第4話 班長の心構えと牧場の泣声②
スカイ・ファーム中央棟の大樹内部。
その一角には化学班専用のオペレーションセンターが設けられている。
薄暗い室内では電子モニターと魔術デバイスがずらりと並び、その空間だけが、牧場という自然味あふれる環境から切り離されたような異質さを放っていた。
罵声にも近い指示と報告が飛び交い、専門用語が交錯する、誤差ひとつ許されない数値の応酬を、嘲笑うかの様に変わる現場情報───。
その光景は、現場を務める同僚達からは干渉する余地のない異質な緊張感に溢れている、理詰めの戦場と化していた。
「調査の結果───」
その中心部で、上下左右に動く特製の椅子に座り、この混乱の究明に勤しんでいる女性───。
「イデア・コアが暴走魔法をばら撒いてる」
スカイ・ファーム化学班班長のリゼ・ピクトグラムがマイクに向かって、複数の端末を同時に操作しながら、現地のグレンとバジルに向かって語りかけた。
「回廊帯の“波長”を伝ってね」
『暴走魔法!?ンなことができんのかよ!?』
リゼの前のモニターには、現地へ飛ばしたドローンが映し出すライブ映像が映っていたが、そこに映っていたのは、レンズにめいいっぱい寄ってきたバジルの強面だった。
声も無駄に大きく、リゼは思わず眉をひそめ、鬱陶しげに答えた。
「回廊帯の特性を知っていれば、そう難しいことではないけどね。ま、難しい話は置いといて」
コホンと、わざとらしく咳払いをひとつして、リゼはさらりと結論を述べる。
「イデア・コアはおそらくウイルスに感染している」
『なぜそんことが言えるんですかぁあ!?』
「うるさいな〜」
バジルの隙間から、グレンが無理やり画面にねじ込んできた。
彼の声もまたやたらとでかい、どうやら先ほどのリゼの“最大音量”で、二人の耳は本当に遠くなっているらしい。リゼは「ま、いっか」とばかりに厚底眼鏡をスチャッと直し、口元に不敵な笑みを浮かべた。
『問題提起の時はね、確実な“根幹”を添えて語るのが一流ってもんよ。大樹だけに』
「…………流石です」
ドローン越しに、リゼの満足げな鼻息が聞こえた。
グレンは稚拙な洒落を無視したい気持ちを押し殺し、最小限の褒め言葉を返した。
「この大天才リゼ様と、我ら有能な化学班が“問題起因究明”、その一点に集中し────」
するとドローンの下部から投影アタッチメントが展開され、ホログラム映像が浮かび上がる。
ホログラムに映し出されたのは、イデア・コア内部のリアルタイム映像、魔力の乱れが視覚化され、紫色の斑点がコアの中心に浮かび上がった。
映像を見たグレンとバジルは言葉を失ったまま、画面を食い入るように見つめていた。
『なんと、そのウイルスの居場所を───』
リゼの声と同時に、映像の一角が拡大される。
『ピンポイントで突き止めたのだ!』
コンマ一ミリ、相応の科学技術を待ってしても捉えることはできないであろう極小の死角───。
だがその箇所からは明らかに異質な魔力の揺らぎが強調されていた。
「マジか……」
普段は憎まれ口を叩き合う同僚の成果と、その頼もしさに、バジルは思わず感嘆の声を漏らした。
『コレを叩けば、イデア・コアは回復し回廊帯は安定する───それが出来れば一気に形成逆転さ!』
一瞬の沈黙。だがドローン越しに映る二人の目には、明確化された活路を見出し、確かな希望の色を宿した。
(ウイルス………?イデア・コア、病気なの?)
