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死に戻り聖女は、魔王への愛を叫ぶ  作者: 三歩ミチ
7 聖女は、魔王への愛を叫ぶ
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7-3 リナルドの無事

「君達……随分距離が近くないか?」

「フィリスは俺の妻だぞ。何の問題がある」

「それなりに危ない橋を渡った挙句、見せつけられる僕の気持ちにもなってくれよ」

「そうか。ならば見なければいい」


 リナルドが再度城を訪れたのは、それからひと月ほど経った頃だった。配達鳥によって示された約束の時間に瘴気の壁まで迎えに行き、共に魔王城までやってきたのだ。

 執務室の立派な長椅子に腰掛け、誇示するかのように隣のフィリスへ手を回すシルヴァンを見て、リナルドは眉を顰める。呆れと憂いを帯びた表情を浮かべるリナルドは随分大人びて見え、フィリスはしみじみと彼の顔を見つめた。

 彼が達観して見えるのはなぜだろう。その理由を考えると背筋が冷える。


「大丈夫だよ、フィリス。この指輪が僕の身代わりになったことは一度もない」

「ああ……良かった」


 フィリスの不安を感じ取ったらしいリナルドの言葉に、緊張を緩めて胸を撫で下ろす。そんな様子を見たリナルドは釣られたように表情を緩めるも、「危ない橋はいくつも渡ったけどね」と続けた。


「おかげで充分な土産を手に入れられたよ。本題に入っても?」

「勿論だ」

「人魔戦争を終わらせる判断は父様にしかできないけれど、父様もひとりで決断を下すわけではないんだ。諮問会というのがあってね。何か決める際には、研究局長に大司教、騎士団長を召集して各方面の意見を聞くことにしているらしい」

「へえ……大司教様も」

「あの方は聖教会のトップだからね。まあ、僕もずっと戦線に居たからその辺りの事情は今回初めて知ったんだけどさ。……つまり、まずは諮問会を開いてもらうこと。そこで戦争を終わらせようと発言してもらえば戦争を終わらせる向きになる可能性はある」

「まどろっこしいな。俺が直接話せば簡単さに終わらせられると言うのに」

「脅せば、の間違いだろう。確かにそれでも終わるとは思うけど……フィリスはそれを望むのかな」

「戦いが終われば良いのだろう? 何の問題がある」


 伺うようなリナルドの視線と、確信に満ちたシルヴァンの瞳。それを順番に見比べたフィリスは、考えをまとめてから口を開く。


「駄目です……シルヴァン様が脅したら、敵対関係はなくなりませんから」

「表立って攻撃しなければ問題は起きないぞ」

「それじゃ、魔人の皆さんはいつまで経ってもネフィリア王国に入れないままですよ」

「そんなもの、昔からずっとそうだぞ」

「それを変えたいと思っているんです」


 訝しげなシルヴァンの目を、フィリスは視線に力を込めて見つめた。


「シルヴァン様は勿論、魔人の皆さんは、私に優しくしてくれました。その優しさを、ネフィリアの人々はまだ知らないだけなんです。互いを知れば、手を取り合って進めるはずなんです。リサ達が気兼ねなくネフィリア王国で暮らせて、ディルさんが街のお店で好きなだけ食事を食べられる、そんな未来があるべきなんです」


 つい力がこもり、気づけば拳を握りしめていた。前のめりに語るフィリスの言葉を受け、暫し沈黙したシルヴァンが「なるほどな」と呟く。


「やたらと戦争の終結にこだわると思っていたが……お前の望みは、その先にあったのか」

「はい。そうなれば、私とシルヴァン様だって、手を取り合って街を歩けるんです。一緒に美味しいご飯を食べて、綺麗な景色を見に行って……」


 そんなことができたら、どんなに良いだろうか。フィリスが密かに夢想していたことが、言葉に連なって口から溢れ出る。


「綺麗な空を見て、楽しい演劇を見て。そんなことを一緒にできたら、幸せじゃありませんか」

「……フィリスのこの顔を見てなお、君は脅しを選択肢に入れるの?」

「お前に言われずともわかっている。……全く、お前は凄い女だな。この二百年どころか、我々が手を取り合うことなどなかったのだぞ。それを叶えたいと言うのか」

「はい。話せばわかると思うんです。ねえ、リナルドもそうだったでしょ? 今はシルヴァン様とも普通に話しているじゃない」

「僕は、フィリスが幸せそうにしているのを見ていたからね。父様はもちろん、諮問会の参加者を納得させるのは難しいよ。改めて色々な聞き込みをして思ったけれど、『魔石が手に入らなくなる』というのは痛すぎる。特に研究局長のマデルは絶対に反対する。彼は魔導具の開発に人生を注いでいるんだ」

