一ノ瀬さんとお出かけ(3)
刈谷ハイウェイオアシスを後にした俺たちは、途中何回か休憩を挟み、東名高速を抜けると、首都高に入った。
海老名周辺は少し流れが悪かったが予想通りほとんど渋滞に巻き込まれることなくお互いの実家に到着する事ができそうだ。
「そういえば行きたいところがあるんじゃなかったけ?」
思い出したかのような態度で一ノ瀬さんに尋ねてみる。休み前にその話をしたことは俺ははっきりと覚えてはいたが、必死だな乙となっては恥ずかしいので態度には出さないように振舞った。
ここでちゃんと約束を取り付けねば下手をするとこのまま何もなく休暇が終わってしまう。アポイント取りは仕事の基本だ。
それだけはなんとしても避けねばならない
「そうでした。
実はですね。私スカイツリー行った事なくて……六本木さんは行ったことあります?」
彼女も思い出したかのようにそう言うと、伺いを立てるような目線でこちらに尋ねて来た。
「いや俺もない、行ってみたいとは思ってたんだけど、
でもあれ結構並ぶんじゃないか?」
「予約していけばそうでもないみたいですよ」
オープン当初は入場まで何時間待ち、というようなニュースも目にしていたため、心配したがそうでもないようだ。
長い待ち時間も彼女と一緒なら退屈しないとは思ったが。
観覧車のときも思ったが、一ノ瀬さんは景色が綺麗なところがすきなんだな。
……今度夜景スポットでも探しておくか。
「俺も行ってみたいし、よかったら一緒に行っていいか?」
「当たり前じゃないですか! 約束しましたよね?」
何故か怒ったかのように話す彼女を見て、少しホッとした気持ちになった。
そうそう、約束でしたよね、覚えてますとも。
「そうだった、悪い悪い。で、いつにしようか?」
「私明日から三日間は用事があるので、4日後以降でしたらいつでも大丈夫ですよ」
毎年帰ってるって言ってたもんな、九州から帰るくらいだ。親戚関係で何か恒例行事でもあるんだろうとこの時はあまり気にすることもなかった。
親戚づきあいは疲れるだろうし、4日後というのも急かもしれないな。
せっかくの貴重な機会だ。出来るだけ体調が整っている状態で出かけられるのがベストだろう。
「じゃあ5日後にしようか」
「分かりました!」
元気に答える彼女。とても嬉しそうだ。よっぽどスカイツリー行きたかったんだろうな。
そうこうしているうちに、彼女の実家である江戸川区に近づいてきた。
「そろそろつきそうかな? 高速どこで降りたらいいかな?」
「あ、荒川を越えた次のところでお願いします。
すいません。遠回りになってしまうのに」
少し申し訳なさそうにする彼女に気にしないように答えると、その後は道を指示してもらった。
「あ、このあたりでお願いしてもらってもいいですか?もうすぐのところなので」
家の前まで行こうか、なんて言わないよ。もしご両親にでも見つかったらお互い気まずいだろう。勘ぐられても仕方ない。
「了解、荷物降ろすのだけ手伝うよ。あの重さは女性にはなかなか厳しいものがあるだろう」
「なにからなにまで、すいません。
今日も結局六本木さんに全部運転してもらっちゃいましたし。申し訳ないです」
「俺も退屈しないで済んだから助かったよ、それじゃあまた当日のことはメールででも打ち合わせしましょうか」
「はい、ありがとうございます。お気をつけてください」
スーツケースをガラガラを引きながら歩く彼女を曲がり角で曲がるところまで眺めていた。
最後軽く頭を上げる彼女を見届けてからハザードランプを消して再び車を動かし始める。
実家のある市川までハンドルを握りながら、デートまでの4日間に完璧な準備をしようと心に決めるのであった。
◇◇◇
「おかーさーん、帰ったよー」
「おかえりー、あんた駅まで向かえに行かなくてよかったの?」
「友達が車で帰るって言うから乗せてもらってきちゃった」
「そうかい、そりゃ良かったね。明日からコミケでしょ?
夕食出来ているから早く寝なさいね。また徹夜するんじゃないよ。
明日の朝はお父さんが送ってくれるって言ってたから」
「ありがとう♪」
六本木和也はまだ知らない。
一ノ瀬奈々(29)が九州からだろうと日本の果てからだろうと毎年必ず盆と正月に帰省するのはコミックマーケットに参加するためであった。