You have been warned.
やっていこうと決めたからにはやっていくしかない。
日本の夜景を日々うみだしている限界社畜としては当然の心がけだ。
そんなわけで私たちは雑談もそこそこに切り上げて、
すぐに今後の方針を固める実務的な話に入った。
「全てのアイテムを回収したら、
このステージ『繁華街』を出て、
次のステージ『住宅街』にあるセーフハウスへと急ぎましょう」
周囲を見回しながら私が言う。
「セーフハウスは……少なくとも普通のステージよりは安全です」
「……『普通のステージよりは』? もってまわったような言い方だな。
セーフハウスも完全に安全ではないということか?」
桐生さんが鋭い目になり、私は肩をすくめるしかない。
「残念ですがその通りです。
このゲーム、時間がたてばたつほどゾンビが増殖して、
安全な場所も減って、ゲームクリアが困難になっていくんです。
セーフハウスも、最初の数日は安全なんですけど……」
「いずれゾンビに侵食されるか」
「はい」
と、私は頷いた。
「数日たつと、ランダムでゾンビによる不定期な襲撃が始まります。
さらに七日経つと、倒しきれないほどのゾンビが湧いてくるムービーシーンが始まって、強制的にゲームオーバーになってしまうんです。
撃退すればまた少しの間は安全になるかもしれません。
でも……多分無限に敵が沸いてきて撃退は無理でしょうね。
ゲームオーバー時のゾンビの襲撃はなんとかなるとは考えない方がいいです」
そんな会話をしているうちに、大窓の場所まで戻ってきた。
既にゾンビが二、三体集まってきていたので、
無限マシンガンの餌食にする。
「わはははは、死人は死ねえええ!」
「……その、聞きにくいことを聞くんだが、君はアレか?
快楽殺人的なものに興味があるアレか?」
「失礼な。そんな欲求はありませんよ。
日常生活でたまりたまった鬱憤を、
ゾンビにぶつけるのが好きなだけです。……あはっ、あははははっ!」
「こんなにいい笑顔でゾンビを殺す人間がいるとはなあ。
年下の女の子を保護することになった手前、
ここは年長者の俺が君を守らなければならない場面かと思っていたんだが……」
桐生さんがバールをブラブラさせながら、
手持ち無沙汰な様子でそういった。
「全くその必要はなさそうだな。
まさかこのレベルのゾンビゲー廃人と道中をご一緒できるとは思っていなかった」
「褒めてくれてるんですか? ありがとうございます」
「褒めてない、褒めてないぞ。と、いうかだな……」
と、桐生さんは微妙そうな顔をして首をふる。
そして少し言いづらそうに、
「……ゾンビゲーをやり込む人間なんて男ばかりだと思っていた。
なんでそうなっちゃったんだ?」
と、バールを持っていない方の手でほほをかきながら首をかしげる。
普通なら「女はゾンビゲーなんてやらないなんて偏見で相手を見るなんて失礼だ!」と怒るべき場面だったのかもしれない。
だけど、桐生さんは私が落ち込むたびになんとか元気付けようとしてくれる優しい人で、悪気なく思ったことを言ってしまう人だということは今までの会話から分かっていたので、私は苦笑しながら事情を説明した。
「……私、中高時代に祖父母の介護があって、あんまり家から出られなかったんです」
「へえ」
「ストレスは溜まる一方だけど、家の中で出来る遊びって言ったらゲームくらいでした。
それで『なにも考えずに暴れられそう』って理由で買ったのがデッドマンズコンフリクト2だったんです」
「なるほど。……デドコンは結構難易度が高いシリーズだと聞いているが、
よく途中で投げ出さなかったな」
「最初は投げ出したかったですよー。
難易度が高いなんて知らなかったし、
でも買ったのはデドコンだけだし、
売るためだけに遠出するのも面倒だと思って、
最初はムキになってやっていました。
で、やり込むうちに失敗は少なくなったし、
大事なときにはよく考えるクセもついたし、
ヒロインのセラにも感情移入して泣いちゃったし、
街も人もめちゃくちゃになる酷い話なのに、なんだか解放感もあったしで……いつのまにかゾンビゲーっていうジャンルそのものに夢中になっていました。
夢中になって調べ物をして、色んなゾンビゲーを網羅した攻略ブログを作ったりもしたんです」
「なるほど、そりゃ本物のドハマり状態だな」
桐生さんがふっとやわらかい笑みを見せる。
「寝食を忘れて趣味の作業に打ち込んだ経験なら、俺にもある。
……ああいう時間は、気持ちの救いになるよな」
「でしょでしょ?
やっていることは勉強みたいなものなのに、すごく楽しかったです。
そんな感じで楽しくお勉強したゾンビゲーのことなら、
私とっても自信があります。
だから、桐生さんは大船に乗った気持ちでいてくださいね。
大丈夫だいじょーぶ!
ちょっと怖いこともあるかもしれないけど、最後はきっとなんとかなりますよ!」
「……その能天気さも逆に心強いよ。
君に会うまでは、あまりに八方ふさがりで、絶望的な出来事が起こりすぎていた」
桐生さんが私につられた風に苦笑する。そしてフッとその表情をくもらせながら、
「……にしても、ゲームで出来ていたからといって現実でも銃器を扱える……というのは変な話だな」
「そうですか?」
「そうだろう。
銃器なんて、素人には使いこなせない武器ナンバーワンじゃないのか?
