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やっていきましょう


 私は名もなき新人看護師。


 趣味は頭を空っぽにしてやることができるゲーム。



 特にゾンビを銃器で()ちまくるゾンビゲーと、ゾンビのモツを素手で引っこ抜くゾンビゲーと、圧倒的暴力の力で化け物をボコボコにして爽快感を得るゾンビゲーと、バカゲー展開とシリアス展開が交互に来るので笑えばいいのか真面目な顔をすればいいのか分からなくなってくるゾンビゲーと、友達と馬鹿話をしながら盛り上がって遊べる乙女ゲームなどが大好物……。



 ……『だった』。


 とは、言ってはいけない。思ってもいけない。



 ここ最近は仕事で倒れるくらい忙しかったし、ゲームなんて全然やっていないけれど、それでも「今でも好きだ」と言い張らなければいけない。


(やっていかなきゃ……やるしかない……)


 薄暗い部屋の中、私は自分に気合を入れ直すように目を閉じ、息を吸い込んだ。

 体が辛くて休みたい。

 仕事で消耗しすぎていて、本当はもうゲームが好きだった気持ちだって諦めたかった。いや……そもそも諦めつつあったのだ。仕事と過労に押し流されて、私は自分の好きなことについて考えることを止めていたのだから。


 ……だけど、今だけはゲームが大好物『だった』なんて、過去の話にしてはいけなかった。少なくとも今だけは。


(そうでないと、あの人を助けられないもの)


 私は息を吐いて目を開けて、目の前のテレビモニタをにらみつける。



 ――そんなわけで私、笹野原(ささのはら) (ゆう)は、仕事の時と変わらないレベルの限界状態で『やっていっている』最中なのだった。



 場所は新宿。時刻は深夜。カーテンを閉め切った看護師寮の一室。

 薄暗い自室の中、私は痛みを振り払うように頭を振る。……ゲームと読書のやりすぎで頭が疲れ切っていた。


(疲れてると心もくじけちゃってダメだなあ……こんなことやって、本当にうまく行くのかしら……)


 朝倉エリカさんと別れて二日が経つ。

 執念と根性で自作PCを完成させたところまではよかった。

 執念と根性というか、ツ☆モの店員さんありがとうという感じではあったのだが、とにかく蒔田さんのSSDを組み込んだPCは手に入った。ありがとうツク○の店員さん……あとちゃんと貯金をしていた過去の私……。


(こんな短期間で『設計図』を作って、管理者のPCを調べて異世界創造魔法を再現する方法を見つけるなんて、出来る気がしないよ……。

 でも、やっていくしかない。

 蒔田さんのSSDを読み込んで、『管理者』の実験記録を読み終えるところまでは出来たんだし。……後は、無題のアプリもなんとかしなきゃ……)


 今の私は、PCが出来上がった後の膨大(ぼうだい)な情報処理作業に苦しんでいるところだった。

 なにしろ読んでも読んでも終わらない。

 PCの中身を読む作業だけではなく、ゲームをやりこんで『設計図』を作る作業まであるのだ。娯楽ではなく主目的が人命救助なので、プレッシャーも半端ない。


(二週間で終わるのかなコレ……いや終わらせないといけないんだ。じゃないと蒔田さんを助けられない……)


 一応、今の私は自宅療養期間を二週間ほどもぎ取っている状態だ。

 それ以上休み続けるとなると退職も視野に入ってきてしまい、この看護師寮にいられなくなってしまうので、今のところ私は二週間以上休むことを考えていない。


 ――つまり、時間が全くない。


 食事は最低限のレトルトで済ませ、ここ一日半はほとんど座布団の上から移動していないがそれでも間に合っていない。


 ……明らかにアカン状況だということは、お分かりいただけることと思う。

 そしてアカンと分かっていても、自分で自分を追い詰める必要があった。


 この『設計図』づくりは、決して片手間にやってはいけない。

 他人の攻略ブログをコピペするなどもってのほかだ。


(多分だけど、流れ作業で設計図作りをやっていたらこの異世界創造魔法はきっとうまく行かないんだもの……) 


