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身バレ

 時刻は午後十時をすぎたころだった。

 人気(ひとけ)のない内廊下(うちろうか)はしんと静まり返っていて、声をだせばよく反響する。


「……一応、名刺を渡しておく」


 自分のことを桐生と名乗ったその男は、周囲を気にした様子の抑えた声でそういうと、私に一枚の名刺を差し出した。


「ご丁寧に……どうも」


私は手の洗いすぎでガサガサになった指でそれを受け取る。


 ――当たり前だが、ゲームキャラクター『桐生 総一郎』とは違う名前が刻印されている。

 名前だけはぼんやりと知っている、小さなゲーム会社の開発部だった。


蒔田まきた 修一しゅういち ……これがアンタの本来の名前?」


 私が(いど)むように見上げれば、桐生は苦笑まじりに頷いた。


「ああ」

「……めんどくさいから桐生って呼び方で倒すわよ。で、桐生……さん。悪いけど、私は仕事柄、名刺なんて立派なもの持ってないから」


 私がそう言うと、桐生は「知っているから、問題ない」と首を振る。

 そして済まなそうに目線を下げながら、


「多忙そうなところ申し訳ないが、少し、話をしたい。

 朝倉あさくら 江里華えりかさん……で、間違いないよな?」

「うわああ、本当に身元が割れてるのね。

 話って言うのは、セラのことね? 明日は遅番だし、少しくらいなら構わないけれど……」


 言いながら、私は自宅の鍵を開けてコンビニの袋を家の中に放り投げた。

 そして桐生を振り返りながら、


「……私と別れた後、あなたたち二人に一体何が起きていたって言うの?」


 と、首をかしげる。

 桐生は何故か渋い顔で私を見ていたが、すぐにやれやれといった様子で首を振って肩をすくめた。


「詳しい話は後回しだ。

 だが、そうだな……とにかく、あの子はまだ生きている。俺は彼女を助けたい」

「嘘、生きてるの!?」

「声を落とせ。近所迷惑だぞ。

 ……セラは生きている。

 生身の本人を確認できたから、生きていることは間違いない。

 だか、俺や君とは違って、意識はいまだに(うしな)われたままだ」

「そんな……」

「大分情報はそろってきた。

 だが、まだ確認し足りない部分があってな……君と少し話がしたい。

 近所に話せるような飲食店はあるか?」


 その言葉に、わたしは一瞬息を詰まらせた。


「……悪いけど……この辺りにそんな気の利いた店はないわよ」

「この時間帯だ。

 ラストオーダーを気にしなくていい店であれば何でもいい。

 ファミレスでもあればいいんだが」

「だから、それがないんだって。

 ここからだと、高田馬場(たかだのばば)まで出るしかないわ」


 私がため息交じりにそういうと、桐生は「そうか」とうなずいた。



 二人して人通りの少なくなった住宅街を歩き、電車に乗る。

 ラッシュとは逆方向なので、車内はガラ空きどころか一両に一人二人いるかという勢いの過疎ぶりだ。


「……そもそも、どうやってわたしのことを探し出したのよ」


 ガラガラの座席にゆったり座りながら、私は彼に尋ねてみた。


「事情は後で説明するが、セラは簡単に見つかった。

 君まではさすがに見つからないかと思ったんだが……嫌な偶然が奇跡的に繋がって、結果的になんとかなってしまってな」

「……どういうこと?」

「一体どこから話せばいいんだろうな。

 ……まず君は、妙に乙女ゲーに詳しかっただろう?」

「そうね」

「乙女ゲーに詳しい男などほぼいないから、君の中身も女性だということが推測された」

「それは、まあ……」


 そうでしょうね、というしかなかった。頷きながら、桐生は続ける。


「あのゲームのような妙な世界の中で、君とそこまで会話が出来たわけではない。

 だが、そんな中でも君固有の情報はいくらか得られていた。

『社畜』

『女性』

『兄がいる』

『就労可能年齢』

『乙女ゲームをやっている』

『マイナーなトラックゲームをやり込んでいる』

 ……そんなところだな。

 それで、SNSに似たような情報を持つ人間がいないか探してみた」


そう言いながら、桐生はおもむろに自分のスマホを操作し始めた。


「……私、ロクにSNS使ってないわよ。それでも見つけられたっていうの?」

「ああ……『君自身は』な。

 君は見るからに臆病な人間に見えたから、俺も君のことまでは見つかると思っていなかったんだが……君の友人たちはそうでなかったようでな」


 そういいながら、桐生はスッと自分のスマホを差し出した。


「これ? お呟きサイトの誰かの会話ログじゃない……って、ぅえあっ!?」


 その内容に、思わず私は目をひん剥いた。

 そこでは私の高校時代の友人たち(実名・顔出し・自己紹介欄に出身校を書いているタイプのアカウント達)が、自由奔放に個人情報付きの会話をしているではないか。


「ちょっ……あ、え、この子……この子も!? この子も高校同じ……って、この子までぇえええ!?」


 ……。


 ……詳細は、あえて省かせてもらう。

 要点をかいつまんで説明すると、ネット上では私の後輩や友人たちが、鍵アカウント公開アカウント入り乱れて雑談に興じていたのだ。会話がなされていたのは半年ほど前のようだけれど、いくらなんでもこれは……。


(みんな、居酒屋でするような会話をネット上でしないでーっ……!)


