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六本木、会社やめるってよ

  夢で予行練習出来ていたせいか思いのほか落ち着いている自分がいた。

 

「私異動希望は出していなかったはずですが」

 

「そうだな。お前も分っていると思うが会社はあくまで会社の利益が第一優先だ。必ずしも全員の希望を叶えることはできない」

 

 それはその通りではあるのだが、あまりにも理不尽に感じてしまう。

 

「差し支えなければ教えてほしいのですが、所長が私を推薦したんですか」

 

 一瞬迷った後回答があった。

 

「信じるかはお前に任せるが、俺は一応反対した」

 

「反対したということは打診はあったんですね」

 

「まあな……」

 

 言いよどむ所長。

 

「正直言うとお前が来てくれると助かるんだ。予想はつくと思うが俺は片道切符なんだ。次の会社で骨を埋めるつもりだよ」

 

 今日は予想外の連続だったが、やはり思いのほか俺は過大評価されているらしい。

 そういえば大事なことを聞くのを忘れていた。

 

「ところで勤務地はどこになりますか?」

 

「ああ忘れてたな。すまん」

 

 そう言って書類に目を通し、教えてくれた。

 

「勤務地は仙台だな。東北エリアのマネージャーという形になる。といっても部下は5,6名程度だがな」

 

 さすがにここまで夢と同じではなかったが、かなりニアピンではあった。

 予知夢の才能でもあったのか。それにしてもやはり遠い。

 

「会社は綺麗事いってるけどな。こんなんは体のいい口減らしだ。正直この事業に大した期待はしてないだろう」

 

 もう隠すつもりもないのかかなりぶっちゃけたことを言ってくれる。

 

「俺は本体潰すつもりでやるからな。見返してやろうぜ」

 

 口調や表情からはかなり強い決意が感じ取れた。営業一本の叩き上げでここまで来た人だ。上との衝突も多かっただろう。

 このタイミングで出向、しかも転籍となるとさぞかし悔しいだろう。

 

 俺はなんとか協力してあげたいという気持ちに傾き始めていた。

 

「……考えさせてください」

 

「わかっていると思うが選択権はないからな」

 

「それも分っています。ただ今即答でお受けしますとは言えませんね」

 

「お前の判断に任せるよ。一応忠告はしたからな」

 

 一応その後は細かい待遇面などの説明があった。

 条件としては意外に破格だった。

 

 

 ◇

 

 

 少し長いびいてしまったので何人かには感付かれるかもな、と思いながら平静を装いつつ部屋から出た。

 

 予想通りさっそく近づいてくる三本末。

 

「えらい長かったですね……まさか異動ですか」

 

 心配そうな表情で話す彼女。

 さすがに真実を伝えるわけにはいかないので適当にごまかしておく。

 

「来週話すよ」

 

 そう言うとそれ以上彼女は追及はしてこなかった。

 その日は仕事が手につく訳もなく、早々に退社した。

 

 

 ◇

 

 

 帰りがけにチェーンの定食屋に寄り、簡単に夕食を済ませた後帰宅した。

 

 コーヒーを淹れ、一息ついてから今回の辞令について考えをまとめてみた。

 

 まずメリットとデメリットについて考えてみる。

 

 一番のメリットは待遇面か。出向とは言え出向先では管理職待遇だ。当然給料も増える。

 本体に帰って来たときにはそれなりのポストも用意されるだろう。

 今後のキャリアを考えればこれ以上ない条件だ。

 

 そして谷脇所長の気持ちにも応えることができる。

 色々あったが今はあの人を応援したい気持ちが強い。

 

 そしてデメリットだが……

 

 ――――考えるまでもなかったな。

 

 自分でも驚くほど一瞬で考えがまとまってしまった。

 

 

 ◇

 

 

 休日を挟んだ月曜日、俺は少し早く会社に出社していた。

 始業時間になったら所長から異動者の発表があるからだ。

 

「おはようございます。少しよろしいですか」

 

「おう」

 

 内示を下された時と同じ、小さな会議室に場所を移した。

 

「聞くまでもないが、辞令受けるだろ」

 

「色々考えたんですが、今回は辞退したいと思います」

 

 そう言うと、所長は顔色を変えて声を荒げた。

 

「考え直せ。これは明確な業務命令違反だ。会社人として終わるぞ。お前はもう少し賢いやつだったはずだ」

 

「わかってます」

 

 しばらく沈黙が続く。

 

「ですので、私は会社を退職しようと思います。お世話になりました」

 

 所長は頭を抱えてしまった。

 

 会社の都合に振り回される人生はまっぴらだ。

 

 積み上げたキャリアだの糞くらえだ。

 俺は一ノ瀬さんのそばにいたいんだ。他に優先することなんかない。

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