[57]夢間
翌朝。東の窓から射し込む光と、南の窓から聞こえる金属音に目を覚ました。もう……朝なんだ。昨日は沢山歩いた所為か随分良く眠れた気がした。
ベッドから降り、窓辺に立つ。朝からもう暑そうな陽差しが照りつけている。そんな左手の窓から右へ視線を移し、ずっと先を見やれば、激しい稽古に打ち込むタラとラヴェルが居た。
「……」
何か……凄い。
二人の気迫に押されて、一人きりの室内でも声すら出てこなかった。寝着のまま部屋を出て、廊下を回りリビングへ向かう。大きな南の窓はまるで、決闘のシーンを映す巨大スクリーンのようだった。
ラヴェルの持つのはタラが言った『サーベル系のロングソード』なのだろう。幅広の片刃で振り被り切りつけるタイプだ。対してタラの剣は細身で長く、真っ正面に突いて相手を捉える──多分『レイピア』と呼ばれるものだろう。武器には詳しくないけれど、長身で手足の長いタラならば、相手の懐に入れずとも一撃を喰らわせられそうだ。反面ラヴェルはウェスティやタラに比べて小柄なことを生かし、接近戦での攻撃に適した剣を選んでいるように思われた。
……と、こんな格好で観戦してる場合じゃないんだった。
あたしは二人の様子に目を奪われながらも、もう一度自分の部屋に戻り支度を整え、リビング西隅のキッチンにて食材を物色し始めた。あの夕食の後にタラが買い足してくれたので、朝から豪勢な食事が作れそうだ。勝手の分からないキッチンなので少々戸惑いながら、それでも二十分程で朝餉の準備が出来上がった。
さて……でも、どうやって二人を中断させよう?
窓を開くことさえ気の引ける張り詰めた空気に、つい呆然と立ち尽くしてしまう。手にしているのは真剣なのだ。やたらに声を掛けて怪我でもされたら大変だし……うーん……?
「まだまだイケるんじゃないの~! ラウル!!」
その時今まで一言もなかった闘いに、タラの挑発的な言葉が響いた。これってもしかしてチャンスかも!?
「あ、あのっ、タラ……!」
「ん?」
急ぎ窓を開けて呼び掛ける──が!
「おおっとぉ……」
タラはあたしに苦笑いを向けながら、目の前に降ってきたラヴェルのソードを、レイピアの鍔で寸前受け止めていた。
「タラ。幾ら相手が自分だからって油断し過ぎだ」
ラヴェルは冷静な表情と口調のまま、芝生に投げてあった鞘を取りに行き稽古を終えた。
「違うわヨォ~だって美味しい匂いがしてきたんだもの、ネェ、ユスリハちゃん!」
「す、すみません……朝食の支度が出来たって、ずっと視線を送っていたんですけど、なかなか気付いてもらえなくてつい……」
あたしは身をすくめて謝った。ヘタをすればタラの綺麗な顔に傷が付くどころか、大怪我や死ぬことだって有り得るのだ。
「ごめん、ユーシィ。自分が悪いんだ。それに気付ける程の余裕が自分にはなかった」
「え……」
リビングに上がろうと目の前を通り過ぎる薄紫色の影が、バツの悪そうに謝罪をした。部屋へ促すようにそっとあたしの頭を撫で、洗面所に向かって消えてゆく。少し悔しそうだったその言葉に何も返せず、立ち止まってしまったあたしの肩を、後ろからタラが優しく抱き留めた。
「あの子、ちょっと焦ってるのかもネ。ワタシがヴェルに戻っていて、しばらく稽古が出来なかったから。大丈夫ヨ、あの子ならすぐに遅れを取り戻せるわ。さ、ユスリハちゃんの美味しい朝食が冷めない内に戴きまショ! それから途中で声掛ける合図も決めて置かないとネ!」
「は、はいっ」
……そうだよね。ラヴェルだってきっと先が不安で仕方ないんだ。なのにあたしばかりが慰められている。こんな自分でどうしてミルモを癒せると言うの? ちゃんとしなくちゃ、しっかりと、じっくりと。
「ユーシィ~さすがにお腹が空いた! 早く来ないと食べちゃうよー!」
戻ってきたラヴェルがダイニングのテーブルから、既にソーセージを刺したフォークを掲げてあたしを呼んだ。気持ちを切り替えてきたのだろう。洗った顔は心の中と同じくサッパリしている。
「タラが戻るまで待ってなさいよーっ」
口元へ寄せたフォークを押さえてあたしは笑う。対抗しようと大口を開けたあいつの顔もいつになくにこやかだ。それを肩に留まったピータンと、後ろで伏せていたアイガーが、キョトンとした目で見詰めていた。
「ちょおっと~ワタシの居ない間に何イチャついてるのー? 折角だから見せなさーい!」
「タ、タラっ、イチャついてなんかっ──!」
こんな楽しい日々がずっと続いたらいいな。
ツパイとタラとピータンとアイガーと、そしてラヴェルとあたし。四人と二匹の楽しい日々が──。




