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第4話 もう一人の男

滉大:軽薄そうな見た目の男


 

「やあ、青」

 『あお』と呼ばれて男は眉根を寄せた。

 近づきながら、勝手に付けたあだ名を呼ぶ軽薄そうな男を、青と呼ばれた男はさらに半眼になって睨んだ。

「その呼び方、止めてくれ」

 目前で足を止めた軽薄な男を、睨みながら言う。

「ブルー?アスール?キュアノエイデス?」

 睨みつけられても、面白そうな表情を浮かべて、そんな単語を男は並べた。

「だから、会ってすぐの無駄な、この会話、毎回、毎回、いらねぇんじゃねぇの?」

 一つ息を吐き出して、青と呼ばれた男は、肩を落とす。

「次点でコバルトでも良いけど」

「それも含めて、だ」

 まだ続けるのか?と表情に乗せて、青は軽薄そうなチャラ男を再び睨みつけた。

「挨拶みたいなもんじゃない?」

「お前は…」

「それに、俺が青って言うのも呼ぶのも、青が否定しても止めるわけがないんだから、青の方こそ、この毎回の無駄な抵抗をそろそろ終わらせても良い頃だよ」

 キラキラと輝く前髪を払いながら、チャラ男がにこやかに男に告げた。

「…お前に、そんな論理的なことを言われると、正直、寒気がする」

「またまた。青も、俺も、あの国では異端児の部類なんだし。無駄大好き、寄り道大好きの、マイノリティってことで、ご愛嬌でしょ。こんな挨拶もありだよ」

「…ほら。持ってきたぞ」

 無駄なやり取りを終わらせるため、男は今日の目的のものを、手渡すため手を伸ばす。

「俺のことは、滉大(こうだい)って呼んでくれて良いって、いつも言ってんのに。つれないなぁ」

 その言葉にうんざりした目線を投げた時、数人の女が口々に間延びした甘い声で「こうくぅ~ん」と言って通り過ぎてゆくのが、青の目の端に映った。その女たちに、滉大がにこやかに対応しているのを見て、青と呼ばれた男は、眉間に刻んだ皺を増々深くする。

「青は、おっさんくさいなぁ。無駄に老け込むよ」

 滉大の方が先に赴任していた。会った時から「俺、滉大」と名乗って、男は驚いたのだ。いくら溶け込むためと言っても、派遣員同士の紹介でその名前を言うのか、と。

「お前さ、本部で何の研修受けてんの?年に二回もあんのに」

「ん?何?問題でも?」

「あるだろ。なるべく関わるなっていう大前提が」

「あぁぁ、あったねぇ」

「お前、よく、そんなんで、呼び戻されないな」

 青は、本部で受ける研修内容を忠実に守っている。よほどのことがない限り、店の外へも出ないし、個人的に関わることもしない。注文すれば、何でも宅配業者が当日届けてくれる。宅配業者は決まった人物だが、荷物を置いて店の外へ出ると、青の店へ配達したことは記憶から消えてしまっているはず。そんな状況で、どうしてわざわざ人と関わるのか青には不思議で仕方がない。

「こんな僻地にわざわざ新しい人員割くのも面倒なんじゃない?俺、仕事はきっちりこなしてるもんねぇ」

 そうだ、この男は変わり者には違いないが、同様に、逸材と持てはやされていた。過去形ではなく、それは、今も変わりないだろう。何より血筋が良い、はずだ。

「もん、じゃねぇよ」

「そろそろ、滉大って呼んでよ」

 面倒だなと思いながらも、自分もこの男に用があることを思い出し、青は嫌々名前を呼ぶ。

「滉大…この後、ちょっと時間あるか?」

 そう青が言うと、滉大が目を見開く。

「明日は、雨だね。どうしたの?青」

「今、本部と繋がらないだろう」

「そうだね、連絡が入らないっていうのって、幸せだよねぇ」

「…あと数日で繋がるはずなんだが…少しイレギュラーなことが起きて、手を焼いている。相談に乗ってくれねぇか」

「おお。増々…明日は雪かな」

 そんな会話をしている途中にも、通り過ぎる女子高生やOL風の女、さわやかなイケメンたちなど、様々な人種が、滉大を見て、近寄って来てみたり、挨拶をしてみたりしてくる。正直、うるさくて話が続きそうにないと、青は思う。

「…ひとまず、移動」

「あじゃぁ、俺の行きたい店でも良い?」

「良いわけないじゃないか。この道端で、あれこれ話しかけられてんのに、お前の知ってる店行ったらこれ以上だろ。ふざけんな。あと、これ、かぶれ」

 そう言って、青が渡す帽子を、滉大がいやいや受け取る。

「いっつも、俺の顔を隠したがるね」

「お前が、あまりにも、関わり過ぎてんだよ。もう少し自重しろ」

 自分が後に赴任したのは十分承知しているけれど、青は強くそう滉大に言う。そう言いながらも店に頻繁にやってくる女の顔が思い浮かび、まるで、自分に言い聞かせているようだなと、どこか苛立たしい気持ちを青は抱いた。