班長達の会話を背後で聞いたミコトが大樹に包まれているイデア・コアを見つめる。
彼女の胸に芽生えていたのは、“解決への希望”ではなく、増してゆく“純粋な心配”だった───。
「だけどよ、そんな簡単に上手くいくのか?」
あまりにもシンプルな解決案に“あえて”疑う態度をとるバジル。カメラに顔を近づけると、ドローンもググッとバジルに寄ってきた。
『その辺に関しては───折り紙つきさ!』
すっとドローンのカメラが方向転換し、指を差すかのように大樹の上空を見上げる。それにつられるように、グレンとバジルも同じように上を仰ぐ。
「「あれは!?」」
グレンとバジルが口を揃えて叫ぶ。
彼ら視線の先にあったのは、中央棟の“最上階”から降下してくる人影だった。
ただし───。
綿胞子のように、ふわふわと、信じられないくらい遅いスピードで。
フヨ……フヨ……フヨ……。
「「…………」」
フヨ……フヨフヨフヨ……。
「「……………………………」」
フヨフヨフヨフヨフヨフヨフヨ────。
「「……………………………………………………」」
そして、久遠にも感じられる時の果てに───。
「おっ待たせ!」
ふわりと着地した所長が、にっこりとそう言った。
「本当にな!」
グレンは我慢できた、バジルが我慢できなかった。
「コアの魔力は無限に等しい、不調の原因を取り除けば、回廊帯──いやイデア・コアは必ず復活する!」
所長はそう断言すると、身体から枝をニョキニョキと生やし、自身の樹冠へと突っ込ませた。
「そして……これが、その為の“希望”だよ」
所長が樹冠から取り出したのは、一つの「種子」だった。
「おいそれってまさか!」
「いけません!それを使うと所長のお体が!!」
動揺を隠しきれないグレンとバジルに、所長はゆっくりと首を横に振った。
「家族は、守ると言ったはずだ」
その言葉に、ドローン越しのリゼですら、苦い表情を浮かべていた。
「…………本気かよ」
その様子を見ていたベテランの職員が驚愕した表情を見せて声を漏らした。その異様な様子に、別の職員が小声で尋ねる。
「おい………あの種みたいなヤツが一体なんだってんだ?」
「あれは所長の切り札───“万能薬”だ」
「万能薬?」
「あれを使えば、この世のありとあらゆる“生物起因の病”を………確実に治癒できる」
「な、なんだよそれ?そんな薬がこの世にあってたまるかよ!」
「あるんだよ…………だから切り札なんだ、だがアレを使えば所長は───」
語尾を濁したまま、ベテラン職員は黙り込んだ。
沈黙が支配する中、所長はその種子を、そっとグレンとバジルの前に差し出した。
「これの投与には───転送魔法を使う」
『えっ?』
その言葉に真っ先に反応したのはリゼだった。
「幸い目標の位置はリゼ君のお陰で掴めている。そこへ種子をぶち込んでやればそれで終いよ!フフーン!」
得意げに自信の作戦を披露する所長だったが、 三人の班長は、誰一人として乗ってこなかった。むしろ冷ややかな沈黙が周囲に染み渡っていく。
「転送魔法が使える職員は全員現地対応だが?」
バジルがバッサリと現状を報告した。
「ええっ?じゃあどうするの?」
「………………………テメェで考えろよジジイが」
「黒メガネ君?」
唐突な暴言に、所長の葉が一枚ハラリと落ちた。
『一言で転送魔法と言いますが所長────』
割って入る様にリゼが言及を始める、その声に所長の幹に冷や汗のように、一滴の樹液が垂れた。
『転送というのは召喚を伴う魔術です。まず必要なのは、転送先に「出口」を作る召喚士の力です。地表からイデア・コアまでの距離は百数メートル、イデア・コアの直径は約二十メートル、そしてコアの中に潜伏しているウイルスのサイズは数ミリ単位。そこへ正確に召喚口を創り出す、これが絶対的な必須条件となります』
その口調に怒りも焦りもない。ただ“論理的に無理です”と突きつける、科学者特有の事実提供だった。
『召喚士が自身の目前に召喚口を創り出すセオリーとは違い、遠距離で、それもピンポイントで召喚出口を作り出す。そんな“勇者”レベルの芸当ができる召喚士なんてスカイ・ファームには滞在していません』
突きつけられる現実は、容赦なく場の空気を締め付けた。その言葉に所長が放った一言は───。
「い、いまから世界中に募集をかけるとか?」
『………………………………クソジジイが』
「それ以上はやめてくれ、厚底メガネ君」
次いで浴びせられた暴言に、所長は枯れそうになった。
「…………適任者ならいます」
「小メガネ君!!」