銃を撃った衝撃で人間が吹っ飛んでいる動画が、よくネットに上がっているだろう」
「……そう言われてみればそうですね。私、どうして使えるんだろう?」
そんな話をしてるうちにも、路地裏にゾンビは次々と湧いてきた。
舞い散る血しぶき。踊る肉片。やっぱりゾンビゲーは楽しい。
日本人はもっとゾンビを殺すべきだ。
ストレス解消になって、国民全体のQOLが爆上がりするに違いない。
「わはははは、死ね! みんな死ねー!!」
「……最初はとんでもない猛獣を拾ってしまったかと思っていたんだが、正直本当に心強いよ」
桐生さんが感嘆のため息をつく。
「俺もゲームはやる方だったんだが、ゾンビゲーは専門外でな。
俺一人ではこのゲームをどう進めたらいいのか、サッパリわからなかったんだ。
ここまでややこしい地形だとは……俺一人だと多分死んでいたな、これは」
「ふふっ、このゲームのことならドンと任せてください。
ゾンビは殺してこんな所もサクサクっとクリアして、
可能な限り早くこの世界から脱出しましょう!」
「……完全に同感だ。俺はさっさと帰って仕事を終わらせて、
久しぶりに家に帰ってちゃんと寝たいよ」
桐生さんのため息混じりの言葉に、私は苦笑しながら同意するしかない。
「寝たいですねえ……そういえば、桐生さんはどこに住んでいるんですか?
日本語を喋ってるってことは、日本在住ですよね?」
「ぐいぐい聞くなあ。
……いや、さっき俺も興味本位で出過ぎたことを聞いたし、お互い様か。
日本だよ。東S宿に住んでいる」
「へっ!? すごいですね!
格安の看護師寮でもないのにS宿に住めるなんて……社会人ってすごいです」
「そんな凄い社会人ってワケでもないなあ」
桐生さんが苦笑する。
職場に近いだけがとりえの、エレベーターもない古いボロマンションだと彼は言うが、そうだとしても凄いと私は思った。
「なるほど、つまり東S宿で働いているんですか……偶然ですね。
私も勤務地がS宿区なんです」
「……それは妙な偶然だな」
「ですよね? 変な話です。
こんなレアな状況下で、偶然勤務地が一緒ってあり得るのかしら。
ここ、S宿で働いてる社畜だけが閉じ込められる世界だとしたらどうしよう……」
路地裏エリアでそんな話をしているうちに、
道の向こうからゾンビが一体やってくる。
一体でフラフラしているなんて珍しい。
「そうだ。
マシンガンがあるから大丈夫だとは思うけど、
一応生身の状態も『検証』しておきましょうか」
「……検証?」
と、嫌な予感がしているらしい桐生さんの問いには答えずに、
私はマシンガンを桐生さんに押し付け、単身ゾンビに向かって突っ込んでいく。
「え、ちょっ、おい……セラちゃん!?」
桐生さんが叫んでいるが、問題ない。
ゾンビとの数十秒の格闘ののち、
私はゾンビの腹部に思い切り手を突っ込んで中身を引き抜いた。
「……モツを抜いただと!!!!????」
桐生さんのツッコミがすべてを物語っている。
あまり詳細を書くと「グロすぎる!」と色んな人から怒られそうな気がするので、描写は省略させていただこう。
とにかく、私はモツを抜いたのだ。
「セラちゃん、一体何を考えているんだ君は!!
ていうかこんなことができるのかこのゲームは!」
「レベル1ですね」
「レベル1!?」
「今、ゾンビのモツを抜くのに一分くらいかかりました。
レベルがMAXだと一瞬で抜けるんですけど、
一分以上かかったということは、
どうやらこの『セラ・ハーヴィー』の体は今レベル1みたいです」
血まみれの手をブンブン振りながら、私は肩をすくめてみせる。
「そんなことを知るために、あんなに危ないことを……」
バーサーカーかよ、と桐生さんが疲れたようなため息をついているが、
正直ゾンビゲーじゃスタンダードな殺し方だと思う。
「驚きすぎですよ、桐生さん。……というか」
「なんだ?」
「私、普段はちゃん付けされるようなキャラじゃないんで、
なんだかくすぐったいです。呼び捨てでいいですよ」
私は照れくさい気持ちになって口を尖らせつつ、桐生さんにそう頼んだ。
「わかった、そうする。
……しかし今更だが、初対面の異性を下の名前で呼び捨てって変な感じがするな。
職場でやったらセクハラで訴えられかねないやつだ」
「でもハーヴィーって言いづらくないですか?
ゲーム中でセラの名字なんてほとんど出てこないから、
ハーヴィーって呼ばれても私気づけないかも知れないし」
「なるほど、そういう問題があるか……」
と、桐生さんは難しい顔をして考えこむ。そしてため息をついて首をふった。
「……やっぱりセラでいいか。お互いに実名で呼ぶっていうのも気まずいしな」
「ですね。この可愛い見た目で自分の名前なんか呼ばれたら、
恥ずかしいって気持ちを通り越してつらくなりそうです。
実際の私は、セラみたいにちっちゃくて可愛らしくないし」
ということで、私のこの世界での呼び名はセラになった。