[41]偽装
此処から先のツパイの声は、益々心を潰しながら絞り出すような、哀しみを湛えた色を見せた。
『ジュエルを手に入れたウェスティは……まず国を出ました。目的は、国外へ逃亡した民の……その内の「ジュエル継承者の種子」を根絶やしにすることでした。ユスリハ……大変申し上げにくいことなのですが……貴女のご両親は、ウェスティによって命を落としたのです。貴女の云う「化け物」──僕達はあれをザイーダと呼ぶのですが、あれは……ウェスティが生み出した生き物なのですよ──』
「……あっ……う、嘘……!!」
結ばれた両拳は、広げられて口元を覆った。ツパイは……何を言っているの!? 命の恩人が……殺戮者だなんて……そんなの、有り得ないっ!!
「ツ、ツパイ……変な冗談はよして……や、やめてよ……んな訳ないでしょ? ね……ねぇ……嘘だって言って……ねぇ! そんなことって……あたし……信じないっ!!」
『ユスリハ……』
あたしは知らず立ち上がっていた。父さんを……母さんを……誰が殺したって言ったの……? 誰が……ウェスティがっ!?
「そ、それに……おかしいじゃない? 継承者の種子って……あたしだって入るでしょ? どうしてあたしは殺されないのよっ、そうだったら──」
『貴女は……ウェスティに、正確にはジュエルに、花嫁として選ばれたからです』
「え……?」
先程まであたしの崩れた調子に揺るがされていたツパイの口調は、再び抑揚のないものに戻されていた。だってウェスティにはタラさんが──。
『ウェスティは国から出る際に、継承者として最も近いラヴェルを、一度亡き者にしようと仕掛けたことがありました。が、その時は気付いたタラが全力で庇ったのです。タラを花嫁として傷つけることの出来なかったウェスティは、一先ず断念致しました。そして貴女を見つけた……それと共に、もはや自我に目覚めたタラは必要ないと考えたのでしょう。ウェスティは貴女以外、花嫁を生み出せる三家系の若者と、継承者を生み出せる王家の若者を全員殺し尽くすことに決めました。ですがその計画は、途中で一旦阻まれることになります──実の父親、先代王に』
「う……うん」
タラさんとあたしを天秤に……それでも最後の言葉で、ほんの少し聞ける余地を生み出したあたしは、疲れたように腰を降ろした。今はまだ……何も信じなくてもきっといい。どれを信じるかは後で決めることだ。
『ラヴェンダー・ジュエルの力は必ず「跡」を残します。ジュエルを身に宿していた先代王にもその力が残されていました。ウェスティの行動を追い掛け、その過ちにようやく気付いた王は、ウェスティを捕らえ封印し、王妃と共に地下の結界へ閉じ込めました。残念ながら……その命を奪い取ることまでは出来ませんでしたが』
ツパイはあたしの落ち着きに気付いたのか、少し言葉を速めた。
『王はウェスティの抵抗と格闘の末、彼を拘束することには成功しましたが、その痛手と精神的打撃から僅か半月で亡くなりました。それ故ジュエルの宿主は居なくなり、結界内のウェスティを誰もどうにも出来なくなってしまったのです……ラヴェルが成人し、継承者となるまでの七年間は』
「それであいつは十八歳で継承したのね? なのに何で──」
何故ウェスティは此処に居るの?
『先程話した「跡」が影響しているのですよ。それはウェスティの体内にも残りました。彼は封印されながらも、その力を温存していたのです。そしてジュエルがラヴェルに継承された後の二年半、目覚めたジュエルの力を地下で少しずつ溜め込んでいきました……誰にも気付かれないように。実は継承したラヴェルに対し、王家の家臣は皆口を揃えて、結界内のウェスティを殺すようにと諭しました。ですが……ラヴェルにはそれが出来なかったのです。誰にも相手にされなかった幼少期、例えそれが謀略であったとは云え、家族以外で一番近い存在だったウェスティを……その不覚が二度目の事件を招きました』
「二度目……?」
ツパイの苦悩を悟ったのか、眠そうだったピータンがふと目を見開いた。
『或る夜、王宮で寝付いたラヴェルは、ついに結界を破ったウェスティに、ジュエルを抉り取られました。ジュエルの力を取り戻した彼は、まずラヴェルとタラ、そしてその数年前から王家に仕えていたこんな僕さえも葬ろうとした……ラヴェルは拮抗する力で何とか抑え、ウェスティはその場から逃げ出しました。そして再び国を出て……再び……「種子狩り」を始めたのです』
眼も唇も指も……もう震えることしか出来なかった。もしそれが本当なら──ああ、そうなんだ……きっとテイルさんの息子のレイさんは三家系の中のいずれかで、そして王家のロガールさんも、継承者を生み出せる年齢の息子さんを奪われた。もし……もし本当ならば、だ。だけど……例え嘘でも……こんなの辛過ぎる──。
『ラヴェルはウェスティを追いながら、家族を失った民を癒すことにも努めました。そうして旅の途中で貴女を見つけた──ジュエルの「記憶」は受け継がれます。ですからウェスティがジュエルを通して見た八歳の貴女を、ラヴェルは知っているのです。そして……貴女の両親が亡くなった顛末も──』
「うっ……うう……」
揺らぐ眼から涙が溢れた。食い縛った唇から言葉が洩れた。その両方を掌で抑えつけたあたしは……もう動くことすら出来なかった。
『二度目の事件でタラと僕を守り通したラヴェルでしたが、その間にザイーダは彼の自宅を襲っていました。両親と祖父を……失ったのです。彼は貴女と同じ苦しみを背負っている……けれどラヴェルは……貴女から肉親を奪った事件も、今回の事件も、自分に非があると……自身を……責め続けています──』
あたしは何も答えられなかった。途切れたツパイの言葉の後、ただひたすらにあたしの嗚咽が、激しく侘しく室内に響き渡った──。




