13話
息子のライルは非常に愛らしい顔立ちをしており、五歳となってもその愛らしさは磨きがかかるばかり。服も中性的なデザインを好む――というより、姉のリリィとお揃いにしたがる傾向にあるせいで、二人が姉妹に見えてしまうところがあった。
(お義母さまのデザインが可愛いのもあるけど……)
リリィは十一歳、ライルが五歳。六歳差の姉弟に合わせて作られたデザインは、絶妙に中性的で時に少女らしく、時に少年らしく見えるのだ。……そのうえ、最近のライルは自分のかわいらしさを理解している節があるように思う。
「姉さん、ぼく、これ読み終わりました」
「ライルは勉強ができてえらいね」
「へへ……」
弟の面倒をよく見る姉だったからか、ライルはリリィによく懐いており、姉に褒められたくて勉強を頑張っていた。その成果を上目遣いで姉に訴え、褒められて嬉しそうにはにかんでいる。
彼の勉強はリリィが子供の頃によく見ていた植物図鑑に始まって、今は薬草畑や調合のお手伝いも積極的にやろうとしてくれる。文字を教えたらすぐに覚えて自分で読み書きするようになり、分からない時は私に質問をしてくる。その質問が結構鋭いものであったりして、柔軟な子供の発想に驚かされることもしばしばだ。
ライルは体を動かすのはあまり得意ではないようだが、とても頭がいい。将来は立派な薬師になるかもしれない。
「お父さん、今日の稽古はまだしない?」
「うん、じゃあそろそろ準備運動から始めようか」
一方のリリィだが、この頃はエクトルに護身術を習うようになっていた。私が商人に攫われたり、この薬師塔で襲われたりといった経験を話したからだろう。己の身を守る術が欲しい、と考えたようだ。
(ライルが剣に興味がなくてエクトルさんは寂しそうだったから、それも理由の一つかもしれない)
私と同じものが見えるリリィだからこそ父親を気遣った部分もあるのかもしれないが、リリィは案外体を動かすのも性に合っているようだった。エクトルによると女騎士になれるだけの才能はあるという。
子供たちが興味を持ったもの、得意なことを伸ばす。それを我が家の教育方針としているため、二人が望むことを教えている。
エクトルとリリィが体をほぐす準備運動を始めると、そこにライルも加わった。体を動かすのは不得意なライルだが、準備運動だけは必ず姉と一緒にやりたがる。
私はといえば、彼らが運動を終えたあとに水分が補給できるよう、はちみつとレモンのジュースの用意をすることにした。
そして準備運動を終えただけで疲れて戻ってきたライルにそのジュースを渡し、父娘の稽古を二人で見学する。
「母さん、ぼくは……姉さんや父さんみたいには、できないです。なんでも手伝ってもらって、助けてもらって……」
「ライルはまだ成長途中ですし、あんなに体を動かせなくても当然ですよ。……それに、人によって得意なものは違います」
子供だから体が出来上がっておらず体力がない、ということを除いても、ライルは運動が得意ではない。リリィやアルデルデ家の子供たちの成長を見てきたから分かるのだが、走るのが苦手で、バランス感覚や反射神経なども優れてはいない。
その代わりとても物覚えが良く、知識欲も旺盛で努力家だ。五歳で易しい薬草の入門書くらいならおおよそ理解できるのだから、神童と呼ばれてもおかしくないと思う。
「人は皆、得意なことが違うから一緒に生きていくんですよ。お互いの苦手を補ったり、得意なことで助けたりして……ライルの才能も人を助ける大きな力になります」
「でも、勉強だってぼくより姉さんの方がたくさんできますよ」
「それは経験の時間が違うからですよ、ライル。姉さんは六歳年上なんですからね。……ライルならその経験や知識をいつか上回れるかもしれないですよ。そうしてそれはいつか、姉さんを助ける力になるでしょう」
五歳と十一歳では経験値が違う。しかしリリィが五歳の頃よりも、今のライルの知識量は多いのだ。成長すれば、きっと豊富な知識と鋭い発想で、誰かを助けられるようになる。まだこの子に治癒魔法については話していないが、そろそろ伝えても大丈夫だろう。……それくらい、ライルは聡い子供だ。
「でも母さん、ぼくは姉さんだけじゃなくて、母さんも父さんも助けられるようになりたいです。……できますか?」
「……ふふ……ライルならきっとできますね」
優しくて聡明な息子の額に口づけを落として褒めていると、視線を感じた。そちらに顔を向けると、エクトルがじっとこちらを見ている。
その頭上にある色が、喜びや好意と共に嫉妬の色も伸び縮みしていて「微笑ましいと同時にちょっとうらやましい」というようなことを思っているらしいことが見て取れた。……子供にまで嫉妬するのだから、全く仕方がない。
「エクトルさんはあとでしてあげますから」
「ん゛ッ……いえ、あの、はい。ごめんなさい」
「お父さん、ちょっとしゃがんで。代わりに私がしてあげるから」
「あ! 父さんだけじゃなくて僕にもしてください!」
姉の元へ駆けだしていくライルの頭上にも嫉妬の浅黄色が見えたため、私は笑いを零した。この子の感情の動きはエクトルによく似ていると思うことが多々ある。
(エクトルさんは……感情や表情を隠す癖がついていなければ、ライルのような性格だったのかもしれないなぁ)
努力家で、愛情深くて、妬きやすい。そんな可愛い夫と息子が娘を取り合い始めたので、私も仲裁するべくその輪に加わることにした。
「さて、私は誰にキスしましょうか?」
次のシルルのキスは誰がもらいましたかね。
という訳で本日はコミカライズ更新日です。
よろしくお願いいたします!