牧之条明日香 10
パパが驚いて言った。
「あの安達君という子はわかっていたけど、彼から聞かなかったのか」
首を振ると、パパが説明してくれた。
「平安時代に作られた『口遊』(くちずさみ)という教科書に、当時の建物を背の高い順に並べた歌があるんだ。『雲太、和二、京三』(うんた、わに、きょうさん)というんだけどね。順番に出雲大社、東大寺大仏殿、京都御所大極殿を示す。高校の修学旅行で出雲大社に行った時に、そのことをお母さんにも教えたんだ。さっき明日香が根津高校に行ってあの写真が撮られたのが一九九二年の文化祭の時だって突き止めた、って言っていただろう」
私は頷いた。
「1992年が一番、それから翌年は番号が変わって二、そして三まで行くと次はまた一に戻る。そうやって毎年番号が変わっていく。1992年が一だと、今年2021年は三になるんだ。だからこの口遊の三番目が、今年会う場所だったんだよ」
「決行日が二回あったのはどうして?」
「二回?」
「そう、黒板に描いてあった日付は10月17日だった。でも昨日は11月21日。それなのにきちんとパパに会えた。どうして?」
それは、と言ってパパが少し笑った。
「旧暦と新暦の違いだね。旧暦の10月17日は、今年は11月21 日なんだ。たまたまどちらも日曜日でよかったね」
柳沢君が、「今年だけなんだ、こんな偶然は」と言った時に何のことかと思ったが、こういうことだったのか。そこまで気づいていたなんて、あの二人はすごいな。
「『せ』は?」
「せ?」
「写真の背景の黒板に『せ』という文字が書いてあったの。それに意味があるのかないのか、ちょっと議論になったんだけれど」
「いや、そんなことは書いてなかったと思うけど。何の意味もないよ、どんな感じの字なんだい」
私は探そうとして、写真の切れ端は柳沢君に渡してしまったことを思い出した。
「パパは残りの部分を持っていないの?」
私が聞くと、パパが大事そうに手帳に挟んだ写真を見せてくれた。
右の端が切られた写真。
それはやはり文化祭の一場面だった。
背景の黒板はイラストで埋め尽くされていて、「漫画研究部発表会」と一番上に書いてあった。一人の女生徒が黒板のイラストを紹介するように両手を差し出していて、その前で何人かの高校生が体を寄せ合って笑っていた。その中にパパとママも写っていた。とても素敵な笑顔だった。
黒板のイラストのテーマはオリンピックのようで、五輪マークや様々な競技のイラストが描かれていた。水しぶきを上げて泳ぐ女の子を正面から捉えたイラストに「今まで生きてきた中で一番幸」という文字がかぶっていた。
「かっとばせ!」でも「走り出せ!」でもなかったな。
この女の子は誰だろう、オリンピックに出るにしては幼すぎる顔に思えるけれど、イラストだからだろうか。それとも本当に幼いのだろうか。柳沢君や安達君なら分かるのかしら。
明日会ったら教えてもらおう。
了