グレンの発言に所長は、救世主を見つけた。
「リゼ───標的の位置の可視化は可能ですか?」
『あ、ああ』
彼の質問に不安を感じるも、容易と答えるリゼ。
「可視化が可能なら《《転送士本人》》が直接、召喚出口を創り──」
「小メガネ君!」
「標的まで転送と召喚を───」
「小〜メガ〜ネ君!」
「同時に行えばよい」
「小メガネ君ンンンンヌッ!!!」
作戦の補足案に所長は歓喜に湧き「わーいわーい」と叫びながら舞い上がった。
「オイちょっと待て、簡単に言うけどよ」
『転送と召喚を同時にって………』
険しくなったバジルの表情と、リゼの声に滲む不安。二人の頭に過ったのは、同じ一つの懸念だった。
『そんな神技ができるのは《《世界に一人だけ》》だ。グレンお前まさか………』
「私がこの任を、担います」
迷いなど微塵もなく、グレンは自らを遂行者に名乗り上げた。
「リゼ《魔力増幅装置》の用意を────」
『推奨できん!危険すぎる!』
冷静な彼女が感情をむき出しにして声を荒らげた。それだけで、彼の選択が及ぶリスクが尋常ではないことが伝わる。
だが、グレンの表情は変わらない。
───すでに彼の覚悟は決まっていた。
「所長の種子はウイルスの付近で物理的に破裂させる必要がある、魔法でそこまでの仕掛けを施しながら、種子を転送させることができるのは、私だけ────ッ!?」
ズズウウウウン────。
グレンの言葉が出尽くすよりも前に、中央棟が再び大きく揺れ動いた。
「────ッ!?どうしたぁ!?」
バジルが叫び、身を翻して周囲を見渡す。
だが、目視できる範囲には異常はない。
『オイ!リゼェ!』
「ちょっと待って!!」
バジルの声が届く前に、リゼは既に目にも留まらぬ速さでデバイスを操作し、原因を調べ始めていた。中央棟の全システムを使い、島全体をくまなく捜索する。
「空に浮かぶ島に《《地震》》なんか起きない、問題は“上か下か”───」
デバイスを叩くその指は、焦りなど微塵も見せず正確に動く。思考を巡らせるよりも早く、解析結果が導き出された。
「これは?────ッバジルぅ!!」
リゼはマイクに向かって吠え、バジルに震源地を伝えた。
『隔離施設だぁ!!』
中央棟の地下、大樹の土台部分には、様々な理由によって、その安全が確保されるまでは他の種との共生を遮断させる為の隔離施設がある。
生物を隔離する最大の理由の一つは「危険」が含まれていた。
たちまちに亀裂音とともに地面が割れ、隔離施設から這い出てきた巨大生物が咆哮を上げる。その咆哮は空気を裂き、音だけで遠く離れた地区の生物すら怯ませるほどの威圧を放っていた。
各地区で暴走していた生物たちとは明らかに質が違う、“災害”と呼ぶべき存在の出現に、現場の空気が凍りつく。
バジルはサングラスの奥で目を細めると、静かに舌打ちを鳴らした。
「よりにもよって林鯱かよ───」
* * *
【スカイ・ファーム個体記録】
《林鯱》【哺乳種】海獣型
全長:十二メートル/体重:八トン
生息地:スカイ・ファーム『樹海区(予定)』
危険区分:クラスB(要隔離)
召喚獣適性:未認定(調査対象)
◆肉食性、海獣型陸棲生物。
流線型の体躯と強靭な四肢を備え、表皮は黒を基調に黄橙色の縞模様が全身を走る。視覚的威嚇と保護色の両面を持つとされる。
本来は水棲環境に適応した種と推測されるが、地上でも極めて高い運動能力を発揮し、特に地を這うような低姿勢での高速移動に優れる。
◆知性も高く、生態系の頂点に位置する捕食者として、単独・群れの両方で狩りを行う。定住した土地では、周囲の生物を“根こそぎ食い尽くす”危険性を孕むため、スカイ・ファームより「モンスター・パニック・サービス」へ捕獲依頼が出され、回収された。
◆現在は調査対象であり、「召喚獣」としての正式認定はされていない。
* * *
林鯱は地上に現出するや否や、咆哮をあげ、獲物も狙わず、凄まじい勢いで地を這うようにして、瞬く間に大樹の根元へと辿り着いた。
「そこでストップだ!」
暴れ馬の手綱を取るように、林鯱の巨体を抑え込みながらバジルは愚痴を漏らした。
「ったく加減ってのは面倒だな」
「バジルさん!ここは俺たちが────」
「近づくな!コイツの強さは並じゃねえんだ、命が惜しけりゃ引っ込んでろ!」
訓練班の若手が交代を買って出るが、バジルは首を横に振る。バジルのその剛腕から逃れようと林鯱は押さえつけられたまま抵抗を続けていた。
他の訓練班では寧ろ危険だとバジルは判断し怒気を圧縮するように声を放った。
(何故だ?)