「そっか……」


 フィリスの視線は、自然と落ちる。リナルドとは、長年「戦いを終わらせる」という共通目標の元で頑張ってきたのだ。彼が難しいと言うのなら、本当に難しいのだろう。


「……魔瘴石ではいけないのか?」

「ましょうせき? 何かな、それは」

「この城を取り巻く濃い瘴気の中には、しばしば魔瘴石というものが生まれるのだ。魔瘴石からは魔獣が生まれる。放置しておくと無尽蔵に増えるから日々適当な数だけ残して破壊しているのだが……何しろ、魔獣の素だからな。魔石よりも力は強い」

「そんなものがあるなんて初めて聞いた。うーん、そうか……今の説明をそっくりそのままして、現物を見せたらマデルは頷くかもしれないな。うん、きっとそうだ。早く研究したくてうずうずして、椅子にまともに座っていられない姿が目に浮かぶようだよ……はは」


 その様子を思い浮かべたのだろう。リナルドは、どこか呆れたように笑う。そんな気の抜けた表情は一瞬で引っ込み、大人びた顔つきに戻った。


「魔瘴石を、僕が預かることはできるかな。マデルには事前に話をつけておくよ」

「ああ。……いや。あれは濃い瘴気の塊だからな。そのままお前に渡すのは危険かもしれん」

「触れたら死ぬかもしれないってこと? へえ、僕の命に配慮してくれるんだ」

「お前が死んだらフィリスの願いが叶わないからな。それに、俺は命を奪うことを好んではおらん」


 そう答えるシルヴァンだが、彼は必要だと思えば簡単に人間を滅ぼそうとする思考の持ち主だとフィリスは知っている。そんな彼が、フィリスのためにリナルドを生かそうとしてくれているのだ。どう見ても、フィリスはシルヴァンの特別である。


「……フィリス。君ってやつは……今は一応、真面目な話をしているんだよ」

「おっと。この可愛い顔をそれ以上お前に見せてやるわけにはいかんな」


 さっ、とシルヴァンの大きな手がフィリスの顔にかざされる。気付けば、頬が随分緩んでいた。フィリスは意識的に口元を引き締め、「もう大丈夫です」とシルヴァンの手のひらから顔を出す。

 シルヴァンは手を机上に置き、視線をリナルドへ戻した。


「近頃サディロ街で、瘴気の影響を軽減するものが売られ始めたという情報が入っている。それで魔瘴石を包んで、お前に持たせるつもりだ」

「……そんなものがあるってことを、僕に教えていいのかい? それを着れば、僕はこの城に自由に行き来できるよ」

「ディルによると、その効果は無生物限定だそうだぞ。瘴気を通っても食材が悪くならないからと奴は重宝しているが、お前が城を出入りできるほどのものではない。それに……」


 ふっ、とシルヴァンは唇の端を緩める。


「お前はそんなことをする奴ではなかろう」

「へえ……いつの間にか信頼してもらってるみたいで」

「ああ。お前にフィリスを裏切れるはずがない」

「はは、よくお分かりで。……それじゃ、それを調達してこようかな。サディロ街? ってところには、どうやって行くんだい?」

「お前が行く必要はない。ディルが持っているぞ。ライラに頼んで買わせたらしい」

「なるほど……いや、でも。その街の様子はちょっと見ておきたいな」

「お前が行くということは、フィリスも行くということだろう? 駄目だ」

「騎士団長を説得できる情報を得られるかもしれないんだ。……フィリスのためになるぞ?」

「ちっ。……わかった。フィリス。手を出せ」


 舌打ちするシルヴァンに促されて手を出すと、黒い指輪をはめられた。


「あら? これは……」

「俺の角を加工して作ったものだ。以前作ったものと同様、お前が危機を感じたら、俺の角が震えるようになっている」

「えっ? この指輪、そんな効果があるのかよ」


 驚きの声を上げたのはリナルドだった。服の襟元を引っ張り、首から下げた指輪を覗き込んでいる。


「どの程度の危機で震えるんだ? 心当たりが何度かあるが」

「えっ? シルヴァン様、震えたことはないって」

「……無闇に心配させても仕方なかろう」


 目を逸らしてそう呟くシルヴァン。嘘だとわかったフィリスだが、何しろ目の前のリナルドは無事だったようなので、それ以上追及する気にはならない。


「行こうか、フィリス。……いやあ、悪いね。フィリスと街をふたりで歩くなんて、君にはできないのに」

「殺すぞ」

「怒らないでくださいよ。シルヴァン様とふたりで歩ける日が来るように、皆を説得するんですから」


 フィリスがそう口を挟むと、男二人は不意をつかれたような表情をする。


「……敵わんな、お前には」

「まったくだよ」


 やれやれ、と言わんばかりの二人の態度に、フィリスだけが首を傾げるのだった。

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