14 もふもふ用ウォータースライダー?
場に静寂が満ちていた。
厳かな雰囲気に包まれて、はいないな。悲しみに包まれて、もいない。
みんな、気持ちはわかるがぽけーとしたり目をそらしたりして現実逃避するのは止めよう。
「この馬、アンドリューさんです」
「ブヒヒヒイイイィィイイイン!」
「落ち着かんか戯けが」
アンドリュー、アオメの尻尾に打ち据えられあえなく撃沈。馬すら一撃で昏倒させるとは恐ろしい尻尾だ。
「あ、アンドリューーーーー!」
「気絶しただけじゃから安心せい」
「ドニクスさん、落ち着いてよく見てくれ。石化は解けてるだろ?」
叫ぶドニクスさんの頭に飛び乗ると彼の頭を馬、アンドリューの首へと向ける。
そこには艶やかな白い体毛に被われた太い首がある。筋肉質ではあっても、決して鉱物のようには見えない。
「た、確かに石にはなっていないようだが」
「本人の意識はあるはずだから、後で事情を説明すれば大丈夫だろう。それから、ちゃんと元の姿には戻せるから安心してくれ」
突然馬にされたら誰だって叫ぶ。
俺だって叫ぶ。
アンドリュー本人は怪我や毒で意識が朦朧としていてこっちの会話など聞こえていなかっただろうし。
でも事情を知ってたドニクスさんにはもうちょっと冷静でいてほしかったなー、無理かなー。
そんな思いを乗せてドニクスさんの頭をぺちぺち叩く。髪が硬くてあまり良い手触りとは言えない。
というか肉球に刺さりそうで痛い。
「あ、あぁすまない。事前に聞いていたというのに」
「構わないさ。ただ周りの俺を見る目が怖いんで事情の説明を頼む」
明らかに怖がってるやつはともかく、軽く殺気放ってるやつもいるからな。
前世では殺気なんて感じたこともなかったが、今は肌がピリピリして毛が逆立つ。
今俺へのアクションがないのは隊長であるドニクスさんと会話しているからだろう。中々統率の取れた部隊らしい。
「それは任せてくれ。お前、いや、君たちには後で色々と相談したいこともある。部屋を用意させるからしばらくそこでまっていてくれ」
「休むのに否やはないが、どこぞ水浴びできる場所はないかの。埃っぽいはベタつくわでたまらぬ」
たしかに。
長いこと歩いていたのに加え、コカトリスたちとの戦闘で結構汗もかいている。
この際濡れタオルとかでもいいから体を拭いてさっぱりしたいところだ。
「おお、それならいい場所がある。この詰所の地下に魔晶石を利用したそこそこ大きな湯殿があるのだ」
「湯殿って......風呂!?」
「ほう、それはまた豪勢なことじゃのう。こういっては何じゃが、兵の詰所には不釣り合いな施設ではないか?」
「何、実はそこのアンドリューはこう見えて領主様のひとり息子でな。兵のひとりが風呂に入ってみたいといった翌日には出来上がっていたのだ」
こう見えてもなにも今のアンドリューは馬なのだが。
白いから白馬の王子様ってところだろうか。白馬に乗ったじゃないのがポイントだ。
「そういうことなら遠慮なく頂くとするか。アオメ、先に入ってこいよ」
「何じゃ、一緒に入らぬのか?」
「......からかうのはよしてもらおう」
「今悩んだじゃろ」
「悩んでませんー即答ですー。種族が違うとはいえ男女で同じ風呂に入れるか」
「ふーむ」
ひゅわっ!
ちょっとアオメさん俺を持ち上げて何を、ってどこ見てるんだ!
やめて、そこはまだ誰にも見せたことないの!
あ、いや嘘だわ。初対面の時盛大にぶらんぶらんさせて。
ん? なにか違和感が。
俺、森のなか走り回ってたときそんな感覚してたっけか?
「うむ、雌同士のようじゃし問題ないの」
背筋の冷えた俺へ、アオメが決定的な言葉を告げた。
そう、緑のもふもふ状態の俺は雌だったのだ。どうりでいくら走ってもぶらぶらした感覚がないわけだ。グッバイマイサン。
茫然自失の俺は抵抗することもなくアオメに抱えられて風呂場まで連行されていくのだった。
転生して美少女になるならともかく、雌の獣にされてどうしろというのだろうか?
