15話
「私、騎士になりたい」
夜、就寝前の時間。リリィから相談があると呼ばれた私とエクトルは、リビングのテーブルで彼女と向かい合った。そして告げられたその告白に私は「やはり」という感想を抱く。
エクトルから護身術を習い、木剣での稽古をつけてもらっている彼女は、素人の私から見ても良い動きをしており、何より本人がやりがいと楽しさを感じていることは、頭上の感情線から見てとれたからだ。
「お父さんは反対だな」
「ちなみにエクトルさん、反対の理由は?」
「騎士は男がほとんどで、いろんな意味で危ない仕事だからです……!」
娘の夢を真っ先に否定したエクトルに理由を尋ねてみると、彼は苦渋と言わんばかりの顔と色で拳を握りしめていた。
(それにしてもエクトルさんは感情が表情と行動に出るようになったな……)
家族だけの場だからということもあるだろうけれど、数年前なら絶対に見せなかっただろう表情に逆に感心してしまう。辛いことばかりで感情も表情も隠す癖があった彼がここまで気持ちを露わにするのが、私は結構嬉しい。
「同僚の女性騎士を、シャワーに誘うなんて最低なことをしたやつもいるらしいし」
(これは……覚えのある話だ……)
今でもエクトルの交代要員として護衛についてくれることがあるユナンが、現在は妻であるグレイという女性騎士を同性だと勘違いして、訓練後のシャワーに誘ってしまい、気まずくなっていた。……という、今では笑い話となっている事件が、どうやら問題の事案としてエクトルには伝わっているらしい。
「相手は笑顔でも何を考えてるかなんて、分からないからね」
「私には分かるけど……」
「まあ、そうですね。リリィは信用できる人間とそうでない人間を見間違えることはないでしょうから」
他人の感情を色として見ることができる私の能力を受け継いだリリィなら、警戒するべき人間と信頼できる人間を見分けることができ、騎士にも向いてはいるだろう。
ただ、危険があるというエクトルの心配も間違いではない。……私たちは、おそらくこの世に残った最後の魔法使いだから。
「リリィ、私たち家族には大きな秘密があります。騎士は危険な仕事ですし、人の危険を目の当たりにすることも多いでしょう。……自分だけが命を救えるという場面になることも、考えられます」
「……うん」
治癒魔法があれば、即死でない限りは命を救える。ただし魔法使いであることが露見すれば、本人――そして家族を巻き込むことになるだろう。
私とエクトルがシュトウムの泉で魔獣の襲撃に遭い、彼が死にかけた時とは状況が違う。私には血縁の家族なんていなかったし、もしエクトルから秘密が漏れたとしても私一人の責任で済んだ。
今は私やリリィの魔法が露見すると、家族もろとも危険な目に遭う可能性が高いのだ。もし、今、目の前で誰かが死にかけていたら、私はどういう選択をするのか。……考えても答えが出ない。
(リリィにこの、重たい選択をさせることになる。……できる限り、そんな状況は避けさせたい親心もあるし……けれど、やりたいこともさせてあげたい)
親になると悩みは尽きない。魔法使いが家族を持つこと。その責任は親にも子にものしかかってしまうのだ、と最近よく考える。……私だけが背負えるなら、いくらでも背負うのだけれど。
「よく考えて、道を決めてください。……私はリリィが考えた末に決めたことなら、応援しますよ」
「お母さん……」
「それに……今、私たちはカイオス陛下の庇護下にあります。今であれば……私が一人で薬屋をしていた時よりは、安全かもしれません」
私たちの魔法は、攻撃的で危険な魔法ではなく、治癒能力だ。危険人物として処分されるよりも、手の内に入れて利用したい能力といえる。
最高権力者に守られている今ならば、選べる道は多い。カイオスという人の下であれば、魔法使いも生きやすいというのは、現在の私たちの状況が示しているから。
「何があっても家族は俺が守るよ」
「……ならば心配はありませんね。心からリリィの夢を応援できます」
「うん。……お父さんもお母さんもありがとう」
「うッ……でも男からは遠ざけたい……!! こんなに可愛いリリィを騎士の職場に放り込むなんて、狼の群れに羊を投げ込むような愚行だよ……!」
顔を覆って机に突っ伏すように嘆くエクトルの、長い長い心配の藍色は、目の前のリリィを一刀両断する勢いだった。感情線は物理的な干渉をするものではないが、避けるまではしなかったものの、リリィを驚かせるのは充分で、薄黄色の線が一瞬で天井に向かって伸びていく。
「……じゃあ、お父さん。私が他の誰にも負けないように、強くしてくれる? 私、お父さんみたいにかっこいい騎士になりたいから、頑張りたい」
「……リリィ……」
(……あ、落ちた)
喜びに打ち震えるエクトルの感情の色は、リリィの夢を肯定したことを示しているはずだ。おそらくそれはリリィにも伝わっているのだろう、彼女は私を見て小さくうなずいた。……これ以上何も言うまい。
(……リリィは誰か、守りたい人がいるのかも)
私もたった今気付いたくらいの、短い半透明の恋の色。それについても口に出す必要はないだろう。親は子を見守るもの。私はただ、微笑んでこの成長を見守り、いざという時は命を懸けて守るために動く。……きっとそれでいいのだ。
女性騎士、いいですよね。カッコイイ。
そして翌日、同じ話を聞いたライルが「姉さんを男だらけの騎士職につかせるなんて危ない…!」という反応をした気がします。
忙しくて全然更新できませんでしたが、単行本発売記念はさすがに更新したい…!
という訳で本日コミックス六巻が発売です。めちゃめちゃかっこいい表紙なので、是非見てみてくださいね…!




