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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第三章◆ウシ、ウマ、ヒツジ・・・ヤギにイヌ!?
21/86

[21]芳香

 荷を背負い、十分ほど平坦な草地を歩いた先にそのお宅は在った。丸太の組まれた山小屋風の家屋は、右奥に同じ素材の大きな家畜小屋を伴い、裏側には尖った杉の生い茂る、黒々とした山々が(そび)えている。


「こんばんは、ロガール。約束通り来ましたよ」


 ロガールって人が住んでいるのね。今度は……テイルさんみたいに打ちひしがれていないでしょうね?


 扉の横の窓からは『人が真っ当に住んでいる』ことを裏付けるように、ちゃんと灯りが零れていた。微かに窓辺が揺らぎ、すぐに大きな人影があたし達の目の前に現れた。


「ラヴェルです、ロガール」


 何でわざわざ名乗るのよ? 知り合いじゃないってこと??


「デリテリートの子孫か。随分大きくなったものだな。意外に早かったじゃないか」


 デリテリート?


「……そちらのお嬢さんは?」


 ラヴェルに声を掛けた後、白髭を蓄えたがたいの良い老齢の男性は、フッと瞳を細めてあたしを見た。


「ユ、ユスリハと申します、ロガールさん。えと……」

「ふぅむ……もしかしてミュールレインの子孫か?」

「え!?」


 あたしは話途中で返された質問に、心の底から驚いた。どうしてあたしのラストネームが分かるの? この人は一体……?


「まぁ中に入りなさい。夕食は? ──そうか。こんな(じい)の手料理で良ければシチューがあるぞ」


 ロガールさんは奥へ手招きしながらラヴェルに問い掛け、まだ食事前だとの答えに快く対応してくれた。ダイナミックな具材の煮込まれた、それでも十分美味しいシチューとパンを、あたし達に振舞ってくれる。


「あの……どうしてあたしの名前が分かったのですか?」


 男二人は黙々と食事を済ませるだけで、何処となく言葉が掛けづらかった為、食後のハニーミルクを頂きながら、湯浴みに出掛けたラヴェルの居ぬ間に尋ねてみた。


「そうさの……『血を継ぐ者』として、感じられる『匂い』さ」

「匂い?」


 洗濯物のタオルを畳みながら、再び細められる皺の寄った眼差し。


「お前さんの家族には居た筈だ。薫りの調合師が」

「あっ──」


 その言葉にあたしは、背もたれに預けていた上半身を思わず起こした。薫りの調合師──確かに……あたしの母さんは香水を作る仕事をしていた──。


「それってどういう意味ですか? ま、まさかあたしにもその香りが染みついているってこと!?」


 両手に持っていたマグカップをテーブルに預け、興奮気味の顔を……鼻先を、その『匂い』を嗅ぎ取ろうと自分の肩に寄せる。ロガールさんはあたしの様子に一瞬目を丸くしながらも微笑んで、


「実際匂っているかと言ったら違うのだろうな……『血』が感じるのだよ。が、普通はよっぽど近くへ寄るか触れなければ分からないのだが。この歳になれば仙人の如く、かの。いや、まだまだもうろくしていない証拠か!」


 と、自分の言葉で豪快に笑い出してしまった。


 触れなければ分からない──触れる──口づけ? ラヴェルもあたしを『血』で感じ取ったってこと!?


「ロガールさんは、あいつ──あ、いえ……か、彼と親族なんですか?」


 あたしは恐る恐る、耳ざといラヴェルを危惧して小声で問い掛けた。それでも用心して奴の名前は出さずにおいた。


「彼? ああ……そうだな。遠い親戚と言えば親戚だ。まだ彼が生まれる前に国を出てしまったから、初対面だがね。……ん? てことは、あいつはお前さんに触れたってことか!」

「え? あっ、いえ、そのっっ──」


 きっと『キス』されたことを推測されたのだ、と気付いたあたしは、途端に図星の表情を赤面させてしまっていた。ロガールさんの高らかな笑いは止まることを知らず、やがて湯上りの爽快感に包まれたラヴェルが戻ってきて、思いがけず賑やかなリビングに首を(かし)げる。


「デリテリートの子孫よ! なかなかやりよるのう!!」

「??」


 その首に太い腕を絡まされたあいつは、不思議な顔をしたまま固まっていたけれど、あたしはもう弁解の余地など見つけられず、仕方なく浴室に逃げ込むこととなった。




 でも……一体何なのよ! 彼らの『血』が、うちの家系の『匂い』を感じるって、まったくもって……どういうことっ!?




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