると少し着飾ってることを、彼に私は自然体よ、ラフなのよっていうことを思わせたくて、どうしてもプレッシャーを感じてしまう。
なんでかな、学生の時は彼は私にとってのヒーローだった。
私ができないような青春を追うってことを彼はずっとやってて、それはまるでどうしても手の届かない希望、期待。
なのに、いつの間にか彼はどうしようもない人になってて。
私はそんな彼を守ってるどうしようもない女になってて。
私が変わったわけでも、彼が変わったわけでもないのに学生の時みたいながむしゃらがやっていけない年齢と社会環境になっちゃってた。
もしかしたら、昔の彼も私が今感じてるようなプレッシャーを感じてたのかな。
「永遠なんてないのにね、どうして諦めらんないのかなぁ。………行ってくるね」
彼の頬に軽くキスをする。
もう裸で部屋中を歩き回るのにも抵抗がなくなってきた。何かな、マンネリ化っていうのかな?これ。
私は裸のまんま、冷蔵庫の中に入れてた昨日の余り物で作った惣菜と一昨日買ってきた野菜ジュースを食卓において朝の芸能ニュースを見ながら10分くらいで食べ終わる。
髪の毛はいつものポニーテールで、寝癖のせいで少し跳ねてる毛先を申し訳程度に青色のシュシュでカバーする。
「……え。…ふふっ。ブラウスにアイロンとかかけてくれちゃって」
昨日、干したブラウスにアイロンをこっそりの夜中にかけてくれてる正人の姿を想像すると、きゅっと胸が締め付けられるような甘い疼きがやってくる。
しかも、寝ぼけ眼できっとあの全裸のまんまかけてくれてたのよね?
………そっか、夜中に一回起きちゃったんだね。寝顔見られちゃったかなぁ、私、自分の寝顔好きじゃないのよね。スッピンだもん、正人の前では可愛い私でいたいなぁ。
私は簡単に汗拭きシートで体を拭ってから、彼がアイロンをかけたブラウスをきて、いつものパンツスーツで私自身をコーティングする。
やっぱり、昨日のセックスのせいで少しはだるいし。私の奥には彼が私の体内に残していった違和感が少し残ってる。
それでも、いつもと変わらない朝の6時、いつもの時間、同じような服装、同じような化粧、同じような髪型、同じような気分。
全部全部変わらない、そう彼への気持ちも。
踵のヒールが少しだけすれた黒い皮の靴を履く。これももうそろそろで寿命かな、今週末新しい靴を買いに行くかなぁ。
「行ってきまーす」
コツコツと玄関の安いタイルで踵を何回か鳴らす。
「……んっ」
モゾモゾと彼は布団の中で動いてやっと一言そう言う。
起きてたのかぁ、何処からかな。
「起きてるなら早く着替えて、小説書きなよー?」
私のいつもの皮肉。頑張ってねっていう私なりの応援。
「……んっ、分かった…」
まだ眠りが醒めてない彼は上の空でそう返事をする。
「行ってらっしゃい」
彼の声がそう聞こえてきて、私は玄関を出る。
うん、いいんだ。私にはこれが合ってる、私はこの生活が嘘ばっかりでも見栄ばっかりでも。
「……んーっ」
俺は布団の中でひと伸びする。
「…全部聞こえてるし、伝わってるよ」
何年一緒に暮らしてくれてるんだよ、夏奈ちゃんは。
こんなロクでない男にさ、どんだけ尽くしてくれるの。何にも価値がないかもしれないのにさ、本当どうしようもない女だね。
そう思いながら、服を着て夏奈ちゃんが残した朝ごはんをぐーっとかきこんで、いつもの作業スペースの型がついたんじゃないかってくらい古い椅子に座り込んで、あの甘ったるい恋愛の続きを書く。
昨日のブラウスだって、思いつきでやったつもりだったけど、本当は俺の本心が夏奈ちゃんに申し訳なさを覚えてしまってて、ほんの罪滅ぼしだったのかも。分かんないけど。
きっと、今俺が書いてるこの小説は俺と夏奈ちゃんのことだ。
そうだよ、永遠なんてないんだ。
こんなダラダラした恋と愛の区別がつかないような俺と夏奈ちゃんの関係だって、続きが書かれるのは。それはきっと関係に変化が訪れるか別れるか。
変化ってのはきっと俺が一人前の小説家になってプロポーズでもする時。
いつか来んのかな、こんなヒモ生活抜けて俺が夏奈ちゃんを男らしく守ってあげられる日が。