アオメに風呂場へ連行された俺は、彼女に体を洗われながらそう考えていた。
羨ましいか? わかるぞ、洗ってもらうのは気持ちが良いしな。
緑の毛は水をよく吸い重くなっているが、毛と毛の間に詰まっていた埃なんかが洗い流されていくのを感じる。
シャンプーの気持ちよさを全身で味わっていると言えば伝わるだろうか。
何、そういうことじゃない?
仕方ないだろう、今の俺には息子がついていないのだから。美少女に全身をくまなく洗われるというシチュエーションでもまったく興奮しないのだ。
どうやら感覚や精神というのは肉体の影響を強く受けるらしい。
晩年、相当な高齢だった俺が若者のようにはしゃいだりできているのも前世還しで還った姿が若いからだろう。
年をとると精神は逆に若返る、幼くなるともいうが俺はロマンスグレーなナイスガイだったから若い肉体のせいに違いない。
ほんとだってば。
「それにしてもお主もっふもふじゃのう」
「ふふん、いい手触りだろう」
「その姿じゃと偉そうにしていても可愛らしいからずるいのう」
一糸纏わぬ姿のアオメが俺の体を洗いながらそんなことをいう。
もし前世の俺にこの状況でも興奮しないなんて教えたら、勘違いして泣き出しそうだな。
「さてヒエンよ、まさか妾が好意でお主を洗ってやったとは思ってはおるまいな?」
「わかってる、交換条件だろ?」
「うむ、さすがヒエンじゃ、話が早い」
そういうとアオメはその長い、本当に長ーい尻尾を俺の前に投げ出す。
それに俺はわかっていると頷くと、石鹸を泡立たせたタオルで彼女の尻尾を洗い始めた。
アオメの尻尾は長い。とにかく長い。ひとりで洗うのは大変だろうし手伝うくらいしてやってもいいだろう。
それに濡れた尻尾は天井にある蛍光灯代わりの魔晶石の光を反射してキラキラと輝いている。
基本は青いが角度によっては緑色にも紫にも見えるこの状態を堪能できると思えば役得とも言える。
そうそう、今更だがこの街には石鹸や泡立ちの良いタオルがあった。何を当たり前の事をと思いそうだが待ってほしい。
ここは日本でもなければ地球でもない。未だ文明レベルがハッキリとしない異世界なのだ。石鹸があるのはとてもありがたい。これだけでぐっと病気に掛かりにくくなる、少し分けてもらえないだろうか。
「ヒエンよ、考え事にふけるのは構わぬが後にしてくれんか。鱗の流れに逆らって擦られるのはちと痛いぞ」
「おっとすまん」
爬虫類を撫でる時は鱗の向きにそってだったな。そういえば脱皮中なんかも下手に触ると脱皮が失敗したりするらしい。無理に脱皮中の皮を剥がすのも相当痛いらしいと聞く。
アオメが脱皮するかは知らないが、もしするならこの尻尾は更に長くなるのだろうか?
長くしなやかで、つるつるとした鱗に被われた尻尾を見ていると軽くいたずら心が沸いてくる。
「なあアオメ」
「何じゃ?」
「もっと手っ取り早く洗う方法を思い付いたんだが。試していいか?」
「ふむ、乱暴にせなんだら別によいが」
ニヤリと笑う。
言ったな?
たしかに言質はとったぞ?
俺はその返事を聞くや否や石鹸を擦り泡立てる。そう、俺の緑の毛でだ。
めちゃくちゃ泡立たせたところで泡達磨のようになった俺はアオメの背中にひっつく。
「ん? ヒエンお主何をして」
アオメがいぶかしがるがもう遅い。
俺はそこで軽くジャンプして方向転換すると、尻尾へ向かって滑り台のように滑り落ちた。
「にょわわわわわ!?」
やばいこれ超たのしい!
小さな手で尻尾をつかんではいるが石鹸のお陰で摩擦が消えてどんどん進んでいく。
アオメがなんだか声をあげて悶えているが、今現在雌である俺はそんなことよりウォータースライダーみたいなこの状況を楽しんでいた。
そして数秒後、俺は頭から壁に激突したのだった。
しまった、ウォータースライダーと違って出口はアオメが決められるんだった。
......ガクリ。