 私はそう考えていた。

 うっすらとだけど、私の体にはあの異世界に囚われていた時の感覚が残っている。

 その感覚のお陰で分かっていることがあった。

 異世界創造魔法の材料には間違いなく『設計図』だけでなく『設計図に執着している核の存在』が含まれる。

 設計図を愛してやまない核の存在が、あの異世界創造魔法を成立させるキーになっているのだ。


 人気のファンタジー小説を使っても異世界創造魔法が成立しなかった理由は、多分だけどそこにある。

『設計図』を攻略ブログにするにしろ二次創作サイトを使うにしろ、必ず『設計図を作った核の存在』が必要なのだ。他の『核』では駄目なのだ。一体どうして必要なのか、そもそも核とは一体何なのか、私自身には理屈だった説明は出来ないけれど……。


(私が目の前のゲームを愛することが出来なければ、この救出劇は失敗に終わってしまう)


 だから、私は自分を限界まで追い詰めてゲームに没頭することにした。ゾンビゲーブログを作っていた高校時代と同じように。

 それは設計図を作るためであり、私が異世界創造魔法にふさわしい核であり続ける為でもある。




(う……でもさすがに頭がぼーっとしてきたなあ。ちょっと顔洗おう……)


 そう思って、私はフラフラと座布団から立ち上がる。

 簡素な洗面所に立つと、メイクも何もしていない黒髪ミディアムヘアの高身長女子が、鏡越しにどよんとした目を向けていた。


 ――この身長のせいで、必死になってオシャレしてないと最低限のポジションさえも確保できない。それが本来の私……笹野原夕という人間だった。


 高身長という属性は、扱いの難しい武器だ。むしろハンデでと言ってもいい。

 もっと小さくて可愛ければいいのに……と、高校時代の私は何度自分の身長をうらめしく思ったか分からない。

 それでも生まれついてしまった形質は変えられないのだから仕方なかった。恵まれた人間なんて大嫌いだ。セレブなんてゾンビに皆食べられてしまえばいい。チャラ男だって、生まれつきスポーツ神経に恵まれた自己肯定感MAXパーソンばっかりで、会話で共感できたためしがない。


(……そういえば、身内以外で普通に楽しくお話しできたのって、桐生さんくらいかもしれないな……。オタク時代は男の子から距離置かれてたし自分も男の子に興味なかったから全然交流なかったし、リア充ごっこをするようになってからはチャラ男ばっかり寄ってきたし……)


 鏡の向こうの自分とにらめっこしてため息をつきながら、私はほんの六時間きり一緒にいただけの人のことを思い出す。

 最初に連れ出してくれた時の手のあたたかさが懐かしかった。相手の知識レベルを無視してしょっちゅう専門的過ぎる話を始めてしまうような人だったけれど、それでも私は楽しかった。


(……桐生さんって、イケメンの外見じゃ誤魔化しきれないくらい変な人だったなあ。

 それなのに、なんであんなにお喋りしやすかったんだろう……変な人が相手だと、こっちも身構えずに済んで安心できたってことなのかな?)


 そう思いながら、私は鏡越しの自分の顔を手でなぞって、頭を切り替えるように首を振った。


(これ以上のことは今考えても意味はない。まずはあの人をあのへんてこりんな世界から救出しなきゃ)


 新宿三丁目エリアで買った強めのカフェイン剤を飲み下して、私はパンと両頬を叩く。錠剤の残りはポケットに全部突っ込んだ。


(プレッシャーに負けそうだけど、やっていこう……やっていくしかないものね!)


 この試みは本当に上手くいくのか、桐生さん……いや、蒔田さんは帰ってくるのか……それも今は、あえて考えない。

 必ず蒔田さんを助ける。その執念だけが、今の私を動かしている。


 ――と、そんなふうに私が気合を入れ直していたその時。


(あれ? スマホが震えてる?)


