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  作者: ゆくえ知らず
早川久美子

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早川久美子 1

「私、カゴの鳥なの」

 私にとって高嶺の花だった都立巣鴨北高校になんとか合格して、これから始まる高校生活への期待に胸を膨らませて臨んだ入学式で、私は美少女に出会った。

 その子の名前が牧之条明日香で、しかも同じクラスだと知った私は、期待に胸を膨らませた勢いそのままに、「早川久美子です」と自己紹介してから、「一緒に野球部のマネージャーをやりませんか」と声をかけた。

 入学式の高揚感が残る教室で、その熱を避けるように誰とも話さずに目を伏せて静かに座っていた牧之条明日香は、私の言葉に顔を上げて、それからたっぷりと時間をかけて私を観察した。私の背がかなり高いので驚いたのかもしれないけれど、まるで時間が止まったかのように、彼女は私から目をそらさなかった。

 そしてやがて小さく微笑み、それからまた目を伏せて首を振り、彼女はぽつりとこの言葉を発した。

 それは「だから、私はあなたのお誘いにのれません」という意味に取れたけれど、言葉の真意がわからなかったし、私はそれきりで会話を終わらせたくなかった。だから「ごめん、どういう意味なの?」と、問いかけた。

 牧之条明日香は、問いかけに驚いたようにまた顔を上げ、「あ」と言った。まるで私がそこにいることにたった今、気がついたかのように。

「牧之条さん、ごめん。カゴの鳥って言ったような気がしたから、どんな意味かな、と思って」

 私は、印象を悪くしないように丁寧に繰り返した。

 牧之条明日香は、頬を赤らめ、「ごめんなさい、個人的なことです」と小さな声で答え、それから「明日香です、牧之条明日香。よろしく、早川さん」と言って頭を下げた。とても綺麗なお辞儀だった。

「よろしく、明日香さん。久美子と呼んでね」

 そう言って私が差し出した手を、明日香は「明日香と呼んでください」と言いながらおずおずと握った。細くて白くて、冷たい手だった。

 

 案の定と言うべきか、私はクラス委員に選ばれてしまった。中学の時もそうだったが、背が高いというだけでリーダーシップがあると思わないでほしい。私は人の手助けは好きだけれど注目を浴びるのは好きでないし、先頭に立って引っ張るタイプでもない。それでも頼まれるとなかなかきっぱりと断ることができない性格が災いして、こんな風に担ぎ出されてしまう。


 明日香も同じだった。

 自分を「カゴの鳥」と評した明日香だったが、その見た目と立ち居振る舞いゆえにクラスの女子から注目され、もてはやされていたが、それは居心地の良いものではないようだった。

 私は野球部のマネージャーとなり忙しい日々を送ることとなったが、部活がない時は明日香と一緒に帰り、ファミレスや喫茶店で過ごした。お茶を飲んだり、ケーキを食べたりしながら、少しずつお互いのことを話した。

 話をするのはほとんど私で、三人いる妹の世話の大変なことや、幼馴染で勉強を教えてくれる豪毅のことも、明日香には話した。豪毅には高校受験の時に本当にお世話になって、今でも時折勉強を教えてもらっている。

「安達豪毅くんのこと? 彼、美男子よね、他の女の子が結構騒いでいるわ」と明日香は言った。

 明日香も豪毅が気になるのだろうか。明日香と豪毅なら同じくらいの背丈だし、どちらも色白で美男美女だからお似合いだなあ、といやなことも想像してしまう。

 明日香は、私の心配を悟ったのか、「ないわ、安心して」と言い、「高校生になっても幼馴染が同じクラスなんて、素敵ね」と笑った。私は、さすがに個人的なことを話しすぎてしまったかとその時は思ったけれど、私と明日香の間で交わした会話が他に漏れることは決してなかった。

 明日香も、少しずつではあるけれど自分の境遇を語ってくれた。明日香は一人っ子で、家は香道を継承する家系とのことだった。一家は、家元であるおばあさんやおじさんと一緒の家で暮らしているそうで、お父さんは中学一年生の時に家を出てしまったという。一人っ子の明日香とご両親が、複雑な関係の家で肩を寄せ合うように暮らしてきたのに、お父さんが出て行ってしまってからは、一層息苦しくなってしまったと、明日香は暗い顔をした。

「大事にされているといえば大事にされているんだけれど、カゴの中の鳥なの」

 明日香はパフェの器にスプーンを慎重に差し入れながらそうつぶやき、私をちらりと見ると続けた。

「久美子は、まっすぐでしゃんとしていて凄いわ。太陽の下で咲き誇るひまわりみたい。自信に満ちていて強くて、美しいわ」

 明日香の言葉に恥ずかしくなって、首を振った。

「ううん。私はみんなに助けられているだけ、自信なんてない。明日香こそ、あんなにひっきりなしに皆に話しかけられているのに嫌な顔もせずに、凄い」

 明日香が驚いた顔をして、それから少し考え込んでから私を見た。

「私たち、見かけでだいぶ損をしている、という意味で似たもの同士なのね」

「意味合いがだいぶ違うけど」

 私はそう切り返した。見た目、の意味が私と明日香ではずいぶん違う、一つにまとめられるのは明日香に申し訳なかった。それでも明日香の言うことには一定の真実があるなあ、と感じた。見ると、明日香がクスクスと笑いだしていた。私も笑った。

 

 夏休みがすぐそこまで迫っていた。

 夏休みが終われば慌ただしく実力テストが実施され、結果に一喜一憂する間もなく、その翌週には文化祭が控えている。それが巣鴨北高校の年中行事だった。

 文化祭の準備は夏休み前から始まっており、ロングホームルームでの集中討議での結果、私たちのクラスのだしものは「男女混合メイドカフェ」に決まった。調理その他を担当するスタッフと、カフェで接客をするキャストに役割を分担し、キャストになった男子は女装してメイド役に、キャストの女子は男装して執事役となることとなった。

 そして「見た目で損をしている」目立ちたくない私と明日香は、恐れていた通りキャストに推薦されてしまった。

 文化祭実行委員からも、「クラス委員なんだし」「背が高いから映える」「クラスのポイントに絶対貢献できる」などといろいろと理由を挙げて説得されたけれど、こればかりはどうしても受けられなかった。なんとか断って調理担当に回してもらったけど、クラスの中に元々女子が少ないので、皆をずいぶん落胆させてしまった。

 ところが、引っ込み思案でこれまでどんな場にも出てこようとしなかった明日香が、キャストに推薦されると少し考え込んだのちに「やります」と受け入れた。司会をしていた文化祭実行委員が安堵の表情を浮かべて、クラスの女子が沸き立った。

 ロングホームルームの後、部活に向かう前に明日香に声をかけた。「どういう心境の変化なの」

 そう問いかけた私に、明日香は小さく笑いながら、秘密を打ち明けるように「ちょっと色々変えてみるのもいいかなと思って」と答えた。いつもの伏し目がちの表情ではなくて、私と目を合わせて笑った。

 「カゴの鳥」は自分の居場所をカゴの外に探そうとしているのかもしれない、明日香の表情を見てそう思った。明日香の細い背中に美しい小さな羽が生え始めているようにも見えた。ゆっくりとだけれど明日香は前に進んでいるんだな、それが自分のことのように嬉しかった。




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