4-2 また戻れるならば
「ふふっ、ふふっ、ねーえシル、フィリスちゃんの可愛い話聞きたい?」
夕飯に舌鼓を打ちながらライラがそんな切り出し方をした時点で、フィリスは嫌な予感がしていた。その予感を裏付けるように、ライラが浮かべるにやついた笑顔は何処となく悪戯めいている。
「何かあったのか?」
「フィリスちゃんね、採寸に行っても緊張したのか全然話もしてくれないし、顔色もあんまり良くないし、うち嫌われちゃったのかと思ってたのよー。でもねえ、あるひと言を言ったら元気になってくれて、それからは楽しくお話が出来たわけ。何て言ったと思うー?」
「……わからんな」
「『うちはシルの妹だよ』って言ったのー。ねえわかる? 意味わかる? フィリスちゃんったら、うちのことシルの恋人か何かだと思ってたんだって!」
「勘違いしただけなんですよ、あんまり仲が良さそうだったから」
横から口を挟めるくらいには、フィリスはライラと打ち解けていた。勘違いをわざわざシルヴァンの前で暴露しなくったっていいのに。恥ずかしくて、フィリスの頬は少し熱くなる。
「可愛いよねーえ、嫉妬しちゃうなんて! シルったら、愛されてるう」
「えっ?」
「うん? どうしたの、フィリスちゃん」
「私……嫉妬、してたんですか」
「してたでしょ。えっ、無自覚だったの? あんな深刻そうな顔してて?」
無自覚であった。
そうか、あれは嫉妬だったのか。
ライラのことをシルヴァンの恋人なのではないかと勘違いし、親しそうな口振りを見るたびに胸の端がちりちりと焼けていたあの痛みは。自分はそれほどシルヴァンと仲良くなれていない気がして、胸の辺りでもやもやしていたあの気持ちは。
「嫉妬、だったんだ……」
言葉にすると腑に落ちる。嫉妬、という感情はわかる。妬み。自分よりも優れた、有利な立ち位置にある者を羨む心である。
フィリスは、ライラが自分よりもシルヴァンに好かれているのだと思って嫉妬したらしい。
(……待って。ってことは、私)
そんなことに嫉妬するなんて、まるで自分がシルヴァンのことを、好きみたいではないか。
「…………っ!」
「あはー、かーわいい、顔真っ赤」
「みっ……見ないで、見ないでくださいっ」
頬どころではない、首筋から耳まで熱い。こんな顔を見られるのが恥ずかしくて、フィリスは両手で顔を覆う。
「ねー、かわいいねえ、シル。フィリスちゃん、自分がシルのこと嫉妬しちゃうくらい好きってことに気づいてなかったみたい」
「…………」
シルヴァンの返答がないことも気にかかる。「フィリスはシルヴァンのことが好きだ」なんてことは、本来当たり前の指摘のはずだった。フィリスはシルヴァンを愛していると言い放ち、ここへ来たのだから。こんなところで照れていたら、あの時の発言が嘘だったと知れてしまう。
けれど、顔を上げるのも恥ずかしい。今シルヴァンのあの、青く綺麗な瞳と見つめあったら蒸発して消えてしまいそうだ。
顔を覆ったまま葛藤するフィリスの耳に、何かひんやりしたものが触れる。
「ひっ」
「今こっちを見るな」
フィリスの頭を押さえたのは、シルヴァンの手らしかった。視線を交わすことも許されないのか。それはそれで寂しい気持ちになる。
「安心して、フィリスちゃん。シルは顔赤いの見られたくないだけだから」
「言ったら意味ないだろ、ライラ!」
「教えてあげなきゃかわいそうじゃーん、こんなに楽しい光景なのにぃ」
「楽しいのはお前だけだろうが」
けたけたとライラの笑い声が響く中、フィリスとシルヴァンは気恥ずかしくて視線を合わせられないまま食後のデザートを見つめる。プリンをすくい、口に含むタイミングがぴったり重なってしまい、それだけで恥ずかしくて耳が熱くなる。
「あははっ、二人してまた赤くなってる。かわいー、ほんと可愛い」
「……うるさい」
「仕方ないでしょこんなん、どーなってんの? 婚礼の儀をするって話になってんのに、付き合いたてのカップルみたいなんですけど!」
初々しいのも無理はない。二人は今、両思いを確信したところなのだ。
(シルヴァン様も、同じように思ってくれているんだわ……!)
恥ずかしさの嵐の中で、同時に喜びも湧き上がる。フィリスがシルヴァンを好きだと発覚して、これだけ赤面してくれるのだから、そう考えてもいいだろう。そう、フィリスはシルヴァンのことが好きなのだ。今となっては、それは本心である。
恥ずかしさと、喜びと。その渦に少し慣れてくると、途端に暗雲が立ち込める。
(こんなに素敵な人に、どうして嘘なんかついてしまったのかしら……)
優しいシルヴァン。フィリスの、どう考えても嘘である「愛している」という言葉を、信じようとしてくれた人。だからこそ始まりが嘘であることが、今になってちくちく胸を刺す。
「……恥ずかしいところを見せたな」
「……私こそ、すみませんでした」
「いや……おかげで、お前の気持ちはよくわかったぞ」
どうにか復活し、互いにほんのりと頬を赤くしたままぽつりぽつりと言葉を交わす。ライラがとても嬉しそうな微笑ましいような生温かい目で観察する中、気まずい二人は食事を終えた。
部屋に戻りながらも、フィリスの心の中はぐるぐると疼く。嬉しい。だからこそ、あの嘘を取り消したい。またあの瞬間に戻れるならば、今のフィリスは心から、シルヴァンを好きだと言えるのに。