 スマホが震えて、チャットアプリの通話が入ったことを教えてくれていた。画面を見れば、知った人の名前が表示されている。私はすぐにそれに出た。


「どうしたんです? 朝倉さん」

「こんばんは。どうしたっていうか……寝る前にちょっと心配になっちゃって。笹野原、大丈夫? 寝不足になってない?」

「なってないと思いますか?」

「でしょうね。疲労が顔に出てるわよ」


 画面越しの朝倉さんはそう言って、年上らしい心配そうな様子で私をのぞき込んでいる。相変わらずお姉さんらしい振る舞いが似合う人だった。

 彼女が今どこにいるのかは分からないが、妙に天井の高い寝室らしき場所に横になっているようだった。


(実家……? ちょっとそうも見えないな。まるで高級ホテルみたいな内装だし)


 私は画面越しの朝倉さんを見て、思わず首をかしげてしまう。おかしな部分はまだほかにもある。

 彼女が着ているライトブルーのパイル地の寝巻はとても可愛くてよく似合っているけれど、普段の服装と雰囲気が違うのだ。部屋といい服装といい、何もかもがちぐはぐで不思議感じがする。何故だろう……と一瞬不思議に思ったが、私はすぐにピンときた。


「──分かった、不動産屋だ」

「はあ?」

「朝倉さん。そこは三田村さんの家ですね? そしてその可愛いルームウェアは朝倉さんではなく三田村さんの趣味なんですね?」

「……当たり。看護師って気持ち悪いくらい観察力があるやつが多いわよね……」


 それくらい頭が回るってことはまだ元気そうね、と朝倉さんは苦笑する。


「大丈夫です、元気です、絶好調です。……さっき、熊野寺……つまり『管理者』の実験記録という名の日記を読み終えたところですよ」

「わお凄い。何かわかった?」

「……なーんか、変なんですよねえ。

 熊野寺さん、2011年位に諸々の魔法の力を手に入れてるっぽいんだけど、それが本当に唐突なんですよ。それまではただの仕事や人間関係のこと、将来の不安みたいなものを書き連ねていた日記が、バキっといきなり魔法の実験記録に変わっちゃうんです」

「実験記録……っていうのは?」

「そのまんま、異世界転移記録ですね。多分ですけどこの一連の異世界転移騒動、めちゃくちゃ人が死んでますよ」


 私が声を尖らせると、朝倉さんが不思議そうな声を出す。


「……それってつまり、定期的に大量の人間が原因不明の死に方をしているってこと? 妙な話ね……そんなに大量の不審死が定期的に出るなら、ちょっとは大騒ぎになりそうなものだけれど」

「ここをどこだと思っているんですか、新宿ですよ? 原因不明の死者なんて毎日ボロボロ出ています。もっとも、熊野寺もそこは慎重で、世の中に気づかれないために、いつ死んでもおかしくない社畜を異世界転移の対象者に選んでいるみたいですけれど」

「……この異世界転移魔法って新宿が対象なの?」


 朝倉さんがギョッとした声を出した。私はPC画面を見ながら軽く首を傾げ、


「うーん、新宿というより、熊野寺のPCに近い場所にいる人間ほど魔法の影響を受けやすくなる、って感じみたいです。魔法が発動する元はあくまで熊野寺のPCなので」

「なるほど。それで、死ぬほど疲れた人間が一定人数その『魔法』に引っかかると、あの異世界転移が始まるのね」

「ですです。……しかしやっぱり変なんですよね。熊野寺さん、ここまで大掛かりなことをしておきながら、動機というか、事件を起こす心境みたいなものがあまり日記に書いてなくって……んー」

「どうしたの?」

「あ、ごめんなさい。今、ようやく『無題』のアプリに手を出してみたところで、考え中みたいな声出してました。これが多分『異世界転移魔法』そのものですね……」


 私はPCを操作しながら、済まなさそうに笑ってみせる。


「ああ。『無題』のアプリ……『核』の電子端末にもあったあれね」


 異世界転移の記憶を思い出したのか、朝倉さんが嫌そうな顔になりつつ頷いた。

 私はPCを操作しながら「そうです」と簡潔に答える。そしてあっと声をあげた。


「……集団異世界転移の条件も、ここから設定できるみたいです」

「……うそ」

「人体実験で試すわけにはいきませんが、多分間違い無いと思います。それ、で……」


 と、言いながら、私は目を細めて首を傾げ、PC画面をのぞき込む。


「……この条件、私でも変えられるみたいですね。んー?変なの……」

「なによ。一体何が起こっているの?」

「……条件、選択式じゃなくて自由文入力式なんですよ。変なの……蒔田さんは異世界で『やれる事が多いと計算量が膨大になってプログラムが成立しなくなる』みたいなことを言っていたけど……よくこれでプログラムとして成立するなあ。

