[40]実行 〈T&W〉
『王に再び子を得る気持ちがない──要するに、王は新しい継承者を生み出そうとはしなかったのです。最初にお話しましたことは覚えていますか? 王族の男子であれば、誰でもジュエルの継承者を生み出せる要素を持っていますと……ですがその頃一族の中には、三家系の女子を娶った青年はおりませんでした。更に水面下ではとある戒厳令が布かれていたのです。王の許以外に継承者が現れぬよう、王族と三家系の婚姻を禁止するという……だからこそ危機を感じたジュエルはラヴェルを選んだのでしょう。アイフェンマイアの血を持つ姫君と、三家系ではなくともジュエルに力を与える存在であった義眼師……七年間王を信じてきた王家の人々は驚いたでしょうね。王が再婚を果たす前に、そんな所から継承者が生まれてしまった訳ですから。そして王も……王自身も操られていることに気付いてはおりませんでした。王は匿った王妃と王子に惑わされていたのです。特に成長するにつれ賢くなる王子ウェスティに……いえ、賢いだけならまだ良かった。彼は非常に狡猾で、他人を欺くことに長けていました』
「え……?」
あたしはその後半に耳を疑った。あんなに優しいウェスティが……狡猾?
『ウェスティの花嫁第一候補に立てられたタラは、幼い頃より王妃見習いと称して、城に通うことを命ぜられました。もちろん生まれた時点で、ウェスティが継承者ではないことは一目瞭然でしたので、表向きは後々生まれるであろう新しい継承者に備えてとしてです。王子の誕生が遅れたとしても、僕のようにまた時間を止めれば良い、そんなたてまえの下にタラは……密かにウェスティと同じ時を過ごすことを強要されました』
タラさんが……ウェスティと……。
あたしはあの飛行船内で、タラさんの親密そうな台詞と、ウェスティの他人行儀な応対を思い出した。
『強要と言っても、小さいタラにはとても楽しい時間であったようです。ウェスティは優しく、良き兄で良き友で……二人が思春期を迎えた頃には、れっきとした恋人でした』
トクン……あたしの中で、何かが震えた。
『同時にラヴェルも物心が付く頃には、やはり表向きは新しい継承者となるべく、王宮通いを求められました。本来ならば継承者としての御印が現れた時点──誕生直後に城へ移される筈でしたが、ウェスティを隠して目論む王と、愛すべき息子を手放したくないラヴェルの父が、それぞれ別の理由を抱えながら同じ結論に到った故でした。こうして日々ウェスティと接した二人は少しずつ、けれど着実に彼の罠に嵌まっていきました』
「罠……?」
あたしの洩らした疑問に、ツパイは一つ咳払いをした。
『元々ラヴェルはとても複雑な環境に身を置かれていました。母親が王家の出身であるとは云え、デリテリートの息子となりながら、継承者の姿で生まれてきた訳ですから、周囲は戸惑い、彼の処遇に困ってしまったのです。彼には親しい友も出来ませんでした。先を期待して露骨に上げへつらう者もいれば、どうして王宮に引き籠らないのかと罵倒する者もいた……それでもまだそのように接触を図られるのはマシな方で、殆どの人間は「触らぬ神に祟りなし」と彼から距離を置きました。彼に人としての愛情を注いできたのは、両親と祖父、国民に向けては花嫁候補と偽りを流された、姉のような存在だったタラと……そしてウェスティだけだったのです』
「そ、んな……──!」
そんなことって……それじゃあ、あいつがあんまりじゃない!!
思わずピータンの座るテーブルの端にしがみついてしまった。あんなに人懐っこそうなあいつなのに……いや……だからこそ、あんなににこやかで淋しい笑顔をするの?
『今のユスリハの反応、ラヴェルが見たら嬉しく思うことでしょうね……ですが、続けますよ。ウェスティはラウルにウル、タランティーナにティーナと愛称を与え、自分をスティと呼ばせることにより、一層親近感を募らせました。こうして孤独なラヴェルはタラと共に、徐々にウェスティに取り込まれていったのです。そんな彼らの楽しい日々に……ついに事件は起こりました』
事件──あたしはごくりと唾を呑み込んだ。
『ウェスティが成人を迎えた十八歳、ラヴェルが十一歳の時です。通常ラヴェンダー・ジュエルの次代継承は、先代王の亡くなられた時点、次期王が成人していた場合にのみ行われます。その際まだ成人に達していなければ、城の奥にある保留庫にて、ジュエルは眠りに着くことになっています。ですが王は強引に、ウェスティの成人時、隠してきた彼を公表し、ジュエルを継承させると宣言しました。全ては……ウェスティの巧みな策略によって』
「う、そ……」
ツパイの『物語』は全てウェスティを『悪』と決めつけていた。でも、今のあたしにはどうにも信じられることじゃない。これは真実なの? 誰かが嘘をついているの??
『優しく聡明な従兄と恋人……信じきってしまったラヴェルとタラに、反対意見は有り得ませんでした。ラヴェルは自身の継承権を放棄し、タラはジュエルの花嫁となることを承諾した。こうして国民の懸念は表面化されることなく捻じ曲げられ、事はウェスティの思うままに進められたのです』
あたしは自分の両手を膝の上に戻し、ギュッとお互いを握り締めた。本当なんだろうか? そして……あたしもウェスティに騙されているの?
『大丈夫ですか、ユスリハ。此処まではプロローグに過ぎません。本題はこれからなのです。ヴェルに君臨したウェスティが初めに犯したこと……それが真に……凄惨な行為でした』
「……」
大丈夫かなんて、大丈夫な訳がなかった。それでも今は聞かなくちゃ。そう思う気持ちが、あたしの瞳にピータンを映し出した──。