 私が肩をプルプルさせながらスマホにくぎ付けになっていると、桐生は私のそんな肩をポンポンと叩き、若干済まなそうな声でこう言った。


「……その、なんだ。

 君は同級生や後輩たちに随分慕(ずいぶんした)われていたようだな。

 それ自体は決して悪いことではないと思う。

 それに、ただでさえ高校を出たてのヤツは特にSNSに対するガードが緩いし、口の軽いやつはどこにでもいるしな。

 君の個人情報がネット上で丸裸になってしまっていたのは、ただ運が悪かったとしか言いようがない」

「ううう」

「……それで、これらの情報を総合して、俺は君の顔本アカウントまで特定することが出来て……この話、まだ続きを話した方がいいか?」


 私の顔色が悪くなったのを見て、桐生は気遣わしげな様子で尋ねてきた。

 私は力なく首を振ってこの話を終わらせる。


  ……友人知人経由のオンライン情報漏洩、超怖い。

 明確な悪意も防御策もないだけにマジ怖い……。


 ガタガタと進む電車のシートに身をうずめつつ、私は気が遠くなるような気持ちになって天を仰いだ。

 電車の無害な宙づり広告に載った人物が、にこやかな表情で私を見つめ返している。

 桐生は小さなため息をつきながら、私にダメ押しのような忠告をくれた。


「……その、なんだ。

 現代社会はストーカーからこんな形で個人情報を割られるケースも多々あるし、本人から誕生日や好きなものを聞き出してそこからパスワードを推測するような、いわゆる『ソーシャルハック』も盛んだったりする。

 安易なパスワード設定は避けたり、ネットで自分を特定されかねない致命的なヒントになりそうな情報は、そもそも普段から口にしないような心構えが必要だ。

 ……今だから言うが、さっきの君も無用心極まりなかったぞ。

 一人暮らしの女の子が、初対面の男の目の前で自宅のドアを開けるなんて、もう二度とするんじゃない」

「……しない。わかったわよ、もうしないわよ。

 ていうか顔本なんてもう三年も触ってないのにいいいい……」


 私がガックリと肩を落としたタイミングで、電車が高田馬場についた。






 高田B場。

 ここは学生向けローン会社、怪しげなカルト教団の日本支部などの、なんともいえない様々な猥雑(わいざつ)さを持ったビル群が立ち並び、学生若者その他もろもろの有象無象が闊歩(かっぽ)する街だ。

 近辺には有名私立大学をはじめとした、多くの大学を(よう)している。

 そんな若者の街のファミレスは、当然ながら大混雑を極めており、店員に「三十分です」と待ち時間を告げられた桐生は即座に「論外だ!」と高らかに叫び、私たちは結局適当な居酒屋チェーン店におさまる形となった。


 通された部屋は半個室の和室だった。

 桐生さんは「初対面の女性と半個室か……」とまたもや嫌そうな顔をしたが、これから異世界だのなんだのと電波な話を色々とするのだから、私としてはこれはこれでありがたかった。


「ご注文は……」

「「ウーロン茶で」」


 かしづいて注文を取りに来た店員に、私たち二人は声をハモらせノンアルコールを注文する。

 息がぴったりだったのがちょっと嫌だ。

 さすがにウーロン茶だけではお店に申し訳がないので、何品か食べられそうなものも注文した。


「……で」


 店員に閉められた障子をめいっぱい開きなおして『やましいことはなにもしていませんよアピール』をしている桐生に呆れた目を向けながらも、私はそう切り出した。


「さっさと説明してちょうだい。

 一体、あの後あなたとセラに何が起こったって言うの?」

「そうだな。まずはそこから説明しなくてはならん」


 桐生は座布団の上にどっかと座りながら、スマホを取り出しメモ帳らしきものを開いた。あの世界で起こった出来事を時系列順にまとめているみたいだ。


「あの異世界で君と別れてから、セラと俺は意識を失っていた『アナタ』を背負って、ワクチンのある薬局への道を急いだ」


 薬局への道のり自体は平たんなものだったらしい。

 敵は出てきたが襲い掛かってくることはなく(ルートを逆走するとそうなることが多かったらしい)、想定よりもかなり早く薬局に着くことが出来て、「これならなんとかなりそうですね」とセラも笑みを見せていたのだとか。