 それともこのアプリ、やっぱりもはや魔法の領域に足を突っ込んでいるんだろうか……」


 私がごにょごにょと言っていると、朝倉さんが苦笑しながら、


「集中してる最中だったら、通話をいったん切りましょうか?」


 と、首をかしげる。私はパッと顔を上げて、


「あ、いえ、ちょっと待ってください。朝倉さんにリストアップしてもらったゲームを片っ端から攻略して『設計図』にしてアプリに放り込んでみたんですけど、無題のアプリの画面上にずっと表示されている『代償不足』って項目が変わらないんですよ。

 あれだけだと異世界転移魔法を起動させるためにはデータがちょっと足りなさそうです。他にもよさそうなゲームの候補ありません?」

「……え。え!? もうクリアしたの? 二本とも!?」


 朝倉さんがめちゃくちゃに驚いている。私は思わず苦い笑顔を浮かべながら、


「……なんとかやってます。やりこんだり記録したりするので手いっぱいで、全然楽しめてないですけどねえ」


 そう言って、力なく笑う。ちなみにゲームのプレイ画面は今も開いたままだった。(さすがに一日ぶっ通しでやり続けて疲れてきたので、今はPC作業をしているのである)


「え……ええー……あの分量を……あのゾンビゲー攻略ブログを見たときにも普通じゃないとは思っていたけど、本当に化け物なのね。笹野原は……」


 エリカさんは驚きに目を見開いている。そしてふと考えこむ様子を見せながら、


「でも、うーん……死なないオトメゲーって意外と知らないのよね」

「オトメゲーって本当に簡単に人が死にますよねえ」

「死ぬのよねえ。私の好みがファンタジー寄りってせいもあるんだけど」

「……仕方ない、ドキアリもまとめとくかあ」

「ドキアリか……ヘイト管理と会話分岐に気をつければ、どうにかなるかもね」


 そんな会話をしていると朝倉さんがふと真剣な声を出した。


「――ねえ、笹野原」

「なんです?」

「あなた……今のところ単身で、異世界に乗り込むつもりなのよね。蒔田を助けるために」

「ええ、そうですよ」

「あちらの世界に行く方法のメドも立ってしまったのね?」

「立ってしまった……というか、今さっき見つけたところですね。具体的に名前と日付をこのアプリに入力すれば、多分『行くことは』できます。設計図がちゃんと機能してくれるといいんですけど」

「帰る方法は」

「……」


しばらくの沈黙があった。少しだけためらった様子を見せた後、私は言った。


「……それも、二日前にファミレスで話したはずですよ。管理者みたいに実験はしてないからどんな結果になるか分からないけれど、それでもやってみるしかないですね」


 私は顔も上げずにPCを操作している。だが朝倉さんはそれを気に留めた様子もなく、


「……私も行く」


 と、静かに言った。


「え?」


 私は思わず顔を上げて、スマホの画面越しの朝倉さんの顔を見た。

 彼女は硬く口を結び、真剣な顔でこちらを見ている。

 しばらくにらみ合ったのち、朝倉さんはふっと苦笑した。


「……だって、そんな酷い顔になりながら情報を頭に詰め込んで、『設計図』を作っているんでしょ? そんな一夜漬けみたいな状態であっちの世界に乗り込んだって、攻略情報はあらかた忘れてしまっているわよ。……私も行くから、私も手伝うから、私の知識を使いなさい」

