女子会
「外国人が日本は醤油のにおいがするっていうけど、別にキムチ臭くないわね……」
関西国際空港から約二時間、私は仁川国際空港に降り立っていた。
申し遅れましたが、私は三本松涼香。世界遺産と武者修行を愛するキュートな乙女である。
働き方改革とやらでたっぷり余っていた有給を消化するため年度末という世間がクソ忙しい中堂々と3日間の休暇を取得した愛社精神溢れた行動を取った。
親愛なる上司様も出向するということでノータイムで私の休暇届にしっかりとハンコを押してくれた。
一人旅を愛するバックパッカーである私であったが、今回はいつもと違う点があった。
それは……
「そう? 私ちょっとキムチ感じるけど……」
いつもは一応誘うけどついてきたことはない親友の(私はそう思っている)二宮沙織がついてきているということだった。
まさか本気でついてくるとは思わなかったけど、優しい彼女のことだから愛しの先輩に振られてしまった私を慰めるために付き合ってくれたのだろう。
――そう、これは傷心旅行なのである。
ということでいつもの目的の一部である強者との国際試合は抜きにして思いっきり観光を楽しむことがメインである。
というか、昨年夏のサガ〇ト戦のダメージが大きすぎて暫くは休養せざるを得ない状況であった。
勝つには勝ったけどあっちは無傷。こっちは鎖骨に肋骨、あと大腿筋の損傷が激しすぎて、どっちが勝者なのか分からないくらいだった。
「ごめんなさい、私韓国って初めてで……とりあえず何する?」
海外旅行はあまり行かない彼女から不安そうに尋ねられた。
「焼肉食べよう、焼肉。明日はエステいこう。あと整形……はいっか」
「整形は必要ないでしょうよ……。焼肉は賛成ね。あと私屋台とか行ってみたいかも」
「ニノさんや、それは名案ですね。まず荷物置きにホテルいきましょうか」
空港からホテルに向かう。電車やバスはめんどうなのでタクシー一択だ。
ソウル市内のホテルに到着すると私たちは部屋にチェックした。
女同士だしお互い気を使わない関係だということもあって同部屋にした。
「ソウルって結構都会なのねー、ビルおっきいー」
感嘆しながら窓の外の風景を眺める彼女。普段は落ち着いているけどたまに見せる無邪気なところはなかななか可愛らしいと思う。
「そういえば仕事大丈夫だった? 私は半分やけくそで休みとっちゃったけど……」
無理に付き合わせてしまったのではないかと心配になってそう尋ねた。
「あ、全然。もう数字終わってたし。今回の所長は結構まともな人だから逆に休めって言われたくらいよ。だからちょうどよかったのよ」
「ならいいんだけど……」
先輩に告白して振られてしまってから、ふとした瞬間に色々思い出して落ち込んでしまう自分がいた。
その様子に気づいた彼女は私を気遣うように声を掛けてくれた。
「元気出してね……」
「ごめん、暗い雰囲気だしちゃって。気を取り直して楽しみましょ! とりあえず肉よ肉」
「さんちゃん肉好きよねー」
体質的に筋肉がつきずらい私は動物性のたんぱく質を好んで取るようにしてた。
……味が好きってのもあるけど。
◇
「でさー、ほんと先輩って鈍感なの。あれは絶対すぐ別れるね!」
過去の私のアプローチをことごとくスルーした先輩に対する文句をありったけ愚痴る。
「あの人変なところ勘が妙にいいのに、ところどころポンコツなのよねえ」
骨つきカルビをハサミでちょきちょきと切りながら答える彼女。
「そうなの! 普段はかっこいいのになあ。まあそのギャップがいいんだけどさ……」
はい、焼けたよ。とカルビを皿においてくれる彼女。
もぐもぐと芳醇な肉を噛みしめる。やっぱりカルビは骨つきに限る。
そんな様子を眺めながらこう言った。
「本当美味しそうに食べるね。さんちゃんめちゃくちゃ食べるのに全然太らないから羨ましい」
「燃費悪いのよねー。すぐおなかすいちゃう。でもニノも細いよね。お人形さんみたい」
「これでも学生の時と比べると大分太ったのよ……だからちょっと気を付けてるかも。まあ今日は食べるけどね!」
「くえくえー。一緒に太ろう!」
わいわいと騒がしく食事を進める。やっぱりご飯は一緒にいて気楽な人と食べるのが一番だ。
ある程度おなかが満たされたので、締めに冷麺を頼む。
お茶を飲みながら待っていたところで、少し言い出しずらそうに彼女が尋ねてきた。
「ねえさんちゃん……やっぱり六本木さんのことってまだ好きなの……?」
そう聞かれてしまうと答えはイエスとしか言えない。未練タラタラなのである。
「うーん、やっぱりなかなか忘れられないよね。だって片思い3年だよ」
「それは長いなあ……」
やっぱり女子会といえばコイバナである。ふと私は気になってたことがあったので聞いてみた。
「そういえばニノって気になる人とかいないの?」
「ほえっ!?」
素っ頓狂な声をあげる彼女。
「なにその反応ー。私ばっかり話してずるくない? お主もはくのだ」
問い詰めると彼女は頬を赤らめて答える。
「わ、私も片思いかな……?」
そう恥じらいながら話す彼女は非常に美しかった。てかこれで落ちない男とかいるのか?
