第8話 七日の賭け
ポストゥムスは、七日という数字を気に入ったわけではない。
むしろ短すぎると思った。
だが長い期限を与える意味もなかった。
異邦人を何週間も養い、最後に「できませんでした」では、軍団にも都市にも説明がつかない。
だから条件を明確にした。
「七日後、この倉庫と渡河点が襲撃に耐えられること」
セウェラと書記が、絵へ置き換える。
倉庫。
敵。
柵。
七つの刻み。
「敵を追えること」
騎兵の駒を門の外へ走らせる。
「軍団の工兵を使ってよい。都市の人夫も、既に契約された範囲なら使ってよい」
人の印を複数置く。
「勝手に畑を踏むな。木を切るな。荷車を奪うな」
地主を示す札と、硬貨の印。
「使った物と人は記録する」
蝋板を叩く。
テルマサは一つずつ見ていた。
理解できたところでは頷く。分からないところでは勝手に分かった顔をせず、若者や勘定役と相談する。
ポストゥムスはそこも評価した。
分からぬ命令を分かったふりをする将校ほど危険なものはない。
「ルキウス」
呼ばれた技師は嫌そうに前へ出た。
「お前が共同責任者だ」
「陛下」
「異邦人だけでやらせれば、成功しても何が使えるか分からん。失敗すれば、言葉のせいにする。お前を入れる」
「私が失敗の言い訳をなくす役ですか」
「成功した時に、奇術ではないと証明する役でもある」
ルキウスは黙った。
マルキアヌスが口を挟む。
「軍団兵を何人出すおつもりで」
「工事に必要な範囲」
「兵は土木奴隷ではありません」
「知っている。だから期限を切る」
皇帝と将校の間に、短い沈黙が落ちた。
ポストゥムスは軍の不満を軽んじてはいない。
軍団は皇帝を作る。
そして、皇帝を殺すこともある。
だからこそ、三百二十人の異邦人を私的な玩具のように抱え込むことはできない。
成果が要る。
費用が要る。
理由が要る。
ポストゥムスは最後の条件を示した。
成功したなら、当面の配給と継続雇用を検討する。
失敗したなら、集団の武装をさらに制限し、必要に応じて職種ごとに分ける。
その意味を伝えるのが最も難しかった。
セウェラは三百二十の印を一つの輪で囲み、次に輪をいくつかに割った。
テルマサの顔が変わった。
通じた。
彼は後ろの家臣たちを見た。
年寄り。
若者。
職人。
子を持つ者。
兵。
一つにまとまっているからこそ、今まで食を分け、負傷者を支え、命令を通してきた。
分割されれば、皇帝にとっては管理しやすい。
彼らにとっては、家中そのものがほどける。
テルマサは深く頭を下げなかった。
代わりに、胸の前で拳を握り、七を示した。
受ける、ということらしい。
ルキウスが何か言った。
セウェラが笑いをこらえる。
「何と言った」
ポストゥムスが訊く。
「『七日後に泣くのはどちらか見ものだ』と」
「どちらだと思う」
「両方では」
ポストゥムスは声を上げて笑った。
テルマサたちには理由が分からない。
それでも、皇帝が笑ったことで緊張が一瞬だけ緩む。
翌朝。
試験の初日。
現場の土に、宗右衛門とルキウスがそれぞれ線を引いた。
一本は曲がる。
一本はまっすぐ伸びる。
二人は互いの線を見て、同時に首を振った。
七日の賭けは、仲良く始まりはしなかった。
試験条件を聞いた夜、日本側では小さな揉め事が起きた。
「ローマ人を使えば、我らの腕を試すことにならぬ」
若い侍が言う。
宗右衛門は鼻で笑った。
「では、おぬし一人で堀を掘れ」
「そういう意味では」
「皇帝が見たいのは腕比べではない。七日後に砦が使えるかだ」
輝政も同じ考えだった。
日本人だけで成功すれば、読み物としては分かりやすい。だが現実には、三百二十人のうち全員を工事へ出せるわけではない。負傷者がいる。炊事がいる。警戒がいる。火薬の番もいる。
さらに、ここはローマの土地だ。
道も木も人夫も、勝手には使えない。
「借りることを恥じるな」
輝政は言った。
「借りたものを無駄にすることを恥じよ」
翌朝、宗右衛門は日本側の職人を二百余りに絞り、残りを炊事、警戒、輸送、負傷者対応へ回した。ローマ側にも同じように班が組まれる。
ルキウスは自分の部下を連れてきた。
二人は最初の杭をどちらが打つかで、また揉めた。
最後には輝政が杭を一本地面へ置き、自分は手を出さずに言った。
「どちらでもよい。日が沈む」
試験初日の朝、最初に失ったのは面子だった。




