銃、病原菌(というかゾンビ)、あと取って付けたようなイケメン要素
ドアの外は、もちろん見慣れたナースステーション……ではなかった。
どんよりとくもった空が広がる繁華街の、見覚えのない路地裏だった。
(……! いや、『ある』! この場所、来たことがある!)
私は思わず目を見開いた。
桐生君はそんな私の手を引いたまま「走るぞ!」と叫ぶやいなや、私の返事も待たずに走り出してしまう。
「まっ……!!」
私は叫んだ。
待ってください、睡眠不足で食事もロクにとっていない体で、
いきなり全力疾走なんてしたら死んでしまいます!
……と、思ったのだが、体が妙に軽かった。
さっきまで死にそうだったのが嘘のような、すがすがしい気分だった。
(体が動く……あんなに寝不足だったはずなのに……)
内心何度も首をかしげる。まるで魔法みたいな怪現象だ。
さあ回復してやろうみたいなやつ、された覚えはないんですが……。
走りながら、もう一度周囲を見回してみた。
細い裏路地。ボロボロの壁。薄汚いビル群。
壁に沢山取り付けられている汚れ切った室外機、通風孔、外れかかった雨どい……。
思わず後ろをふりかえれば、
ゾンビたちがヨタヨタしつつ小走りで追いかけてきているところだった。
もし私たちが足を止めれば、ものの10数秒で追い付かれてしまうだろう。
(さっき殺したはずなのに、もうあんなに沸いている……ここはまさか……)
状況は何もわからないが、あのゾンビたちを倒さなければ考える時間もない。
私は冷静になるよう自分自身に言い聞かせながら、もう一度周囲を見た。
――……やはりここは、初めて来た場所ではない。
地形というか……『マップ』にとても見覚えがある。
(……ここ、ゲームの世界だ……)
ぞわりと鳥肌が立った。
この世界は、昔やっていた『デッドマンズ・コンフリクト3(1998年発売・コンシューマーゲーム)』のステージそのままだ。
ゾンビウイルスに汚染されてしまった街・コンフィシティからの脱出を目指す、純日本産・ゾンビゲームの世界……。
『繁華街』。
ここはデッドマンズ・コンフリクト3が始まる最初のステージで、そういう名前がついていた。
画面の美しさはかなり上がっているが、間違いない。
もう少し進んだ場所に、次のステージ『住宅街』へとつながるドアがあるはずだ。
(ゾンビから逃げづらくて戦うしかない細い道が続くから、初心者はパニックになって苦労するエリアなんだよね……)
私も昔は散々道に迷い、ゾンビに追われ、齧られ、食われ、苦しみながら地形を覚えていったのものだった。
そのおかげで、このあたりの地形は完全に把握してはいるのだけれども……。
(……あれ? この道の先は……)
私は目を瞬く。
3つに分かれた道の真ん中を、桐生くんが進もうとしている。
「駄目だ」と思った。
慌てて桐生くんの手を引っ張って引き留める。
「っと! どうした!?」
戸惑いながらも私を見おろす桐生君。
「駄目です桐生く……いや、桐生さん! そっちは行き止まりなんです!」
「こっちなんです!」と、私は桐生さんの手を引いて、『左の道』を走り出した。立ち入り禁止の黄色いテープでふさがれている。
「むしろそっちが行き止まりなんじゃないか?
テープで入れないようにされているが……」
「本来ならクリア二周目から行けるようになる場所なんです!
テープは……破りましょう!」
『KEEP OUT』と黒いヘルベチカフォントでプリントされた黄色い立ち入り禁止テープは、ゲーム中では絶対に破ることが出来ない。
クリア二周目になってからでないと通れないように設定されているからだ。
一周目の主人公が何度ぶつかろうと、ナイフで切りかかろうと、本来ならば、絶対にこのテープは破れない。
「これを! こうして! ……こう! やった!
一周目なのに通れます! 私達、不可能を可能にしちゃいましたよ!」
だけど、ゲームキャラクターのような制約のない私たちなら、
あっさりと引きちぎることが出来た。
「君は、一体……?」
と、桐生さんがたずねてくるが、答える余裕はない。
ビリビリビリ、と何重にも張られたテープを5秒ほどで排除して、私たちは先を急ぐ。
――ゲームなんて、ここ半年はまったくやっていない。
家に帰っては寝ているだけで、スマホでSNSさえ覗いていない状態なのだ。
だけど……体は覚えていた。
私の体は、このゲームをやりこんだことを覚えていた!!
ウッキウキの気持ちのまま、記憶通りの細い道の奥にある、記憶通りの大窓を見つける。
……あかない。
仕方ないので力づくであけようと試みる。
「セラちゃん……窓を……まさか窓を、体当たりで壊そうとしているのか?
あの、そういうのはさっき俺もやってみたんだが、
この世界は基本的に窓なんかはゲームの背景に描かれた窓と同じで全然開けられな」
「開けられませんよね? そうですその通りです!
