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‎ お嬢様の自動車をお見送りしたあと、ちょうど散歩中のワンちゃんがいらっしゃったので、触らせていただきました。‎

 イヌという種族はヒトに従順で素晴らしい生き物だと思います。この子はアメリカンコッカースパニエルという種類らしく、くるくるの毛が触り心地よくて大変癒されました。

 というのも、わたくし反省していたのです。‎

‎ 今は亡き奥様を盾にして物を申し上げるのはあまりよろしくないことでした。奥様のお言葉を意訳してしまったように感じていたのです。ああいえば、お嬢様がご納得されるのは分かっていたことなので、己の言葉でお伝えすることが出来なかった語彙力のなさを痛感しました。

 ‎ああ、わたくしのワンちゃんがほしいものです。癒されたい……。

 午前9時、ようやく朝食をいただきます。

 台所へ向かうと、背を向けた巨漢の料理人が流し台で後片付けをしておりました。‎

「おはようございます金橋さん」

「ん、ああ。緑川さん、おはようございます。朝食はそちらにあるんで、どうぞ」‎

 愛想のない態度で挨拶をする金橋さんは目線で指し示すと、また作業に戻られてしまいました。彼はあれが普通なので気にも止めませんが。

 まだまだ28歳の若さでありながら、アメフト選手のような屈強な体つきもあいまって、よく人に怖がられてしまうのです。

 ‎しかし、その太い指で作るお菓子は繊細で、フリーランスでケータリングのパティシエも兼任していらっしゃるのだから、実力は十分でございます。

「はー! 疲れたー!」‎

 背伸びをしながらやってきたのは、小柄なメイドの赤間さん。‎ポニーテールを振って歩く姿はネジ巻式で動くお人形のようで、とても30代後半とは思えない愛らしい女性です。

 あんな小さな体で、ちゃかちゃかと家事をこなし、重い荷物を軽々と持ち上げる様は頼もしさがあります。

 それもそのはず、元レスリング部で、‎オリンピック代表候補までいったそうですから、相当の実力者であることは間違いないでしょう。‎

「あ、緑川ー! お嬢様の制服をクリーニングに出すついでに何か買ってくるものあるー?」

 どっかりと椅子の背もたれを前にし、またぐように座る様子は、女性にあるまじき振る舞いで……。‎

「はしたない。パンツが見えますよ」

「なっ! うっせー、変態執事! もう頼まれてもお使いしてやんないっ!」‎

 赤面して飛び上がった赤間さんは、すぐ出て行かれてしまいました。ああ、頼みたいことがありましたのに。

「……あんま、赤間さんをいじめないでやってください」

 金橋さんが食器を拭きながら、優しげな言葉とは裏腹に無表情で出て行った先を見ている。少し言い過ぎたと反省しました。‎

「すみません」

「いつものことですから、お菓子でも作れば機嫌がよくなると思います」

‎「毎度、ご迷惑をおかけして……女性にはつい、口うるさくなってしまうようで……」

 いつでしたか、あまりにも酷い失言をした時に"小姑みたいにいちいちうるさいわ! いくら顔がよくでももう我慢できない! あんたとはもうこれっきりよ!"と恋人にフラれたこともありましたっけ。‎物好きな方で、わたくしの顔が好きとよくおっしゃっていました。

 恋は盲目ですが、100年の恋も醒めることはあります。人とは短い一生の中で、こんなにも苦い思い出を残すことがあるのですね。とほほ。‎

「まあ、そのおかげで、お嬢様は完璧な女性になっていると思います」

「金橋さん! ありがとうございます! もったいない言葉ですっ」‎

‎「いえ。じゃ朝食、食べててください。俺、ちょっと見てきます」‎

‎ 微かに笑みを浮かべた金橋さんは、サッとエプロンを脱いで、あとを追っていかれました。‎さりげない言葉で救われたわたくしは朝食を美味しくいただけそうです。

 毎回、素晴らしいフォローをしていただく金橋さんは、実は紳士だとよく思います。ああ、わたくしも見習わなければ……。‎

 今日の朝食はスペイン風オムレツとスパム‎のサンドイッチ。

 ご馳走様でした。‎

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