You have been warned.2
「実際の私は、セラみたいにちっちゃくて可愛らしくないし」
私が苦笑しながら言うと、桐生さんも私と似たような苦笑を浮かべる。
「大部分の人間は二次元のキャラと比較できるような外見じゃないと思うぞ。
……実際の俺も、こんなド派手なまつ毛をもったクジャクみたいな見た目じゃないからな」
「クジャクて。虹夢ファンの私に向かってそこまで言うとは怖いもの知らずですね……。
私は桐生さん推しじゃないから大丈夫だけど、
本物の桐生総一郎ファンの前でそんなこと言ったら殺されかねないですよ?」
「ああ、知っている。
彼女らは虹夢ファンの中でも一番多数派な上に、過激な子も多いからな」
「……」
「……」
「……ん?」
と、私が首をかしげたのと、
桐生さんがサッと私から目をそらし、
真顔のまま自分の口を手で押さえたのはほぼ同時のことだった。
その姿を見て、私はますます首をかしげる。
「桐生さん……『虹夢高校☆ファンタジア』は、
海浜幕張のゲームイベントでみただけなんですよね?」
「……」
「桐生さん?」
「……。……」
「……あ。そういえば前に対談記事で読んだことがあったな……虹夢学園を開発した会社って、たしか」
「あーっとセラっっ!!!!
……大事なことを言い忘れていた! 一つだけ言わせてくれ」
言うなり、桐生さんは厳しい顔になり、
私の両頬を掴んだかと思うと、
ぐいっと顔を近づけてきた。
「さっきモツぬきをした君を見て思ったことなんだがな、
もう絶対に、あんな死に急ぐような真似をするんじゃない!」
「死に急ぐような真似……?
私はゾンビゲー廃人ですよ。
ゾンビゲー廃人はゾンビのモツを抜いたくらいじゃ死にません。
そんなことより、あの、顔が近」
「ゾンビのモツを抜いたくらいだと?
この世界はゲームのようには見えるが、
ゲームとまったく同じというわけじゃないんだぞ!」
桐生さんの目は真剣だった。
「正直さっきの君のあの行動は、自分から命を投げ出すような暴挙にしか見えなかった。
……この世界はゲームじゃない。
君の命は、残機は、一機だけだと考えるんだ」
「そうですね……ごめんなさい」
「分かってくれたらいいんだ。死ねばどうなるか分からん世界で、ホイホイ危ないことをするんじゃない」
そんな話をしながら歩いている間に、次の敵がやって来た。
「……あ。感染バチが来ましたね。やっちゃいましょう」
「妙にデカい蜂の群れだな」
「デカいですよねえ、燃えますよねえ。
ゲームで見た敵が生で見られるなんて感激です。
これからはああいう敵がどんどん出てきますよ。
『動的に強くなっていく敵』を倒していく楽しさが、このゲームの売りなんです……って、うわあっ!?」
私は思わず声を上げた。
桐生さんがさっと走っていったかと思うと、
その場にいた蜂をあっという間にすべて叩き落してしまったからだ。
「桐生さん……強いんですね……」
「運動は出来る方だった」
バールで肩を叩きながら、桐生さんが戻ってくる。
運動が出来る方だった……で、済むレベルではないと思うが……。
思わず感嘆の息を吐きながらも、私はマシンガンを構えなおした。
しかし、加勢しようとした私を制止したのは当の桐生さんだ。
「その前に、ちょっと待ってくれセラ。
今の君の話を聞いて気になったんだが、『動的に強くなっていく敵』……っていうのはどういうことだ?
俺は君と会うまでは普通のゾンビにしか遭遇していなかったんだが……」
「え? ああ、それは桐生さんがゾンビをほとんど、
というか全く殺していなかったせいです。
このゲーム、ゾンビを殺せば殺すほど強い敵が『ザコ』として現れて、
それを倒していく快感を味わうことが出来る仕様なんですよ」
「……ジーティー☆ーみたいだな」
「楽しいですよー。
強大な敵を倒していけばいくほどより強い敵がザコとして登場して、
難易度は跳ね上がり、そういえば今思い出したんですけど、
そういうことをしていると最終的にはセーフハウスも全く安全じゃなくなってしまったりして」
「ちょっ、ちょっ、待ってくれ!
それはかなりヤバい設定じゃないか!?
今敵を倒しすぎちゃマズいってことだろう!!」
「……」
「……。……」
「……。……あ。ああーっ!!」
「今気づいたんだな?」
「今気づきました……すみません。
意識をまたもやゲーム脳に乗っ取られていたようです……」
よく考えたらちょっとマズいことをしてしまっていた。
条件反射でいつものプレイをしてしまっていたのだ。
倒せば倒すほど強い敵が出て来るのだから、
今は何も考えずに敵を倒し続けるわけにはいかないのに……。
「これからはよく考えて敵を倒さなきゃ……でも、困ったなぁ。
ゾンビを倒さなさ過ぎてもレベルが上がらなくて、
たまに運悪く強敵が出たときにかなり苦労するんですよ」
「悩ましいところだな……俺も積極的に敵を倒すようにするから、
君はマシンガンで敵を倒しすぎないようにした方がいい。
レベルが上がりすぎてしまう」
そんなことを話し合いながらも、私と桐生さんはずんずん歩き、
桐生さんは鮮やかなバールさばきで『やや強い』部類に分類される感染バチ達を打ち殺していく。
周囲に集まってきた敵を見回しながら、私はため息をついた。
「……この調子だと、どのみちレベルがあがりすぎてしまいそうですね」
「そうだな。これ以上敵が増えると、無限マシンガンがあっても厳しそうだな」
暴化ゾンビの脳天にバールを振り下ろしながら、桐生さんがため息を吐く。
そして私を振り返り、
「セラ。とどのつまり俺たちは、
これから『スマホ』と『バイタルウォッチ』を回収しにいかねばならないんだよな?
そしてこのペースで敵を殺しまくっていると、
この後に作戦会議をしに行く予定だったセーフハウスは安全ではなく、
落ち着いてものを考えられる場所ではなくなっている可能性がある……そういうことだな?」
「……そういうことですね。すみません」
私はしゅんと肩を落として謝った。
「このゲームのことは任せてくれ」と言ったのにこの体たらくだ……本当に情けない。
だが、桐生さんは「そんなに落ち込むな」と、
バールを持っていない方の手で私の肩を叩いてくれる。
「問題が悪化する前に気づくことが出来たんだから十分だ。
それに、まだ状況はそんなに絶望的でもない」
「……え?」
「俺一人では迷子になったまま的に数で押されて死んでいただろうが、
君のおかげでゲームの仕様が細かく把握できるからな。
……このゲームが始まる場所、って、今からでも行けるか?」
「え? ちょっとてこずるかもしれませんが、多分行けます」
「それじゃあ、バイタルウォッチとスマホ、
大事な二つのアイテムを回収したら、そこまで案内してくれないか」
「一体なにをするつもりなんです?」
顔を上げて問いかける私に、桐生さんはニッと笑みを浮かべて見せる。
「――このゲームの『枠』から出るんだ」
【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】
■ 桐生さん
慎重な性格の腕力バカ。絶望的な状況の中でかなり追いつめられていたのだが、ゾンビゲーオタクが大喜びでゾンビを殺しまくっている姿を見たので今は落ち着きを取り戻している。
アバターだけでなく中の人もそれなりに整っているため、女性からアプローチを受けることも多いが、なぜか極度に奥手である。奥手というより、恋愛に対して心を閉ざしている節がある。