先刻から続くスカイ・ファームの異変、生物達の過剰な暴走。
共通する“方向性”。リゼはその因果を追うように、黙考を深める。
(林鯱も、ゴスペルティリオも、何故、生物たちは中央棟………いやイデア・コアに集まってくる?まるで吸い寄せられてるかのように───)
どれだけ状況が悪化しようとも、彼女はパニックに陥らない────。
(イデア・コアが生物達を暴走させ、スカイ・ファームの管理から逃げ出し、一箇所に集めようとしてるのなら………)
情報は断片的。それでも頭の中で最速で組み立てられた結論は、最悪の想定へと辿り着いた。
(まさか………?)
「リゼ君!早く!万能薬が新鮮なうちに!」
『鮮度関係ねぇだろうが!黙ってろブロッコリーが!!』
集中を乱されたリゼは、噛みつくように所長に言葉を吐き捨てた。
「しかしもう猶予がありません、リゼ早く」
『どいつもこいも………こンの………死にたがりどもがッ………』
憤りから「ギリィ」と歯を噛み締めたリゼは、化学班の職員に向かって叫んだ。
「《魔力増幅装置》を飛ばしてくれ!」
「はっはい!」
* * *
リゼの個人的な発明その五
《魔力増幅装置》コードネーム【ドーナッツ】
ヘルメット型の装置で、被った者の魔力を最大限まで引き出すシンプルな仕様。しかし兵器として悪用されぬよう、制作された試作品が一つだけ、化学班にて保管されている。
そんなこの装置に刻まれた、リゼの本日のお言葉。
『───魔力の乱れは心の乱れ───』
* * *
『いいかグレン?』
『いくらドーナッツを使うとはいえ、お前の魔力は《《枯渇》》しているも同然なんだ!』
『ウイルスの位置はこちらからドーナッツの画面へと送る』
『後の転送に備えて、召喚口のサイズは最小限に抑えろ』
『もし魔力が尽きたらどうなるか、分かってるよな?魔力の消耗と発動のタイミングを間違えるなよ?』
リゼの忠告を聞いているのか、いないのか。
別のドローンで届けられた魔力増幅装置を受け取ったグレンは無言で装着する。
起動したヘルメットからゴーグルのような部品がせり出すと、彼の視界は情報で覆われた。
(さて………確かにこの“状態”では満足にはいかないとは思いますが)
グレンの視界にはリゼから送信されきたイデア・コアと、その内部に潜伏しているウイルスの位置情報が映像化され、実際に見えるコアとトレースができる状態になった。
(………ここか)
グレンの視界に、リゼから送られたイデア・コア内部の映像が投影される。
ウイルスの位置情報は、実際のコアと寸分違わず重なった。
「所長、種子を!」
「あい!」
「お願いですからもう少し緊張してください」
ぽいっと種子をパスで渡す所長。
グレンは呆れを込めてぼやくと、今日はもう何度目か分からないため息をつきながら、左手をイデア・コアに向け、照準を細かく調整する。
そして静かに、ほとんど聞き取れないほどの声で呪文を唱えた。
「GATE」
その小さな呼び声と共に、彼が放った召喚魔法は、遥か上空にあるイデア・コア内部で微細に展開され、ウイルスのすぐ傍に出現する。リゼのデータと照らし合わせたその位置は、限界まで精密に調整されたものだった。
(召喚魔法は造作もなし、後は………この種子を転送するだけ………集中しろ)
左手で召喚魔法を維持したまま、グレンは右手に魔力を集束させ、転送魔法を発動させた。
その瞬間───わずかに体が痺れる感覚が走った。
しかし彼は、一切の感情を顔に出さず、淡々と動作を続ける。やがて右手の魔力が安定し、種子を送る準備が整った。
「どうやら───大事には至らないみたいだな」
その様子を見届けたバジルは、林鯱を押さえ込みながら安堵の声を漏らした。
バジルだけでなく、誰もが作戦の成功を確信しようとした───その時だった。
キィイイイイイイイイイイイイイイン!
“耳をつんざく”───そんな比喩では到底足りない、空間そのものを捩じ切るような超高音が一帯を襲った。
あまりの衝撃に、リゼのドローンのレンズにも亀裂が走り、視界が一気に歪む。
「───ッ!?何が?」
慌ててモニターに顔を近づけるリゼ。割れた画面を睨みつけるように、凝視する。
割れた画面に僅かに見えた状況に彼女は絶句した。
「グレン!?」
そこに映っていたのは、砕け散った魔力増幅装置の残骸。
そして────その隙間から覗いたグレンの顔は、白目を剥き、口元から血を滴らせながら、膝から崩れ落ちていた。




