三十三話 エピローグ、木漏れ日の中
公爵家の庭に伸びる、大きな林檎の木の下で。
幹の側に大きな布を広げ、片膝を抱える姿勢で座る。
僕は木陰の中で目を閉じ、鉛筆が走る音を聞いていた。隣から人の温もりを感じながら、目を閉じ軽くうたた寝をする。
心地いい、お昼寝日和。
カリカリと響く音。だが程なくして、音はぴたりと止んだ。
薄らと目を開ける。
「……描き終わったのかい」
「ええ」
アンが答えた。
目を開けた僕が見たのは、スケッチブックを閉じた彼女の手。
「何を隠したの?」
「何でもないわ」
僕の隣で腰かけていたアンは、スケッチブックを見えない方に隠した。何を描いたのかは教えてくれないらしい。
「見せてくれないの?」
「ふふ、そんなに気になるの?」
言い返してくる彼女の顔は、少しばかりいたずらそうな笑みを浮かべていた。
「ドレスの絵だったりして。君は絵が上手だから」
「あら、どうしてドレスだと思ったの。貴方に見せたことがあったかしら……」
「……うん、見たことがあるよ」
前世の記憶の中で。
木の葉が揺れ、木漏れ日が差し込む。
ここにいるのは僕とアンだけ。誰にも邪魔されない、二人だけの時間が流れる。
学園祭から一ヶ月が過ぎた。今は新学期との間にある長期休業に突入していた。
王家から離脱することを決めている僕は、近いうちに公爵家に婿養子に入る。籍を外すことに時間はかかっているものの、アンとギルバートの婚約は無事解消されており、おおよそ僕が思っていた通りに事は運んでいた。
「来月からも、アンは学園に戻るつもりかい?」
「はい……卒業はしませんと。学園に送り出してくれたお父様とお母様に、示しがつきませんもの」
「ギルバートとミリエラに会うことになるよ」
元婚約者と、立ち位置を奪った友との再会。学園祭以降、アンがミリエラと話している姿は見ていない。
「不安だろう。学園では僕がずっと隣にいる。毎日、寮の近くまで迎えに行くよ」
「そこまでしなくて大丈夫よ、セオドール様。フレデリク様が寂しがってしまうわ」
「じゃあフレデリクも」
今や公爵家とオストナー伯爵家の関係は最悪とも言えるが、アンは個人としての付き合いは別物だと考えているらしい。
ミリエラに婚約者を取られようとも、アンは一度も彼女の義兄であるフレデリクのことを悪く言わなかった。
「それからアン?」
ずいっと顔を寄せる。アンはポッと頬を染めると、腰を浮かせて身じろいだ。
「セオドールじゃなくて、セオ。僕らの間に『様』なんて敬称は必要ないでしょ」
アンの口調はだいぶ砕けてきてはいるが、これまでの関係がまだ後を引いていた。
「で、でも、セオドール様。だってまだ、王子ですし……できません」
「王子だとか関係ない。ここには僕らしかいないよ……この木の下には」
アン、と彼女の名前を呼ぶ。
見つめ返す彼女の唇が震え、開いた口元から音が紡がれる。
「…………ええ、セオ」
そっと彼女の頬に、口付けを落とす。
風が吹き、髪を攫った。
彼女から感じる爽やかな緑の香り。
胸を満たすのは、ようやく手に入った彼女を独り占めできる多幸感だった。
当作品をお読みいただきありがとうございます!
こちらのお話で一旦、完結の扱いとさせていただきました!
主人公セオドールの目的も達成しましたので、こちらで区切りをということで……。
続きはまた第二部として、まとまり次第投稿する予定です。投稿再開の際には、またお読み頂けたら嬉しく思います。
また、感想や評価等頂けましたら大変励みになります。
最後に改めまして、作品にお付き合いくださり誠にありがとうございました!




