研修はじまった
「みなさん初めまして、六本木といいます。本日から約1か月間ですが、皆さんの研修の一部分を担当させていただくことになりました。こういったことはあまり経験がありませんが少しでも参考になるよう精一杯頑張ります」
まばらに拍手が起こる。ていうかこの人昨日一緒に入社式いなかった?と気づいているのかいぶかし気な視線を送る人も中にはいた。
「既にお気づきになった方もいるかと思いますが、私も皆さんと同じで昨日からこちらの会社に入社しました。ですので会社自体に対する認識は正直皆さんとあまり変わらないレベルだと思います。ただ私の受け持つプログラムは一般的な内容になっていますのであまり影響はないかと思いますので安心してください」
そう言うと一瞬空気がざわついたような気がした。
自分が新入社員として研修を受けたのはもう10年以上も前のことだったので、なんだか懐かしい気分になった。
「初めに簡単ですが、自己紹介させてください。名前は六本木和也といいます。年齢は34歳。前職は同じ製薬メーカーで職種も同じく営業職、MRを10年以上やっていました。出身は千葉県ですが、今は関西に住んでいます。研修中はこの本社周辺でいます。時間あったら酒でも飲みに行きましょう。よろしくお願いします」
めちゃくちゃ簡単だがこんなもんだろう。どうせそんなに覚えてないだろうし。
そう思っていると、前の方に座っている女性が手を挙げた。
「質問してもよろしいですか?」
「はい、どうぞ酒井さん」
そう言うと不思議そうな顔をしたが、胸の名札を見て納得する彼女。
「え……と、六本木さんはなぜ転職したんですか?」
「はい、いい質問ですね。それはこの会社が私の生き方に合っていたからです。答えになってないかな?ちょっとプライベートなことなのでまたおいおい機会があれば話していこうと思います」
質問をつづける彼女。
「前職ではなにか不満があったのですか?」
思ったことをズバッと聞いてくる。ともすれば不躾かもしれないが、疑問に思ったことを素直に口にするのは好感が持てると思った。
「それは全くないですね。大変なことも割と多かったとは思いますが非常にいい経験だったとも思っています。少なくとも仕事をするという面においてはですが」
そのまま話を続ける。
「当然、入社した会社で定年まで勤めあげる、これは素晴らしいことだと思います。ただ皆さんの人生は皆さんのものですので、会社に縛られすぎるのは考え物です。自分の生きたいように生きるのが一番だと思いますよ。皆さんは会社の利益に貢献する、会社はその貢献に報いる。ギブアンドテイクくらいがちょうどいいと思います」
なんかいきなり転職をそそのかしてしまっているような気がして罪悪感が芽生える……まあ五十嵐さんも社長は結構そういうのを応援する姿勢だと言っていたし社風には合っている、かな?
「私も質問してよろしいですか」
後ろの方に座っていた大柄な男性が立ち上がった。
「なんでもどうぞ、大場さん」
流石に遠いので名札もみえる距離でないので少し驚いた表情になる彼。
「私たちの名前全部覚えてらっしゃるんですか」
「一応名簿はいただいていますので。大場さんは大学時代は確か野球部でしたよね。ポジションはピッチャー。運動系のクラブ活動の経験がある方は営業向いていると思いますよ、ガッツがあっていいですよね。誤解のないように言っておくともちろんどんな経験でも役に立ちますよ」
さすがにそこまでいうと部屋中にざわめきが起こった。
「あ、ごめんなさい。水差してしまいましたね。質問をどうぞ」
「自分は本当はもっと有名な会社に入りたかったです。第一志望は島村製薬だったんですが、受からなくて。将来そういう有名な会社に転職できる可能性はありますか」
なじみのある社名を出されて少しぎょっとしてしまった。
こういう野心のあるタイプも好きなんだよなあ。
「もちろん、可能性はいくらでもありますよ。しっかり実力をつけてヘッドハンティングしてもらって落としたアホな人事を見返してやりましょう」
さきほどよりもさらに驚愕の表情で彼は言葉をつづけた
「……面接の時社長も同じこと言ってました」
好き放題言ってしまっていたが、どうやら会社の方針とたまたま合っていたみたいでホッとした。
「さて、質問はこれくらいにして研修を開始しましょう。私から見てもこの研修プログラムはどんな有名な会社にも負けてないと思いますよ。しっかり学んでいつでも現場に出られるように充分準備しましょう」
こうして研修初日が始まったのであった。