「…はいはい」

 何かを感じて、滉大は青の後ろに素直に従って、歩みを進めた。

 青が、左手を一振り下向きに振り下ろすと、淡い光を帯びた棒状のものがゆっくりと手の先から伸びてゆく。その光る棒状のものを、小声で何かをつぶやきながら、自身の前方で上から下へと切り裂くように振り下ろすと、前面の空間が二メートルほどの高さで割ける。裂け目は、男側からは見えて、反対の方向からは見えないようで、通り過ぎた自転車に乗った少年が目を瞬きながら何度も後ろを振り返っていた。男の背後で一連の出来事を目にした人々は、目を見開いて事の成り行きを見つめていたり、スマホで写真を撮っていたり、電話をかけ始める者もいれば、友だち数人と歓声を上げて走り寄ってきている女子などもいる。そんな周辺へ、右手で何かをまき散らすような仕草をしながら、切り裂かれた前方の空間の歪の中に、男が足を踏み入れる。その後ろを、さも面白くなさそうに、目深に帽子をかぶった滉大が続いた。

 二人が裂け目に入ってしまうと、一瞬でその隙間がふさがってしまう。その一拍の後、周囲は何事もなかったかのように、元の喧騒へと戻っていった。


「もう少し、人のいない所でやれば良いと思う」

 空間に入ってすぐ、滉大は青に苦言を呈した。入ってしまえば、二人以外が入り込む余地も、話が漏れる隙間も、全く心配いらない、何もない真っ白な空間だが、入るタイミングは見計らうべきだと、滉大は思っている。

「あれだけ人と関わっているお前に言われたくない。そもそも、どこでやろうと、かける術は同じ領域に同じ分量拡散するんだ。どこでやろうと、どちらにとっても、差異はない。むしろ、移動が少ない方が、話も早く済むのだから、あの場での処置が最善と思うが?」

「そうは言っても。人の注意が向いていないタイミングでとか、なるべく物陰に入ってとか、可能な注意はするもんだよ。あんな、駅前の広場でやっちゃう青の心臓のが、ちょっとおかしいと思う。何より、慢心が一番、まずいよ、青」

「そんなもんか?そんなことまで考えないといけないようでは、技術的な問題だと思うが…それよりも、これを見てくれ」

 青はそう言って、手元からモニターを出し、立ち上がったリプレイの動画を再生させて、滉大に手渡す。

「何日か分、入っているが…要点は、最初の日と、翌日、そして、最後だな」

 青の説明を聞きながら、滉大は動画を確認する。

 滉大が右手で空間を指し示すと、ちょうど良い場所に、ソファーが現れる。青も、それに習って、自分の好きなタイプのチェアを投影の要領で出す。家のカウンターから、コーヒー豆とドリップの器具を簡単な詠唱で呼び出して、二人分をドリップしながら、動画を眺める滉大の様子を伺った。

「…やはり、お前でも、驚く、か…」

 案の定その映像を見て動揺を見せた滉大を確認して、初日の映像だけ見ても、やはり驚くべき出来事なのだと、青は再認識する。

「…青、また、呼び方が戻ってるよ。滉大って呼んで」

 どっちでも良い話だと思いながらも、自身の問題に付き合わせていると自覚のある青は、それに従った。

「滉大、その女、知ってるか?」

 滉大には、牛乳と砂糖のたっぷり入ったコーヒーを手渡しながら、青が訊ねる。

「…う~ん。雰囲気の似た子ならいるけど、この子じゃない…でも…」

 受け取ったマグからカフェオレをちびちびと飲みながら、その時々で、少し質問を挟んで数日分を倍速で眺めた後、滉大は青に改めて質問を投げた。

「お茶、あれって、歴代の使用履歴あるけど、用紙一枚でプリントできる程度。ほんと少ないよ。数例しかない。それほど、珍しい出来事なのに。店に何度も入って来るのもびっくりだけど、この女の子は、お茶もぜんぜん効かないんだよね。…それってつまり、結界とか術がまったく無意味な人ってこと?あり得なくない?」

「そう、なんだ、やっぱ、そう思うよな…。結果的に、そういうことになる、だろうな」

「確認だけど、青の店って、基本的に、人は立ち入れないタイプの結界張ってるよね?」

「ああ」

「今までの実数は?」

「あの女以外でカウントすると、多くても月に一件程度だな」

「その人たちは、すぐ出てくんだよね?」

「そうなんだ。あんな風に、カウンターまで来ることができるはずねぇんだ…」

「結界も破るし、術は発動しない。むしろ、何度も破って、彼女は入って来る…」

「そう言うことだな。で、お前は、どう思うんだ?」

「うぅ~ん…上部は?」

 青のことだから報告済みだろう?という前置詞を省いて、滉大が問いかける。

「バラバラ。見るか?」

 そう言って、モニターを手元に呼び戻し、書類のフォルダを開いて、滉大へと投げ返す。

「…なるほど。そっか、彼女が入ってきた初日って、接続が切れる直前だったんだぁ…」

 その短時間ならば、上部の意見がまとまらず、個々の書類が添付されて来たのもうなずける。現場で困らないように、通信可能圏内ギリギリで書類を送った交換手の機転も良い。意外なことに、青は交換手との関係を良好に保っていることが、その短時間で書類を手配してやろうと思う程度の信頼関係を保っていることが、そのやりとりで伺えた。そんなことを頭の隅で考えながら、滉大はそれを読み進めた。