世の中不可解なことが多いものだ。
「そっかあ、ニノさんにも想い人ができましたかあ。うまくいくといいねえ」
「え、と。私の相手はちょっと難しいかなあ」
「何それ、絶対いけるでしょ。まさか道ならぬ恋とかじゃないでしょうね!」
「そんなんじゃないって!」
そうこうしているうちに冷麺が到着したので、この話はうやむやになってしまった。
いつか白状させてやろうと次の機会を楽しみにしていた。
彼女の恋は応援してあげたいと思う。気持ちを伝えるのに早すぎるということはないのだ。
私のように手遅れになって後悔しないよう、背中を押してあげたい。
◇
食事を終え会計を済ませようとしたら、店員から耳を疑うようなことを言われた。
「300万ウォンになります」
相場の10倍以上だろ……まさかぼったくり店か。
多分通じるだろうと思って英語で文句を言う。
「値段間違ってない? このメニュー表からどう計算したらそんなんになるのよ」
私がそういうと店員は嫌らしい笑みを浮かべながら流暢な英語でこう答えた。
「日本のお客さんには単位は円表記ですと注意書きしてますよ」
そういうことか……確かに気にしてなかったけど通貨を表す単位が記載されていなかった。
にしても日本人からは10倍とるとか法外にも程がある。
「そんなの許されると思ってるわけ?」
「そう言われましても、よく読まなかったお客様が悪いんでしょう」
「これは詐欺でしょ。警察呼ぶわよ」
「どうぞご自由に。忠告しておきますけど無銭飲食であなたが逆に逮捕されるかもしれませんけどね」
どうやら裏でつながってるのだろう。警察もあてにならないようだった。
「お金がないようでしたら、うちの系列で”アルバイト”を少ししてもらえば大丈夫ですよ。2,3人も相手してもられば十分ですので数時間で済みますよ。お手軽でしょ?」
私が何も答えないでいると、イラつくような仕草で他の店員に指示をしていた。
するとキッチンの奥からみるからに屈強そうな男がのそっと現れた。
その姿を確認するとこちらに向き直ってさらに話続けた。
「彼テコンドーのチャンピオンなんですよね。痛い思いはしたくないでしょう。素直に金を払うなり、アルバイトするなりしたほうが賢明だと思いますけどね」
とうとう暴力で脅しをかける作戦に出てきた。女性相手にはさぞかし有効だろう。
――それがか弱い女性ならね。
私は馬鹿にするような口調で挑発した。
「テコンドー? 社交ダンスの相手でもしてくれるわけ?」
その言葉を聞いた大柄な男は顔に青筋を立てながら睨みつけてきた。
「お前、死んだぞ」
「顔だけは傷つけるなよ」
「ちょっとニノ離れててね。危ないから」
「……大丈夫? 運が悪かったと思って諦めない?」
心配そうな表情で話す彼女。私は彼女を不安にさせないようににっこりと明るい表情を作って、親指を立てて答えた。
「すぐ終わるから。楽勝よ」
内心ではコンディションもあまり良くないし、正直かなり苦戦しそうだと思っていた。体格に劣る私は結局のところ関節か締めに持ち込まないと辛いのだ。
さっきは馬鹿にしたがどうにもこの男かなりやりそうな雰囲気がある。軍隊上がりだろうか。
間合いを取って様子を見ようとしたが、一気に距離を詰められ最短距離の前蹴りが私のみぞおち目掛けて飛んできた。
咄嗟に後ろに飛んだことで致命傷は避けられたが、勢いが良すぎてそのまま床に倒れこんでしまった。見た目は派手だがそこまでダメージはない。ちょっと作戦を考えたいのでこのままやられたフリをしておく。
あわよくばこのままマウントでも取ってくれたら三角締めで一気に決めてしまおうという狙いもあった。
と、思っていたらニノがこちらに駆け寄ってきてしまった。
大丈夫っ!?と取り乱した様子で近寄った彼女は……
――なぜか私の胸に手を当て揉みしだいて来た。
「何してるの?」
言葉を発した私の姿を見て、安堵したような焦ったようなよくわからない表情をする彼女。
「いや、心臓マッサージが必要かな、と思って」
