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追放

「六本木、お前には悪いがうちの会社にはお前は足手まといだ。抜けてもらう」


 今日は内示日、所長に呼び出された俺は衝撃的な事実を告げられた。


「所長なんの冗談ですか」


「いやなんか最近追放ものってやつが流行ってるんだろ? うちの娘が言ってたんだが」


 どこの勇者パーティーだと思わず突っ込みそうになってしまったが、さすがに目上の人にそんな態度はとれないため正気を取り戻す。


「まあ冗談はさておいてだ。この前会議であっただろ。お前も俺と一緒で出向だから。内示終わり」


「それこそ冗談じゃないですか」


「こんな時にそんなつまんねえ冗談言うか」


 どうやら本当らしい。青天の霹靂というやつだろうか。思わず自分の耳を疑った。


「私は異動希望なしで申請していたはずですが」


「そうだな、知ってる」


「じゃあなんでですか、公募もしてたんでしょ。他に適任者はたくさんいるでしょうに」


「公募者が全員適性あるとは限らんだろ。そんなん俺に聞くな。俺も希望してたわけじゃないんだ」


「一応聞きますけど勤務地はどこですか」


「北海道だな」


 告げられた場所も衝撃的だった。北海道なんて高校の修学旅行でしか行ったことがない。なんの縁もゆかりもない土地だった。


「ま、諦めろ。長い会社人生こんなこともあるだろ、片道切符じゃないだけマシだと思え」


 少し前の俺だったら特に不満もなく受け入れていただろう。むしろ喜んで行ったかもしれない。でも今は事情が違う。非常に困る。


 目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。トンネル抜けたら雪国か、笑えない。




 ◇




 ピピピピピ…………



「朝か」


 目覚まし時計を止めるため手を伸ばす。


 どうやら夢だったらしい。縁起でもない。まだまだ朝は冷え込むというのに、汗でびっしょりだった。


 今日は会社に行って一日中会議だ。そして内示日でもある。5時を過ぎたら異動があるものもないものも一人づつ呼び出され、辞令を告げられる。


 これまで完全に安心しきっていたが変な夢を見たせいで妙に不安な気持ちになる自分がいた。




 ◇


「今日は内示ですね。私転勤あるのかなあ」


 会議の休憩中自販機で買ったコーヒーを飲みながら後輩の三本松と話す。


「お前まだ3年目だろ、そもそも入社5年以内は異動候補者のリストに挙がらない。そわそわするだけ無駄だな」


「そんなこと知ってますよー。でも気になりませんか?」


「気にならないといえば嘘になるな」


「先輩って異動希望だしてるんでしたっけ?」


「いや希望なしだな」


「意外ですね。関東圏の出身の方はみんな帰りたいって言ってるんで先輩もそうなのかと思いました」


 全国転勤だとなかなか地元に帰りづらいということもあって、単身赴任者は当然として家族帯同、独身に限らず出身地付近で勤務したいと考える人間は多い。


「そういうお前は神奈川だろ。意味はまったくないが異動の希望は出してるのか」


「私ですか? 私は当然残留希望ですよ。だって私がいなくなったら先輩さみしいでしょ?」


「そうだな、寂しくなるな」


 素直に思ったことを口にしただけだったのだが、予想外の返答だったしく珍しく驚いていた。


「やだ、まじめに答えないでくださいよ。調子狂うなあ」


 恥ずかしそうにもじもじとする彼女。

 そうかボケるやつは突っ込みがないと恥ずかしいんだな、とそろそろ付き合いも長くなってきたが新しい発見をしたような気分になった。


「まあ心配しないでも俺たちは残留だよ」


「そうだといいんですけどねー」



 ◇


 会議が終わり年次が下のものから次々と呼び出される。

 三本松のやつは早々に部屋を出てきて、こっそりと「ステイでした」と教えてくれる。

 一応内示なので公示までは社内でも他言しないのがルールになっている。とは言え異動がない人間にとっては関係のないことなので問題ないだろう。


 次々と呼び出されては出てくる、口には出さないが表情を見れば希望通りかは想像できる。


「六本木、次お前だぞ」


 同期の木村から声を掛けられた。こいつも俺と同じ在籍しかしてないからどうみても残留の雰囲気だった。また来月からもよろしくな、とあっさりと白状された俺は所長の待つ部屋へと移動した。


「おう、六本木か」


「はい、よろしくお願いします」


「えーと、一応年度末の評価も兼ねてるから簡単に結果だけ言っておくぞ」


 そういえば査定もあったんだった。いつもは年度初めにやるが所長も異動なんで早めにやっておくんだろう。この人とは衝突することも多かったんであまり期待できそうにないな、と落胆した気持ちになった。


「今年度はまあ色々あったな。年度査定はAだな」


 ちょっと自分の耳を疑ってしまった。というのも5段階ある評価の中で最もいいものだったからだ。別に自分の売り上げも特別いいものでなかったので本当に意外だった。


「ありがとうございます。正直言うと意外ですが」


「謙遜すんな、俺も言い過ぎた。悪かったと思ってるよ。一応俺なりにお前の仕事内容を正当に評価したつもりだ」


「いや、俺も至らない点が多かったですから。所長の指摘はもっともでしたよ」


 辛く当たられたのは間違いないが、お陰で今まで出せなかったパフォーマンスを発揮できたのは間違いない。今では感謝しているくらいだ。



「そう言ってくれると助かる、で4月以降のことだが、お前は俺と同じで新会社に出向してもらうことになっている」




 ……夢であって欲しいと思ったが、今度は目覚まし時計はなってくれないみたいだ。



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