20 Side シャリエール・グラウ・ウィスパル
交易都市ウィスパルは荒野のど真ん中にある。
そして四方には別の都市へ向かう大きな大きな、長い長い道。
特産品はなにもなく、各都市の間にあるという立地と、整備された安全な道、その治安維持によって商業の中心地として栄えている。
そのウィスパル近隣の動物たちが凶暴化している、そんな噂が広まり始めたのが10日前。
正式な被害報告が領主の下へ届き始めたのが5日前。
魔獣の目撃情報が3日前。
そして、村が一つ焼き払われたのが昨日のこと。
村の生き残りは語る。
空から舞い降りた巨大な竜に、一息で焼きつくされたのだと。
ウィスパルから馬で半日、わたしシャリエール・グラウ・ウィスパルは一人で荒野を進んでいた。
そう、ひとりで、だ。
商業ギルドの偉いひと曰く「竜などそうそう出るものではありません、仮に本物でも竜ごとき領主さまなら一刀両断、ここは経験をつませるためにも姫様におひとりで偵察に行かせてはいかがでしょう」とのこと。
交易都市は商業で栄えていて、その分商業ギルドの発言権が大きい。領主ですら蔑ろにはできないほどに。
領主、つまりわたしの父さまは元自由騎士で、この周辺に住んでいたエルダードラゴンを退治して都市を起こした竜殺しだ。
そこらの若い竜ならたしかにあっさり倒せてしまうだろうけれど、わたしはそんなに強くない。
せいぜい脅威度Eの魔獣相手に善戦できる程度だろうか?
それでも13歳にしては強いほうだとは思うけど、竜の相手など無理無茶無謀だ。
自分が民衆に疎まれているのは知っていたけれど、都市の重大事を前にしてまで嫌がらせを受けるほどとは思わなかったなぁ。
正直なところ、大分へこんでます。
いや、あの狡猾な商業ギルドのこと、ここでうっかり何かがあってわたしが死んだほうがお金になると踏んだのかな?
きっとそうに違いない、というか交易都市を支えてる商業ギルドが個人的な感情で都市を危険に晒しました、なんて笑い話にもならないからそうであってほしい。
雲もほとんどない快晴、太陽がじりじりと肌を焼く。
暑い。わたしの肌が日焼けすることはないけれど、暑いことは暑い。半日走り通しの馬も大分へばってきてるし、ここらで休憩するのもいいかな。
丁度よく近くに洞窟がみえたので、入り口まで馬を寄せてから降りる。
地面に杭を打って馬の手綱を固定。この子が逃げることはないと思うけど、念のため。
洞窟の奥は見えないけれど、そこそこ深そう。中からはひんやりとした空気が感じられ、わたしは日差し対策にかぶっていたフードを下ろした。
服の中にしまっていた母さまゆずりの長い銀髪も外へと流す。
「あぁ~、涼しいです」
ぐぅ~~。
……そう、そうでした、ウィスパルを出て半日、水は飲めども食事はなし、お腹が空くのも当然でした。
幸い聞かれた相手はこの子だけ、恥ずかしがることもないでしょう。
三日分の保存食も確保してあることですし、ちゃんと食べましょう。
とはいえ堅い乾し肉とパンをそのまま食べるのも味気ない。
「"水よ、集いて落ちよ"」
母さまに教わった初級の水魔法で銅製の器を水で満たす。
この魔法のお陰で生きるのに必須な、それでいて重い水を持ち運ばなくていいのは助かる。
これは周囲の目に見えない水分を寄せ集める魔法なので、大規模な水不足には対応できないけれど、一人旅なら十分です。
「"灯火よ、木屑をお食べ"」
続けて火の初級魔法で小さな木片に火をともす。
普通なら一瞬で燃え尽きる木片も、この魔法なら最初に使用した魔力に応じて燃え続けてくれる。
今回は5分ほど燃えるように調節しておいた。
熱くなったお湯に乾し肉を入れてそのまま煮込み、簡単なスープを作る。
煮詰ったらこれにパンをつけて食べよう。良い臭いのする空間で待つのは空腹のお腹に少々厳しいけれど、きっと待った分だけ美味しい。
「グルルルルル」
うん、臭いが充満する程度には幅が狭い洞窟でした。
うっかり忘れていたわたしが悪い。悪いんだけど、せめて食べ終わってから来てほしかったです。
音の聞こえたほう、洞窟の奥を見やれば暗闇に輝く目が4つ。
けれどもぬうっと現れた頭は一つ。
2対4つの目をもつ魔獣『グラウジャガー』、自由騎士たちの間での脅威度はたしか。
……7段階で丁度真ん中のC。
「ッ!? ごめんね!」
わたしの勝てる相手じゃない、抵抗できるかも怪しい。
そう判断したわたしは即座に洞窟から飛び出した、固定した馬の手綱もそのままに。
背後から馬のいななきが……誤魔化すのはやめよう、悲鳴が聞こえる。
短距離なら馬よりもグラウジャガーの方が早い、馬が杭を引き抜き駆け出すよりも、襲われるほうが早かったのだろう。
あの子が食べられている間にわたしは逃げられるかもしれない、あのごめんねはそういう意味。
不意に、背後に恐ろしい気配を感じ、走る速度はそのままに右へ飛んだ。
身体が地面に打ちつけられて、ちょっと痛い思いをしながらもごろごろと転がる。
わたしがいた場所を見れば、ぽかんとした顔でこちらを見るグラウジャガー。
必殺のつもりの一撃を避けられて、状況がわかっていないのかもしれない。
……すこしかわいいかもしれません。
けれどあの鋭い爪と牙は、わたしが起き上がるよりも早くわたしの肌を貫くだろう。
「"風よ、引き裂いて"!」
相手が動くよりも早く、風の刃を飛ばす。
わたしが使える地水火風の魔法の中で、もっとも速度の早い攻撃魔法。
発動さえすれば、グラウジャガーが動き出すよりも早く届く魔法。
それはグラウジャガーへと確かに届き、その毛皮に弾かれた。
「あ……」
そう、グラウジャガーは脅威度Cの"魔獣"です。
ただの獣ではなく、魔力を扱う獣。
脅威度Cともなれば並みの魔法使いを上回る魔力をもち、魔法への対策もしてくる。
弾かれたとはいえ殺意をもって放たれた攻撃魔法にイラついたのか、うなりをあげて飛び掛ってくる魔獣。
恐怖で硬直してしまったわたしは、目を閉じることもできず、その光景を見ていました。
わたしを切り裂くその爪が、すんでのところで大量の水に絡め取られ、八つ裂きにされる光景を。
「おや、ちとやりすぎたかの?」
背後からした声に身体の硬直が解け、慌てて振り返る。
そこには美しい少女がいました。
水色のツインテールの、はじめて見る種族の少女。彼女はその美しい顔をべったりと血まみれにして、水の触手を操りながらグラウジャガーの肉片を弄んでいました。
脅威度Cの魔獣なんかよりよっぽど怖いその光景に、わたしは意識を手放した。
やっとおっさんじゃなくて美少女の新キャラです!