「……朝倉さん」


 私は思わずつぶやいた。

 いくらなんでも危ないから彼女の提案を受け入れることはできないが、それでも彼女の心遣いがとても嬉しかった。

 私が思わず目に涙をため、朝倉さんに返事をしようとした……その時だった。




「ちょーっとまった!!」


 突然ドアがバンと開くような音がした。

 そうかと思うと、朝倉さんの背後から知らない男の人がドカドカ歩いてくるのが見える。イケメンのバスケ部員みたいな人だ。


「――タンマ、タンマタンマ! 今君たち、一体何の話してた!? 二人であの異世界に行く気か!?」

「わわっ、三田村さん、いきなり入ってこないでよ! 今まで聞き耳立ててたっていうの!?」


 朝倉さんが慌てた風に起き上がる。


(なるほど彼がミタムラサンか)


 三田村さんと呼ばれた男の人は、朝倉さんの慌てぶりを気にした様子もなく、どっかりとベッドの上に座り込んだようだった。

 ちょうどギリギリ、画面に顔が映る角度にはなっている。

 彼はキッと画面越しに私を見据え、鋭い目線のまま口を開く。


「……ええと、初めまして。朝倉さんの友人? みたいなものの、三田村です」

「……どうも。ノーメークで失礼します。前回『核』だった笹野原です」


 私はそう言って軽く頭を下げる。そしてなんとも言えない気持ちになりながら、


「そうですか、貴方が三田村さんですか……死体を山に埋めるのが得意だという……」

「埋めてないし得意でもねえよ。殺人と恐喝と仲介手数料の値引き交渉と契約前の業者変えは絶対にやっちゃいけないことだって義務教育で習ってないのか……って、じゃなくてさ。君らまさか、あの異世界に二人で乗り込む気?」

「あ、はい」


 私が素直に頷くと、三田村さんは「あー……」と目を閉じ、頭痛をこらえるような仕草をした。そして苦々しい顔で目を開けて、


「……正気? 死ぬ気?」

「正気だけど死ぬ気じゃありませんよ」

「私だって死ぬ気はないわよ。だって行くのは死なないオトメゲーの世界よ?」


 と、エリカさんが会話に入り込んでくる。


「わかってねえ……あんたら本当に分かってねえよ……」


 そう言って、三田村さんはため息をつき、朝倉さんが寝転がっているらしきベッドに上がり込んできた。ちょうど朝倉さんの隣に顔が映りこむ形だ。


「いい機会だから教えてやるよ。あそこはな、死なないゲームだからって油断できねえんだよ。俺はあの社畜地獄に五回くらい行っているが……パズルゲーの世界で目の前にテトリンのテトリンミノが落ちてきて、そのまま死んだやつとかいるんだぞ?」

「あ、パズルでも死ぬんだ」


 そう言ったのは朝倉さんだ。


「テトリンだからいけなかったんですよ。ぶよぶよなら平気だったんじゃないですかねえ」


 私も人気のパズルゲームの名前を挙げながら首をかしげる。しかし三田村さんははーっとため息をつきながら、


「……残念ながらぶよぶよも経験済みだ。頭から突っ込んで中から出られず窒息して死んだやつを俺は見たぞ。

 とにかく、そんな危ない異世界の中に? 女の子が? 二人で? 冗談じゃねえよ、危険すぎる。俺は反対だ」

 

 そう言って、三田村さんはため息をつく。そして朝倉さんを見ながら、


「……死ぬかもしれないんだぞ」


 と、声を絞りだした。しかし朝倉さんは一歩も引かない。

 