「そうだ」

 それからの青の対応を、リプレイで見た後の滉大は、「よくやってるよ。おつかれ」と軽くねぎらいの言葉をかける。

「で、青は?どうしたいの?」

「まぁ…本部と繋がるまで、どうにか、何も起きないことが希望。…うぜぇ」

「…最終的には、末端が勝手に使って良いとはされていないけれど、記憶に干渉するしかないよね」

「そう、それな、考えてはみた…現状ではそれくらいしか思い浮かばねぇ…。お前も同じか」

「どうする?手っ取り早く、やっておく?だって、今朝も来てたよね?」

 あれだけ交友範囲を広めている男から、そんな積極的な意見が出るとは思わず、青は少しためらってしまう。

「…滉大、派手にここの人間と個人的に関わりを持っておきながらも、そういう部分ではツメテェやつだなぁ」

「関わるって言っても、笑って手を振るだけだよ。そりゃ、お客様は大切にしないとね」

 客商売って体裁だしさぁ、と滉大は小さく付け加える。

「ほんと、変わってんなぁ、おまえは…」

「面白いよ?」

「わざわざ、面倒な手順に、作業を練り込んで、そこまでしてってことだよ」

「青とは起点が違うから」

「起点…か」

 そこで一瞬の間が開いた青の表情を見て、滉大が肩をすくめた。

「で、どうしようか。何なら、俺が指示したって体裁にしたら、記憶操作に関しては、言及は免れると思うよ。やってみる?でも、この様子を見てると…もしかすると、その術も効果ないって可能性も、なくはないなぁ…」

 滉大からの指示だと報告すれば言及されないということは、やはり、滉大はあの辺りの血筋か、とそんなことに思いを馳せながら、青はその質問に答える。

「…勝手にやって、失敗しましたってのは、イタくねぇか?」

「…じゃ、こっちの店に誘導する?」

 滉大がやっている店は、自由に出入りできる形態になっている。業務内容が違うため、その方が有益とみなして、だ。だからと言って、そもそも、あの女が、こちらの誘導に乗っかって行動するとも思えない。ただ、滉大と会わせた後だとその可能性も変わるかもしれない。それは、先ほど待ち合わせをした場所で繰り広げられた、滉大と人々との様子を見た、青の率直な感想だった。滉大と会わせ、その後で滉大の店に誘導することは可能な気もしてくる。ただ、ここで『イエス』と答えてしまうことにも、正直なところ、ちょっとしたためらいのようなものを感じた。

 そこまで考えて、青は、滉大を見て言う。

「できれば、あの範囲でどうにかしたいところだが…」

「珍しく、歯切れが悪い。どうしたの?青。ほだされたの、あの女の子に」

「…ホダ、サレ?何だ、それ?」

「ああ、国にはない言葉だね。そっか。感情が追い付いてるわけじゃないのか」

 少し、面白そうな、青をからかうような、滉大の表情に、青は不思議そうな表情を返して、淡々と質問を続ける。

「滉大、お前ならどうする?」

「…そっか、自分ってことになると、ひどく、曖昧になるね。毎日、同じことが悠久に繰り返されてゆくような毎日に、ふっと、非日常が、向こうからやってきてくれたわけだし。術も茶も発動しない効かないっていうのが、ここまで徹底してると、むしろ傑作、逸材だよなぁ…俺なら…そうか、俺なら…」

 飲み終えた手元のマグカップをくるくると両手の中で回しながら、滉大は目を閉じた。

 そのまま動きを止めてしまった滉大に、半ばあきれて、青は、モニターを自分に引き寄せた。

 女の来店時の動画を流しながら、上部からの文章をもう一度読み返すことにする。そして、本当に長い時間がたった後、静かに規則正しい寝息が聞こえてきて、青はため息を吐き出した。

 メモを、その額に貼り付ける。

 そして、左手の光を出して前方をくり抜き、自身の部屋へと帰着する。

 背後で空間が閉じる気配を感じながら、小さな声でこぼした。

「お前は、そういう奴だよなぁ…」

 考えるふりをしながら、いや、当初は事実何かを考えてはいたんっだろうが、寝てしまっているのが現状、結果だ。

 滉大が、青からの評価を、また下げてしまったことを知るのは、何時間も後だった。







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