このゲームの建物についている窓は、基本的に開けられません。
ですが、この窓だけは『特別』なんです!!」
私は軽く出血したおでこをさすり、ぶつけすぎて赤くなった肩を軽くはたいたあと、大窓の桟に指先をひっかけて、ガシャガシャと揺さぶった。
……『セラちゃん』と呼ばれたことに違和感を持つが、そんなことより大窓だ。
立て付けが悪いのか、窓は体当たりしても引っ張っても押してもなかなか開かない。
仕方なく桐生さんの持っていたバールを奪い、ガンガン殴って窓枠を頑張って外そうとする。
……バール、初めて持つけどめっちゃ重い。
「お前はっ! 設定上っ! 絶対にっ!
壊れるはず……なんですっ!
おとなしく……壊されろーーっ!!」
「君は動物園から逃げ出したゴリラかなにかか……?」
桐生さんがどん引きしてつぶやいているが、気にしない。
ゾンビゲームをやりこんでいてよかった。
アホほど攻略情報を調べておいて本当によかった。
半年間仕事で潰れていようとも、全くゲームをしておらずとも、
ゲーマーとしての脳が、『ここを覚えておけばトク』という情報だけはしっかりと覚えてくれていたのだから!
バリン!! と大きな音を立てて窓が枠ごと壊れた。
「よしっ、破壊完了!
これで中に入れます! 割れたガラスにだけは気を付けて!」
そういいながらも窓から無理やり部屋の中に入り込み、
記憶を頼りにボロボロの部屋の中を突き進むと……。
……あった!
ダイニングチェアに座っているオッチャンの死体(ゲームでは無臭のCGテクスチャでした)と、オッチャンがにぎりしめている無限マシンガン!!
私は銃をオッチャンから奪い取り、突如ゾンビと化して襲い掛かってきたオッチャンの顔にけりを入れ、ついでに一発ぶっ放した。
これは私が凶暴な異常者だからそうしたのではなく、ゲーム中でもこうしないと主人公がオッチャンに食われてゲームオーバーになるからしたのである。念のため補足。
……マシンガン、初めて持つけどめっちゃ重い。
「死体は死体らしく! おとなしく死んでいなさいっ!!」
「……何なんだこの生き物は……」
と、桐生さんが私を見て呆然とつぶやいているらしき気配がするが、
気にしている余裕はない。
「……くっ! さっきのゾンビどもが追いついてきやがった!」
と、桐生さんが鋭声を上げたのと、
私がニヤリと笑ったのはほぼ同時のことだった。
「大丈夫、想定通りです。
そしてここがゾンビどもの墓場になるのです!!」
私はスカートをひるがえす。
そして、こちらに向かってくるゾンビの群れに向かってマシンガンを構えなおした。
――タタンッ。
音だけを聞けばあっさりとした発射音。
正確に眉間を射抜かれたゾンビその一はあっさりその場に崩れ落ちる。
「無限マシンガンを使用した上でのバーストモードでヘッドショット、これでポイントが2倍になるんです。我々デドコン3のゲーム脳の間では常識です」
「何の話なのか、まったくわからないんだが」
私はマシンガンを構えなおし、すぐさま次のゾンビも撃った。ゾンビの殺し方は体が覚えているので何も考える必要はない。
「……地獄みたいな世界をさまよっていたら、変な生き物を拾ってしまった……」
あまりに私が遠慮なく殺すので、桐生さんがどん引きを超えた心境にいたっているようだ。
「こういう時に油断をしてはいけないんですよ、桐生さん。
ゾンビの中には妙に汚いヤツがいるんです。
死んだフリをしてプレイヤーに襲い掛かろうとするような……卑怯千万なヤツが……ね゛っ!!」
銃をおろした私は死体を蹴り上げて、踏みつけて、
死んだふりをしているゾンビがいないか確認する。
桐生さんが、
「グロし……」
と、キャラにそぐわぬネットスラングっぽいものを発しているが気にしない。
「グロくてあたりまえじゃないですかゾンビなんだから。
このシリーズのゾンビは、倒れた後に出血していなければ『死んだフリ』をしています。
『死んだフリ』をしているゾンビに不用意に近づくと、襲われるので、気をつけてくださいね」
私はそんなことを説明しつつも、周囲が完全に安全地帯になったことを実感し、ようやく我に返ることが出来た。
そして、ちょっと離れた場所でこっちを見ている桐生さんと目が合った。
「……。……あっ、と。
その、桐生さん!! 大丈夫です、これでもう安全ですよ!!」
ゾンビゲーム脳の魔法がとけてマトモな人間に戻った私は、
真顔でこちらを見つめている桐生さん相手に、笑顔を浮かべて見せるしかなかった。
【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介(たまに人物以外も略)】
■ ウェブ小説じゃあるまいに
一話終盤で桐生が口走ったセリフ。ウェブ小説とは巨大掲示板や個人HP、専用プラットフォームなどを通じて書き手が直接読み手に届けるスタイルの小説のことである。
書き手が編集者ナシに本能のままに書きなぐり、そのままアップロードすることが多い。そのため、書き手の欲求や抱えている痛み、とがりすぎて人から理解されにくい趣味、口にすれば多くの人にドン引かれるような価値観などがそのままむき出しになっているケースも多いが、ファンはむしろそこを愛していたりする(していない時もある)。桐生が言及した「ウェブ小説」は、そういったウェブ小説によくある流行パターンの一つ『どういう仕組みかよく分からんけど現代人が商業ゲーム世界に行くやつ』に該当する。