[32]宝石 〈R&P〉
「あのっ、ヴェルの王国って本当に存在するんですか!? あたしてっきりおとぎ話かと……」
遠い遠い西の果て、小さな小さな島国ヴェル。一年中ラヴェンダーの花畑に囲まれた芳しい平和な国。他の国の民は誰一人足を踏み入れたことはなく、王国ヴェルからは誰一人として出たことがない。西の海の何処に存在して、どうやったら行けるのか。誰も知らない、けれど平和で幸せな国と云われる伝説の王国──確かその国の人は、全員『ヴェル』という名を持つと云う。
「まあネ。世の中では寓話みたいにされちゃってるけど、実在するのよコレが。……っと、ユスリハちゃんて未成年? お酒呑める?」
「え……? あ、はい。一応成人しています」
タラさんはあたしを中央のテーブルに向かわせて、独りキッチンで何やら物色し始めた。見つけてきたのは赤ワインとグラスとチーズ。あの……まだ朝方だと思うのですが?
「ずっとグライダーを乗り継いできたから呑めなくって~。ちょっと付き合って。ユスリハちゃんの訊きたいことにも答えてあげるから、ネッ?」
そうして「どうせラウルとツパイは大して教えてくれなかったでショー?」とウィンクを投げ、目の前にワインを注ぎ入れた。球面を気持ち良く流れる紅い液体。あたしの心もこんな風に流麗となれるだろうか。
「じゃ、出逢いに乾杯!」
浴室にそぉっと目を向け仄かに罪悪感が走ったが、あたしはタラさんの誘いに応じることにした。だって……他のパズルは未完成なのだもの。
「そうネー何から話そうかしら? 何が訊きたい?」
一息に三分の一を同じ色の唇に含んだタラさんは、丸いカッティングボードの上でチーズをスライスし、あたしに勧めながら尋ねた。
「そ、うですね……では、あの……彼が盗まれたっていう或る物とは?」
いざ問える状態になると緊張するものだ。今までは訊きたくても訊けないことの方が断然多かったのに。タラさんは率先して教えようとしてくれるなんて──後でラヴェルに叱られないかしら?
「ふむ~それネ。盗まれたのは『ラヴェンダー・ジュエル』。ラウルが継承する筈だった宝石ヨ」
「宝石……?」
どうしてあいつがそんな宝石を継承する立場なんだろう?
「まぁ実際一度は継承したんだけどネ。『彼』に盗まれちゃった」
「彼?」
チーズを頬張り、矢継ぎ早にワインを飲み干すタラさん。置かれたグラスには、もうおかわりが注がれている。
「ラウルが乗っ取られた『スティ』というのが彼のことヨ」
「スティ……あ! それじゃ、あいつのっ……じゃなくて、彼の中に居る別の人格って訳じゃないんですね!?」
良かった~二重人格とかじゃなくて! まぁでも……他の誰かに乗っ取られるのも全然良くないけれど。
「ユーシィ、自分をそんな変態だと思ってたんだ?」
「んっ!?」
斜め後ろから少々トゲのある質問が投げられて、あたしはビクッと肩を上下させてしまった。手に持つグラスの紅が揺れる。あいつったら、もう出てきちゃったの??
「なんだ~これからイイところだったのにー! ネ! ラウルも呑むぅ? お喋り混ざるぅ??」
髪をタオルで搔き乱しながら近付いたあいつは……おお! 見事に毛先が薄紫に戻っていた。ん? あれ?? じゃなくて染めたんだっけ? それじゃあ何の解決にもなっていないってこと??
「混ざらないよ、どっちにも。とにかくタラ、リセット完了だ。そして……『彼』も来た」
リセット完了? そう言ったあいつは髪色が戻っただけでなく、いやにエネルギーに溢れて見えた。けれど最後の台詞と共に、あたし達の向こう側に視線を持ち上げ鋭く睨みつけた。タラさんが立ち上がり、ラヴェルの見詰める先へ振り向く。其処には──。
『ユーシィ……だね?』
「ウ……ウエスト……?」
あたしの一番会いたかった美しい『彼』が、優しい薄紫色の瞳で見詰めていた──。
此処までお付き合いを誠に感謝でございます。
※以降は2015~16年に連載していた際の後書きです。
やーっとラヴェルの本来の髪色が登場しましたので(と言っても染めたことになっておりますが(苦笑))、何はともあれ本当の彼の姿をお披露目致します*(もちろん相変わらずのモノクロ・シャープペン画でございますが(汗))このイラストから薄紫色の髪色を何とかご想像くださいませ~!