「……だが、『アナタ』にワクチンを打った直後に『管理者』が乱入してきた」

「……アイツが……」


 私は声を詰まらせた。肉塊にいくつもの顔がついた、あの巨大でおぞましい化け物のことを思い出す。


「想定通り、言語でのコミュニケーションがとれる相手ではなかった。

 出会い頭にいきなり大口を開けて襲い掛かってきたからな」

「そう……やっぱり、もう喋れなくなっていたのね」

「ああ。

 それで、セラは反射的に戦闘態勢に入った。

 俺は止めた。そんなことよりあの世界を脱出すべきだと思ったからだ。

 それと同時期くらいに『アナタ』が目を覚ましたんだが、日本語と外国語がごっちゃになっためちゃくちゃな言葉を話していてな……ほとんど意思疎通が出来なかった。

 確か、『友達を死なせてしまった』といった意味の内容を叫んでいたと思う。

 かなり取り乱していて、俺につかみかかってきていたな」


 桐生はぽつりぽつりと説明する。

 一言一言、自分の悔いをかみしめているようだった。


「セラは俺の言葉に頷き、俺に駆け寄り、スマホを俺のポケットから出そうとした。

 ……よく考えたら俺が出して、スマホを操作すればよかったんだ。

 暗証番号だってバラされていたんだしな。

 だが、なぜかその時はその考えが浮かばなかった。

『核』が端末を操作するべきだと思ってしまったんだ。

 そして……管理者に背中を向けてしまったセラは管理者に弾き飛ばされ、気絶した」

「……『管理者』が乱入してきて、『アナタ』ってヤツが滅茶苦茶なことを喋っていたんでしょう? 無理もないわよ……」


 私はそう言ってなぐさめるしかなかった。

 そこまでの異常事態が同時に起きてしまったら、とっさに最適な行動をとれる自信なんて、私にもない。

 私の言葉に桐生はほんの小さく笑い、自嘲の混じった息を吐く。


「……無理もないと思っていても、どうしても悔いてしまうものでな。

 そうだ、俺の頭がまだはっきりしているうちに聞いておこう。

 ほかならぬ君に確認を取りたかったんだ」

「なんの話?」


 私ははっと顔を上げる。桐生はスマホをタップして、画像データを開いていた。


「『管理者』に見覚えがあるといったな。

 俺は正直アイツの顔なんて覚えている暇がなかったから、確信は持てていないんだが……」


 言いながら、桐生は私にスマホを渡す。

 一見何の変哲もない、一人の男の顔写真だった。


「管理者というやつは……そんな顔ではなかったか?」



 ……桐生の言う通りだった。




【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介(ややネタバレ版)】


蒔田まきた 修一しゅういち

 桐生さんの中の人。ぶんけいのさくしゃがかんがえたさいきょうのえんじにあ。

 メガデモ(CGアニメと音楽を組み合わせた映像作品を4KByteや64KBという滅茶苦茶小さな容量内で表現するやつ)の天才。すごい。センスの塊。ヤバい。ベアメタル触るの全然平気。すごい。集中すると周りが見えなくなる集中傾向持ち。

 エンジニアとしての能力の高さは折り紙つきで、東京のデモパーティーで脚光を浴びた経験もあるが、その際に中学時代にコンシューマーゲームのデータをクラッキングしてネットに流して荒稼ぎしていたことがバレて炎上した経験から、今はかなり引っ込み思案で臆病な性格になってしまっている。

 地味な乙女ゲー会社にいるのは、開発者向けイベントやらなんやらで何かの拍子にネットに顔写真が流されてもメガデモ関係の男性ネット民に捕捉されにくいからという事情がある。(もともと自己アピールが苦手&リーマンショックがらみでそもそもマトモな就職口がなかったという理由の方が大きいが)

 ゴリゴリのエンジニアなのに会社の方針でマネジメント方面に進まされているのが嫌で仕方なく、正直辞めたくて仕方ない。が、とくに行くあてもないのでくすぶっている。

 火のないところに煙まで見てしまう臆病さがあるため、恋愛に関してもかなり奥手。自分には無理だと見限っている節がある。

 中学時代はかなり太っていた上に荒れており、不良グループに所属していた。(上納金を稼ぐためにゲームのクラッキングにも手を出した)妙に暴力に手慣れているのはそのため。動けるデブだった。最終的にはメガデモへの傾倒が彼を救うことになる。

 口調が若干変なのは当時のキャラをまだ引きずっているから。

 重度の飛行機恐怖症なのでエンジニアなのに海外のイベントに行けない。かわいそう。


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