「こんなにも深く関わってしまったんだもの。私でも力になれることがあると分かっている以上、見て見ぬ振りをすることなんてできないわ」


 有無を言わさない、ガンとした態度だった。三田村さんは嫌そうな顔でそれを見た後に……ふいにため息をついたかと思うと、降参とばかりに肩をすくめた。


「……そうだな、そうだった。君は一度関わった相手のことは切れないんだよな。君がそんな子だからこそ、俺にもあっという間に心を許してくれたんだもんなあ……」


 と、目を閉じる。

 彼は何事か考えるようにしばらく黙り込んだ後、


「……俺も行く」


 と、目を開いて、彼は私を……そして朝倉さんを見た。


「は?」


 朝倉さんが目を瞬いている。なにを言われたのかよく分かっていない顔だった。

 その隣で、三田村さんは「あー……」と頭をガシガシと乱暴にかいて、


「だから、俺も行く。エリカちゃんが行くなら仕方ねえよ。行くって言ったら行く!」

「だからなんでよ? 三田村さんが行く理由なんてないわ」

「俺には俺の考えがあるの! とにかく、俺も連れてかなきゃこの話はナシだ。そしたらあらゆる手段を使って君らを妨害するぞ?」


 と、言い切った。朝倉さんを強引に言いくるめた彼がチラリとこちらを見る。


「ええと、夕ちゃんだっけ?」

「あ、はい。笹野原夕です」

「そうか。で、夕ちゃんはあっちの世界にいつ行くつもりなの?」

「んー……来週の月曜か火曜あたりかなと考えていました、来週の水曜にはもう仕事に復帰するので」

「それ、四日前倒しにして今週の水曜日に出来る?

 ……いや……土日のがいいか。エリカちゃんが確実に休みだし。ちょっと厳しいけど、俺も土曜と日曜に有給取っとくよ。土日はいけそう? 土日なら俺も協力出来る」

「……間に合わせます」

「うん、いい返事」


 そう言って、三田村さんはニッと笑う。……事前のイメージとは違って、ビジネスマン的な意味での厳しさはあるけれど、かなり打ち解けやすい人みたいだった。


「そんな。三田村さんまで行くことないのに……」


 どうして? と、朝倉さんは不思議そうな顔で首をかしげている。三田村さんはキリっとした顔立ちからは想像もつかないくらい優しい笑顔を浮かべて、


「……ほっとけないって言ったろ?」


 と、朝倉さんの頭に手を置いた。

 ……。……二人の間に流れる空気がいい感じすぎていたたまれない。やっぱり私はおじゃま虫みたいだ。


「……と、いうわけで、今週の日曜までに各自終わらせられるもんは終わらせておこう」


 と、言って、三田村さんが真剣な顔になってこちらを見る。


「夕ちゃん、俺も手伝える限り手伝うからいつでも言ってね。締め切りを早めておいて言うのもなんだけど無理は禁物だ。

 ……あ、そうだ。エリカちゃん、せっかくの機会だから今月のシフト表見せてシフト表!」

「え、なんで? まあ別にいいけど……なんでそんなに嬉しそうなの?」

「別に嬉しくないよ? ついでだよ? ついでだけど必要なことだからさあ……あっ、シフト管理にこんなアプリ使ってるんだ。おれもダウンロードしとこーっと」

「え? なんで? え? え?」

「こういうのって共有するのも簡単じゃん? これでアプリ同士で繋がっておけばいつでもご飯に誘えるよね! ねーねーエリカちゃん今度……ってあっ、通話切り忘れてたわ。そんじゃ夕ちゃん、まーたねー」


 三田村さんがヘラヘラと手を振りながらスマホの通話終了ボタンを押したみたいだった。スマホにあっさりと通話終了の画面が出る。


(凄い勢いで一方的に通話されて終わっちゃったけど……なんか、気が楽になったな)


 私はふうとため息をつきながら、小さく笑う。

 たった一人で乗り込むつもりだったけど、協力してくれる人がいるのは正直ありがたいことだった。


(ゲームに没頭したくても、もし救助に失敗したらって思うと集中できなくて煮詰まっていたんだけど、朝倉さんに助けてもらえて本当によかった)


 電話が来る前と来た後で、明らかに自分の気持ちが変わっている。

 プレッシャーはいつの間にか消えていた。


(良かった……今ならちゃんと、昔好きなゲームを遊んでいたときみたいな気持ちでゲームに向き合えそう)


 異世界創造魔法を成功させるための条件がそろった。

 朝倉さんには感謝してもしきれない。そんなことを考えながら、私はスマホの画面から顔を上げる。


 ……すると。


 スマホの向こう、厳密にはスマホを置いたこたつ机の向こう側に、一度だけあったことのある褐色の肌の少年が立っていた。

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