[11]疑惑
一体どういうことなの? あいつは何しに此処へ来たのよ……??
あたしは言いつけられた用を済ませに、飛行船へと来た道を戻っていた。
あれからラヴェルは引き閉じられていたカーテンを全て寄せ、風を通す為に窓も押し開き、暗く淀んだ部屋の空気は一気に爽やかな光となった。
それを眩しそうに弱々しく手を翳した女性は、埃まみれのぼろきれを纏っていて、ラヴェルは湯浴み出来るようにと裏の井戸から水を運び、あたしは飛行船のあの寝台上段右側にある、「タラ」という人の衣服を二着拝借してくるように頼まれた。それと……まだ何とか一人分残っているあたしのスープとパスタ数束も。
そりゃああんな姿を見てしまったら、手助けせずにはいられないだろうけど、あいつは本当に彼女の息子さんから託ってきたのだろうか? 第一『窃盗』ってなんなのよ! あいつはあんな何にも持たない女性から、何を盗もうって考えてるの!?
訳の分からないことが多過ぎて、ぶつぶつとぼやきながら丘を登ると、飛行船の前には小さな子供達の山が出来ていた。気にせず進んでいったが、あたしに気付いた子から伝播するように、全員が次々と散らばって逃げ……まるで蜘蛛の子を散らすようだ。
「別に逃げなくたっていいじゃない。怪しいもんじゃないから出てきなさいよ」
ゴンドラの入口に手を添えて、飛行船の裏へ隠れた子供達に叫んだ。やがてヒョコヒョコと小さな頭が覗き、つぶらな瞳がこちらを見詰める。
「飛行船、珍しい? 壊さなければ、触っても大丈夫よ」
ゴンドラの壁には小さな手形、ならぬ手垢がペタペタと貼り付いていた。咎められないことに安堵したのだろう、恐る恐る歩み寄った子供達は、好奇心の瞳であたしに質問をした。
「ねぇ……お姉ちゃん、テイルおばさんの所へ行ったよね? 何しに行ったの? もしかしてレイお兄ちゃんの知り合い??」
テイル? レイ?? ああ、あの女性がテイルさんで、きっと息子さんがレイさんか。
「うん……あたしの連れが、あのおばさんの息子さんと知り合いみたい、だけど?」
微妙に断言出来ないでいるあたしの答えに、子供達は顔を見合わせ、それを強張らせた。
「お姉ちゃんは知ってるの? あの……レイお兄ちゃんが山で化け物に攫われたって! そのことでおばさんを訪ねてきたの??」
「化け物……?」
あたしはその言葉にギクリとした。化け物ってまさか──?
「え? 違うの?? お兄ちゃんは山で木を伐る仕事をしてたんだ。そしたら真っ黒い化け物が現れて、お兄ちゃんを連れ去ったって、仕事仲間のおじさん達が……」
「真っ黒い……」
心臓が早鐘のように打ち始めた。黒い化け物……それってあたしの父さんと母さんを八つ裂きにした、あの化け物なんだろうか?
「……あ……そ、それって、何年前? あのっ、その化け物、黄色い眼をしてなかった?」
「黄色? ねぇ、おじさん達そんなこと言ってたっけ?」
さぁ~? と首を傾げる子供達は、肯定する子・否定する子・そしてどちらとも断言出来ない子に分かれた。目撃した張本人ではないのだから仕方がないか。
「目の色までは分からないけど、まだ何ヶ月か前のことだよ。それからおばさんは元気がなくなって、何も出来なくなっちゃって……代わりばんこに僕達の母さんが食事を持っていくんだけど……どんどん荒れ果てちゃって……」
「そう……」
うちの両親はもう十年も昔のことであるし、あたしの目の前で襲われてしまった。でもこちらの事件はまだ数ヶ月前である上に、その青年を攫っている……同一の化け物ではないかも知れない……あたしはそう結論付けながら、となれば、ラヴェルの言動は益々怪しく思われた。レイという青年はその後誰かに救われて、ラヴェルに伝言を頼んだのだろうか? だったらすぐに戻らない理由は? ラヴェルは一体何を知っているの??
「……お姉ちゃん?」
つい目の前の子供達を忘れて、あたしはグルグルと行き先の見えない考えに囚われてしまっていた。焦点の合っていなかった視界を機能させ、やんわりと彼らに微笑んだ。
「テイルおばさんのことは、あたし達に任せといて。詳しくは知らないけれど、あたしの連れは手掛かりを持っているみたいだから。ああ~そうだ! おばさんに着替えを持っていくところなのよっ、多分少なくとも明日までは此処に居るから、また後でね!」
肝心の目的を思い出して、慌てて預かった鍵を取り出し解錠した。子供達は開かれた扉の向こうをチラチラと見回しながら、「またね~」と野原へ消えていった。
「さて~、まずはタラさんの洋服、洋服」
ゴンドラに駆け込み右上部の寝台を覗く──が。
いやに派手派手しい色が多いのだけど……タラって女性、随分華やかな衣装がお好みなのね?
とりあえず一番近い衣服を手に取ったが、えと……コレ、一言で言えば“セクシー”過ぎないか?
「もうちょっと控え目なのはないのかしら……」
カプセルの中はギュウギュウと言った様子で、沢山の服飾と化粧道具と香水が詰め込まれていた。幾つか広げてはみたものの、どれもあのおばさんに着せられる装いではなくて、更に極めつけは……!!
「ひ、ひやぁ~~~!!」
す、透け透けのネグリジェって!? こ、これ、おかしいでしょ! こんなの着て、ラヴェルのベッドの上に寝てるって!!
「いや……もういいや。あたしの服を持っていこう……」
あたしは疲れたようにタラさんの寝台の目隠しを引いた。今夜はあいつに沢山問い質すことが出来たな、と深く息を吐く。レイさんとの関わりと、攫った化け物の正体、そしてタラさんとは一体何者なのか! い、いえ……もちろん、今後合流する時に備えての情報よ……多分、きっと……絶対!!