そうか応急手当か。教習所でやったくらいだろうその処置を咄嗟にできるとはなかなか彼女も冷静な判断が出来るようだった。
でも胸骨圧迫は揉むんじゃなくて押すんだよなあ。
「大丈夫だから離れててね」
気遣う彼女がまた距離を取って離れたところで見守っていた。
その姿を確認してから起き上がった。
「お前なんかおかしいな」
「念には念を入れておくか」
それを見た男はビール瓶を何本か手に取りそれを床に叩きつけつけた。
周囲に散らばるガラス片。それを男を足で蹴って床に広げた。
しまった。これでグラウンドが封じられてしまった。
こいつかなり場慣れしてるな……
間合いを詰めて雨のような蹴りを浴びせてくる。
威力こそそこまででもないが、明らかなリーチの違いにじわじわとダメージが蓄積していく。
そのままではラチがあかないと思った私は打撃戦に応じる他なかった。
隙を見てうまく投げられることができれば床にガラス片が逆に相手に効果的に働いてくれると思った。
スタンドでの打ち合いになったものの、こちらの蹴り突きもそれなりにあたってはいるもののかなり打たれ強いようで全く堪えていない様子だ。
自分の非力さが嫌になる……
しょうがない、まだ未完成で成功するかわからないがあれを試すしかない。
蹴りの連打をかいくぐり懐に入ると男の喉元めがけて、親指以外の4本の指を突き立てた。
女の打撃とタカをくくっていたのだろう。キレイに決まった四本貫手は男に致命傷を与えるのに成功したようだった。
男は悶絶しながら倒れこんだ。
賭けには成功したがこの代償は大きく指は何本かは脱臼してしまった。
やはり私の部位鍛錬はまだまだ不十分だったようだ……
痛み耐えて指をすぐさま整復すると、呆気に取られた店員の男に近寄る。
「な、お前何者だよ」
怯えた様子で後ずさる様子も気にせずつかつかと近寄って言った。
「はいお会計これ正規料金でしょ」
財布から紙幣を取り出し最初に言われた金額の1割を渡す。
「ニノ、帰ろ」
◇
流石に今日は観光という気分ではなくなってしまったので二人してホテルに帰る。食事は済ませられたのは幸いだった。
「さんちゃんやっぱ強いんだねえ。漫画みたいだったよ」
「そこまでの相手でもなかったんだけどね。体調悪かったから苦戦しちゃった」
「あ、そこ擦りむいているよ」
そう言って私の腕を取った彼女は唐突に擦り傷に唇を這わせて来た。
「ニノさんや……何をやっているのかな」
吸い出した血をちり紙に吐き出すと彼女は顔を赤らめて言った。
「は、破傷風になったら大変だから! 応急処理よ!」
そうかそうか、確かに破傷風は怖いもんね。その発想はなかったので非常に助かった。
「疲れたしもうお風呂入って寝ようか」
私がそう提案すると彼女も同意してくれたようで勢いよく頷いていた。
「バラバラに入ったら時間かかるし、お湯張って2人一緒に入っちゃおう」
浴室を確認したところかなり広々としていて、2人で入っても全く問題なさそうだと思ったのでそう言ってみた。
すると彼女はコクコクと首を縦に何回も振っていた。
昔流行った人形のようでその様子がおかしく思えた。
◇
「いやーこれはいいお風呂だね。なんかブクブクするやつもついてるし」
「そ、そうね」
お風呂に入ってからどうも彼女の様子がおかしい。口数も少ないし顔も異常なほど赤い。お湯はそんなに熱くないし、熱でもあるのだろうか。
「ニノ具合でも悪いの? のぼせたなら先に上がってていいよ」
「全然、全然! 私大丈夫だから。ちょっとお湯に浸かると顔が赤くなりやすい体質なの! ゆっくり浸かりたいの」
「そうなの? じゃあいいけど無理しないでね」
こうして旅行初日から騒動があったわけだが、翌日からは買い物にエステに食べ歩きとしっかり満喫した。
2人でチマチョゴリ着て散策もしたし、かなり楽しい旅行だった。
少し失恋に傷が癒えた気がした。
いつもはひとり旅だけど、こういう時友達ってほんとうに有難い存在だなと心から思った。




