第九話 願いが叶った後で
リアルのGMに出会って、NPCからPCになったキャラクターがいる――ゲームの中を、そんな都市伝説が流れていた。
ヨーコにその話をすると、馬鹿馬鹿しい、そんなことはありえないわと鼻で笑われた。そもそもNPCへのゴーストの実装実験なんてものは存在しない。そんなことは倫理的に許されないと、ヨーコは憤った。俺もそれには同意しておいた。
本当のことを知っているのは、連続した記憶を持っているのは、きっと俺だけ。
あるいはその記憶でさえも、一炊の夢の如きVRMMOと同じように、誰かによって捏造されたものなのかもしれない。
ナナミはPCになった。いや、元からPCだった、と言ったほうが正しいか。
まるで以前からそうであったように、いつもどおりに、高レベルの戦乙女として活躍するナナミ。NPCだった頃とは違い、いまではPCナナミはたくさんのファンたちに囲まれている。ナナミはもう、レベル1の見習い職、いち観客に過ぎない俺には見向きもしないようだった。
それでもいい、と俺は思った。
俺が願ったのはそういう世界だ。ナナミが笑い、人生を楽しんでくれるなら、他に何も欲しいものはない。あったのは充足感だった。俺はやり遂げたんだ、という思いが、俺の人生を後押しする。俺は手元に残ったナナミの写真を見て、そっとVRMMOからログアウトした。
VRMMO施設で、俺は覚醒する。上半身を起こし、起き上がる。VRMMO施設から出て、帰宅するために学園の廊下を歩く俺。学園内を永遠に周回する「先生」と呼ばれるロボットとすれ違う。
「あー、そうだ。シュウイチ君。君を探している子が居たよ。名前は確か――」
先生の台詞が終わらないうちに、「待って!!」と俺を呼ぶ声がする。俺は振り返る。先生の向こうに、VRMMO施設から出てきたばかりのナナミが居た。
「そう、名前はナナミさんだ。なんでも、名前はよく覚えてないが、とてもかっこよくてこころやさしい通学者を探しているらしい。先生の推理では、該当するのは君だと思うんだが、どうかな?」
俺はナナミに言った。今度のデートは、どこがいい?って。
水族館。とナナミは答えた。ううん映画館でも美術館でもいいの。一緒に行こう、と。
「俺はシュウイチ。この学園の生徒の一人だ。よければ、君の彼氏に立候補してもいいかな?」
「シュウイチ君。シュウイチ君かあ! じゃあ私が投票してあげる。当選おめでとう!」
ナナミは俺の手を握った。その手は白く柔らかく、強く握れば壊れてしまいそう。全部ライトノベルにあったとおりだ。最後には愛が運命に勝利して、物語はハッピーエンドで終わる。
いや、終わるというのは違うかな。リアルでの俺たち二人の極めて非効率的な楽しみは、むしろこれから始まるのだから。
-完-