[13]甘言
「安心して。タラは自分の彼女なんかじゃないから」
何とか間一髪で、跳びかかるピータンからあたしを救い出したラヴェルは、
「その『安心して』っていうのは心外だわね。あたしに心配する筋合いなんてないでしょ」
戻った飛行船のテーブルの向こう側で、不機嫌顔のあたしに満面の笑みを見せていた。
「相変わらずつれないな~ユーシィ」
「あのねぇっ──」
こんな喧嘩腰では話が進まないのは分かってるんだけど……。
「タラはそうだな……言ってみれば『姉さん』みたいな存在かな」
「姉さん?」
ということは、年上なんだ。
テーブルに置かれたアロマランプは甘い香りを漂わせて、その仄かな灯りに照らされたあいつの手元が、あたしのカップにおかわりのハーブティーを注いでいた。
「小さい頃からの知り合いだからね。でも結構歳は離れているし、タラにとっても自分は弟みたいなものなんじゃないかな。だからどうもね、お互い相手の格好には無頓着というか」
いえ、血が繋がっていないなら、少しくらいは意識しなさいよ。というか、そう言えばこいつは幾つなんだ?
「あんたって歳幾つ?」
「二十一歳。タラは二十七」
あれ……ラヴェルはあたしともっと近いのかと思ってた。三つも違うのか。
「タラさんって、何をしていて、何の為に合流するの?」
唇に近付けたハーブの自然な匂いが、微かに鼻腔をくすぐった。
「表向きはカラーセラピスト、かな。裏では何しているのか知らないけれど」
「何よそれ。あんた共々怪しい人ばっかりね」
温かな雫を舌の上に流すと、今日一日の疲れが解消されていく気がした。
「合流する理由は……いや、元々一緒に旅をしていたのだけど、ちょっとある物を取りに戻ってもらっているんだ。数日中には追いつくと思うけれど」
「ふーん」
同じようにカップを傾けたラヴェルは、冷めた一杯目を一息に飲み干した。
「あ! あともう一人のツパって人は?」
タラさんよりも早く会って、自動操縦の仕組みをご教授願いたい人だ。
「ああ……ツパは、明日には会えるんじゃないのかな」
「ツパって人も『お姉さん』?」
ツパという名前からは性別すら分からないな。
「うん~ツパは難しいね。父とも母とも、兄とも姉とも、弟とも妹とも……どれでもありそうでどれでもない。そんな感じ」
「それってどんな感じよ!?」
それじゃ年齢も性別も分からないじゃない! いや……とりあえずその人には明日には会えるのだから、この話は終えて次へ進もう。
あたしは一度深く息を吸い込み吐き出して、この場の空気と雰囲気を変えた。
「ねぇ、あたし他にも訊きたいことがあるの」
「どうぞ? 何なりと」
ラヴェルはこちらの意を汲んだようだ。あたしの真剣な眼差しと同じものがその義眼から滲み出した。
「テイルさんの息子さん──レイさんって言ったっけ? 彼は……誰に攫われたの? 連れ去られた後をあんたは知っているの? いつ、此処に戻ってくるの?」
「──」
ラヴェルは三つの質問に口元を引き締めた。すぐには言葉は発さず、ケトルからポットに熱いお湯を注ぎ、ハーブが溶け込むのを待った。やがて僅かに開かれた唇は──
「ユーシィは……おばさんから訊いたの? もしくはこの町の誰かかな? ……彼は……化け物に攫われたんだ。黒くて毛むくじゃらの、黄色い眼の化け物」
「黄──っ!?」
ああ……やっぱり、だ。あの化け物……アレがまだ人を襲っているなんて!!
「あの化け物は基本巣に戻って人を食す。だからきっと彼もそうなったと思う。だから……彼は、もう戻ってはこない」
「え……?」
眼の色を聞かされた途端に全身を走り抜ける悪寒。それを両腕で抑えつけたあたしは、ラヴェルの二の句に愕然とした。
「あ……あんた、テイルさんに……嘘、ついた、の?」
「自分は嘘はついていない」
震える声に、抑揚のない真っ直ぐな答えが返される。
「自分が言ったのは“今は戻れないけれど、ずっと愛しているから”だよ、ユーシィ。誰も生きているとも、帰ってくるとも言っていない」
「でもっ! あれじゃ……そ、それにテイルさんが「生きてるのね?」って訊いた時、あんた大きく頷いたじゃない!」
「ああ……あの時足元を小さな虫が通り過ぎて、それを見下ろしただけさ」
「何よ、それ……」
目の前に居た筈の常に飄々としたラヴェルはもう見えなかった。何なの……? その瞳から巻き上がる冷たい風は。
「言ったよね。何も『なかったこと』にするって。それが叶った時、おばさんの記憶から息子さんが化け物に攫われたという事実は消えるんだ。遠い何処かで元気にしている、その『希望』だけが残る」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの信じられないしっ! それに今誰かが『本当は化け物に殺されたんだ』ってテイルさんに吹き込んだらどうなるの!? もし嘘だってバレたら……あんたの『希望』は──」
──二倍の『絶望』に変わる……?
「そんなことはさせないよ」
どうして? どうしてそんなに一直線に断言出来るの??
あたしの心の叫びは、声にはならなかった。
周りの闇と一体になる、ラヴェルの深い黒曜石の両目に、囚われてしまいそうだったから。
「いずれ分かるよ、ユーシィ。でも、君だけはちゃんと守るから」
ラヴェルはいつもの調子に戻り、ポットのハーブティーを自分のカップに注ぎ入れた──。




